アスターテ星域、ファーレンハイト分艦隊旗艦(高速戦艦)”
「あいつらは一体全体、どんな提督教育を受けてるんだ?」
既にこちらは
上策は全速沈降しながら機雷をばら撒くか
無論、そうされてもファーレンハイトはたやすく逃がしたり反撃させてやるつもりはない。
メルカッツの分艦隊が航空兵力に特化してるように、彼の艦隊は速度に特化しているのだ。
戦艦の比率は低いが全て高速戦艦で占められており、代わりに速度に秀でた巡航艦の割合が高い。
言ってしまえば戦艦と巡航艦を身内トレードした形でこれらの船を確保していた。
反面、防御に回れば打たれ弱く、基本的には足を止めた撃ち合いには向かない……その速力と突破力を生かし、切り込むことを信条とした編成だった。
威力よりも鋭さを重んじる……ファーレンハイトもその特質をよく弁えており、第4艦隊を屠った時はメルカッツが司令艦や指揮艦を沈めた後、全速で突撃し、混乱を拡張させ敵艦隊を壊乱させた。
彼の役目はここまでであり、一撃離脱に徹したのだ。
強いて言うならその戦い方は第二次世界大戦の某帝國海軍の水雷戦隊に近い。
この後、艦隊砲戦の統制斉射で殲滅したのはヤン率いる本隊だった。
それは別にいい。いいのだが……
「敵に後を取られて一斉回頭するとは……同盟は、どんな内容の艦隊教本を使ってるんだか」
とはいえチャンスなのは変わりはない。
今回はメルカッツ自慢の航空隊は牽制に徹し、せっかく自分達が後方から奇襲できる機会を作ったのだ。
むしろ無様な艦隊機動で無防備で大きな横っ腹を晒してるのだから、撃たないという選択肢はない。
「全艦に告ぐ! 恐れることなく肉薄し、敵の肥え太った横っ腹を刺し貫け!!」
その闘将の面目躍如たる命令に、ファーレンハイト麾下の艦隊は十全に応えた。
かくて第6艦隊は、見るべきところもない提督のムーアごと消滅したのだった……
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アスターテ遠征艦隊総旗艦”ブリュンヒルト”、艦橋
「やれやれ、ここまでは順調と言っていいのかな?」
相変わらず安楽椅子に座るような姿勢でアドミラルシートでつぶやくヤンに、
「はい
と返すのはキルヒアイス。階級で呼ばれるのも爵位で呼ばれるのも好まないヤンに配慮し、公的な場所ではキルヒアイスは閣下という一般名詞を使っていた。
ヤンは不思議な感覚を味わっている。
(かつては討たれる側だったもんだが……いざ自分が攻め手に回るとは、何とも複雑で珍妙な気分だよ)
とはいえ、それ自体もある意味慣れたものと言えば慣れたものだ。
(それにしても、前世のこととはいえ同盟の兵士を殺すことに何の躊躇も感じないとはね……)
「ジーク、私は存外に薄情なのかもしれないね」
「は? 小官は、閣下ほど情に厚い方に会ったことはありませんが……」
キルヒアイスにナチュラルに返され、ヤンは困ったように頭を掻く。
自分で行った仕草なのに、やけに前世とのつながりを意識させた。
「ところで閣下、エルラッハ提督とフォーゲル提督から追撃の許可要請が来ていますが」
「却下」
ヤンはにべもなく切り捨てた。
「”兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず”……ですか?」
キルヒアイスが孫子の兵法、作戦篇の一節を諳んじると、
「全く持ってその通り。それに今はだらだら戦っている時間がない。残敵を掃討するのは普通なら悪い判断じゃないが、今はもう1会戦控えてるのを忘れないでほしいもんだよ」
そしてふと思い出したように、
「ところでシュターデン卿は、まだ医務室かい?」
そう、最初の戦いでシュターデンは慣れない戦闘での極度の緊張のせいか倒れ、医務室に運ばれていた。
もしかしたら事前の食事の中に無味無臭で遅効性の……が混入していたかもしれないが、信頼の置ける旗艦付軍医が『過労と緊張の積み重なりでしょう』と診断している以上はその通りなのだろう。少なくとも公的記録にはそう記載されるはずである。
今は睡眠薬で安らかな眠りの中にいるはずだった。
ヤンは別に都合が悪い現実ではないので別に思うところはない。キルヒアイスや軍医や厨房のスタッフが証拠を残すようなヘマはしないだろうし。
「戦の最中に昼寝とはいいご身分だよ。出来れば私もそうありたいものだ」
「閣下にそうされては全員がヴァルハラで昼寝することになりますが?」
「それは遠慮したいな。せっかく生まれたんだ。もう少し現世っていうのを味わいたいもんだ」
「御意」
キルヒアイスは満面の笑みを浮かべた。
シュターデンはオチ担当。
これが世界の摂理だってわかんだよね。