明治
古今亭志ん生
東京市神田区神田亀住町(現・東京都千代田区外神田)に生まれる
嘉納治五郎
第五高等中学(現・熊本大学)校長就任
金栗四三
熊本県玉名郡春富村(現・和水町)に生まれる
嘉納治五郎
東京高等師範学校(現・筑波大学)校長就任
田畑政治
静岡県浜松町(現・浜松市)に生まれる
金栗四三
玉名中学校(現・熊本県立玉名高等学校)に進学
嘉納治五郎
アジア初の国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任
金栗四三
東京高等師範学校(現・筑波大学)に入学
嘉納治五郎
大日本体育協会設立、初代会長に就任
オリンピック選手選考運動会開催
11月19日、日本初のオリンピック予選会が羽田で行われ、金栗四三が世界記録2時間32分45秒を達成
金栗四三
5月16日、金栗四三、三島弥彦、大森夫妻がストックホルムへ出発
金栗四三
6月2日、ストックホルムに到着
(東京を出発してから17日目)
5〜7月、第5回オリンピック競技大会(スウェーデン・ストックホルム)開催
マラソン代表の金栗四三、短距離代表の三島弥彦が
日本人として初めてオリンピックに出場
団長として嘉納治五郎、監督として大森兵蔵が参加
大正
金栗四三
玉名郡小田村・池部家の養子となり、
春野スヤと見合い結婚
金栗四三
神奈川師範学校に教員として勤務
金栗四三
著書『ランニング』出版
金栗四三
独逸学協会中学校にうつる
金栗四三
「東海道五十三次駅伝」を企画、アンカーをつとめる
金栗四三
長男・正明が誕生
金栗四三
下関〜東京、1200キロメートルを20日間で走破
金栗四三
日光〜東京、130キロメートルを完走
金栗四三
金栗らの発案により、のちの箱根駅伝となる
第一回 関東大学箱根駅伝競走を開催
第7回オリンピック競技大会(ベルギー・アントワープ)開催
金栗四三がマラソン日本代表として2度目の出場(2時間48分45秒で16位)
十種競技日本代表の野口源三郎が日本選手団の主将として参加
熊谷一彌(くまがい・いちや)が硬式テニスで日本初のメダルを獲得
金栗四三
東京府女子師範学校、東京府立第二高等女学校
の教諭を兼務
嘉納治五郎
大日本体育協会会長辞任、名誉会長就任
古今亭志ん生
金原亭馬きんを名乗り、真打に昇進
古今亭志ん生
清水りんと結婚
金栗四三
11月、第1回女子連合陸上競技大会を開催
田畑政治
東京帝国大学を卒業し、朝日新聞社(東京朝日新聞)に入社
第8回オリンピック競技大会(パリ)開催
金栗四三がマラソン日本代表として3度目の出場をするも途中棄権
第一線からの引退を表明
田畑政治
大日本水上競技連盟の理事に就任
昭和
第9回オリンピック競技大会(アムステルダム)開催
人見絹枝が800メートルで銀メダルを獲得
日本人女性初のオリンピックメダリストとなる
また、織田幹雄が三段跳びで日本人初の金メダルを獲得
水泳では、鶴田義行が200メートル平泳ぎで金メダルを獲得
男子800メートルリレーが銀メダル、
高石勝男が100メートル自由形で銅メダルを獲得
田畑政治
日米対抗水上競技大会を実現
第10回オリンピック競技大会(ロサンゼルス)開催
アメリカに次いで2番目に多い131人の選手団が参加
男子水泳 6種目中5種目で金メダルを獲得
女子水泳では前畑秀子が200メートル平泳ぎで銀メダルを獲得
人見絹枝以来の日本人女性オリンピックメダリストとなる
田畑政治
酒井菊枝と結婚
嘉納治五郎
IOC総会(ウィーン)に出席
杉村陽太郎がIOC委員に就任
嘉納治五郎
IOC総会(アテネ)に出席
副島道正がIOC委員に就任
IOC総会(ベルリン)
1940年のオリンピック開催都市が東京に決定
第11回オリンピック競技大会(ベルリン)開催
初めて聖火リレーを実施
レニ・リーフェンシュタールによる公式記録映画『オリンピア』を製作
田島直人が三段跳びで金メダル、走り幅跳びで銅メダルを獲得
棒高跳びで西田修平が銀メダル、大江季雄が銅メダルを獲得
マラソンで孫 基禎が金メダル、南 昇竜が銅メダルを獲得
女子平泳ぎ200メートルで前畑秀子が金メダルを獲得
「前畑がんばれ」の名実況が誕生
嘉納治五郎
IOC総会(カイロ)に出席
嘉納治五郎
5月4日、死去(享年77)
古今亭志ん生
5代目古今亭志ん生を襲名
古今亭志ん生
軍隊の慰問のため満州へ渡る
田畑政治
日本水泳連盟の理事長に就任
古今亭志ん生
帰国
第14回オリンピック競技大会(ロンドン)開催
日本の参加は認められず
ロンドンオリンピックと同じ日程で、水泳の日本選手権を東京で開催
1500メートル自由形で古橋廣之進が18分37秒、
橋爪四郎が18分37秒8の世界新記録を達成
第15回オリンピック競技大会(ヘルシンキ)開催
田畑政治は選手団長として参加
選手・役員 103人を率いた
田畑政治
朝日新聞社を退社
第16回オリンピック競技大会(メルボルン)開催
南半球で初めての開催
IOC総会(ミュンヘン)
平沢和重の名スピーチにより、1964年のオリンピック開催都市が東京に決定
第17回オリンピック競技大会(ローマ)開催
日本選手団は体操で4つの金メダルを獲得
古今亭志ん生
脳出血で倒れる
田畑政治
オリンピック組織委員会事務総長を辞任
1964年10月10日
第18回オリンピック競技大会(東京)開催!