いだてん

IDATEN倶楽部

2019年1013

古今亭菊之丞がご案内
「いだてん」落語の世界

「いだてん」の落語監修を務める古今亭菊之丞さん。《vol.2》では、志ん生の孫弟子にあたる菊之丞さんが、ドラマで重要な役割を果たす落語『富久』について解説します!

伏線回収の第39回

古今亭菊之丞

落語は“仕込んで落とす”芸です。最初に状況を説明して振っておいて、後半で失敗したり笑わせたりする。いわゆる“サゲ”ですよね。それを宮藤官九郎さんは大河ドラマに持ってきたわけです。第1回で仕込んだものが、ここへ来て回収されるという壮大な仕掛け。第39回では初回に仕込まれた五りんと志ん生をつなぐ『富久』の謎が明らかになりましたが、ネタが1年をかけてさまざまなところに仕掛けられているのですから、やはりすべてを通して見ていただきたいという思いがあります。

日本橋か、芝か

古今亭菊之丞

第39回では、小松 勝の助言を受けて、志ん生が『富久』の主人公・久蔵の行き先を日本橋から芝に変える瞬間が描かれます。

実際に橘家円喬師匠の時代の速記(※)を見ると『富久』で久蔵が行き来するのは、自宅のある浅草安倍川町から旦那の店がある“日本橋”となっており、志ん生師匠が活躍した時代のあとくらいから旦那の店の場所が“芝”に変わっているんですよ。そして現代では『富久』といえば浅草と芝を行き来する話と相場が決まっている。志ん生師匠が最初に芝に変えたかは定かではありませんが、後のはなし家が芝のほうがおもしろいと代々引き継いでいったのだと思います。落語はそうやってよりおもしろく噺を改良していくのが当たり前ですから。それにしても、私たち噺家でも知らないようなエピソードを調べ尽くしてドラマに生かす宮藤官九郎さんはすごいですね。

※話芸の口演筆録

久蔵と登場人物

古今亭菊之丞

第1回からドラマ全体の軸としてたびたび登場する落語『富久』。印象的なのは久蔵を四三と孝蔵の姿に重ねて描いた第13回「復活」のシーンでした。ストックホルムオリンピックでゴールを果たせなかった四三が再び走り始めるシーンと、酒に酔って初高座に上がった孝蔵の噺がオーバーラップする場面を覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

第39回では、四三ではなく勝の姿が久蔵に重ね合わされています。孝蔵「さてはお前さんも酒でしくじるヤツだな」、圓生「まるで『富久』の久蔵でげすな」というセリフからも、それが伝わってきますよね。酒でしくじるだけなら良いけれど、久蔵のようにがむしゃらに走り出してしまったことが悲劇につながるのですが…。

一方、『富久』を語る孝蔵(志ん生)の姿もまた、崖っぷちの久蔵そのもの。ちなみに同回で描かれた強い酒を飲んで死のうとしたお話は、志ん生師匠自身がのちに語っている実際のエピソードなんですよ。死のうと思ったけれど、あまりにも酒が強くて死ねなかったってね(笑)。

志ん生の『富久』は絶品?

古今亭菊之丞

実際の話、志ん生師匠は『富久』を得意にしていたようですが、あまり高座にはかけていません。当時、志ん生と双璧といわれた8代目桂文楽師匠が『富久』を得意にしていたのがその理由。落語界では、その演目を得意にしている人がいる場合、自分は遠慮するという暗黙のルールがあるので、志ん生師匠はあまり演じなかったのではないかと思います。

ただ、評論家の方からすると、文楽師匠の『富久』はきれいすぎて、酒でしくじった感じがしない。それに引き換え、八方破れかぶれな感じの久蔵を演じる志ん生にはリアリティーがあるとも評されています。聞く人によって好みが分かれる落語ですが、リアリティーという意味では志ん生の『富久』は絶品だったのではないでしょうか。

芸を一変させた満州

古今亭菊之丞

志ん生師匠が満州へ渡ったのは、本当のことを言うと空襲が怖かったからなんですよ。向こうへ行けば酒があるだろうし、好きに落語もできるだろうって。私の師匠・古今亭圓菊に聞いたことがあるのですが、志ん生師匠は本当に臆病な人で、家のなかにいても「カタン」と物音がするだけで、「うわーっ」と声を上げて驚くほどだったそうです。そんな人が満州で想像を絶する苦労をされたわけですから、人生観が変わって当然ですよね。もともとは真面目で陰気な芸をやっていたといわれますが、満州から引き揚げたあとは芸が一変。陽気な芸になり、昭和の大名人とうたわれるようになっていきました。
古今亭菊之丞
1972年、東京生まれ。91年5月、2代目古今亭圓菊(えんぎく)に入門。同年7月、前座となり菊之丞を名乗る。94年、二ツ目昇進。2003年9月、真打しんうち昇進。平成28年度 文化庁芸術祭賞 優秀賞など数々の賞を受賞。名人・古今亭志ん生の孫弟子に当たる。

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