日本で有名人が大麻取締法違反で逮捕される、というニュースが跡を絶たない。1月28日には、大麻取締法違反と関税法違反の罪で起訴されたプロスノーボーダー・國母和宏被告(31)に、懲役3年執行猶予4年(求刑懲役3年)が言い渡された。しかし、日本では大麻関連のニュースが“ゴシップ”としか扱われない。
アメリカのマリファナの歴史や現状、合法化に至る道のりを取材し、「真面目にマリファナの話をしよう」(文藝春秋)にまとめたニューヨーク在住の佐久間裕美子氏が、アメリカと日本の“大麻”に対する認識の違いを書く。
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日本とアメリカではまったく違う“大麻”の認識大麻関連の有名人の逮捕が起きると、それなりに世の中が騒がしくなるのだが、メディアの報道姿勢といえば、発表をそのまま流すタイプか、その人の生活ぶりを詮索するゴシップしかない。そして、大麻に対する認識が、世界でどう変わっているのかを報じようとするメディアはまだあまりに少ない。
こんな日本を後にして、アメリカに戻ってくると、日本では「触ると犯罪」として扱われる大麻という植物が、「カンナビス」(大麻・マリファナの学術用語)が世の中が注目するコモデティとして扱われている。マリファナの医療使用をめぐり、特定の疾患を対象とした研究結果が日常的に発表される。マリファナ関連株価についての解説が、テレビで流れたり、新聞に取り上げられたりする。こんな状況にあって、アメリカと日本を行き来していると、ふたつの時代を往復するタイムトラベルをしているような気にすらなる。
かつては危険なドラッグと目されたことのあるマリファナ/カンナビスが、アメリカにおいて、そして国際社会において、いかにしてオルタナティブ医療に使われたり、合法的に取引されたりするようになったかの経緯については拙著「真面目にマリファナの話をしよう」に詳しく書いたが、日本の外に一歩出ると、マリファナに対する認識は、急速に変わりつつある。
医療使用は30ヶ国以上で合法化アメリカでは、33州が医療使用を合法化し、11州が嗜好用も含む完全合法化を達成、または準備している。カンナビスの医療使用は、オーストラリア、イスラエル、ドイツ、イタリアなどの30ヶ国以上で合法化されている。また、2013年にはウルグアイが、2018年にはカナダが、カンナビスの嗜好用使用も含む、完全合法化に踏み切っている。伝統的にマリファナに厳しかったアジアですら、タイが医療使用を合法化したり、韓国ではマリファナ由来の医薬品が解禁されるなど、変革の波とは無縁ではない。
この変革の波は、プロスポーツの世界に今、伝播しようとしている。2019年には、野球のメジャーリーグが、カンナビスを「濫用薬物リスト」から除外し、天然のカンナビスと、それに含まれる成分の使用を、規制しながら許可することを明らかにした。この背景には、選手たちのオピオイドベースの鎮痛剤への依存が深刻になりつつあること、カンナビスの鎮痛効果がこのオルタナティブになるという期待があることがある。これを受けて、NFLなどその他のスポーツリーグでも、カンナビスの使用許可を求める声が、アスリートや元選手たちから高まっている。
その起原を東アジアに持つ大麻草(カンナビス、そして麻として知られるヘンプ)は、20世紀に入って国家が食品や医薬品の規制に乗り出すまでは、多くの文化圏で、鎮痛作用を持つ植物として、また布や紙の原材料として使われていた。しかし薬物規制の国際協調のなかで、アヘンなどと同様、全世界的に規制するようになった。
日本では、自然派生の麻が伝統的に鈴縄や布などに使われてきたが、敗戦後、ポツダム条約によって、つまりアメリカの指導のもと、カンナビスとヘンプの所持、譲渡、栽培を非合法化した。以降、何度かの微調整が行われたものの、現行の大麻取締法の原型になったのは、昭和23年に制定された大麻取締法である。
カンナビスが持つ医療効果の解明ところが、1960年代から、イスラエルの科学者ラファエル・メショラム博士が始めた研究をきっかけに、カンナビスが持つ医療効果の解明が進められるようになった。その後、現代まで脈々と続けられた研究によって、カンナビスには、高揚感の原因となるTHC、自律神経やホルモンの調整効果、鎮痛効果などがあるCBDを含む数百種類のカンナビノイドと呼ばれる成分があること、またカンナビノイドが人体に作用する理由は、人体の中に、カンナビノイドを受け入れる受容体エンドカンナビノイドシステムというものがあることが明らかになった。一方で、この研究と並行して、アメリカでは緑内障、AIDS、ガンなどを患った人たちの手によって、カンナビスの医療使用を求める訴訟がたびたび起き、1996年にカリフォルニアが、連邦法に逆らって医療使用を合法化して以来、カンナビスの医療効果を認め、法改正を行う地域や国が徐々に増えてきた。
すでに、少なくともCBDにおいては、依存性がなく医療効果も認められるとの見解を示しているWHO(世界保健機関)も、カンナビス全体に対する見解を改めるべく、討議を重ねており、来年2月または3月には、新たな見解を示すと見られている。
なぜ日本では議論すらできないのかこれだけ世界の見解が変わっているにも関わらず、日本では、ポツダム条約以来、ほとんど変更の加えられていない法律が、いまだに厳しく施行されている。現行の法律で禁止されているのだから、当然といえば当然なのだろうけれど、法改正の議論はほとんど起きていない。「法律で禁じられている危険なドラッグ」というこれまで国が言ってきたことがすっかり浸透しているということもあるが、法律で禁じられているだけに、議論をすることすらはばかられるという空気感もある。
こうした空気感を加速させるのはメディア、特にテレビの扱いである。大麻関連の罪で逮捕されると、「快楽のために法律を犯した人」として厳しい社会的制裁を受ける。「大麻なんて使ってけしからん」という声が支配的な中、「でも海外では医療目的で使われていますよ」という声はなかなか聞こえない。
マリファナの規制緩和に対する3つの反対意見私が本を書こうと思ったのも、まさにその認識のギャップが看過できなくなったからに他ならないのだが、本を書いてみると、まれにとはいえ、お叱りや批判を受ける。医療使用も含むマリファナの規制緩和について、あくまでも反対という意見の理由は、だいたい3つに集約される。そして、それぞれについて、以下に記すように反論している。
1.法律でダメだと決まっているから
これに対しては、この法律がカンナビスのメカニズムが解明されるずっと前の1948年に施行されたものだという理由で、すでに70年がすぎた今、この法律にしがみつくことが、国民のメリットになるとは考えにくい。国際的コンセンサスを鑑みて再考を促したい。
この理論は、欧米でもカンナビス解禁反対派によって、たびたび論じられてきたものであるが、実際にカンナビスの使用という入り口がハードドラッグの使用につながる、ということを証明したデータはいまだに存在しない。それどころか、危険ドラッグ依存者の社会復帰を助けるための「ハームリダクション」の一助として、カンナビスが取り入れられる手法が定着しつつある。
3.カンナビスが医療でできることは、西洋医学でできる
それは確かにそうかもしれない。しかし、化学的に人体に作用する劇的なアプローチによって、なんらかの副作用を引き起こす西洋医学の医薬品と、自然界に存在する植物と、どちらが「良い」かについては議論の余地があるはずだと考える。個人的には、選択肢があるのであれば、後者を選びたいと思っている。
4.合法化はドラッグが蔓延した国が仕方なくやっていることなので、日本に適用する必要はない
確かに、現在、カンナビスが合法化された地域や国は、法改正以前から、かなりの人口がマリファナを薬として使用したり、嗜んだりしてきた場所である。それを「蔓延」といえるのかどうか、つい辞書を引いてしまった。「病気や悪習などが広がりはびこること」と書いてある。ところが、合法化している場所では、まずもって「マリファナ使用=悪習」という構図すらもはや打ち壊されているのだ。難病や恒常的疾患、また終末医療や緩和ケアに役立ち、コモデティとして資金をもたらし、税収の増加につながる存在として目されている。
この古い法律を再検討する必要がある理由一方、この古い法律を、現在の社会的・国際的状況を鑑みて、一度再検討する必要がある理由も複数ある。
1.海外には、カンナビス、またはカンナビス由来の医薬品を使っててんかんやPTSDなどの症状を緩和したり、治療に使ったりしている患者さんたちがいる。こういう人たちにはどう対応するべきなのか。
2.現行の法律の対象になっているのは、花と葉であり、茎は対象外である。そのため、国内で流通する(THCを持たない)CBD商品は、茎から採った、効果がきわめて薄いものだけである。また刑法2条が付帯されていることから、合法地域であっても処罰の対象内になっている。つまり、現状、カンナビスによる医薬効果が国際的な医療界でも認められているのに、日本国民がアクセスすることができるのは、効果の薄い商品だけだ、ということになる。この法律は、そもそも構造上に矛盾をはらんでいるだけでなく、国民の福利を制限する結果にしかならないのではないだろうか。
今、日本では、2014年には1761人だった大麻による検挙者の数は増え続け、2018年は3578人が、大麻取締法違反で逮捕された。警視庁も厚労省も、五輪開催に向けて大麻およびその他のドラッグの取締を強化していく姿勢を表明している。五輪のために日本を訪れる外国人の中の、大麻を医療に取り入れている人については、どう対応するのだろうか。大麻をめぐる国際認識が急速に変わるなか、今、日本に求められているのは、70年前に作られた法律に固執することではなく、現状にどう対応していくかではないだろうか。
(佐久間 裕美子)
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