いだてん

IDATEN倶楽部

2019年1215

「物語を生む苦しさよりも、ネタを捨てる苦しさのほうが大きかった」

「いだてん」全47回の脚本を手がけた宮藤官九郎さん。はじめて実在の人物をモデルにした歴史ドラマに挑戦した宮藤さんに、執筆にあたっての裏話や制作秘話など、たっぷりとうかがいました。

スタートとゴールは最初に決まっていた

「あまちゃん」のときもそうでしたが「いだてん」はゴールが最初に決まっていました。金栗四三さんが半世紀以上たってからストックホルムオリンピックのゴールテープを切ったというエピソード、そして古今亭志ん生が東京オリンピックの開会式当日に『富久』を高座にかけていたという史実を知ったときから「最後はあれだ!」と思っていたので、自分でも無意識にそこに向かっていったんですよね。

そんなわけで落語の『富久』が重要なドラマのモチーフとなり、さまざまなシーンで登場することになりました。

いちばん難しかった点は…

実は史実に基づいて歴史ドラマを描くのは今回が初めて。しかも戦国時代や江戸時代とは違い、「いだてん」の舞台になった近現代は、写真や映像を含めて、資料がたくさん残っていました。スタッフが4、5年かけて集めた資料を僕が読んで咀嚼そしゃくし、脚本にしていくのですが、描きたい史実が多すぎて、いくつかのエピソードは泣く泣く切り捨てることに。「いだてん」を書く中で、どこを落とすかの判断がいちばん難しかった点かもしれません。

例えば、オリンピック選手村の料理長を務めた村上信夫シェフがじゃがいもを解凍する場面。実は村上シェフは、戦争でシベリアに居たときに、凍ったじゃがいもを食べるときは自然解凍のほうがおいしいということに気づいたそうなんです。その経験をオリンピックの選手村で料理を出すときにも生かしたとか。そんなエピソードも描けなかったもののひとつです。一回がCMなしの45分ですから、結構書けるなと思っていたら、想像以上に短かったですね。

膨大な資料との格闘

歴史の資料を基にドラマを描くのは、僕にとってチャレンジでした。残されている膨大な資料は、たくさんのヒントが得られたと同時に、足かせにもなりました。とはいえ、当然、記録に残っていない部分もたくさんあり、そこは自分で埋めていっていいと都合良く解釈して描いたシーンもたくさんあります。資料はドラマを描くときのヒントであり、材料みたいなものを与えてくれるもの。これとこれを組み合わせたらどうなるだろう?って、自分で考えていく感じです。そのなかに架空の人もいて、絶対に交わらないはずの金栗さんと志ん生が間接的につながるという。それは架空の人物を配置したからこそのおもしろさですよね。ですから、史実に沿ってドラマを描くのも楽しかったですよ。よくよく考えたらオリジナルのドラマを書いているときも、身近な誰かをモデルにしたり、役者さんにあてて書いている時点でもう100パーセント僕の頭にあるものではないので、ふだんから同じようなことをやっているんだなと気づきました。

史実を基に描くおもしろさ

史実と史実を組み合わせ、足りない空白の部分を僕が埋めたシーンで印象深いのは、ストックホルムオリンピックへ向かう列車に嘉納治五郎がなぜ乗っていなかったのかという話。そのエピソードはもともと金栗さんの日記にしか書かれておらず、しかも「同じ列車に乗っていなかった」という記述のみ。理由はどこにも書かれていなかったので、文部省の許可が下りなかったのでは?と想像しました。選手2人は行けたけど、嘉納さんは行けず、結果、四三と三島弥彦がプレッシャーに押しつぶされることに。そこからプラカードに記す国名を決めるときに四三が異常なまでに『JAPAN』の表記を嫌がるという場面につなげました。この『JAPAN』と『日本』の話も金栗さんの日記にある実際のエピソードなのですが、なぜ『JAPAN』が嫌だったのかは書かれていなくて、だからきっと嘉納さんが遅れてきたことも原因のひとつだと自分で結論づけて描きました。だからもうほとんど創作なんだけど、基本的なところは全部史実なんですよね。そういうことができるのが、史実を基にして描くことのおもしろさだと思います。

創作秘話〜松澤一鶴〜

逆に史実はあるのだけれど、ドラマのキャラクターに合わせてアレンジしたエピソードもあります。選手たちが入り乱れて行進したオリンピックの閉会式は、史実では松澤一鶴さんが確信犯でやったという説もあった。それで後に“式典の松澤”と言われるようになったとか。でも「いだてん」で皆川(猿時)くんが演じる松澤さんって、そんな人じゃないんですよね(笑)。だから、みんな盛り上がっちゃって、止める間もなく出て行っちゃったというふうにした。皆川くんが演じるカクさんに「俺がやったんだ」みたいなしたり顔はしてほしくないなと思ってしまって。「失敗した」と頭を抱えていたら、みんなに評価されるカクさんのほうがしっくりくるなと思い、設定を変えさせていただきました。

創作秘話〜田畑政治と川島正次郎〜

全体の流れのなかでいえば、田畑篇のクライマックスに登場する川島正次郎を描くにあたって、少し悩みました。あそこまで悪役に描くとマズイんじゃないかと(苦笑)。架空の人物にしては、という案も出たのですが、そこはやはり大河ドラマですから、実在した川島さんを描くことにしたんです。その代わり、ただの悪いヤツじゃなくて、川島から見たら田畑が悪役という描き方にしようと。川島はとにかく“粋”にこだわる人だったそうで、表面上は波風が立たないようにお膳立てして、実は水面下で全てを決めていたと。田畑のようにどなったり、恫喝どうかつしたり、ごり押しするようなタイプの人間がいちばん嫌いなんじゃないかと。考え方が違い、性格が合わないだけで、双方に正義があるんですよね。

創作秘話〜コンゴの選手と女子バレー〜

とにかくスタッフが優秀だったので、欲しいと思う資料は全部手に入りました! 集めてもらった資料のなかから、使うものを決めて、間に少し創作を加えればドラマになったんです。例えば、東京オリンピックにコンゴからたった2人の選手が参加する話。こんなジャストなエピソードが見つかるとは、すごくないですか? しかも2人は陸上選手なんですよね。よく見つけてきたなぁと思いました。あとは、田畑が失脚後に大松のところに行って、女子バレーを復活させる話。実際に田畑さんが説得したそうで、そういうところは書きながら、すごいドラマだなと思いました。「いだてん」はそういう発見と驚きの繰り返しでできています。

知っておくべき歴史

「いだてん」は明治から始まり、大正、昭和を描くドラマでしたが、なかでも“幻のオリンピック”はすごく時間をかけて描きたい重要なポイントでした。1940年に東京オリンピックが開かれるはずだったというのは、僕自身、知らなかったことですし、世間的にもほとんど知られていないでしょう。これは日本人として知っておくべき歴史だと思ったので、そこに時間を割いたんです。その思いは果たせましたが、おかげで満州のエピソードがすごく駆け足になってしまい、40回以降は、どのエピソードを切り落とすかとの戦いでした。あと2話分あればアレもコレも拾えたかなぁ(笑)。

今だから「いだてん」を書けた

「いだてん」の執筆が決まった当初は「最後まで書き終わらないうちに体を壊したらどうしよう」という怖さもありました。でも、全てを終えた今振り返ると、やっぱりいい経験でしたね。今だからできたと思います。年を取ったらここまで情報処理ができなかったと思うし、逆に若かったらもっと自分を出したくなって、実在の人物よりも自分の頭で考えたことを優先したくなっちゃったかもしれません。そう考えると、この年齢で、この体力で「いだてん」と出会えて良かったなと思います。

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