いだてん

IDATEN倶楽部

2019年818

ロサンゼルスオリンピック スペシャルハイライト!vol.2

第29回から第31回まで、3回にわたって描かれたロサンゼルスオリンピック。
当時の資料写真や記録映像に基づいて再現された美術セット、エキシビションで披露された日本泳法について、出演者やスタッフの声をまじえてご紹介します。

まーちゃん軍団、日本泳法を実演!

ロサンゼルスオリンピックのエキシビションでまーちゃん軍団が日本泳法を披露したエピソードは、史実をもとにしています。実演にあたって、俳優陣は撮影の3か月ほど前から練習を重ねました。このシーンが撮影されたのは、4月初旬。ロケ地は国内の屋外温水プールでした。ナイトロケで、気温が1桁台だったにもかかわらず、俳優の皆さんは寒さに震えながらも見事に演じきりました。
体にこたえました
阿部サダヲ とにかく寒く、ふんどし一丁での撮影は体にこたえました。「水書」の技は、みんなでかなり練習して臨みましたがけっこう難しくて…。ロケ地のプールは深さが3メートルあり、足がつかなくて怖かったです。しかも、長回しの撮影でいつカットがかかるか分からない状態…、キツかったですね(苦笑)。
死ななくてよかった
皆川猿時 日本泳法の撮影に向けてみんなで特訓を積んだので、チーム全体に結束が生まれました。
撮影本番は、想像以上の寒さとプールの深さに文字通り縮み上がってしまって(苦笑)。本来収録後は達成感で盛り上がるところだとは思いますが、終わってよかったという安堵あんどの気持ちでいっぱいでした。本当に死ななくてよかったです(笑)。阿部くんとは長い付き合いで、「疲れた」とか絶対に言わない人なのですが、この撮影の時ばかりは、「怖かった」と漏らしていましたよ。
つらかったけどやってよかった
三浦貴大 中学時代から水球をしており、日本泳法の経験もありました。僕が任されたのは、両手両足を縛られて泳ぐ「手足がらみ」という技。両脇の人にプールに投げ込んでもらうのですが、本番直前になって「もっと強く、お客さんが沸くような投げ方をしてください」という演出のリクエストが入ったんですよ。そのおかげで本番では一回転してしまい、かなり下のほうまで沈みました。さらに足がつってしまい「これはもうだめだ」と思ったほど。絶対に撮り直しをしたくなかったので、意地でやりきりました。水面に浮かんできてから体勢を立て直し、そこでオーディエンスに向かって「I’m fine!」と言わなければいけなかったのですが、僕としては全然fineではない(笑)。でも、外国の選手の方や、エキストラの方々が「すごかった!」と感動してくれて、やってよかったと思いました。ドラマで日本泳法が描かれることは少ないと思うので、これをきっかけに少しでも興味を持っていただけたらうれしいです。
心を鬼にして
演出・西村武五郎 日本泳法を披露するエキシビションで、治五郎さんが「我々の強さの秘密がここにある」とスピーチする場面がありました。その源は日本泳法、とりわけ「立ち泳ぎ」による足腰の強さだと言われていて、水中の動きをぜひ見せたいと考えました。そこで水上と水中の動きを同時に撮影できるツインズカムというカメラを使い、観客からは笑顔で華やかに見えても、実は足を必死に動かして体勢を保っている様子をひとつの画面で映し出しました。
みんなで積んだ特訓の成果と、本番でやりきったその達成感は、画面に圧倒的な存在感として表れると確信していました。かなりの寒さのなか、心を鬼にして演出しましたが、その迫力が表れていると信じています。

ロサンゼルスオリンピックを忠実に再現!

カリフォルニアの陽気さを表現したい
美術デザイン・神林 篤 ロサンゼルスオリンピックのシーンの撮影地は、実は国内なんです。もちろん、ヤシの木の並木道も。どうすれば、ロサンゼルスらしさ、太陽がふりそそぐカリフォルニアの陽気さを伝えられるか、入念にリサーチしました。ダンスシーンのロケ地にもなった選手村は“オレンジ色のスペイン瓦の建物が多かった”と資料に残されていたことをポイントに建物のイメージを決定しました。
バスは現地から! 水泳日本代表を乗せたバスは、当時のリトルトーキョーの映像や写真を参考に、当時のバスに近いものを手配してもらいました。バスは2台使用したのですが、1台はアメリカから取り寄せ、もう1台は国内で探し出し輸入バスと同じ黄色で塗装してもらいました。また、選手たちが練習していたプールや、その入り口のゲートは、アメリカの風景のなかでよく見かけるようなフェンスを張り巡らし、ロサンゼルスらしい雰囲気を演出しました。
特にこだわり抜いたプールセット! オリンピックプールはもちろん、レーン番号、スコアボードやコースロープに至るまで、1932年ロサンゼルスオリンピックで使われた施設を当時の雰囲気になるようセットとVFXにて再現しました。当時の資料は、白黒のものが多く、素材や色の判断に悩みましたが、当時多く使われていた材料を参考に決めていきました。コースロープに至っては、参考になる資料がほとんどなく、スナップ写真に写り込んだものを何パターンも確認し作製しました。細部にまでこだわっているので、当時の写真とこのセット写真がごちゃ交ぜになっても区別がつかないと思います。
あの手法がここにも登場! 一方、選手が寝泊まりする選手村の部屋や食堂は、スタジオで撮影しています。こちらのセットも部屋の屋根や外壁の色は、実際の日本選手団の方が残された資料をもとに決めました。スペースの問題で実際にセットに建てたのは4棟ですが、風景を映したLEDパネルを背景に使用し、何棟も建物が続いているように見えるよう工夫しています。シベリア鉄道のシーンを撮影したときにも使用した手法です。 ▶︎SNSギャラリーでチェック!
LEDパネルの前で撮った写真も、まるで本当に選手村にいるかのよう!

史実を現実のものとして伝えるために

“人種のるつぼ”を表現
演出・西村武五郎 移民国家であるアメリカらしさを演出するため、水泳日本代表の裏舞台を見守った守衛のデイブをはじめ、さまざまな人種の皆さんが集まりました。人種間の垣根は、とても永く深いテーマですが、スポーツを通してそのあり様が変化していく過程を描きました。
日系人のおじいさんが、日本選手団の活躍のおかげで白人から声をかけられたことを田畑に感謝する場面は、史実をもとに宮藤官九郎さんが脚本に盛り込んだエピソード。日本選手団の活躍により「私は日本人だ!」と胸を張って言えるようになる一世の方々。そこに、二世であるナオミの「I'm a Japanese American.」というセリフを足させてもらいました。二世の方々はアメリカ生まれで一世の人びととは立場も感覚も違うためです。それぞれの悩みや決意があることを表現しています。ナオミに触発され、当時のリトルトーキョーの近辺に住んでいたメキシコやアフリカからの移民、当時いわゆる Colored と言われた人びとも同様に叫ぶ。
その人種・民族のるつぼと叫びを目にして、田畑も叫びます。日本選手団を空前のメダルラッシュに導いた田畑が、オリンピックを競技ではないフェーズとして捉える瞬間だったかもしれません。そしてすでにそのフェーズでオリンピックを捉えているのが、治五郎でした。
「日本人だ!」の合唱でも、最後には治五郎がおいしいところを持っていきましたね(笑)。田畑と治五郎、叫ぶ位置に高低差をつけることで、“メダルラッシュを実現した田畑にとっても、オリンピック招致を実現させようとする嘉納治五郎は、またさらに1段階上”ということを示したいと思いました。この2人の関係性がどう変化していくかが今後の見どころです。撮影する際、「治五郎さんは一番上にのぼってください」と伝えると、役所さんには「ええ!?」と言われてしまいましたが(笑)、“これからも現役で活躍するぞというエネルギーに満ちた嘉納治五郎”を表現できたと思っています。

IDATEN倶楽部トップへ