2020年1月15日、旧皇族の子孫という血筋を武器にウヨ業界でブイブイいわせている竹田恒泰さんがプチ炎上しました

もっとも竹田恒泰さんの場合、過激な発言で世間の耳目を集めることによってウヨ業界での地位を確立してきた面もあるので、炎上自体は珍しいことではありません

ですが今回の炎上はいつもと違い、政治や民族差別に係るものではなく【子育て】に関するものだったのです

キッカケは小泉進次郎環境大臣が育児休暇の取得を表明したことでした(https://r.nikkei.com/article/DGXMZO54401450V10C20A1EAF000)

これを受けて、竹田恒泰さんは以下のようなことをTwitter上に呟きます

"育児で、父親が力を発揮できるのは2歳からではないかと思う。乳児に対して父親は母親のサポートをすることはできても、代わりになることはできない。2歳以降は、父親が母親に代わって何日か完全に世話して、母親を休ませることができる"

これに対しネット上では「育児したことある?」「父親と交代で育児やらないと母親が潰れるぞ」「むしろ父親が一番力を発揮すべき時期」といった批判が様々に寄せられたのですが……

実は竹田恒泰さんの主張は、日本会議系ウヨにはごく当たり前の意見なんですよ(竹田恒泰さんはガッツリ日本会議なわけではないですが)

なぜそう言えるのかというと、日本会議系出版社である明成社ではこんな本を出版しておりまして……

田下昌明『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』(2017)

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竹田恒泰さんが登場する帯にご注目下さい

「これぞ日本人を育てるための教科書!わが家もこれで子育てをします」

とハッキリ書かれていますね

そして、この本にはこんな一文があるのです

"「父親が育児に参加する」ーーたとえば入浴、オムツの取り替え、哺乳ビンでの授乳、オンブなど、これらは当たり前のことで何もわざわざ言う必要のないことですが、ただそれはあくまで母親を労り、励まし、感謝し、援助する強い後ろ盾になることの一部なのであって、育児の主役になるのではありません"
"父親は子供が乳幼児期のうちは、育児の主役にはなりたくてもなれません。人類のDNAには、そのようなプログラムは書かれていないのです"
(165ページ)

つまり竹田恒泰さんの問題発言の裏には、日本会議の育児書の影響があったのですよ

というわけで、本日は田下昌明『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』についてのお話です


田下昌明とは何者か


田下昌明さんとはいったい何者なのでしょうか?

まずは『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』に書かれたプロフィールから見ていきましょう

"昭和12年北海道旭川市生まれ。北海道大学医学部卒。医学博士。小児科専門医。現在、医療法人歓生会豊岡中央病院会長。北海道小児科医会理事。北海道病院協会監事。日本会議北海道本部理事長、新しい歴史教科書をつくる会道北支部長、日本教育再生機構代表委員、親学推進協会代表委員。日本家庭教育学会理事"

日本会議北海道本部理事長以降の畳み掛けがエゲツナイですね。「つくる会」と日本教育再生機構(日本会議系)の両方で役職をもっているのがニクイです(両者は対立関係にあります。 関連:2006年の「つくる会」分裂(簡略版))

ちなみに日本家庭教育学会というのは、日本会議と密接な関係にある倫理研究所(代表:丸山敏秋 日本会議代表委員)の内部にある団体ですね。その名のとおり、家庭教育について研究しているんだそうです

以上のプロフィールからなんとなーくわかるかもしれませんが、田下昌明さんは日本会議における「子育て」のイデオローグです

日本会議で育児に口出ししてくる奴といえば「親学」の提唱者である高橋史朗さんが有名ですが、子育てイデオローグとして彼と双璧をなしているのが田下昌明さんだと思っていただければ結構です

日本各地を講演で回る他、日本会議の機関誌『日本の息吹』での長期連載をはじめ、様々な右派媒体で精力的に執筆されています。谷口雅春原理主義者系団体(新教育者連盟)や統一教会関連団体(世界平和教授アカデミー)の機関誌への寄稿も確認済みです

あとで詳述しますが彼の主張の根幹は「母親は母性愛がないとね!」という前時代的なものです。女が自分らしく生きることを許さず、「母性」という鎖で縛りつけるクソ野郎ってことですね

しかも「母性の回復には憲法改正だ!」などと意味不明なことをのたまうトンデモさんでもあります

さて、今日の話とは直接関係ないのですが、田下昌明さんは、本に書かれていたもの以外でも下のような役職についており……

日本パラオ友好の会 会長(類似の名前の団体がたくさんあるから注意。継続して活動しているかは不明。「つくる会」系?)

頑張れ日本北海道本部 顧問(チャンネル桜系の団体)

北海道歴史伝統文化環境保全機構 代表理事(アイヌ差別で有名な「チャンネル桜北海道」の運営団体)


『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』はこうして生まれた


では、次に『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』がどのように出版されたのかを記しましょう

先にも述べたように、田下昌明さんは日本会議の機関誌『日本の息吹』で長期連載をしていました

その期間は平成16年4月号~平成29年3月号と実に15年間に渡ります

連載時のタイトルは「子育て支援塾 -日本大好き・ありがとうお母さん」

これが一冊にまとめられて、『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』に結実したわけです

超長期連載のまとめという意味でも、また、田下昌明さんの年齢から考えても、まさしく彼の生涯最後の大仕事がこの一冊ということになるでしょう

田下昌明さんによれば、"今後の日本を安心して託せる子供が育つように"この本をつくったそうです。そのために"母性愛ではなく、母性というものの発生メカニズムを解き明かすことを主眼にして書いた"のだとか。なぜなら田下昌明さんの見立てでは、"今日の社会不安や事件の背景に“母性の欠如”が少なからず影響している"からなのだそうで……

はいはい、太陽が眩しいのもポストが赤いのもみーんな"母性の欠如"のせいですよねー、と皮肉のひとつも言いたくなりますが、ここはグッと堪えて、サクッと内容紹介に移りましょう


こんなにあるぞ!『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』のツッコミどころ


残念!それはニセ科学!!編


どこから説明すれば田下昌明さんのヤバさをわかってもらえるか悩んだのですが、まずは彼がニセ科学の信奉者であることを知ってもらいましょう

「日本会議といえども、病院の院長で、しかも北海道小児科医会理事なのだから、そうそう変なことは言わないだろう」と斜にかまえた人も、そんな考えが幻想にすぎないことを思い知らされるはずです

『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』において、わかりやすいニセ科学は、「狼に育てられた子」「胎内記憶」の2つです


狼に育てられた子

まずは狼に育てられたという双子の少女、アマラとカマラの話から

"1920年10月17日、インドの洞窟で狼に育てられていた2人の少女が保護されました。2人にはアマラとカマラという名がつけられ孤児院に収容されました。(中略)2人とも乳児の時に狼にさらわれて育てられていたと考えられました。(中略)アマラは11ヶ月後に狼の生態と行動のまま死亡。カマラは1929年11月14日尿毒症のために死亡。カマラはその9年間の保護と教育によって人間の3~4歳の行動に達したと推定されていますが、狼の習性も残したままでした"
(31ページ)

といった具合に、田下昌明さんは有名な「狼に育てられた子」のエピソードを語っているのですが……

残念ながら、このエピソードは完全なデマです

デマは、アマラとカマラを狼の洞穴から保護したと主張するシング牧師の日記と、日記の出版に尽力した人類学者のロバート・ジング、そしてそれを紹介した発達心理学者のアーノルド・ゲゼルによって形づくられました

いくらなんでも荒唐無稽な話なので、当時の人々もはじめは疑ってかかっていたのですが、日記の詳細な記述にコロッと騙されてしまいまして

そしてデマは世界中に広がったのです

しかしシング牧師の死後、社会学者ウィリアム・F・オグバーンの調査により、日記の内容がデタラメだったことが明らかにされました

シング牧師が双子の少女を保護したのは本当ですが、現地の証言によると、発見時の状況は彼が記したものとは似ても似つかないものだったのだとか。ましてや狼に育てられたなんて与太もいいところだったのです

結局のところ、双子の振舞いは極度の自閉症によるものではないか、というのが結論です

そうしたわけで現代では、このエピソードはデマとしても有名なんですよ

……おそらく現代の人間がこのデマにひっかかることは、まずないでしょう。少なくとも、シング牧師の日記に騙されることはないはずです

なぜならシング牧師の日記では、狼少女は生肉しか食べなかったり、夜行性で夜に目が光ることになっていたりしたのですから。人間の体の仕組み上、あり得ない話ですよね。シング牧師さん、設定盛りすぎです

さらに言えば、人間は狼に比べて成長が早い=狼の母乳がでなくなる=人間の赤ん坊は育てられない、という式は専門的な知識がなくても導き出せそうなもの。また、たとえ狼が赤ん坊に母乳を与えられたとしても、狼の母乳は人間のものとは成分が違うため、人間の赤ん坊を育てられたわけがないのです

そういうわけで、シング牧師の日記が出版された当時ならいざ知らず、科学知識が一般に普及した現代でこんなデマに騙される人なんて……

…………いるねぇ! 北海道小児科医会理事で日本会議の田下昌明さんがいるねぇッ!!(←白々しい)

まあ、「狼に育てられた子」の内容を加工したテレビ等の二次情報のせいで、このデマにひっかかる人はいるかもしれませ…………あっ

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やだ、このお医者様。参考文献にシング牧師の日記をあげてる(>_<)

このことから田下昌明さんは、シング牧師の日記を読んだうえで、その主張を支持していることになります

つまり田下昌明さんは、狼の母乳で人間の赤ん坊が育ったり、人間が生肉しか食べなくても平気だったり、人間の目が夜光ると思っているわけです

"何らかの理由で母親の乳を飲ませることが不可能なときには、やむをえず、ほかの動物の乳を人乳の代わりに赤ちゃんに与えなければなりません"
(234ページ)

って田下昌明さん、アンタに母乳がどうとか語る資格ないよ! 狼の乳で人間は育たないからね!!

にげてー! 北海道に住む子どもたち逃げてー!!こんな医者にかかっちゃいけない、逃げてー!!!


……それはともかくとして、なぜ田下昌明さんがこんな与太を持ち出したのかが問題です

どうやら田下昌明さんは「刷り込み(インプリンティング)」の説明としてこの話を持ち出したらしいんですね

田下昌明さんは後のページでこう語ります

"もしその期間中(刷り込み可能な時期)に刷り込まれるべきものが刷り込まれなかったり、または他の動物の行動様式が刷り込まれた場合、臨界期を過ぎてからでは、やり直しをすることはできません"
(126ページ)

そして同ページには世の母親を縛り付けるこんな一文が……

"動物であれ人間であれ、母子が一緒にいることでしかインプリンティングは生起成立しないのです"

えーと、結局のところ母親にのみ育児を押し付けることを目的として「狼に育てられた子」のエピソードを持ち出したってことでしょうか。クソですね

狼少女のエピソードがデマだった以上、蛇足なような気がしますが、一応は事実確認をしておきましょうか

たしかにインプリンティングは動物行動学において確認されている理論ではありますが……

有斐閣コンパクト『育ちあう乳幼児教育(第2版)』にはこう書かれています

"動物行動学、動物実験による心理学の成果から人間一般について初期経験が後の発達に及ぼす影響を明確に結論づけるものは、今のところ何もないといってよい"

"人は、歴史的、社会的な状況のなかで、それぞれの初期経験をもつことになる。初期経験が重要であることは疑う余地はないが、その後の人生でどのような環境に出会い、どのように自己変革を遂げていくかについては、はかり知れないものがある"

ようするにインプリンティングを人間に適用するのは、理論の拡大解釈にすぎないわけですね。ましてや「狼に育てられた子」のように他の動物の行動様式を刷り込まれるなんてことは……

一般人ならともかく、一応は偉いお医者様でもある田下昌明さんがこんな俗論を振り回すなんて、恥を知ってほしいですね

また、幼児教育の大切さについては昨今ことさらに言われるようなっていますが、だからといってそれが全てなわけありません

よって、乳幼児を育てる人は、田下昌明さんのような論に耳を貸すことなく、気軽に子育てしたほうがいいですよ?

※「狼に育てられた子」の欺瞞については、左巻健男『学校に入り込むニセ科学』を参考にしました


胎内記憶

では次に、「胎内記憶」の話に移りましょう

胎内記憶とはようするに「子どもは生まれた瞬間の記憶ーー誕生記憶をもっている。胎児やそれ以前(精子・卵子・前世)のころの記憶ももっている」というもの

当然これは、ただの与太話です。子育てで追い詰められた人々をカモに、一時の幸せな幻影を見せる詐欺にすぎません

最近では、親学推進協会の特別委員でもある医師の池川明さんが胎内記憶肯定論者として有名ですね

実は田下昌明さんも、この胎内記憶の信奉者だったりします

『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』の参考文献を見ればわかるように、胎内記憶業界で有名な書籍やそれらしいタイトルがズラリ

トマス・バーニー『胎児は見ている』、デーヴィッド・チェンバレン『誕生を記憶する子どもたち』、七田眞『赤ちゃんの未来がひらける「新しい胎教」』などなど

さっきと同一の画像もありますが、どうぞご確認ください

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『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』の本文を読むと、胎内記憶関連参考文献のなかでもデーヴィッド・チェンバレン『誕生を記憶する子どもたち』をたびたび参照・引用している印象です

デーヴィッド・チェンバレン『誕生を記憶する子どもたち』といえば、子どもたちに逆行催眠(退行催眠)をかけることによって新生時の記憶を思い出させた記録をまとめたものです

逆行催眠とは、1960年代のアメリカで爆発的に流行した催眠療法のこと。催眠状態で過去を思い出すことにより、自分でも気づかなかったトラウマの発見・克服などを目指す心理療法の一種です

ここで重要なのは、逆行催眠によって甦った記憶は、必ずしも正しい記憶ではないということ。たとえば逆行催眠で過去を遡り、前世までたどり着く人が続出しましたが、これは当然正しい記憶ではありえません。これを「虚偽記憶」といいます

『誕生を記憶する子どもたち』に限らず、胎内記憶の存在を主張する人々は「生まれた瞬間及び胎内での記憶があるという証言」を持ち出すのが常ですが、その実態は逆行催眠による虚偽記憶に過ぎないわけなんですね

田下昌明さんはそんな胎内記憶をつかって『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』の「第三章 育児は胎児のときからはじまる」を書きました

なかでも極悪な文が2つあるので、引用させてもらいましょう

"母親が考え、感じ、話し、望むことはすべて胎児に影響する"

"不幸な胎児経験をすれば、「不幸な人間」になる確率が高くなる"
(いずれも97ページ)

まるで細木数子さんの決め台詞「地獄に落ちるわよ!」のような恐ろしい恐喝ですね

内面の自由さえも、胎児(のためにと説教するド阿呆)に縛られてしまうのです。そうでないと子どもが「不幸な人間になるわよ!」というわけです

なぜ田下昌明さんが科学的根拠のない胎内記憶にハマったのか、ここから読み取れます

すなわち、妊婦の心を恐れで呪縛し支配するためなのです


「3歳児神話」と「母性発生装置集合体」 編


3歳児神話とはなにか?

田下昌明さんによる呪縛は、なにも胎児を宿した妊婦にのみ限定されているわけではありません

『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』は、手を変え品を変え、女性を一定の役割に縛り付けようと呪いをかけてきます。一定の役割とは、すなわち【子どもの母、家庭の母】です

そして本書において役割の呪縛が最も強く現れているのが、いわゆる「3歳児神話」と呼ばれる伝説です

……もっとも田下昌明さんはそれを「神話」でも「伝説」でもなく、「現実」だと主張するでしょうが

3歳児神話とは何か、コトバンクから引用させてもらいましょう

"子どもが3歳になるまで、母親が家庭で子育てに専念しなかった場合、その後の子どもの成長に悪影響が生じる可能性があるという考え。イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィが1951年に発表した論文で、幼児期における母子の心の結び付きの重要性を指摘したことに契機があるとされている"
※田下昌明さんがジョン・ボウルビィさんの著作を参考文献にしまくっているのを確認ください

ようするに女性にばかり子育ての責務を負わせる、クソみたいな神話ってことですね

ですが3歳児神話はただの神話。事実ではありません

日本ではいまだ3歳児神話が根強く、女性の社会進出を阻む要因ともなっています

さすがの我が国もこのままではマズイと思ったのか、1998年の厚生白書で3歳児神話は神話に過ぎないと完全に否定しています

"母親が育児に専念することは歴史的に見て普遍的なものでもないし, たいていの育児は父親 (男性) によっても遂行可能である。また, 母親と子どもの過度の密着はむしろ弊害を生んでいる, との指摘も強い。欧米の研究でも, 母子関係のみの強調は見直され, 父親やその他の育児者などの役割にも目が向けられている。三歳児神話には少なくとも合理的な根拠は認められない"
「第2章 自立した個人の生き方を尊重し,お互いを支え合える家族」より

というわけで、3歳児神話は20世紀終盤に公的な死を迎えたはずなのです。……が、いまだに少なくない数の日本人の頭に根付いてしまっているのが現状です

それはフェミニズム・バッシングの余波のせいであり、3歳児神話の影響下にある親学の興隆のせいであり、右派政治家のせいであり、なにより女性に【母親】を押し付ける日本社会のせいでした

片山さつき議員によれば、"母親はできるだけ自分で子どもを育てるべきだという『3歳児神話』が、私が12年前に政治家になったときの自民党には根強くありました。安倍政権も第一次はそうでした"とのことで、1998年の厚生白書後もウヨさんたちがいかに神話に固執したかがうかがえます
片山さつき議員は、まるで安倍晋三さんが3歳児神話を捨て去ったかのように語っていますが、2013年4月の成長戦略スピーチで「3年間抱っこし放題」を合言葉に「3年育休」を推進しようとしていたことを考えると……。ちなみに田下昌明さんには『一に抱っこ二に抱っこ三、四がなくて五に笑顔』という著書があります(^_^)

田下昌明さんにしても、厚生白書による否定もなんのその、『もう子育てでは悩まない この一冊で育児は完結する』で以下のような発言をしており……

"子供が将来、友情とか恋愛など、愛で結ばれた対人関係を築くための基礎トレーニングを終えるのは生後三歳までです"
(48ページ)

"(母子関係の形成について)人間では成立まで三年を要するなですが、この期間を短縮する方法もなければ、代わりの方法もありません。人間だけ短期間に母子関係を完成させてしまおうと思っても、そんな都合のいい手はないのです"
"故に生後三年間、母子は一日二十四時間一緒にいるのが最も望ましいのです"
(138ページ)

"育児の経過中、母親と子供が離ればなれになって母子間に空白が生ずると、母子ともに発達が阻害されます。特に母親はその空白の間に子供から発せられていたいくつもの「母性発生装置解発刺激」を受け取れずに経過するので、結果、「発達障害母」になり、母になりきらないまま母をやることになります"
(139ページ)

もちろん田下昌明さんの言うことはデタラメです。信じないでください

それはともかくとして、139ページの引用については少し解説が必要でしょうか

田下昌明さんは、女性には「母性発生装置集合体」なるものがそなわっていると主張します。母性発生装置集合体は赤ん坊と接することにより刺激(母性発生装置解発刺激)を受け、刺激によって母性が発生するのだとか
(339ページ参照)

…………あっはっはっw。ここまであからさまなトンデモも今時珍しい。あ、もちろんこれトンデモですから

一応、論文が検索できるサイトで「母性発生装置集合体」を調べてみましょうか

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ゼーロー。永遠のゼーロー

というわけで、「母性発生装置集合体」についての論文はありませんでした

いや、もうホントいい加減にしてほしいものですね

この他にも田下昌明さんは機会あるごとに3歳児神話的な言説を持ち出しています
そうして女性を脅迫し【母親】を強制しているのですね


間違いと曲解と拡大解釈の「3歳児神話」

誤解なきよう補足しておくと、3歳児神話の元ネタとなったジョン・ボウルビィさんは、決してトンデモさんではありません

3歳児神話は、ジョン・ボウルビィさんの研究が好きな人たちによる二次創作みたいなものでして。二次創作がアレだからといって、そのオリジナルまでダメなわけはないですよね?

しかしジャンルの先駆者ゆえに、ジョン・ボウルビィさんの研究には様々な間違いがあったことも事実です。また、先駆者ゆえに彼の説は二次創作者により曲解・拡大解釈されてしまいがちでした(20年ほど前の「遺伝子神話」や現在の「AI神話」と状況は同じですね)

まずはジョン・ボウルビィさんの間違いからいきましょう。これは簡単で、1998年の厚生白書でも言っていたように、研究対象を母子関係のみに限定していたことです

また、研究手法についても問題がありました。ジョン・ボウルビィさんは【母親に育てられた子】と【戦時下の孤児院で育てられた子】の比較調査を行ったわけですがーー

ーー後者の環境が劣悪すぎて、乳幼児期が後の人生に影響することはわかったものの、それがジョン・ボウルビィさんの言うように母子関係によるものと限定していいのかわからなかったのです(繰り返しになりますが、【限定してはいけない】が結論です)

現在は間違いの修正が行われ、乳幼児教育ジャンルにおけるジョン・ボウルビィさんの名声は不動のものとなっています。研究の核心部分さえ間違えていなければ、初期の瑕疵など問題ないのです(森村誠一『悪魔の飽食』の【初版本】の間違いを指摘して731部隊の人体実験を否定するネトウヨはここのところがわかっていない)

……なお、田下昌明さんは間違いの修正を歪な形で受け入れています

"母親の母性の切れ目のない発達のためにも一日二四時間、母親は子と一緒にいなくてはならないのです。一方、二四時間ぴったりと一緒にいて生涯母親の役割を果す一人の女性ならば、生みの親でなくても十分な養育が可能だし、本人の母性も発生発達していくのです"
(127ページ)

「母性発生装置集合体」とやらにかこつけて、実母でも養母でもいいからとにかく女性に育児を押し付けたい願望が伝わってきますね

もちろんこれは田下昌明さんの妄想にすぎず、子どもの養育に性別は関係ありません。父子家庭やLGBTのカップルで子どもを育てている方は、心配しないで大丈夫ですよ


次に曲解と拡大解釈について見ていきましょう

3歳児神話の契機となったジョン・ボウルビィさんの1951年の論文は、「乳幼児の段階で母親(後に修正され範囲が広がる)と十分なコミュニケーションをとって絆をつくっとかなきゃ将来たいへんだぞ☆」という内容でした。絆がつくれない状態のことは「母性剥奪」と名付けられました

ここに二次創作者による曲解と拡大解釈の余地があります

すなわち、田下昌明さんのような「母親は乳幼児と二十四時間一緒にいるべし」という曲解・拡大解釈です。誰もそこまで言ってないのにね。こうした曲解・拡大解釈は論文発表当時からあったと聞きます

曲解と拡大解釈に対し、理化学研究所の黒田公美さんは"仕事を持つ母親が働いている時間にこどもがふつうの保育園ですごすことが [社会的剥奪]であるとは言いがたく"とも"母親剥奪理論を敷衍しすぎることの危険性はラター(Rutter, 1972)らによって指摘されている"とも述べています

また、1998年の厚生白書にも曲解・拡大解釈を咎める文章があります

"乳幼児期という人生の初期段階は, 人間 (他者) に対する基本的信頼感を形成する大事な時期であり, 特定の者との間に「愛着」関係が発達することは大切である"
"しかし, この基本的信頼感は, 乳幼児期に母親が常に子どもの側にいなければ形成されないというものではない"

以上のことからわかるように、3歳児神話は間違い・曲解・拡大解釈から成り立っているのですね。……3歳児神話ってマジで二次創作みたい


ぼくのかんがえたさいきょうのお母さん編


3歳児神話なんてチンケな二次創作を利用してまで女性に【母親】を押し付けるくらいですから、当然、神話とは関係のない部分でも呪縛は解かれません

それが最も強く現れているのが「第五章 父親の役割、母親の役割」です。ちなみに冒頭の竹田恒泰発言に呼応した引用は、この章から採取しています
(今にして思えば、竹田恒泰さんの発言は3歳児神話を回避しつつ日本会議に尻尾を振る、なかなか巧妙なものでした)

父親の役割……などと言っていますが、田下昌明さんによって振られた父親の役割は、母にくらべれば圧倒的に少ないです

しかもその役割というのが、

"父親は子供と遊ぶのを一番の楽しみにしよう"
(166ページ)

"父親は大いに人生を語るべし"
(168ページ)

という、思わず「てめぇはお地蔵さん相手に一人で語ってろ!」と怒鳴りつけたくなるような、なんともトホホ感あふれるものばかり

なかでも↓の文章はいろんな意味でヒドイ

"父親は子供の年齢に応じて「男らしさ」「女らしさ」「善悪」「公正」「秩序」「規律」「良心」「信念」「信頼」「尊敬」「友情」「忍耐」…などを教えていくのです。父親がしっかりしていないと、このどれも教えることができず、子供は「善悪と真実の人生」ではなく、「損得と妥協の人生」をたどることになります"
(171ページ)

ようするに田下昌明さんは、人生観を教えるのが父親の役割だと言っているのです

しかも"善悪を教えるというのは親の人生観を強制することですから、価値観の多様性を是認すると教えられません"(354ページ)ともほざいており、ものすごくタチが悪い

それはひとまずスルーするにしても、田下昌明さん言い様はまるで、女性には「善悪と真実」などの人生観が教えられないみたいじゃあーりませんか

それと僕は、子どもたちには「男らしさ」「女らしさ」なんかに呪縛されることなく、「自分らしく」生きてほしいと思いますね


一方、母親に課せられた役割は恐ろしく具体的だったり抑圧的だったりするのです

"母親は朝寝坊をしてはいけません"
(173ページ)

"母親というものは、その家庭で「一番先に起きる人」でなくてはならない"
(174ページ)

"ハンで押したような規則正しい生活を、日曜日であろうが、祝日であろうが、お客さんが来ようが、頑として崩さないことが、子供を心身ともに健康に育てるコツなのです。子供の健康を願うならこのことを守りましょう。自分も遊びたい、子供も健康でいてほしい。これは欲ばりというものです"
(175ページ)

"子供に規則正しい生活を躾けていく上で最も望ましいのは、母親が常に家にいることです"
(184ページ)

"子供が玄関を出るときには、「気をつけてね」、「待っているわよ」と必ず言ってやるようにし、できれば子供が角を曲がるまで見送ってやるのがいいのです"
(185ページ)

"子供が外出する時と帰宅した時に、必ずしっかりと抱きしめてやる"
(188ページ)

……といった具合でして

これらも例によって例のごとく「(言うとおりにしないと子どもが)マトモな人間に育たないわよ!」といった調子で語られるのですからたまりません

しかも、これまで見てきたアレコレから察するに、田下昌明さんは科学的根拠に基づいて世の母親に提言を行っているわけではないはずです(もちろん科学的根拠があっても、男性に対してマイノリティである女性に脅迫的に育児を押し付けてはいけません)

言うなれば、田下昌明さんの提言は3歳児神話も含め、すべて【ぼくのかんがえたさいきょうのお母さん】の条件をつらつら並べたにすぎない代物ということです

子どもを育てるすべての人は、こんな妄言に惑わされてはいけません。でないと子どもがマトモな人間に育たないわよ!


おわりにかえて ~田下昌明の最終目標~


女性に【ぼくのかんがえたさいきょうのお母さん】を押し付けて、田下昌明さんは何を為そうとしているのか

もちろん押し付けそのものも目的のひとつですが、それが最終目標ではないと思います

また、田下昌明さんの押し付けは、家庭教育支援法・青少年健全育成基本法・共同養育支援法(親子断絶防止法)の制定、憲法24条の改悪といった【ウヨが家庭に口出しする定番セット】に思想的に連なるものですが、そこが最終目標でもないでしょう

ここで思い出して頂きたいのは、田下昌明さんがインプリンティングの説明にわざわざ「狼に育てられた子」のエピソードを選んだことです(一応はローレンツさんという動物行動学者の成果についても触れられていますが、「狼に育てられた子」のほうが圧倒的に重要視されています)

あのエピソードからは【狼に育てられると狼になる】というテーゼが導かれます

"もし生まれて間もなく狼に育てられれば、その子は狼として成長してしまうのです"
(31ページ)

それが間違ったエピソードから生まれた間違ったテーゼであることは疑いようのない事実ですが、田下昌明さんはそこから【真の日本人に育てられると日本人になる。真の日本人に育てられなければ、日本人にはならない】という更に間違ったテーゼを産み出してしまうのです

"日本人の文化は日本人でなければ引き継ぐことはできません"
(34ページ)

"私たち日本人は、子供を日本人にするために、そのためにのみ育児をやるのです"
(35ページ)

日本の文化と異なった方法で育児をすると"その子供は日本の社会で生活することの下手な、日本人らしくない日本人になる"
(36ページ)

そして日本人らしくない日本人が多くなれば"「日本人という民族の生命」は将来危険にさらされます。何故なら、日本人の社会に結合できない部分を持っている人には、日本の文化を破壊することはできても、継承するのは難しいからです"
(36ページ)

とのことです

……こっわ。なにいきなり【日本人という民族の生命】とか言い出してんの? こっわ!

まあ、つまり田下昌明さんの最終目標は【真の日本人をつくる】ことにあるよーです。そうでなければ日本人が脈々と受け継いできた【日本人という民族の生命】は絶ち切られてしまい、"日本人という民族の終焉"(34ページ)を迎えてしまうんだそうで

ちょっとなに言ってるのかわかんないですね

ともかく、田下昌明さんにとって【真の日本人】を育てることは、国を守ることと同義なようです

そして、田下昌明さんが考えるところによると、【真の日本人】を育てる一番の邪魔者が【母性の劣化】のようでして

それを矯正するために、3歳児神話や母性発生装置集合体なんてファンタジーを持ち出し、女性に母性を強制しているのです

"母性の劣化は直接的に育児、躾、教育の劣化につながって、育児は管理飼育になり、躾は放任、教育においては指導、命令ができなくなります。これが育児、躾、教育の堕落をもたらし、今日のあらゆる青少年問題の根源となっています"
(344ページ)

その"あらゆる青少年問題"とやらの一例として田下昌明さんがあげているのが、

"パラサイト、ニート、ひきこもり、五月病、早期離職、育児困難、育児放棄、乳幼児遺棄、乳幼児殺傷、離婚、同性婚"(354ページ)

なのだそうです

同性婚を乳幼児殺傷と並べて青少年問題としているあたりに、田下昌明さんのサイテーさかげんがわかりますね。もちろん同性同士が結ばれることが問題であるはずがありません


では、なぜ母性の劣化(笑)とやらが始まったのか。田下昌明さんにとって日本人という民族は、大切であるはずの母性(笑)を簡単に劣化させてしまうほど愚かなのでしょうか?

いいえ、違います

田下昌明さんはここでウヨの得意スキル「GHQにすべての責任を押し付けちまおーぜ!」を発動します

"母性の劣化が蔓延すると未熟母性が当り前になり、育児、躾、教育が堕落します。この流れはすべて戦後占領政策に端を発しています"
(345ページ)

そして"すべての占領政策の基調になって"いるのが"通称ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム"なんだそうです
(345ページ)

WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)とは、"日本人に戦争犯罪者意識を刷り込み、罪悪感を植えつけて、日本の歴史、伝統、文化を否定破壊し、日本人の矜持と自我同一性を失わせるための宣伝計画"(345ページ)だと、田下昌明さんに限らず多くのウヨさんが言うところですが……

まあ、ただの陰謀論です。「フリーメーソンの陰謀」とか「イルミナティの陰謀」とか「ユダヤの陰謀」とかと同レベルの。少なくとも学術の世界では、ウヨの言っている意味でのWGIPは完全に無視されています
(WGIPとやらの実態が知りたければ賀茂道子『ウォー・ギルト・プログラム』を読んでください)

なんでもかんでも母性の劣化のせい→からの~→なんでもかんでもGHQのせい

……という美しすぎる話の流れに、僕はもうため息が止まりませんよ、えぇ
いやー、母性の劣化もWGIPもバカみたいに効果範囲が広くてすげーわー(効果範囲の広さ、伸縮自在性は陰謀論を見抜くポイントです)


では、そろそろまとめに入りましょうか

田下昌明さんの主張を一纏めにすれば、以下のような感じになるでしょう

GHQの陰謀により日本人は母性を劣化させた
→母性の劣化により日本はボロボロになり、また、そのせいで日本人は【真の日本人】を育てる力を無くしている
→このままでは【日本人という民族の生命】が絶ち切られてしまう
→現在生き残っている【真の日本人】は日本人の母性を復活させなければならない
→そのために日本の母親は【ぼくのかんがえたさいきょうのお母さん】にならなくてはいけない

……改めてまとめると、うーん、このクソみたいな論法は、まさしく日本会議だなぁって感じですね(ニッコリ)

本当に世の養育者さんたちは、こんなクソみたいなクソに騙されないで頂きたい。子どもの権利を守りつつ、のびのびと子育てを楽しんでください。僕からの本気のお願いです


あ、あと今日の話が面白かったって人は大月書店から出版されている『右派はなぜ家族に介入したがるのか』を読んでください。能川元一さんの論文に、田下昌明さんのことがガッツリ載っていますので



蛇足


・明らかに田下昌明さんの影響を受けニセ科学「狼に育てられた子」の話をする西村眞悟さんはこちら

・明らかに3歳児神話の話をする萩生田光一さんはこちら