アスターテ遠征艦隊総旗艦”ブリュンヒルト”、艦橋
「ジーク、悪いけど全艦隊に通達を頼めるかい? 次の会戦にはまだ時間があるし、将兵を問わず交代で食事と休息をとるようにとね。ああ、負傷者はそんなに出てないと思うけど、各艦で一般兵用の医務室が怪我人で溢れて廊下に寝かされてるような状況があったら、空いてる場合に士官用の医務室の解放を許可するとも」
「
無意識に帝国貴族基準ではありえない優しさに溢れた人誑しっぷりを発揮するヤンに、キルヒアイスは嬉しそうに微笑む。
キルヒアイスは思うのだ。カリスマには色々な形があってよい。鮮烈なだけがカリスマではないと。
鮮烈な輝きを放つ恒星だけが星ではなく、家路に続く夜道を優しく照らす……月明かりのような、そんなカリスマがあってもかまわないと。
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アスターテ星域、自由惑星同盟第2艦隊”パトロクロス”
「バ、バカな……なんで帝国の艦隊が正面から来る……なぜ、パストーレとムーアはなぜ来ないっ!?」
アドミラルシートでうろたえるパエッタに、主席参謀であるワイドボーンは非情なる現実を
「先ほど申し上げたとおり第4/第6艦隊は既にないでしょう。我々は我々の力だけでこの窮地を乗り切らねばならぬのです」
ワイドボーンは思わず嘆息したくなった。
そもそもラップが発案し自分の権限で
言い方を変えれば、奇襲を防げて艦隊の舳先を敵艦隊に向けられただけだ。
第4/第6艦隊に比べれば遥かにマシな状況だが、かといって不利であることは否めない。
「まさか2個艦隊が食われたというのか……? 君は」
「ええ。全滅なのか壊滅なのかは定かではありませんが」
☆☆☆
アスターテ遠征艦隊総旗艦”ブリュンヒルト”
「まいったね。敵の警戒網が思ったより広かったよ。第4と第6が食いつぶされた可能性を読まれたかな?」
敵の索敵網に艦隊を発見され苦笑するヤン。
だけど、奇襲のアテが外れたのに……どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか?
「どうやらパエッタ中将は、部下の進言を素直に聞き入れる程度の度量はあるようだ」
「? 索敵機による哨戒網の構築はパエッタ中将の発案ではないのですか?」
「いんや。私の想像通りなら、提案したのは参謀のワイドボーンかラップのどっちかだろうね。性格や思考形態から考えて、パエッタ提督は第4/第6艦隊が先に壊滅したって可能性を考えようとはしないはずだよ」
それは情報に基づいた
幸い軍情報部や諜報機関、自らの組織が集めた情報から総合的かつ多角的に判断しても、個人の能力や性格に大きな齟齬が起きてる訳じゃなさそうなので、とりあえずは安心材料だ。
だが、そんなヤンの何気ない言葉の端々が、キルヒアイスは少し面白くない。
同盟のプロパガンダである”エル・ファシルの英雄コンビ”が知られてからヤンは妙にその二人のことを気にしてるようだし、キルヒアイスからしてみれば無駄に高く評価してるように思えてならない。
それが
「閣下、いかがなさいますか?」
その思いを表情に出さぬよう押し込めつつキルヒアイスが問う。
別の世界線のローエングラム伯爵なら迷いなく紡錘陣形からの突撃を敢行するだろうが……
「機先を制せなかった以上、ここは安全策をとろう」
ヤンはいつものように穏やかな表情で、
「全艦隊に通達。
何気に原作ヤンよりあっさり進言が受け入れられているワイドボーン&ラップ。
やっぱり非常勤参謀より秀才コンビのほうが受け入れられやすい?