年金「23万円」の認知症の父…施設探しで、経済的な壁に唖然

多くの中高年が直面する「親の介護」問題。老人ホームへの入居に抵抗を持つ人も多く、「親の面倒は子どもが見るべき」と親族一同考えがちだ。しかし、フリーライターの吉田潮氏は、著書『親の介護をしないとダメですか?』(KKベストセラーズ)にて、「私は在宅介護をしません。一切いたしません」と断言する。親孝行か、自己犠牲か。本連載では、吉田氏の介護録を追い、親の介護とどう向き合っていくべきか、語っていく。

一見良さそうな施設でも「月額20万円」超えは必至

◆施設の空気を肌で感じる

 

すでに母が銀行口座の管理をしていたので、父の経済状況を把握するのは楽だった。通信販売やカード会社など、無駄に年会費をとられるものはすべて退会。

 

父の収入額と預金に多少余裕があると踏んだ私は、ネットで検索しまくり、12軒の施設の資料請求をした。有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)、グループホームの資料である。施設の違いもまだあまりよくわかっていなかったのだが、なにはともあれ参考になるだろうと思ったのだ。

 

翌日から豪華なパンフレットが次々に届く。担当者から直接電話もかかってきた。大概は大手企業の施設である。好立地に立派な建物、サービス内容も充実と美辞麗句の嵐だ。

 

しかし、よく読むとオプション項目が多く、月額20万円超えは必至。地獄の沙汰だけでなく、現世の介護も金次第だ。「豪奢な施設にいる石原慎太郎はいったいいくら払ってるんだ!」と赤の他人と世を呪う。それでも百聞は一見に如かず。母の家から近い4軒の施設を見学することに。

 

実はこの段階で、ちょっとなら自分が金を出してもいい、とさえ思っていた。「月5万なら出せる」なんてことを考えていたのだ。これは後述するが、明らかに間違いである。親の介護に子供が金を出してはいけない。絶対に。

「利用料の値上げに音を上げる可能性」を知った

老人ホームの実態を見慣れていない私は、特養の雰囲気に気圧(けお)された。でもそれは特養に限ったことではない、と見学して気づいた。パンフレットで美辞麗句を並べる有料老人ホームでも、「この世の果て」みたいな施設はある。

 

見学した中に1軒、入口に立った途端、冷気を感じて鳥肌が立つ施設があった。利用者の顔もことごとく暗くて怖い。まるで収容所の雰囲気だ。後で知ったが、そこは新興宗教が母体の企業が経営する施設だった。私の直感もたまには当たるんだなと思った。

 

あの独特な空気は「特養」に限った話ではなかった
あの独特な空気は「特養」に限った話ではなかった

 

もちろん、明るくて活気のある施設もあった。スタッフも利用者も、比較的笑顔の割合が多い。営業担当者も親身に話を聞いてくれて、こまめに電話で施設のシステムや空き状況を知らせてくれる。ここは交通の便もよく、私は一番気に入ったところでもあった。見学時に試食させてもらった食事もおいしかったし。一緒に見て回った母もまんざらではなさそうだ。

 

営業担当者も必死だった。「4月から料金改定で値上がりしてしまうので、今入居をお決めになったほうが現行の料金でイケますよ!」「ご希望の場所は満室ですが、新設した別の施設は今すぐに入れます!」と、なかなかにしつこかった。なんかインチキな不動産屋みたいだ。

 

後に、介護職の知人に聞いた話では、そこは「離職率が高く、利用料値上げが頻繁すぎるワースト施設」で有名とのこと。入居者が亡くなるから空きが出るのだと勝手に思っていたが、利用料を払えずに退所する人も実際には多いのだ。

 

入居時は払えても、度重なる利用料の値上げに音を上げる。特に、子供が親の介護代を負担していて、にっちもさっちもいかなくなるケースもあるそうだ。やはり子供は金を出しちゃいけない。今よりもさらに大変な時代となる自分の老後に蓄えておくべきである。

 

次第に、母も「そんなに急かすなんて胡散(うさん)臭いわね」と疑い始めた。また、最初から、ひとり厳しい意見をもっていたのが姉である。「経済的に不安なら、特養でいいと思う」と言い切っていたのだ。

たった4軒の見学で痛感した「経済的な壁」

このほかにも、認知症専門のグループホームやサ高住も見学したが、いずれも父には合わないと肌で感じた。

 

グループホームは認知症でも自立した人、身の回りのことがある程度できる人、特に女性に向いている。入居者は洗濯物を畳んだり、食事の準備をしたりと、できることは任せられるという。

 

父のように、家事を一切しない・したことがない人は厳しい。その施設長の女性にも父の体の状態を話したが、「お父様のような方はちょっと難しいかもしれませんね。うちは機械浴もないので……」とやんわりとお断りに近い返事をいただいた。

 

サ高住は、さらに自立している人でなければ無理な施設だ。介護スタッフが常駐というが、常に見守っているわけではない。普通のマンション住人と管理人の関係のようなものだ。

 

言わなければ歯も磨かない、ひとりで風呂も入れない、トイレすらおぼつかない父は、生きていけない。素敵インテリアに広めの個室ではあるが、言ってしまえばただの豪華なマンション。金額も月25万以上はかかってしまう。オプションを入れたらもっとかさむ。

 

たった4軒の見学でも肌で感じるものがある。見えてくるものもあった。なんといっても経済的な壁だ[図表]。

 

[図表]有料老人ホームと特別養護老人ホームの違い

 

サ高住や有料老人ホームでは、月額最低でも20万円以上かかる。ただし、初めに入居金を払うとその額に応じて、月額利用料が安くなるシステムもある。例えば、300万円払えば月額が18万円に、600万円払えば月額が13万円に、1000万円払えば月額は10万円に、といった形だ。年金収入額は少なくても、貯金だけはある人、あるいは家を売却してお金を用意できる人には、このシステムがあるという。

 

最初にこのシステムを聞いたときは感心したし、父にもチャンスがあるかも、と思った。が、父は病気を患(わずら)っているわけではないし、そう簡単には死なないはず。5年、10年、下手したら20年は生きると考えると、どうだろう。貯金をはたいて父を有料老人ホームに入れたとしても、さらに長生きするであろう母の暮らしは不安しかなくなってしまう。

父の生活か、母の安寧か…子供には何ができる?

◆父の年金の話

 

ざっくりぶっちゃけると、父の年金収入額は企業年金と厚生年金で、月に約23万円ある。月額20万のホームなら入れる、と思うかもしれない。ただし、父を高額な施設に入れれば、母の生活が苦しくなる。

 

母自身は国民年金のみで月6万に満たない収入だ。父の年金からホーム代を除いた残りと、母の年金で暮らしていかなければいけない。家のローンは退職金で完済してあるので家賃支払いはないが、約3万円の管理費・修繕積立金は毎月支払っている。その他、生活費や税金、保険などの支払いもある。母の月額生活費が10万円以下というのは、決して安心できる金額ではない。

 

特養は、2割負担の父の場合、月額14~15万円(多床室)と安めだが、要介護3以上でないと入れないし、何年も入居待ちしている人も多いと聞く(このとき、父はまだ要介護2だった)。要するに、月額20万以上の壁は越えられなかった。母が心穏やかな老後を過ごせるように、と考えると、やはり特養がベストな選択肢だと悟る。

 

「2割負担ってなんのこと?」と思う方もいるだろう。簡単に解説しておく。

 

介護保険の利用者負担割合のことで、年金収入等の金額によって、負担する割合が増えるという仕組みだ。1年の収入が280万未満の人は「1割負担」、つまり1割の金額で各種のサービスを受けられる。280万円以上の人は「2割負担」、そして2018年8月からは、340万以上の人は「3割負担」という枠ができた。

 

この枠組みで言うと、父は2割負担なのだ。たとえば1万円の介護サービスなら、父は2000円で受けることができる。1割負担の人は1000円だ。

 

また、要介護度が上がるごとに、もろもろの金額設定は高くなる。年収スライド方式や要介護度に見合うサービスが高くなるのは当たり前の話ではあるが、1割2割といってもあなどってはいけない金額でもある。決してきれいごとは書かない。

 

施設選びは、「一に金、二にスタッフ(ソフト)、三に設備や立地(ハード)」だ。入居してみないと見えないことも多い。多いというか、見えないことだらけだ。しかもスタッフなんて、かなり流動的。介護施設が常に職員を募集しているのを見れば、入れ替わりの激しさも推して知るべし。

 

ホームはある意味、賭けでもある。ベストな場所を選びたいと家族なら誰でも思うが、運と縁が大きいことも確かだ。「うちは年金収入も少なくて無理だわ」と思う方もいるかもしれない。が、特養には1割負担の人もたくさんいる。

 

有料老人ホームは無理だが、特養ならば決して入れないわけではない。デイサービスやショートステイをうまく組み合わせて利用する手もある。要は、自分の親がどんな介護サービスが受けられるか、情報を得ることだ。

 

子供の責務としては、ケアマネさんとタッグを組んで、情報を得ること。親の介護に手は出さず(何も自らが介護しなくてもいい)、金も出さずに(親の収入の範囲内で)、口を出す(情報を得て最適な形を決める)。これに尽きる。

 

【次回に続く】

 

【第1回】「かってきたよ゜」父のメールに、認知症介護の兆しが見えた

【第2回】垂れ流しで廊下を…認知症の父の「排泄介護」、家族が見た地獄

【第3回】在宅介護はいたしません…認知症が家を「悲劇の温床」に変えた

【第4回】認知症介護の無力…父は排泄を失敗し、字が書けなくなった

【第5回】多額の年金をおろせない…「認知症の父」が母を号泣させるまで

【第6回】排泄失敗で「ごめんね」…認知症の父の変化に、翻弄される家族

【第7回】認知症の父「捨てるな!」…母、介護疲れで家族の思い出を処分

【第8回】老々介護という牢獄…心が壊れた母、床に転がる「認知症の父」

【第9回】「サヨウナラ」認知症の父を老人ホームに入れようとしたら…

 

 

吉田 潮

 

ライター/絵描き 

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。姉はイラストレーターの地獄カレー。

法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』、『Live News it!』(ともにフジテレビ)のコメンテーターなどもたまに務める。

2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。
2016年9月より『東京新聞』放送芸能欄のコラム「風向計」を連載中。
著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)、
『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)、『くさらない「イケメン」図鑑』(河出書房新社)ほか多数。

公式サイト:『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/
公式ツイッター:吉田潮 (@yoshidaushio) Твиттер - Twitter

著者紹介

連載親の介護をしないとダメですか?~父と私の介護録

親の介護をしないとダメですか?

親の介護をしないとダメですか?

吉田 潮

KKベストセラーズ

多くの中高年が直面する「親の介護」問題。『週刊新潮』の「TVふうーん録」コラムニストで、フジテレビ「Live News it!」コメンテーターの吉田潮さんが、自分の父が「認知症」となった体験をもとに、本音を書き下ろしました。 …

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