「前畑さんはプレッシャーや周りの期待を背負いながら自分と戦っている人」
どれほどこの役を全うできるか、どれほど短い時間の中で水泳に熱を注げるかということだけを考えていたので、あまりプレッシャーは感じていませんでした。ただ、私が演じる前畑さんが第2部のキーパーソンとなってテレビの中で生きるんだと思うと不思議な気持ちです。前畑さんは日本人女性初の金メダリストということで、その当時の女性の社会進出に影響を与えた人。強い信念を持っている方だと思っていました。でも演じてみて痛感したのが、どんなにすごい選手でもひとりの人間で普通の心を持っていて、特別に心が強いってわけでもないということ。日々いろんなプレッシャーや周りの期待を背負いながら自分と戦っているんですよね。秀子はロサンゼルスオリンピックの銀メダルで満足して、普通の女性に戻って結婚したいと考えていた。でも、その思いを封印して4年間血のにじむような努力をして臨んだベルリンオリンピックは特別だったのではないかと感じます。
「『前畑がんばれ』の実況は日本中の人びとの声」
ベルリンでの前畑さんは「前畑がんばれ」という実況が有名ですが、この言葉は銀メダルに終わったロサンゼルス以降、日本中の皆さんから浴びるように言われていたでしょうから、ドラマと同様、プレッシャーを感じるものだったと思います。応援の言葉がマイナスに変わってしまうなんて、相当追い詰められていたということですよね。
ロサンゼルスでの実況がかなわなかったアナウンサーの河西三省さんが「4年後はちゃんと実況放送できるようにがんばります」と言ってくれていたのに、ベルリンでは「がんばれ」しか言えなかった。でも、前畑さんの泳ぎから一瞬も目を離さず、心から応援していた日本中の人びとの気持ちがそのまま河西さんの実況の声になっていたと思うので、それはそれですてきなエピソードだなと思いました。
じつはクランクインする前に1日お休みをもらって、前畑さんが住んでいた和歌山県橋本市にある前畑秀子さんの資料館に行ってきたんです。そのときに、「前畑がんばれ」の実況を、館内にある当時のレコードで聞かせてもらいました。当時のレコードは片面に3、4分くらいが(録音の)限界。その中に収まるぐらいの速さで200メートルを泳いでいたんだなと考えるとすごいことですよね。
「撮影では本当にオリンピックの中にいるような気持ちになりました」
金メダルのシーンの撮影は無我夢中でした。平泳ぎは思っていた以上に奥深く、技術的な面でも難しい泳ぎ。一つできるようになると一つできなくなったり、練習でできたフォームが撮影ではうまく形にならなかったりしました。手のかきで出る水しぶきの臨場感とか、そういうことで頭がいっぱいになっていたんです。一緒に泳いだのは競技経験のある外国人キャストの方たちなので、日本人とは体格も全然違います。ひとかきの伸びとかパワーも圧倒的で、前畑さんがそのときに感じていた体格差に対する“怖さ”みたいなものは私自身も撮影で感じました。だから、本当にオリンピックの中にいるような気持ちになりました。
ドラマの中の田畑政治さんは口が悪くて、すごくコミカルな人物ですが、誰よりも水泳を愛しているのが伝わってきます。そんな田畑さんから「日本の水泳を引っ張っていこう」という思いを端々に感じました。ああいう人物、キャラクターじゃなければ、日本の水泳はあそこまでいっていなかったかもしれませんよね。
「前畑さんを演じることに誇りを感じます」
私は小学4年生のときに、水泳が苦手なことが悔しくなって「水泳がやりたい」と祖母と同じスイミングスクールに通っていました。前畑さんは、祖母の青春時代に輝いていた女性だったので、今回、前畑さんを演じることを報告したらすごく喜んでくれました。祖母に恩返しできたかな。ちょうど平泳ぎの特訓をしていたときに練習を見にきてくれたのですが、「伸びが足りない」って。厳しかったです(笑)。
2020年に東京オリンピックが開幕することを思うと、今「いだてん」でオリンピック選手を演じていることに誇りを感じます。選手の方を見る目が変わってきますし、ぜひ、水泳に注目したいと思っています。