2020年01月31日

「神の子羊」思想は「君主と下僕」に都合がいい

● 報われない、と感じるな?
● 奴隷を量産する洗脳
● 一神教が嫌いな理由
● 宗教=印籠

「当時の社会では」?「今の日本そのもの」ですけど?
http://lttlleo.seesaa.net/article/473332490.html

キリスト教の聖書の逸話でたまには納得できるものもあるにはある。
善きサマリア人のたとえ話 とかね。
サマリア人の善行だけが話の焦点ではなく、
その話になった文脈、そこにこそ大きな意味がある。

とはいえそれは例外的で、
聖書の逸話には納得できないものが非常に多い。


● 報われない、と感じるな?

その納得できなさとは、「搾取される者はずっと搾取されていろ」的なこと。

日々まじめに、与えられた使命だか仕事だかを、黙々と行い、それを喜びとし、
惜しみなく与えよ、ねたむな、と説く(と自分は解釈する)、「放蕩息子の帰還」。

兄弟に土地と財産を分け与え、
兄は家に留まり父のそばで真面目に働いていた。
弟は放蕩し無一文になって戻ってきた。
それを父は「死んだと思っていた息子が帰ってきた、皆よろこんでください」
と盛大に宴会を開き、弟を歓迎した。
兄「自分はずっとまじめに働いていたのに、私には何の報いもないのですか」
父「(なんだかわからない詭弁)」

この「兄と弟」も「姉と妹」と同様に、「姉と弟」で見るべきだ。

家に留まり黙々と働く姉。
家を出て遊び歩き、戻ってきて家族から全方向のケアを引き出す弟。

マルタの抗議は「シャドウワークとフリーライダー」の問題である
http://lttlleo.seesaa.net/article/473330373.html

● 奴隷を量産する洗脳

今はフェミニズムの視点があるからジェンダーロールの差別告発として書いているが、
フェミニズムを全く知らなかった過去、中学生か高校生だった頃であっても、
「真面目な者が報われない理不尽」
「それを言ったら聞き入れられるどころか逆に言い含められる、さらなる理不尽」
を感じていた。

この理不尽を「神の尊き教え」として人々に納得させるというのは・・・

従順な奴隷を量産する洗脳ではないか?

「私たちは神に守られ導かれる羊」の自己像を植え付けるのだから、
【支配者に都合が良い、大衆の洗脳】である。

ごく少数の、知恵がはたらく、しかしサイコパス的な者だけが、
「そうか、この論理(詭弁)を使えばオレが支配できる」と気づく。

強者から一握りの支配者が現れ、
大多数が搾取される被支配層となるからこそ、
富と権力の集中が可能となる。

● 一神教が嫌いな理由

自分が一神教を嫌いな理由はいろいろあるが、
一言で言えば【強者論理の押しつけ、思考停止の服従を要求する思想】なのが嫌い。

仏教や多神教にもそれぞれ問題があるとは思うが、
「絶対の権威」を置いて「その他大勢はありがたく従え」の実例が
「将軍様、お父様、と敬愛したてまつる民衆」だったり
「愛国無罪!造反有理!我らが英雄毛沢東!」だったりするわけで、
とてもじゃないが賛同できない。

● 宗教=印籠

宗教自体は自然発生的に出現したものだと思う。
しかし、いつからか支配者が宗教を権威として利用できることに気がついた。

学者の解説
支配者はそれだけでは人間の強者であるにすぎず、
民衆を絶対的に支配することは難しい。
そこで、神の代行者を名乗ればその支配は神の支配として絶対となる。
かくして、宗教と政治は両輪で力を強めていった。

一神教に限らない。
「日出処の天子」で厩戸皇子が
「八百万の神は奉っても祟る、だから仏教が必要なのです」。
本当にそう言ったかは怪しいが、まぁそういう理屈は建てたかもしれない。
たしかにねぇ、「仏が祟る」とは聞いたことないしねぇ。
(でもこの理屈だと「厄災=神の祟り」で神が悪役にされ仏が救世主にされ、理不尽じゃね?)

とにかく、
最初にそうしたい結論があってそれに理屈をつけるのだから、なんとでも理屈はつけられる。


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posted by Erin at 02:00| Comment(0) | フェミニズム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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