いだてん年表

  • 歴史的出来事
  • いだてん登場人物の歩み

明治

1877

西南戦争

1889

大日本帝国憲法発布
東京・横浜で電話交換が開始

1890

嘉納治五郎

古今亭志ん生

東京市神田区神田亀住町(現・東京都千代田区外神田)に生まれる

1890

浅草で凌雲閣が開業

1891

嘉納治五郎

嘉納治五郎

第五高等中学(現・熊本大学)校長就任

金栗四三

金栗四三

熊本県玉名郡春富村(現・和水町)に生まれる

1893

嘉納治五郎

嘉納治五郎

東京高等師範学校(現・筑波大学)校長就任

1894

国際オリンピック委員会(IOC)結成
日清戦争勃発(〜1895年)

1896

第1回オリンピック競技大会開催(ギリシャ・アテネ)

1898

田畑政治

田畑政治

静岡県浜松町(現・浜松市)に生まれる

1904

日露戦争勃発(〜1905年)

1905

金栗四三

金栗四三

玉名中学校(現・熊本県立玉名高等学校)に進学

1906

夏目漱石『坊っちゃん』発表

1908

アメリカ帰りの大森兵蔵がバレーボールと、バスケットボールを紹介

1909

1898年に出版された小説『不如帰(ほととぎす)』が100刷となる
嘉納治五郎

嘉納治五郎

アジア初の国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任

1909

伊藤博文がハルビンで暗殺される

1910

金栗四三

金栗四三

東京高等師範学校(現・筑波大学)に入学

1911

清(中国)で辛亥革命が起こる(〜1912年)
嘉納治五郎

嘉納治五郎

大日本体育協会設立、初代会長に就任

オリンピック選手選考運動会開催

11月19日、日本初のオリンピック予選会が羽田で行われ、金栗四三が世界記録2時間32分45秒を達成

1910

中華民国成立
金栗四三

金栗四三

5月16日、金栗四三、三島弥彦、大森夫妻がストックホルムへ出発

金栗四三

金栗四三

6月2日、ストックホルムに到着
(東京を出発してから17日目)

5〜7月、第5回オリンピック競技大会(スウェーデン・ストックホルム)開催

マラソン代表の金栗四三、短距離代表の三島弥彦が
日本人として初めてオリンピックに出場
団長として嘉納治五郎、監督として大森兵蔵が参加

7月、明治天皇崩御

大正

1912

橘家円喬、死去

1913

大森兵蔵、死去

1914

金栗四三

金栗四三

玉名郡小田村・池部家の養子となり、
春野スヤと見合い結婚

1914

サラエボ事件
第一次世界大戦勃発(〜1918年)
東京駅開業

1915

第一次世界大戦のため
第6回オリンピック競技大会(ベルリン)の中止が報じられる

1916

第6回オリンピック競技大会(ベルリン)中止
金栗四三

金栗四三

神奈川師範学校に教員として勤務

金栗四三

金栗四三

著書『ランニング』出版

1917

金栗四三

金栗四三

独逸学協会中学校にうつる

1917

4月27日、日本初の駅伝レース「東海道五十三次駅伝」が開幕
金栗四三

金栗四三

「東海道五十三次駅伝」を企画、アンカーをつとめる

1919

金栗四三

金栗四三

長男・正明が誕生

金栗四三

金栗四三

下関〜東京、1200キロメートルを20日間で走破

金栗四三

金栗四三

日光〜東京、130キロメートルを完走

1920

国際連盟発足
金栗四三

金栗四三

金栗らの発案により、のちの箱根駅伝となる
第一回 関東大学箱根駅伝競走を開催

第7回オリンピック競技大会(ベルギー・アントワープ)開催

金栗四三がマラソン日本代表として2度目の出場(2時間48分45秒で16位)
十種競技日本代表の野口源三郎が日本選手団の主将として参加
熊谷一彌(くまがい・いちや)が硬式テニスで日本初のメダルを獲得

1921

金栗四三

金栗四三

東京府女子師範学校、東京府立第二高等女学校
の教諭を兼務

嘉納治五郎

嘉納治五郎

大日本体育協会会長辞任、名誉会長就任

古今亭志ん生

古今亭志ん生

金原亭馬きんを名乗り、真打に昇進

1922

二階堂トクヨが二階堂体操塾を創立
古今亭志ん生

古今亭志ん生

清水りんと結婚

金栗四三

金栗四三

11月、第1回女子連合陸上競技大会を開催

1920

9月1日、関東大震災が発生

1924

田畑政治

田畑政治

東京帝国大学を卒業し、朝日新聞社(東京朝日新聞)に入社

第8回オリンピック競技大会(パリ)開催

金栗四三がマラソン日本代表として3度目の出場をするも途中棄権
第一線からの引退を表明

田畑政治

田畑政治

大日本水上競技連盟の理事に就任

明治神宮外苑競技場が完成

1926

12月、大正天皇崩御

昭和

1928

第9回オリンピック競技大会(アムステルダム)開催

人見絹枝が800メートルで銀メダルを獲得
日本人女性初のオリンピックメダリストとなる
また、織田幹雄が三段跳びで日本人初の金メダルを獲得
水泳では、鶴田義行が200メートル平泳ぎで金メダルを獲得
男子800メートルリレーが銀メダル、
高石勝男が100メートル自由形で銅メダルを獲得

「ラジオ体操」放送開始

1930

神宮プールがオープン

1931

人見絹枝、死去
田畑政治

田畑政治

日米対抗水上競技大会を実現

満州事変

1932

五・一五事件

第10回オリンピック競技大会(ロサンゼルス)開催

アメリカに次いで2番目に多い131人の選手団が参加
男子水泳 6種目中5種目で金メダルを獲得
女子水泳では前畑秀子が200メートル平泳ぎで銀メダルを獲得
人見絹枝以来の日本人女性オリンピックメダリストとなる

1933

永田秀次郎東京市長が辞任
日本が国際連盟の脱退を表明
田畑政治

田畑政治

酒井菊枝と結婚

牛塚虎太郎が東京市長就任
嘉納治五郎

嘉納治五郎

IOC総会(ウィーン)に出席
杉村陽太郎がIOC委員に就任

岸 清一、死去

1934

嘉納治五郎

嘉納治五郎

IOC総会(アテネ)に出席
副島道正がIOC委員に就任

1935

IOC総会(オスロ)

1936

二・二六事件
IOC会長・ラトゥールが来日

IOC総会(ベルリン)

1940年のオリンピック開催都市が東京に決定

第11回オリンピック競技大会(ベルリン)開催

初めて聖火リレーを実施
レニ・リーフェンシュタールによる公式記録映画『オリンピア』を製作

田島直人が三段跳びで金メダル、走り幅跳びで銅メダルを獲得
棒高跳びで西田修平が銀メダル、大江季雄が銅メダルを獲得
マラソンで孫 基禎が金メダル、南 昇竜が銅メダルを獲得
女子平泳ぎ200メートルで前畑秀子が金メダルを獲得
「前畑がんばれ」の名実況が誕生

1937

盧溝橋事件

1938

嘉納治五郎

嘉納治五郎

IOC総会(カイロ)に出席

嘉納治五郎

嘉納治五郎

5月4日、死去(享年77)

7月、東京オリンピックの中止が決定

1939

古今亭志ん生

古今亭志ん生

5代目古今亭志ん生を襲名

第二次世界大戦勃発

1941

太平洋戦争勃発

1943

10月21日、出陣学徒壮行会(明治神宮外苑競技場)

1945

古今亭志ん生

古今亭志ん生

軍隊の慰問のため満州へ渡る

8月15日、終戦
田畑政治

田畑政治

日本水泳連盟の理事長に就任

1947

古今亭志ん生

古今亭志ん生

帰国

東 龍太郎が日本体育協会会長に就任
古橋廣之進が日本選手権・400メートル自由形で世界記録を上回るタイムで優勝

1948

第14回オリンピック競技大会(ロンドン)開催

日本の参加は認められず

ロンドンオリンピックと同じ日程で、水泳の日本選手権を東京で開催

1500メートル自由形で古橋廣之進が18分37秒、
橋爪四郎が18分37秒8の世界新記録を達成

1950

東 龍太郎がIOC委員に就任

1951

サンフランシスコ平和条約が締結
日米安全保障条約が締結

1952

第15回オリンピック競技大会(ヘルシンキ)開催

田畑政治は選手団長として参加
選手・役員 103人を率いた

田畑政治

田畑政治

朝日新聞社を退社

1956

第16回オリンピック競技大会(メルボルン)開催

南半球で初めての開催

1957

明治神宮外苑競技場 解体

1958

国立競技場 完成
IOC総会(東京)
東京タワー 完成

1959

東 龍太郎が都知事に就任

IOC総会(ミュンヘン)

平沢和重の名スピーチにより、1964年のオリンピック開催都市が東京に決定

1960

日米安全保障条約 改定
IOC総会(ローマ)
柔道がオリンピックの正式種目に決定

第17回オリンピック競技大会(ローマ)開催

日本選手団は体操で4つの金メダルを獲得

1961

亀倉雄策デザインの公式ポスター第1号が完成
IOC総会(アテネ)
男子バレーボールがオリンピックの正式種目に決定
選手村が代々木に決定
古今亭志ん生

古今亭志ん生

脳出血で倒れる

1962

公式ポスター第2号が完成
IOC総会(モスクワ)
女子バレーボールが東京オリンピックの正式種目に決定
また、開催期間も決定
第4回 アジア競技大会(ジャカルタ)
田畑政治

田畑政治

オリンピック組織委員会事務総長を辞任

日紡貝塚女子バレーボールチームが世界選手権で優勝

1963

公式ポスター第3号が完成
「東京五輪音頭」発表

1964

市川 崑が記録映画の監督に就任
公式ポスター第4号が完成
岸記念体育会館が渋谷区神南に移転
坂井義則が聖火リレーの最終ランナーに決定
8月22日、聖火がアテネを出発
9月7日、聖火が沖縄に到着
日本人の聖火リレーがスタート
羽田から浜松町へモノレールが開通
東海道新幹線が開業
首都高速道路の一部が開通
(羽田空港とオリンピック会場が接続)

1964年10月10日
第18回オリンピック競技大会(東京)開催!