IoT(モノのインターネット)などデジタルテクノロジーの適用分野として期待が高い業種に農業があります。静岡県でキュウリ農家を営む小池 誠 氏も、農業のデジタル化に取り組む一人。愛知県の自動車部品会社で制御ユニットのソフトウェアを開発していたという小池氏は、その経験を生かし、ディープラーニング(深層学習)技術を使ったキュウリの選別器を自ら開発しています。小池氏はなぜ、キュウリの選別器を開発しようと思ったのでしょうか。どんな成果につながっているのでしょうか。
小池氏は今から4年前、「これからは農業だ」と思い、実家のキュウリ農家を継ぎました。同氏の農場の広さは0.4ヘクタールで「家族経営の小規模農家」だそうです。一年中、ビニールハウスでキュウリを栽培し年間の出荷数は63トン。本数にすると21万本を出荷していると言います。
その小池氏が、自らのディープラーニング(深層学習)によるキュウリ選別器開発の経緯について話しました。日本データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)が開催した「データマネジメント2018」でのことです。小池氏が語った、キュウリ選別用AI(人工知能)を開発したきっかけや、その精度と効果、さらには農業におけるデータ活用の課題などについて紹介しましょう。
写真1:自動車用制御ユニットのソフトウェア技術者からキュウリ農家に転じた小池 誠 氏。キュウリの判定装置をAIを使って自作した
農業の機械化といえば、トラクターや田植え機、コンバインなどが思い浮かびますが、小池氏は「農業は、まだまだ手作業が多い。特にキュウリやナス、トマトといった果菜類は機械化が進んでいない」と語ります。なかでもキュウリは、「ナスやトマトの農家からも『キュウリは大変だね』と言われる」(同)ぐらいだそうです。結果、キュウリ農家の労働時間は長くなります。
特に手作業に頼らざるを得ないのが収穫と、中央卸市場に出荷するための選別作業。なかでも選別作業が、「意外に大きな負荷がかかっている」と小池氏は言います。小池氏の場合、繁忙期には1日8時間以上をかけて約4000本(500キログラム)のキュウリを仕分けるそうです。
選別に時間がかかるのは、キュウリは、その長さや太さ、曲がり具合、色などによって等級や階級を決めるため(図1)。小池氏のところでは、9等級に分類していますが、自然物であるキュウリには同じ形のモノが2つとありません。定量的な選別基準がないため、「長年の経験や生産者のこだわりが色濃く反映される作業になっている」(小池氏)のが実状です。しかも「毎日同じ基準で選別することが信頼に直結する」(同)だけに、忙しいからと言ってアルバイトを雇うというわけにもいきません。
図1:キュウリの等級は、その長さや太さ、曲がり具合、色などで決まる(Google Cloud Platform Japan Blogより)
それほど時間がかかる選別作業ですが、キュウリそのものの品質の向上にはつながるわけでもありません。小池氏は「選別の作業量を減らし、キュウリを世話する時間に充てたい」と考え、ちょうど話題になっていた、ディープラーニング(深層学習)の活用を検討しました。機械学習ライブラリはオープンソースとして公開されており無料で使えるので、それを使って小池氏は試作機を製作したのです。
試作1号機は、非常に簡易な構成で、白い厚紙の上に乗せたキュウリをアルミパイプで固定したWebカメラで撮影し、その画像をPCで判断するというもの。アルミパイプやWebカメラは市販品、Webカメラを固定するパーツなどは、3Dプリンターで作りました。「製作期間は1週間、制作費は約3000円」(小池氏)でした。カメラの制御用ソフトウェアは「OpenCV」、機械学習ソフトウェアは米Googleの「TensorFlow」と、いずれもオープンソースを使っています。
機械学習では、AIの判定結果が正しいかどうかを示すための「教師データ」が必要です。精度を高めるには品質の良い教師データが大量に必要です。ただ「上手くいくかどうかわからない試作機に、それほど時間をかけられない」(小池氏)との判断から、教師データ2475枚、テストデータ275枚の合計2750枚の学習用データ、すなわちキュウリの写真を集めました。熟練者が仕分けしたキュウリを白い紙の上にできるだけ位置を揃えて置き、ひらすら撮影したといいます。
それを、「一般的な画像認識で使われている3層の畳み込みニューラルネットワークというアルゴリズムに学習させました。最近のニューラルネットワークは多層化が進んでおり、100層というものもありますが「多層化にはGPU(画像処理プロセサ)が必要になる。一般のCPUでも動作するように3層にした」と小池氏は説明します。結果、1号機の認識率は80%と「思ったよりいい結果が出た」(小池氏)のです。
「これはイケる」と思った小池氏は、試作2号機の製作に取りかかります。コンセプトは「より人間の判断に近づけること」。人間が2つの目で見ていることから「カメラの台数を増やせば精度が高まるのではないか」(小池氏)と考え、キュウリを上下と横の3方向から撮影できるように撮影台を改良しました。
2号機もすべて手作り。1号機の反省から、撮影台の明るさが一律になるように、キュウリを置く台を高輝度LEDモジュールで照らすようにしました。今回は学習用データとして、教師画像7000枚、テスト画像1500枚の計8500枚を2カ月かけて集めました。結果、2号機の認識率は91.6%にまで向上しました。
さらに選別作業を自動化するために、AIで判定したキュウリを指定の箱に運ぶベルトコンベアを作ることにしました(動画1)。CADで設計データを作り、ベルトやベアリング、塩ビパイプなどホームセンターで手に入る部品以外は、すべて3Dプリンターで作成しています。
動画1:キュウリ仕分け機「試作2号機」の紹介ビデオ(47秒、Google Cloud Platform Japan Blogより)
ベルトコンベアの心臓部は、手のひらサイズのコンピューターである「Raspberry Pi3」。Raspberry Piでキュウリの有無を判断し、キュウリがあればその画像を撮影しサーバーに送ります。サーバー上のAI(TensorFlow)がキュウリの等級を判別し、結果をRaspberry Piに返します。Raspberry Piは、その結果に従ってベルトコンベアに動作を指示するという仕組みです。
ところが、選別上でのテストでは、認識精度が70%程度に低下してしまいました。「周りの環境、特に明るさに影響を受けることが分かった」(小池氏)のです。キュウリの長さや形、色は判定できても、細かな傷や表面のつやなどは認識できないことも分かりました。さらに、収穫時期により偏りがある形や太さに対し、「人間は、その傾向を見て仕分けルールを調整しているように、相対的な判定が必要」(同)ということも分かってきました。
ただベルトコンベアはキュウリに傷を付けてしまうことがあり「非常に悪評だった」と小池氏は苦笑します。仕分けの熟練者からは、「遅いし、傷が付くしで、おもちゃだ」と指摘されたと言います。ただ「判定精度はまあまあ」という評価も得られました。
2号機で判定制度は実用に近づいていると考え、3号機の開発に着手することになります。ここで開発コンセプトを、これまでの「AIによる自動化」から「AIのサポートによる効率化」に変更。等級判断だけをAIに任せ、箱詰めなどは人間が実施することにしました。
このコンセプトに沿って考えたのが「テーブル型キュウリ選別システム」(小池氏)です。テーブルにキュウリを並べ、上からカメラで撮影し、AIによる判定結果をキュウリの下に表示するという仕組みです(動画2)。テーブルはPCディスプレイを利用し、合計2万円ぐらいで製作しました。
動画2:キュウリ仕分けの「試作3号機」の紹介ビデオ(1分56秒秒)
3号機のニューラルネットワークは5層畳み込みに変更。学習用の画像も、教師画像2万8000枚、テスト用画像8000枚の3万6000枚を集めました。今回は、「一度に10本のキュウリを撮影できるようにすることで、より短時間で画像を集められた」(小池氏)といいます。
さらに、収穫時期により太さが変わることに対応するため、キュウリの長さや太さに合わせて判定を変えるキャリブレーションの仕組みも開発しました。カメラで撮影した画像を少し歪めることで、目的の等級になるよう入力値を調製する仕組みです。
3号機の認識精度は79.4%。2号機より低いのは「カメラの台数を減らしたため」(小池氏)。キャリブレーション機能については、「テスト画像を使った判定では、ほぼ期待通りの動きになっている」(同)そうです。
3号機は実務でも使い始めており、「手作業での選別より1.4倍のスピードアップが図れている」と小池氏は話します。熟練の作業者からも「これなら使える」との評価を得られていますが、小池氏は「PCの処理速度を上げれば、さらなるスピードアップが図れるはず」と考えています。
もちろん課題も残っています。その一つが、「B品をA品と判定してしまうこと」(小池氏)です。「この割合を下げ、再現率を100%近くにまで持って行きたい」(同)考えです。ただ精度を高めるには、より多くの学習用の画像を用意しなければなりません。必要な画像数は「対数的に増えるため、コストパフォーマンスが、どんどん悪くなっていく。どこで終わらせれば良いのかの判断が、ニューラルネットワークでは難しい」と小池氏は指摘します。
キュウリを選別するAIの開発に取り組んだ小池氏は、その経験から「勘と経験で成り立っている農家の仕事は、現状から学ぶディープラーニングの活用が適していることが分かった」と言います。今回開発した学習モデルは、キュウリだけではなく他の野菜にも応用できると考えているほか、キュウリがどこになっているかを判断するシステムの開発にも着手しました。キュウリの収穫漏れを防止するための仕組みで、「将来的には自動収穫ロボットの実現につなげたい」と小池氏は考えています。
農業のデジタル化と言えば、生産性や品質を高めるためのIoTといった仕組みが強調されていますが、小池氏の取り組みからは、育成以外にもデジタル化が効果を発揮できそうな業務が多々あることが分かります。小池氏が、「マニュアル化できない技能を、AIを使って効率よく次代に伝えたい」というように、さまざまなチャレンジが求められているようです。
執筆者:中村 仁美(ITジャーナリスト)
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