「大河ドラマはすべて講談」
スポーツと落語を題材にした大河ドラマ「いだてん」のレコメンダーを講談師の僕が務めているのは、ちょっと不思議な感じがするかもしれません。でも、歴史を振り返って現代の人に伝えるのは、まさに講談的な作業なんですよ。ですから、僕から見ると大河ドラマはすべて講談であるとも言えますね。ドラマで五りんが披露する「オリンピック噺」なんて、まさに講談そのもの。逆に言うと落語ではあまりやらない手法かなと思います。それだけに、もし講談が一般に認知されていて人気があり、もっと僕自身にも知名度があれば、あるいはドラマの進行役を務めることもできたんじゃないかと、じくじたるものがあるんです(苦笑)。
また、ストックホルムオリンピックの際に金栗四三が気持ちを落ち着かせようと押し花をしていたり、田畑政治の度を超えたせっかちさなど、「いだてん」には作り話のような史実がたくさん登場しますよね。膨大な資料をもとに人間を深く描いていることに感心させられると同時に、講談にもお客様が「え〜!」と驚く史実が盛り込まれているので、共通点を感じます。
「落語とスポーツが融合した画期的な大河」
講談的な要素を感じるというだけではなく、僕自身が落語好きで、志ん生師匠のファンだという点も「いだてん」の大きな魅力です。宮藤官九郎さんの脚本も最高で、主人公たちの物語はもちろん、随所にちりばめられた落語のエピソードを大いに楽しませていただいています。
また、単純に大河ドラマの題材にスポーツを選んだNHKさんのチャレンジ精神に脱帽です。僕自身、これまで、オリンピックも女子スポーツも知ったような気持ちでいたけれど、その歴史を全く知らなかったことに気づいたんですよね。金栗四三さんがどんな苦労をして渡航費を工面し、日本人で初めてオリンピックに臨んだのか。人見絹枝さんがどんな思いで日本人女性初のメダルを獲得したのか。名前と功績を漠然と知っていただけの人が、骨格を持って動き出していく。そういう体験をさせてくれるドラマっていいなと、つくづく思いました。
「歴史を堅苦しく伝えない」
人見絹枝さんを描いた第26回は、恥ずかしいけど泣いちゃいました。今の女性が抱える問題にもリンクしていて、すごく生々しい。僕は男性なので、どこか見えていないところもあるだろうけど、すごく深いところまで描かれていましたよね。そんなふうに数十年前に生きた人びとに感情を動かされることに、ドラマの力を感じます。
来年、東京オリンピックを迎える日本に住む者として、日本のスポーツとオリンピックの歴史、その先駆者たちの物語を知り、知識を深めて臨めるというのは得がたい経験です。「いだてん」のように歴史を堅苦しく伝えないドラマって、カッコいいですよね。笑って泣いて楽しみながらいつの間にか歴史が分かるようになるなんて! 講談師の僕たちも見習わなくちゃいけないですね。
神田松之丞
1983年、東京生まれ。2007年11月、三代目神田松鯉(しょうり)に入門。12年6月、二ツ目昇進。20年2月、真打昇進。数々の賞を受賞。古典と新作の両方を演じ、持ちネタの数は10年で130を超える。独演会のチケットは即日完売するなど、講談普及の先頭に立つ活躍をしている。趣味は落語を聴くこと。