いだてん

IDATEN倶楽部

2019年113

「痛快をキーワードに一人一人の個性的なおもしろい顔が見える音楽を心がけました」

一人の表現者として、世界中でさまざまな音楽活動を続ける大友良英さん。「あまちゃん」、「64(ロクヨン)」や「トットてれび」など数多くの音楽を手がけています。果たして今回の「いだてん」では、どんなインスピレーションを受けて制作されたのでしょうか?

「最大箇所で700トラックくらいを使用した。これだけ音数が多い楽曲はあんまりない」

「いだてん」は「あまちゃん」と同じ宮藤官九郎さん脚本のドラマですが、その違いは何だろう、朝ドラと大河ドラマの違いって何だろうってことを大真面目に考えるところからオープニングテーマ作りを始めました。通常の朝ドラはある限定された地域の日常の中の出来事を一つの物語として描いているのに対して、大河はそもそも日常的な出来事などではない大きな話が多いでしょ。でも「いだてん」は、それとも違って複数の地域で複数の人たちが別々の物語の中で生きていきます。その中には朝ドラが描くような日常的な世界もあれば、オリンピックや戦争といった巨大な話まで出てきて、それこそ地球儀と等身大の世界を同時に見ているようなドラマだって感じました。だから、これまでの大河でもなければ朝ドラの楽曲とも違う何かを発明しなくちゃって思いました。

脚本ではたくさんの人が出てきますが、車夫の清さんも嘉納治五郎も同じ登場人物としてとっても魅力的に描かれています。そんなストーリーを読んでいくうちに「ものすごい人数でやっているのに一人一人の顔が見える音楽を作りたい」そう思うようになりました。普通、大人数の音楽は一人一人の個性よりはぴしっとした一体感に重きをおきます。でも「いだてん」の音楽はよく耳を凝らしてみると、一人一人の個性的な顔が見えるよう、同じようなスキルや世界観の演奏家だけでかためず、それこそN響(NHK交響楽団)や私のビッグバンドのメンバーのようなプロ中のプロから、ふだんはあまり楽器を手にしてないような一般の人たちまで、さまざまな人にスタジオに来てもらい録音しました。クラシックだけではなくポップスも邦楽も、アマチュアの人から玄人まで、さまざまな人たちがごちゃごちゃに入り混じる、そんな音楽を作りたかったんです。テーマ曲に演奏で参加した人数は180人。後半のコーラスパートに至ってはすべて素人で、スタッフさんやたまたまいた人まで、現場にいた人すべてに参加してもらったので、声も合わせればのべで300人は超えてます。本当は1000人を目指してたんですけどね(笑)。後半、いちばん音の多い箇所で700トラック。多分、大河史上最大のトラック数じゃないかな。多けりゃいいってもんじゃまったくないけど、でもこれだけ音数の多い楽曲は僕自身あんまり記憶にないですね。

それに、「いだてん」ってドラマ、なんだか終始走ってるんです。だから、一人一人の個性に加えて疾走感をテーマにしたかったんです。最初はギターとドラムの二人から走り始めて、曲が進むにしたがって、どんどん人が増えていく。最後はありえないくらいの大人数で走り続けます。“最初は少ない人数で走り出したオリンピックがどんどん人を巻き込んでいく”というストーリーをそのままやったような感じです。曲作りもオーケストラの編曲は江藤直子さん、リズムの編曲は芳垣安洋さんにお願いして、作曲の段階から一人で作らずにいろんな人と一緒に走ってきて完成したのがオープニングのテーマ曲です。

「瞬間的に浮かんだわけではなくて、1年以上かけてじっくりと世界観を落とし込んでいった」

「いだてん」のお話をいただいたとき、最初に演出の井上剛さんが強調していたのが「痛快」というテーマでした。でもね、言うのは簡単だけど、じゃどうするってなったときに、具体的な姿にして楽曲へ落とし込むのは実は難しかったです。宮藤官九郎さんの第1回の脚本を読んだときも情報が多すぎて、どこに焦点を当てたらいいのか最初すぐには見えませんでした。なんだかんだと悩んで、オープニングテーマが完成するまでには1年以上かかりましたよ。

最初は、熊本にある金栗さんの生家に行きました。ものすごい山奥ですけど、のどかな里山というよりは東南アジアの山のような野生を感じたんですね。それが大きなヒントになりました。

「痛快」「野生」そんなことを考えていたときに、たまたま別の仕事で一か月半ほど中南米を旅したんです。ブラジルで特有の大規模なサンバを見たときに、「痛快」や「野生」とまざまな人が雑多に入り混じるようなイメージがごっちゃになって湧いてきたんです。

現代のブラジルのサンバって、ものすごくアスリート的でみなハイテクニックでひたすら大きな音で、今のオリンピックをほうふつとさせてくれるんですが、「いだてん」の時代のオリンピックとは少し色合いが違うように感じたんです。サンバも1950~1970年くらいまでさかのぼると全く様子がかわってきます。酔っ払いもいれば、キレイなお姉さんもいて、すてきな演奏家もいるような雑多な空気感とでもいったらいいかな。「いだてん」のオープニングテーマもそんな感じになればいいかなって思うようになりました。ちょうど金栗さんのような天然で真面目な人もいれば、志ん生さんのような荒くれ者もいる。美川も清さんも治五郎もスヤさんもみんな生き生きしてる、そんなイメージと重なり合ったんです。ややサンバ風のリズムではあるけど日本の鼓やチャンチキの音が入っていて、アマチュアの方が作った自作打楽器まで入ってる。それこそいろんな人が上も下もなく混在しているからこそ世界なんだってことを表現したかったんです。

「このドラマでの音楽の役目は、翻弄されながら生きている人たちに何も言わずに寄り添っていくことなんだと思います」

「いだてん」のドラマには欠かせない東京の街を歩いてみたりもしました。「ブラタモリ」みたいに明治~大正期の古い写真を持って、当時の風景を思い浮かべながら歩いたんですが、東京で痕跡を探すのは大変でした。皆さんはどう感じるか分かりませんが、当時の浅草って写真で見るとなんだかすごく中東だったり東南アジアっぽかったりして、今以上にいろんな文化が混在しているように見えたんですよ。ヨーロッパの影響を強く受けながらも和のものだったりするわけで、街の至る場所が謎の和洋折衷で造られている、そんな印象です。でも、手作りだし、石も木も本物。まったくチープじゃない。ところが、今の東京って技術はすごく進んでいるけど、なぜかものすごくチープに感じるんですよ。そこをどういうふうに表現していくのかとか、そういうことばっかりを考えてましたね。

関東大震災や戦争などによって姿を変えていった東京で、さまざまな紆余曲折をへて行われたのが64年の東京オリンピックです。きっとこのドラマを見ることで2020のオリンピックの見え方が変わるんじゃないかと思っています。車夫の清さんがオリンピックに参加できるかもって思えた時代にはじまり、震災や戦争に翻弄される中で、平和の祭典のはずが国威高揚に利用されていったりとか、そんなことと関係なく貧乏長屋に暮らす落語家の人生とか、きっといろんな事がこの先ドラマの中で描かれていくんだろうと思います。きっとこのドラマでの音楽の役目は、そんな中で、翻弄されながら生きている無数の人たちに何も言わずにそっと寄り添っていくことなんだと思います。
一人一人の個性と痛快な疾走感、そして「いだてん」が描くオリンピックという開かれた世界を表現したオープニングテーマ曲。大友さんの音楽性がつまったオープニングテーマ曲にぜひご注目ください!

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