空虚な施政方針演説 輸出誇張 未来に禍根 特別編集委員 山田優
2020年01月28日
「世界に目を向けることで、地方に新しいチャンスが広がります」
安倍晋三首相は先週、国会の施政方針演説で農林水産物の輸出政策に触れた。欧州連合(EU)への牛肉や米の輸出が3割増えたことなどを挙げ、「農業の明るい未来を切り開くのは農産物輸出だ」と言わんばかりに自画自賛した。
農水省の集計によると、昨年1~11月の欧州向け米輸出額は、前年同期に比べて確かに29%伸びている。その限りでは演説は間違ってはいない。
しかし、現実はどうか。EUに向かった米は947トンで輸出額も3億円に満たない。日本の米生産量全体に比べると0・01%余り。これが3割増えたところで農業全体への影響は限られている。
首相は、演説で国民の多くが関心を持っている「桜を見る会」などの疑惑に全く触れなかった。一方で都合の良い事例だけをつまみ食いして、手柄を自慢するのに終始した。農業の分野に限っても同じ構図だ。
本当に農家が知りたいのは、この先の農業政策を首相自身がどう考えているのかだ。近く始まる日米貿易協定の追加交渉で日本政府は農産物で新たな譲歩を拒むのか。財政当局からの風圧が強まりつつある飼料用米の支援を、この先も続けるのか。国民全体の懸念材料である食料自給率の低下をどう立て直すのか。
聞きたいことはいっぱいある。
「サツマイモの新品種がシンガポールやタイで大人気です」などという能天気な説明ではなく、農業が直面する課題と信念を自らの言葉で語り、堂々と野党との論戦を挑むのが、本来の仕事のはずだ。
空虚なスローガンを垂れ流す首相を忖度(そんたく)してか、あるいは便乗してか、農水省も2020年度の農林水産関係予算案の一番の目玉に輸出力強化を掲げている。
少し前まで日本政府は「多様な農業の存在の必要性」を世界に向かって主張し、輸出国による自由化攻勢を強く批判したはずだ。ところが、いつの間にか日本も輸出国気取りになってしまった。首相が輸出拡大をはしゃいでいる国が、農業交渉の場で「国内農業を守りたい」と主張して説得力があるだろうか。
農産物輸出を針小棒大に語ることは国民に対して不誠実であり、日本の農業の未来に禍根も残すだろう。
安倍晋三首相は先週、国会の施政方針演説で農林水産物の輸出政策に触れた。欧州連合(EU)への牛肉や米の輸出が3割増えたことなどを挙げ、「農業の明るい未来を切り開くのは農産物輸出だ」と言わんばかりに自画自賛した。
農水省の集計によると、昨年1~11月の欧州向け米輸出額は、前年同期に比べて確かに29%伸びている。その限りでは演説は間違ってはいない。
しかし、現実はどうか。EUに向かった米は947トンで輸出額も3億円に満たない。日本の米生産量全体に比べると0・01%余り。これが3割増えたところで農業全体への影響は限られている。
首相は、演説で国民の多くが関心を持っている「桜を見る会」などの疑惑に全く触れなかった。一方で都合の良い事例だけをつまみ食いして、手柄を自慢するのに終始した。農業の分野に限っても同じ構図だ。
本当に農家が知りたいのは、この先の農業政策を首相自身がどう考えているのかだ。近く始まる日米貿易協定の追加交渉で日本政府は農産物で新たな譲歩を拒むのか。財政当局からの風圧が強まりつつある飼料用米の支援を、この先も続けるのか。国民全体の懸念材料である食料自給率の低下をどう立て直すのか。
聞きたいことはいっぱいある。
「サツマイモの新品種がシンガポールやタイで大人気です」などという能天気な説明ではなく、農業が直面する課題と信念を自らの言葉で語り、堂々と野党との論戦を挑むのが、本来の仕事のはずだ。
空虚なスローガンを垂れ流す首相を忖度(そんたく)してか、あるいは便乗してか、農水省も2020年度の農林水産関係予算案の一番の目玉に輸出力強化を掲げている。
少し前まで日本政府は「多様な農業の存在の必要性」を世界に向かって主張し、輸出国による自由化攻勢を強く批判したはずだ。ところが、いつの間にか日本も輸出国気取りになってしまった。首相が輸出拡大をはしゃいでいる国が、農業交渉の場で「国内農業を守りたい」と主張して説得力があるだろうか。
農産物輸出を針小棒大に語ることは国民に対して不誠実であり、日本の農業の未来に禍根も残すだろう。
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次期中山間直払い 農地維持へ推進強化を
条件不利地への支援策となる中山間地域等直接支払制度は、2020年度から第5期対策に入る。担い手不足の中、営農を続け耕作放棄を防ぐことができるか不安を抱える集落は多い。地域の将来像の策定を促す仕組みなどが新たに加わる。現場で機能し、農地が維持されるよう推進体制の強化が必要だ。
農地面積は19年が439万7000ヘクタールで、荒廃農地の発生などで5年間で12万1000ヘクタール減少。現行の食料・農業・農村基本計画で25年の目標として掲げた440万ヘクタールを割り込んだ。農地の確保は、次期計画での生産基盤強化の焦点となっている。
同制度では、5年ごとに農家らが協定を結び営農を続ける集落に交付金を支払う。期間中に耕作放棄地が出ると、協定を結んだ時点にさかのぼり交付金全額を原則返還するというのが従来のルール。高齢化が進む中、耕作放棄地を出さないですむか不安で、次の5年が始まる前に活動をやめる集落は多い。
実際、現行の第4期対策が始まった15年度の取り組み面積は65・4万ヘクタールで、前年度から3万ヘクタール以上減った。減少幅は制度始まって以来最大だった。第5期対策が始まる20年度は、取り組み面積の維持・拡大が課題だ。
将来にわたり営農が続くよう第5期対策で農水省は将来像の策定を重視。満額単価で交付金を受け取れる要件として「集落戦略」づくりを求める。集落を支える人材をどう確保し、どの農地を誰が維持するかなどを定める。戦略づくりが進まず、満額単価で交付金を得ることができない集落が増えれば、営農活動の全国的な縮小につながりかねない。各地で戦略が策定されるよう国は力を尽くすべきだ。
農家らが話し合いの場を持ち戦略を取りまとめるには、現場で推進する市町村などの体制が鍵を握る。しかし平成の大合併以降、多くは職員が減り、農業担当者の配置も難しくなっている。現場に寄り添い、活動を続けるための方策を集落と共に検討する人材を確保できるよう市町村への支援が必要だ。同省は都道府県や市町村が推進体制を強化するための交付金を用意しているが、財源を減らしてきた。必要額の交付金が行きわたり十分な体制が構築されているか検証しなければならない。
集落戦略と並ぶ第5期対策のポイントが交付金返還ルールの見直しだ。耕作放棄地が発生した場合、その面積分に限り、協定の締結時点にさかのぼった額を返還するようにする。従来ルールを検証した同省の第三者委員会も「(全額返還は農家の)不安につながっている」と指摘し、「より取り組みやすい制度」への見直しを提起した。
交付金返還への現場の不安は一定に和らぐと考えられる。それが耕作放棄地の発生につながることがないようにすべきだ。ルール変更で生まれる農家の安心感を営農意欲に昇華させ、集落挙げた将来像の策定に結び付けることが国には求められる。
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2020年01月30日
若者流出、伝統継承…農山村の課題描く 真の豊かさとは 映画「高津川」島根の清流舞台
島根県西部を流れる高津川。その流域の農山村を舞台にした映画「高津川」が、先行上映する中国地方で大ヒットしている。俳優の甲本雅裕さん(54)演じる牧場経営者の斎藤学が、家族や仲間と一緒に若者の流出、農業や祭りの継承危機などに立ち向かう姿を描く。製作には地元の自治体やJAも全面協力。4月から全国上映も始まる。(鈴木薫子)
高津川は県最南端の吉賀町に源流を持ち、津和野町、益田市を抜けて日本海に注ぐ。長さ80キロ、支流を含めてダムが一つもない1級河川。国土交通省の2007年度の水質調査で全国の1級河川の中から1位に選ばれ、清流が今も残る。
映画では、透き通った川のせせらぎや鳥のさえずり、そよぐ風に揺れる稲穂など、農村の原風景が丹念に描かれている。その中で、牧場を営む主人公の学は、妻を亡くし、母と娘、息子と牛の世話に励む。
地元の伝統芸能「石見神楽」は地元の誇りとして長く受け継がれているが、高校生の息子・竜也は進路に悩み、神楽の稽古をさぼりがちだった。学は多くの若者と同じように竜也が地元を離れてしまう不安を抱える。
そんなある日、母校の小学校閉校の知らせを聞く。さらに高津川上流にリゾート開発の話が持ち上がった。
先祖から受け継いだ土地、清流が生む新鮮な農産物を守りたい──。学は和菓子屋を継いだ陽子ら同級生と、全国に散らばった卒業生を集めて最後の運動会を計画。それぞれが現実と向き合い、自分にできることを模索するストーリーだ。
学が営む牧場の撮影場所は、津和野町でジャージー種と黒毛和種の交雑種(F1)を肥育する京村牧場だ。町では小学校の統廃合が相次ぎ、牧場主の京村真光さん(66)は映画と現実が重なって見える。「県外からの移住者が増える明るい話もあるが、地元の若者が出ていく構図は変わらない」と話す。
映画製作にJAしまね西いわみ地区本部も資金面で支援した。メロンなど、管内の農産物も映画に登場する。田村清己本部長は「映画に出てくるのは、全国各地の地方で起きている身近な問題。故郷を見つめ直すきっかけにしてほしい」と期待している。
映画初主演の甲本さんは岡山県、ヒロインの陽子を演じた戸田菜穂さんは広島県出身。何げない日常を捉える描写力と柔らかな映像美に定評がある錦織良成監督も島根県出雲市と、中国地方出身者がそろう。
昨年11月末から中国地方で先行上映している。「幅広い世代が映画館に足を運び、各地で大ヒットしている」(製作会社)。4月3日から全国で上映する予定だ。
錦織良成監督に聞く 作品への思い
錦織良成監督(同)
錦織良成監督に映画製作への思いを聞いた。
水の恵み“ぜいたく”
地元で監督した作品の上映会で高津川を知り、下流まで透き通っていることに魅了された。きれいな水がある生活こそが人間にとって一番幸せなことだと感じ、10年ほど前から映画にしたいと考えてきた。
山から流れ出た水で農産物が育ち、その水が海に流れる。当たり前の営みがぜいたくだと思う。その原風景を映画に映し出すことにこだわり、見どころの一つとなった。特に下流のきれいさを際立たせた。撮影では、地元のボランティアや大勢のエキストラの絶大な協力があった。地域との交流を通して、皆で作り上げた。
少子高齢化や後継者問題、都会への若者流出など。これらが原因で里山が失われつつある現実を描きながらも、地方の豊かさを共有したい、感じてもらいたいとの思いがある。
自然豊かな里山が荒れたら、人々の豊かな生活が脅かされる。撮影をした時、神楽をやりながら農業を継ぐ、地元の若者の真っすぐな表情を見て希望を感じた。農業をつなぐことが日本の豊かな未来へつながると信じている。
にしこおり・よしなり 1962年生まれ、島根県出雲市出身。代表作に「僕に、会いたかった」(2019年)、「たたら侍」(17年)などがある。
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2020年01月29日
住民組織×JA 小さな拠点を共に守る 地域唯一のスーパー 改修、仕入れ連携
過疎地域の住民が主体的に地域課題の解決に当たる「地域運営組織」や、集落機能などを集約する「小さな拠点」と連携するJAが広がっている。地方創生の次期総合戦略で「小さな拠点」の形成にJAの参画が記述され、JAの役割発揮を求める。専門家は、まず自治会などと話し合い、「できること」から支えることを提案する。
山間地に350人が暮らし、高齢化率が5割超の愛媛県大洲市豊茂地区。自治会が2011年から運営する「ミニスーパー豊茂」は地区唯一の買い物施設だ。……
2020年01月28日
東京五輪 勝者の証しに 表彰状用コウゾ皮むき 茨城県大子町
東京五輪・パラリンピックの表彰状に使われる岐阜県の「美濃和紙」。その原料に使われるコウゾの枝の皮むき作業が茨城県大子町で進む。同町で栽培されるコウゾは、繊維がきめ細かく耐久性に優れることから「大子那須楮(こうぞ)」として、全国の和紙産地に知られている。
約1ヘクタールでコウゾを作る齋藤邦彦さん(73)の作業場では、80センチほどに切ったコウゾの枝を1時間半かけて蒸す。その後、農家ら10人が枝の皮を1枚ずつ手を滑らせるようにむき、手際よく束ねる。むいた皮は、和紙の原料になる繊維質の白皮の部分を包丁でそいで天日干しする。
五輪で贈られる表彰状は、職人が手すきして作る。透かしが入って、大きさはA3判。1位から8位の選手に贈られる。
コウゾ100キロから取れる白皮は6キロほど。1950年代は約45トンあった白皮の生産量は、現在3トンほどに減った。
齋藤さんは「大子産のコウゾですいた和紙が表彰状に使われるのは名誉なこと。五輪を機にコウゾの後継者確保につながればありがたい」と話す。皮むき作業は2月ごろまで続く。 東京五輪・パラリンピックの表彰状に使われる岐阜県の「美濃和紙」。その原料に使われるコウゾの枝の皮むき作業が茨城県大子町で進む。同町で栽培されるコウゾは、繊維がきめ細かく耐久性に優れることから「大子那須楮(こうぞ)」として、全国の和紙産地に知られている。
約1ヘクタールでコウゾを作る齋藤邦彦さん(73)の作業場では、80センチほどに切ったコウゾの枝を1時間半かけて蒸す。その後、農家ら10人が枝の皮を1枚ずつ手を滑らせるようにむき、手際よく束ねる。むいた皮は、和紙の原料になる繊維質の白皮の部分を包丁でそいで天日干しする。
五輪で贈られる表彰状は、職人が手すきして作る。透かしが入って、大きさはA3判。1位から8位の選手に贈られる。
コウゾ100キロから取れる白皮は6キロほど。1950年代は約45トンあった白皮の生産量は、現在3トンほどに減った。
齋藤さんは「大子産のコウゾですいた和紙が表彰状に使われるのは名誉なこと。五輪を機にコウゾの後継者確保につながればありがたい」と話す。皮むき作業は2月ごろまで続く。
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2020年01月30日
人間、豚、鳥、コンピューター
人間、豚、鳥、コンピューター。これらを脅かす共通の敵は何か。そうウイルス。新型肺炎に豚コレラ。電脳空間のウイルスも脅威だ▼人類の歴史は、ウイルス感染症と闘った歴史。最たるものが天然痘と狂犬病。紀元前のエジプトの王様に天然痘の痕跡があるという。近年の脅威はエイズか。家畜では、牛の口蹄疫(こうていえき)、鳥インフルエンザ、豚コレラなど。ウイルスは1人では生きていけない。人や動物に寄生して、増えていく。他人任せの厄介者だ▼寄生。英語でパラサイト。話題の韓国映画「パラサイト 半地下の家族」は、文字通り金持ち一家をだまして、寄生虫のように浸食していく貧乏家族の物語である。韓国の格差社会を黒い笑いで包む。ネタバレで言えないが衝撃のラストが待つ。内外の映画賞を総ナメし、米アカデミー賞の有力候補となっているのもうなずける▼映画は、宿主に寄生して増殖するウイルスからイメージされたのだろう。ひさしを貸して母屋を取られる、を地でいく。劇中、貧乏一家の父のせりふが意味深だ。「計画を立てると、必ず人生その通りにいかない」。格差社会の絶望感がのぞく▼日本もパラサイト社会。寄らば大樹、長いものに巻かれろとすり寄るやからが多い。その典型は、政権に巣くって甘い汁を吸い続ける者たちか。
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2020年01月29日
コラム 今よみ~政治・経済・農業の新着記事
空虚な施政方針演説 輸出誇張 未来に禍根 特別編集委員 山田優
「世界に目を向けることで、地方に新しいチャンスが広がります」
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しかし、現実はどうか。EUに向かった米は947トンで輸出額も3億円に満たない。日本の米生産量全体に比べると0・01%余り。これが3割増えたところで農業全体への影響は限られている。
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2020年01月28日
保険と異なる共済 「助け合いの心」が要 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
今、K生命の過剰ノルマによる利用者無視の営業問題が騒がれている。少し前、日本郵政がA社に2700億円を出資し、近々、日本郵政がA社を「吸収合併」するかのように言われているが、実質は「母屋を乗っ取られる」危険がある。K生命がたたかれているさなか、「Kの商品は営業自粛だが、(委託販売する)A社のがん保険のノルマが3倍になった」との郵便局員からの指摘が、事態の裏面をよく物語っている。
郵政民営化を振り返ると、郵政選挙で死者まで出る悲劇となったが、その実は、米国の金融保険業界が日本の郵貯マネーの貯金と保険の350兆円の運用資金が「喉から手が出る」ほど欲しいから「対等な競争条件」の名目で解体せよと言われ、それに応えたものだった。
そこまでしたのに、民営化したK生命を見てA社が「K生命は大きすぎるから、これとは競争したくない」と言うので、「TPP(環太平洋連携協定)に日本が入れてもらいたいなら、『入場料』として“K生命はがん保険に参入しない”と宣言せよ」と米国から迫られ、所管大臣はしぶしぶと「自主的に」(=米国の言う通りに)発表した。
それだけでは済まず、半年後には、全国2万の郵便局でA社の保険販売が宣言された。要するに、「市場を全部差し出せば許す」というのが米国の言う「対等な競争条件」の実態だ。
郵貯マネーにめどが立ったから、次なる標的はJAマネーの貯金と共済の155兆円の運用資金である。つまり、JA改革の目的が「農業所得の向上」であるわけはなく、①信用・共済マネーの分離②共販を崩して農産物をもっと買いたたく③共同購入を崩して生産資材価格をつり上げる④それでJAと既存農家が潰れたらオトモダチ企業が農業参入したい──。
先方の思惑は「解体」だから、JAが自主的に推進している「自己改革」とは「峻別(しゅんべつ)」しなくてはいけない。日米貿易協定の今後の協議と絡んで事態は予断を許さない。
また、今回の騒動で、改めて保険と共済の違いを考えさせられた。災害補償の農業共済も含め、共済はまさに相互扶助の核であり、共助・共生組織としての協同組合が頑張って、信頼を得ていることを示す重要なバロメーターである。農協・漁協・生協などの共済の普及推進でも目標を設定して取り組んでいる。
しかし、共済は「助け合いの心」で、農家・漁家や地域のみんなの命と暮らしを守るために頑張っている、という使命と誇りを常に忘れなければ、K生命たたきのような謀略には負けない。
米国は、日本の共済に対する保険との「対等な競争条件」を求めているが、保険ビジネスと互助の共済は原理が違うのだから、それは不当な攻撃である。命と暮らしを守る懸命の努力を国民に理解してもらえるか否か。最後のとりでは「助け合いの心」である。
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2020年01月21日
農村の社会的包摂 主体的に生きる喜び 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
静岡市で高齢者の人権について話す機会をいただきました。同市では今月を「国連の持続可能な開発目標(SDGs)月間」として、環境、福祉、人権、女性活躍などに関するイベントを開催し、誰もが生きやすい地域づくりを掲げています。
わたしはNHKEテレで「介護百人一首」という番組の司会を15年続けていますが、その中で感じるのは、農村と高齢者に共通した魅力です。確かにみなぎるエネルギーはありませんが、そこにはいぶし銀の風格や味わい、歴史や知恵があります。人が高齢になるように、地域も年を取ります。老いはそんなに忌み嫌うことでしょうか。老舗、骨董(こっとう)、ウィスキーやワイン、年代物のほうが優位な市場は確実にあります。経年を長期熟成と捉えて歓迎する価値観がもっとあっていいはずです。
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「病院に目覚めて母は大根を干したかと問う十二月一日」
どちらも自分のことより心配なのは農作業です。いくつになっても生産者は、世話をする側、与える人なのです。こんな歌もあります。
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車椅子のしづさん(70代)は料理を知らない新人ヘルパーの青年にいつも手順を教えていました。あるとき青年は、休日に自宅でカボチャの煮物を作って自分の母親に食べさせたと報告してきました。
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元気な高齢者が増えれば、若い人は先輩の生き方に憧れます。農村と高齢者問題は、包摂して考える時代です。
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2020年01月14日
貿易自由化のリスク 食だけでなく健康も 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
あまり論じられていないが、貿易自由化のリスクの一つに食料輸入と窒素過剰の問題がある。日本の農地が適正に循環できる窒素の限界は124万トンなのに、既にその2倍近い238万トンの食料由来の窒素が環境に排出されている。
日本の農業が次第に縮小してきている下で、農地・草地が減って窒素を循環する機能が低下してきている一方、国内の3倍にも及ぶ農地を海外に借りているようなもので、窒素などの栄養分だけ輸入しているから、循環しきれない窒素がどんどん国内の環境に入ってくる結果である。
238万トンのうち80万トンが畜産からで、しかも飼料の80%は輸入に頼っているから64万トンが輸入の餌によるもの。1・2億人の人間のし尿からの窒素(64万トン)に匹敵する量がもたらされていることになる。
窒素は、ひとたび水に入り込むと取り除くのは莫大(ばくだい)なお金をかけても技術的に困難だという点が根本的問題である。下水道処理というのは、猛毒のアンモニアを硝酸態窒素に変換し、その大半は環境に放出されており、決して硝酸態窒素を取り除いているわけではない。
硝酸態窒素の多い水や野菜は、幼児の酸欠症や消化器系がんの発症リスクの高まりといった形で健康にも深刻な影響を及ぼす可能性が指摘されている。糖尿病、アトピーとの因果関係も疑われている。乳児の酸欠症は、欧米では、40年以上前からブルーベビー事件として大問題になった。
われわれの試算では、例えば一層の自由化が水田農業の崩壊につながったら、国家安全保障上のリスクに加えて、窒素の過剰率は現状の1・9倍から2・7倍まで上昇してしまう可能性がある。
他にも失うものは数多くある。①カブトエビ、オタマジャクシ、アキアカネなど多くの生き物が激減し、生物多様性にも大きな影響が出る②フード・マイレージ(輸送に伴うCO2の排出)が10倍に増える③バーチャル・ウオーター(輸入された米を仮に日本で作ったとしたら、どれだけの水が必要かという仮想的な水必要量)も22倍になり、水の比較的豊富な日本で水を節約して、既に水不足が深刻なカリフォルニアやオーストラリアで環境を酷使し、国際的な水需給を逼迫(ひっぱく)させる──などの可能性を筆者らは試算している。
これらのことは、食料や飼料の輸入への過度な依存を改め、農業が自国で資源循環的に営まれることこそが国民の命を守り、環境を守り、地球全体の持続性を確保できる方向性だということを強く示唆している。これ以上の貿易自由化は、こうした観点からもNOである。
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2019年12月17日
世界の都市農業事情 経済より共感と協働 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
ニューヨーク、ロンドン、ソウル、ジャカルタ、トロントの5都市が参加した「世界都市農業サミット」が、東京・練馬区で開かれ、先進事例から都市農業の未来までが熱く語られました。
ニューヨーク市では、550のコミュニティ農園(40ヘクタール)に2万人のボランティアが関わり、低所得者層の多い公営住宅では、農園管理を若者の職業訓練につなげて成果を上げています。屋上菜園も盛んで、NY産野菜はブランドになっています。
ロンドンでは、2012オリンピックを前に2012の市民農園が作られ、今では3000を超えています。ジャカルタでは、路地を活用した垂直農業で、人口密集地の食を支えていました。
どの都市にも共通していたのは、「コミュニティ農園」という切り口です。住民が生産と消費の両方に関わることで、絆や意欲が強まり、貧困、心身の不健康、教育、雇用など、あらゆる格差の解消につなげています。行政やNPOも大きく関わっていました。
参加して感じたのは、なぜ世界中の都市はこんなにも「農」を求めるのか、という驚きと、もしかしたら今の「農業の多面的機能」という認識では表現しきれないのではないか、という農の可能性です。
練馬区は、練馬方式と呼ばれる体験農園や、大根引っこ抜き大会、農の学校や農のサポーターで、住民が農業を支えています。中でも、子ども食堂の野菜を体験農園と連携して作る仕組みは包括的で、全国展開を期待したいものでした。
各国でCSA(地域コミュニティの買い支え)が見直されている通り、近隣住民は、野菜を買う客であるだけでなく、一緒に考え、農地を活用する仲間なのです。
2015年に都市農業振興基本法が制定されましたが、世界の事例と比べると、国内の都市農業は、その使い道を、農家の判断に任せてきたように思えます。今こそ、JAが本領を発揮するときです。行政とも力を合わせ、都市の農地を街の資産として運用すれば、シビックプライド(街への愛着)も築けます。
作る人と買う人という経済の関係から、次の段階にあるのは、地域にある農業を、自分のこととして育んでいく「共感」と「協働」ではないでしょうか。
都市における農を教育の場、理解や心を養う場と考えれば、それは本格農業や農的な暮らしへの玄関口、出発点になります。都市に農があってよかったと、地方にも歓迎される発信拠点になれるはずです。
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2019年12月10日
「完敗」 協定の深刻さ 国際法違反 責任重く 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
このところ、「ある」ものを「ない」と言うのが話題になっているが、「ない」ものを「ある」と言うのもある。
日米貿易協定における米国の自動車関連の関税撤廃の約束は、合意文書が示す通り「ない」が、その約束が「ある」ことになっている。それは、「ある」ことにしないと米国側の貿易額の92%をカバーしたとしているのが50%台に落ち込み、前代未聞の国際法違反協定となり、国会批准ができないからである。
米国は大統領選対策として成果を急いだので、協定を大統領権限で発効できる(関税が5%以下の品目しか撤廃しない)「つまみ食い」協定と位置付けたから議会承認なしに発効できるが、国会で正式に承認する日本側は国際社会に対する顔向けとしても責任は重い。
筆者も役所時代はもちろん、大学に出てから多くの自由貿易協定(FTA)の事前交渉(産官学共同研究会)に参加してきた中で、経済産業省や外務省、財務省が世界貿易機関(WTO)ルールとの整合性を世界的にも最も重視してきたと言っても過言ではない。しかも、経済官庁が農業を差し出して確保しようとしてきた「生命線」たる自動車の利益が確保されなかったのだから、心中は察して余りある。
試算例でも明白だ。政府が使用したのと同じモデル(GTAPと呼ばれる)で、自動車関税の撤廃の有無を分けて日米協定の影響の直接効果を改めて試算し直した。「直接効果」とは、政府が用いた「生産性向上効果」(価格下落と同率以上に生産性が向上)、「資本蓄積効果」(国内総生産=GDP=増加と同率で貯蓄・投資が増加)などの、いわゆる「ドーピング剤」を注入する前の効果のことである。
表が示す通り、自動車と部品の関税撤廃は日本の生産額を3400億円程度増加させる可能性があるが、関税撤廃が実現しないと800億円程度の生産減少に陥る可能性がある。一方、農産物は9500億円程度の生産減少が生じる可能性も示唆される。全体のGDPで見ても、自動車を含めても0・07%(政府試算の10分の1程度)、自動車が除外された現状ではほぼゼロという状況である。GTAPモデルにおける「労働者は完全流動的に瞬時に職業を変えられる」といった非現実的な仮定を修正すれば、日本のGDPはマイナスになる。
日本にとっては農産物も自動車も「負け」、トランプ氏は農産物も自動車も「勝ち」という、日本の完敗の実態が数字からも読み取れる。国際法違反を犯してまで完敗の協定を批准する事態の深刻さを再認識したい。
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2019年11月26日
甘くないサクランボ貿易 輸出 相当の覚悟必要 特別編集委員 山田優
先々週、取材で訪ねたトルコの果樹経営オラグロ社のメフメット・チチェク社長は、すこぶる上機嫌だった。標高700メートルにある南斜面の300ヘクタールに、ブルーベリーとサクランボの園地が広がる。
最盛期には800人近くが収穫やパッキング作業に追われる、同国最大の果樹農家だ。周辺農家からの買い付けを含めると年間7000トンのサクランボを出荷する。日本全体の生産量(1万5000トン)の半分近くを1人で出荷する計算だ。
機嫌が良かったのには理由があった。
「トランプ米大統領にはお礼を言いたい」
今年のサクランボの収穫前、中国人の果実バイヤーが続々と農場を訪れ「何千トンでもよいから送ってほしい」と懇願された。米中貿易摩擦で双方が関税を大幅に引き上げたあおりで、中国内の米国産サクランボが激減。彼らは代替産地の有力候補として世界最大のサクランボ生産国であるトルコに目を付け、オラグロ社にたどり着いた。
今年の中国出荷は4都市向けに絞った。長年の経験からビジネスには浮き沈みがあることは分かっている。「つきあいの長い欧州の顧客に迷惑をかけられない」という社長のしたたかな計算があったからだ。
来年は中国向けを大幅に拡大する。検疫条件が整った韓国向け輸出も始める。「日本向けは考えているのか」と尋ねると「今、輸出解禁に向け努力しているところだ」と答えた。
サクランボの大敵である雨が少ない。労賃は欧米の10分の1の水準。「サクランボでもブルーベリーでも競争力はどこにも負けない」と社長は胸を張った。
サクランボ輸出国というと米国が思い浮かぶが、その米国は トルコからの輸入で苦境に立つ。
米国の生産者はトルコ産が不当な補助金で競争力を得ているとして、関税引き上げを米政府に訴えた。年明けには裁定が下る見通しだ。
甘いサクランボの貿易を通して見えてくるのは、徹底した弱肉強食の世界。めまぐるしく動く国際政治に揺さぶられ、新興産地からの追い上げは容赦ない。
輸出とは、世界の競合産地とガチンコで戦うこと。勝てば官軍だが、負ければ相手に市場を譲り渡すのが当たり前だ。農産物輸出に踏み切るには相当の覚悟がいるだろう。
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2019年11月19日
Q&Aで見る日米貿易協定の虚実 TPP超えは明らか 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
米国は自動車関税の撤廃を約束したのか。
A していない。日本側は合意文書を開示せずに「約束された」と説明して署名したが、署名後に公にされた米国側の約束文書(英文)は「自動車関税の撤廃については今後の交渉に委ねられている」(なぜか邦訳は出さない)とあり、これが関税撤廃の約束なら「天地がひっくり返る」。米国側も「約束はない」と明言し、効果試算についても、「日本は合意されていないのに自動車関税撤廃を仮定して経済効果を計算した」と評している。
米国の関税撤廃率は92%なのか。
A 51%程度の前代未聞の低さである。対米輸出の41%(2018年)を占める自動車とその部品を含めた政府発表は、92%から41%を引いた51%に訂正される。過去に貿易カバー率が85%を下回った協定はほとんどなく、これを国会承認するなら国際法違反で、戦後築き上げてきた世界の貿易秩序を破壊する引き金になる。
日本からの牛肉輸出を環太平洋連携協定(TPP)以上に勝ち取ったのか。
A 失った。対米牛肉輸出の低関税枠は現在200トンしか認められておらず、TPPでは低関税枠の拡大しつつ、枠も関税も15年目に撤廃される約束だったことを隠して、今回は200トンから複数国枠にアクセスできる権利を得たのでTPP合意より多くを勝ち得たと政府は言った。実質的には200トンを少し超えても枠内扱いが可能になる程度の枠拡大にとどまり、得たものはTPPの関税撤廃約束とは比較にならないほど小さい。
米国からの牛肉輸入は、TPPの合意内にとどめられたのか。
A TPP超えである。日本は牛肉の低関税が適用される限度(セーフガード)数量を新たに24万トン設定した。TPP11で設定した61万トン(米国分も含む)に米国分が二重に加わる。しかも、枠を超過して高関税への切り換えが発動されたら、それに合わせて枠を増やして発動されないようにしていく約束もしていることが判明した。これは、もはや一定以上の輸入抑制のセーフガードではなく、米国からの輸入を低関税でいくらでも受け入れていく流れである。
米や乳製品は勝ち取ったのか。
A 先送りされただけである。本協定はトランプ氏の選挙対策の「つまみぐい協定」である。米はトランプ氏のカリフォルニア(民主党に絶対負ける州)への「いじめ」で除外され、乳製品も米国枠の「二重」設定は先送りされたが、米団体も酪農団体も反発している。「米国は将来の交渉において農産物に対する特恵的な待遇を追求する」という米国側の強い意思表明が協定に組み込まれており、現段階で「TPP水準以内にとどめた」という評価は到底できない。
自動車のために農業を差し出し続けるのか。
A そうである。日本の交渉責任者は今後の自動車関税撤廃の交渉に当たり、「農産品のカバー率はまだ37%なので農産品というカードがないということはない」と認めている。
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2019年10月29日
トランプ氏 支持回復 “助け船”いつまで… 特別編集委員 山田優
米農業雑誌『ファームジャーナル』が先週、9月分の米国農家のトランプ大統領支持率を発表した。農家の76%が大統領の仕事ぶりを支持した。そのうち55%は「強く支持する」と答えている。8月の「強く支持する」割合は43%で、トランプ氏に対する農家の信頼が盛り返していることを示した。
2016年に大統領選挙で勝利して以来、トランプ氏は農家の間で高い人気を保ってきた。人種や女性への差別の発言を繰り返す薄っぺらで自信過剰の男と見えるが、米国の農家の目には違って映るらしい。
ただ、農家の間では輸出先国との貿易戦争に不満がくすぶる。かつて海外最大のお得意さまだった中国向け農産物輸出が、減っているからだ。先行きが不透明な中、冒頭の調査で「強く支持する」割合が回復したことに、違和感を抱いた。
同誌が農家の意向を調査したのは9月27日だ。実はこの日にちに意味があった。ニューヨークの日米首脳会談で、安倍晋三首相が環太平洋連携協定(TPP)並みに農産物市場を開放することで、トランプ氏と合意した2日後だったからだ。
25日に開かれた首脳会談の場には、カウボーイハットをかぶった大勢の農業団体役員らが異例の形で招き入れられた。「(日米合意で)たくさんカネが入ってうれしいだろう」と語る上機嫌なトランプ氏と、次々と登場し大統領の「手腕」を褒めたたえる農業団体幹部のやりとりは、延々と10分以上も続いた。安倍氏の「決断」に感謝を表明する団体もあった。安倍氏はただ横に座り、一方的な手柄話の応酬を眺めていただけだ。
農業団体は、日本市場をこじ開けたトランプ農政を評価する声明を一斉に出し、26日にはメディアでそれらが報じられた。懐疑的に傾きかけた農家の不信を吹き飛ばす効果があったはずだ。牛肉など農産物市場を差し出した安倍氏がトランプ氏の助け船になった。
1年後の大統領選挙に向け、トランプ氏は支持基盤である農家を強く意識せざるを得なくなるだろう。日米交渉の成功体験は自信になったはずだ。「機会があればもう一度……」と考えても不思議ではない。
きょう、ワシントンで日米貿易協定の署名式が予定されている。トランプ氏による際限のない要求に再び直面したとき、今度は安倍氏は立ち上がって断ってくれるのだろうか。
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2019年10月08日
「強い生産者」とは 自立した生き方こそ 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
自然災害、関税削減、家畜伝染病、この国の農業の憂いを数えだすときりがありませんが、現場を歩いていると、農業の希望とはこういうことだったのかと生産者に教わることがあります。北海道に2人の放牧酪農家を訪ねました。
足寄町・ありがとう牧場の吉川友二さん(54)は、80ヘクタールの広大な草地に搾乳牛60頭を放ちます。見渡す限り続く緑の丘で牛たちが過ごす様子は美しさと調和に満ち、吉川さんは自らを地上の楽園の管理人と名乗ります。1頭当たりの年間乳量は5000キロ。季節繁殖で出産時期をそろえ、乾乳の2カ月間は従業員と交代で長期休暇も取れるというのですから、なにもかも驚きです。これが評判となり、足寄町には15人の新規就農者が放牧酪農を始め、町内には三つもチーズ工房が誕生しました。地域の土地を引き受け、地球に歓迎される循環型で低コストの酪農経営は、自立した生き方として、若い人たちを引きつけるのでしょう。
もう一人、広尾町に訪ねたのは、夫婦で放牧酪農を営む小田治義さん(50)。40ヘクタールに40頭の搾乳牛、1頭当たりの乳量は8500キロと、良質な草地を保ちつつ濃厚飼料も与えて、乳量を確保しています。放牧と一口に言っても、規模や期間もさまざまですが、土と草と堆肥の循環を柱に、牛も人も健康に暮らし、規模拡大せず収益を上げる点は、お二人に共通していました。
小田さん夫妻にはお子さんが6人います。長男は熊本の東海大学を卒業後、酪農ヘルパーをして後継の準備中で、三男は酪農学園大学2年生です。一家から将来2人の酪農家を送り出すことは、何より小田さん夫妻の生き方が、子どもたちに伝わった証拠です。暮らしを慈しみ、毎年、家族で海外旅行に行って、世界の酪農も見ている小田さんはこんな話もしてくれました。
「農業の喜びは、自分で考えて何年もかけて築き上げていく楽しみにあります。農家がどんな農業を求めているかで、制度は後からついて来ます。広尾農協では以前から酪農家の要望により、発電機がほとんどの牧場にありました。だから去年のブラックアウトの時でも支障なく搾乳ができたんです」
負けない、依存しない、強い農業をどう築くか、決めるのは農家自身です。もちろん放牧以外にも、地域の課題を恵みに変える方法はさまざまですが、土地を生かし、生産する生き方にこそ喜びがあるはずです。
2019年10月01日