小梅は浅草の遊女。演じるにあたり、所作指導の先生から“日本の文化に詳しい人が見ても納得してもらえるしぐさができるように”と情熱を持って教えていただき、本物の所作を伝授いただきました。そのおかげで、お芝居の中で違和感のないたたずまいが出せたのではないかと思える瞬間もありました。
小梅は私と同じく熊本出身。熊本県民の気質というよりは、上京してきた人が持つ期待感やコンプレックスを掘り下げました。東京への特別な思いが、ちゃきちゃきとしたしゃべり方にも出ているのではないかと。理想とする江戸っ子の女性像を小梅自身もどこか演じていたのかもしれません。
美川は、東京高師の中でも浅草の人たちの中でも浮いた存在に見えますが、実際の美川さんも、好奇心旺盛で新しい物好きだったとご親族の方からうかがっています。金栗さんの日記にも実際に美川さんが登場しているそうで、ちゃんと浅草の話も出てくるんだとか(笑)。どこまでやって良いものかと思うこともありましたが、ご親族の方からは「自由にやってください」とおっしゃっていただき、今では楽しんで演じさせていただいています。
ただ、切ない場面もありました。それは、金栗さんがオリンピック選手に選ばれたときに開かれた壮行会のシーンで、美川は横目で見ながらその場を通り過ぎたんです。一緒に熊本から出てきた彼を応援はしているけれど、どこか置いて行かれた気分。そんな切なさが際立つようにやらせていただきました。演出の方も「美川のそういうところを出したい」と、金栗さんの応援ムードのかたわら、美川のセンチメンタルな部分も大切にしてくれました。
清さんは浅草が地元で、僕は山形県出身。東北の気質を江戸っ子に近づけないといけないと思い、雰囲気づくりのために毎日落語を聞きまくりました。落語に出てくるのは大して偉くない庶民。清さんはそういう存在でいたいなと思い、参考にしています。
また清さんは、物語の大きな軸である金栗さんと孝蔵の背中を押す大事な役でもあります。孝蔵が「俺が出世すると思ってんのか?」と言えば「日本一の噺家になるんだ」と言葉をかけ、ベルリンオリンピックが中止になってずっと落ち込んでいる金栗さんには「お前がそうやって腐ってたら日本人みんな腐っちまうんだよ!」とケツを叩く。きっと本物の志ん生さんも浅草で放とうしていた時代に、地元の人たちから発破をかけられて勇気づけられていたのかもしれないなと想像しながら演じています。