いだてん

いだてん紀行

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2019年5月5日放送

東海道五十三次駅伝

金栗が発案した東海道五十三次駅伝はいまだかつて誰もやったことのないレースでした。
当初、関東軍、中部軍に加え、関西軍も出場予定でしたが、人数がそろわず断念。中部軍ですら25人中21人が中高生のチーム。当時は、マラソン走者を探すだけでも、大変な時代でした。
武田千代三郎が東海道に53の宿場があることから名付けた「駅伝」。
夜走る選手の足元は、すでに走り終えた走者がランタンで照らし、不眠不休で並走。それに加え、沿道の応援者も合流し、総勢70人もが押しかけた宿場はどこもすし詰め状態。

イラスト:先斗ポン太
最終日、レースを制したのは関東軍。
対する中部軍アンカーは、なんと愛知一中の元校長・日比野 寛さん。
「52歳のマラソン翁」と呼ばれ、金栗同様、日本マラソンの先駆者として歩んできた日比野さんが最後にゴール。会場は感動の嵐に包まれたそうです。
この「駅伝」は、その後、日本中に広まっていきます。

演出 山崎エマ/西口友人プロデュース 橋本佳子

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