いだてん

IDATEN倶楽部

2019年414

生半可なまはんかな気持ちではできない役。僕なりにストイックに演じました」

作家、演出家、俳優、脚本家、映画監督とさまざまな顔を持つ松尾スズキさん。大河ドラマ「いだてん」で脚本を担当する宮藤官九郎さん、主演を務める阿部サダヲさんをはじめ、個性豊かな俳優陣が在籍する「大人計画」の主宰としても知られています。「いだてん」で伝説の落語家・橘家円喬を演じる松尾さんにお話をうかがいました。

「孝蔵との関係はどこか人間味があります」

私が演じる円喬は、後の志ん生になる孝蔵の師匠。人間嫌いなのに、孝蔵との関係だけはどこか人間味があります。孝蔵をじゃけんに扱いながらも、名前を呼ぶときは「美濃部くん」、「朝太くん」などと“くん”付けで呼び、決してなれ合わない。そこには「ここからは入らせないよ」という見えない線が見え隠れするような気がしますね。その反面、人間的にダメなところのある孝蔵のことをどこか愛しているんでしょう。何かにつけ「美濃部くん、美濃部くん」と呼んでいるのがおもしろいです。

円喬が孝蔵にひきつけられたのは、ある種の不真面目さがあったからだと思っています。そこは円喬自身にはない部分。こいつは突いたら何か出るんじゃないかと思わせたのかもしれません。でも孝蔵と知り合ったころにはすでに肺を患っていたので、いつか別れがくることも意識していました。身を持ち崩している孝蔵を何とか自分の後継者にと思いつつも、自分の体が持たないことが分かっていたのでしょう。よその師匠に預けて一人前にしてもらおうと孝蔵をドサ回りに出すのですが、まな弟子を預けなくてはいけない悔しさが別れのシーンにはあったように思います。僕自身、ふだんはこんなことないのだけれど、涙が出そうになって、こらえて演じました。

「人間嫌いで人と距離をとりたがる孤独な男」

円喬は1日に寄席を四軒もはしごしていたという売れっ子で伝説の落語家でもあります。当代一の名人と言われた人なので、生半可な演じ方はできないなとプレッシャーを感じましたね。選んでくれた宮藤(官九郎)に恥をかかせてはいけないと、落語をたくさん見ました。

円喬は志ん生の師匠にあたる人物。若いころの志ん生は森山未來くんが演じていますが、名人と呼ばれるようになってからの志ん生役はビートたけしさんです。円喬を演じるにあたっては、志ん生の師匠らしく見えるよう説得力を持たせなくてはいけませんが、東京生まれで伝説の漫才師でもあり、落語にも明るいたけしさんの志ん生と違いを争ってもしかたないでしょう。ですから私は私で、人物像をしっかりととらえてストイックに演じたつもりです。

円喬の落語は音声がほとんど残っていなくて、あるものもノイズがひどくてあまり参考にはなりませんでした。ただ残っている資料には人となりが少し分かる部分もあり、例えば先輩落語家のはなしがつまらないと変な間合いでせきやくしゃみをしたり、妙な間合いで笑うと書かれている。ちょっと意地悪な部分がかいま見えますよね。

求道的(※)な人でもあると思います。でもその背景には孤独がある。人間嫌いで他人と距離をとりたがる孤独な男。野暮なことはせず、ドライに生きた人ではないでしょうか。それだけに、人間味あふれる孝蔵に興味を持ったのかもしれません。孝蔵を弟子として受け入れる場面では、サラッと「明日からおいで」と言った円喬。あのシーンからは小粋な感じがしました。

※求道的=真理を追究すること。

「脚本家として勉強になりました」

肝心の落語に関していえば、落語指導の古今亭菊之丞師匠から事前に資料をいただいて噺を覚え、稽古をしました。師匠はその都度、言い回しを変えたりするので、丸覚えするものじゃないんだなと。その時、その時の自分の調子に合わせて「てにをは」が変化するんです。これはドラマの世界にはないこと。僕自身、脚本を書くこともあるので、とても新鮮でした。

落語家というのは演者でありながら演出家でもあるんですよね。その日のお客の顔を見てまくら(※)を決めたり、この話はいらないなとはしょったり。情景描写も一人でやる。なかでも演じていて特に勉強になったのは『文七元結ぶんしちもっとい』。人情話としてもよくできているし、笑いもあって、脚本家として勉強になりました。落語家の方も一度、演出家をされてみたらおもしろいかもしれません。

最近、宮藤がエッセイなんかで昔のことを書くことがあるのですが、僕が覚えていないようなおもしろいエピソードもたくさんあるんです。それを読むと、円喬と孝蔵の関係を自分たちに重ね合わせて書いているのかなと感じる部分も。円喬と孝蔵には師匠と弟子のような堅苦しい関係にはならずに、いつの間にか一緒にやっていたという感じがありますが、僕たちもまさにそんなふうなので、もし重ねて書いてくれているならうれしいですね。宮藤が書く作品で僕が先輩や師匠の役で登場することが多くて、しかもちょっといじめられるんですよ。撮影が終わったころには疲れきる…。今回も疲れています。厳しい弟子ですよ(笑)。

※まくら=噺の本題に入る前にする自己紹介や時節ネタ、時事ネタなど。

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