「大河でこんなテーマをやるのかと驚いた。ぜひやってみたいと思った」
最初にこのお話をいただいたとき、「本当にこのテーマで大河をやるのか」と思いました。従来のイメージにある合戦シーンなどではなくて、マラソンだったり落語だったりを取り入れるようなテーマの独自性に強くひかれたんですね。
正直「これは僕の仕事だな」と思いました。ほかの人に依頼されなくてよかったですよ。それに、中村勘九郎さんを主演にしたという点もすばらしいですね。勘九郎さんは役者さんですから、普通のマラソンランナーではとれないポーズがとれる。ある意味でオーバーだけど、それがひとつの表現になる。あんなアクロバティックな走りは普通のマラソンランナーにはできないと思います。あの運動神経はすごいですよ。コミカルでユーモラスな中村屋の伝統が息づいているという印象を受けました。
美術で何かを表現しようとするとき、コミカルでユーモラスというのは、とても大事な要素なんです。真っ当な作品のなかでもくすっと笑える要素があることは、非常に大切だと考えています。その点でもNHKさんは、本当にすばらしい方を主演に選ばれたなと思いましたね。
「時代性は意識しませんでした。ただ、時代の潮流を表現することは意識しました」
ポスター制作の依頼を受けたとき、まず勘九郎さんをどうやって見せていくかをイメージしてアイデアを固めていきました。ただ走っているポーズをポスターにしただけではおもしろくない。勘九郎さんの役者としてのキャラクターやコミカル性とかを、時間という枠組みで表現したいと思ったんです。
ポスターは写真を多重的に見せていますが、そのなかの一枚に、あえてペットボトルを持って撮影した写真を入れているんですね。これは「いだてん」で描かれている時代にはなかったものですが、逆に言えば現代につながる時代の差がおもしろいと直感的に考えたんです。勘九郎さんの手足が車輪のように回転する、その時間を凝縮したポスターになったんじゃないかと思います。
「マラソンは人生のようなもの。苦しみも悲しみもすべて表現されているように感じています」
昔から感じていたんですが、マラソンというのは人生だと思うんですよ。僕がマラソンを見るとき、ランナー一人ひとりの生き方として見ているんです。あの短い2~3時間にランナーたちの生まれてから死ぬまでの時間が凝縮されている。レース展開のなかには駆け引きもあって、それはまさに人生です。
苦しみや喜び、すべての感情がランナーのなかに押し寄せて、僕はそこに生き方を感じずにはいられないんですね。完走する人もいれば、途中で脱落してしまう人もいる。一方で、駅伝はたすきを渡していくわけですが、僕はこのたすきを魂のように思います。そう考えると駅伝は輪廻転生(りんねてんしょう)のようにも見えてくるんです。
僕はこうしたマラソンにおける人生の表現が「いだてん」にはあると感じています。もし人生に迷っているような人がいるなら、ぜひ「いだてん」を見てくださいと言いたいですね。
横尾忠則さんの独特の世界観が生かされた題字やポスタービジュアルと、大河ドラマ「いだてん」はどんな化学反応を起こすのか、お楽しみに!