性差別はジェンダーでなくセックス(身体的性別)由来であるという主張の矛盾について

 

ここ数日で「女性差別は身体的性別に基づくもの」という(おそらくシスジェンダーの方々による)意見をいくつか見聞きしましたが、トランスジェンダーの立場から見ると明らかに矛盾している部分があると思い以下にまとめました。

 

 

“身体的 男性/女性”の定義について

まず、この言葉が表すグループとして2つの可能性があります

 

1) 出生時の性別

いわゆる “生得的 女性/男性” と同義語。トランスジェンダーに関しては、どれだけオペをしようとも「元の身体」で判断する。

 

2) 男性/女性の身体的特徴を持つ人

ホルモンを投与し、(おそらく性器形成まで)オペをしたトランスジェンダー

 

シス 男性/女性はそのまま両方とも当てはまりますが、トランスジェンダーは定義によって含まれる・含まれないが変わってきます。

Twitterで観測した範囲だと、文脈から(1)の定義で話を進めている方が多いようでしたので、ここでは(1)の定義で話を進めていきたいと思います。

(もし違う定義を採用しているようでしたら、教えていただければ幸いです)

 

以上を踏まえた上で、医大入試での差別問題を例にとって考えてみましょう。

 

もし、「身体的女性であることを理由に性差別を受ける(-80点される)」とする場合、身体的女性であるトランス男性は-80点され、トランス女性は-80点されないわけですが…

 結論から言うと、入試での性別は書面上の性別で判断されるため、戸籍変更後のトランス男性は減点されず、同じく変更後のトランス女性は減点されます。

そしてたとえ(2) の定義でも、戸籍を変更していなければトランス男性は減点され トランス女性は減点されません。

ここでのポイントは身体の性別でなく戸籍(社会に割り当てられた性別)なのです。

 

 

もうひとつ例を挙げて考えてみましょう。

「子供を産み、育てる(であろう)から仕事に穴を空ける」ことを理由に昇進できない、退職勧告されるという類の差別についてです。

これも、「産む性」である“身体的女性” がターゲットであり、“身体的男性” には縁の無い差別と思われがちですが…

 

実際には、女性として働いているトランス女性もこのような扱いは受けています。また、不妊症の女性なら昇進できるかというとそうではない、つまり「産む可能性がある身体」をピンポイントで差別するものではないという点も見逃せません。“身体的性別”由来の理由を挙げてはいるものの、実際の運用としては「女性として生きている人」がこの差別を受けているのです。

正確には「女性社員」として働く人はこのような差別を受け、「男性社員」として働く人はこういった差別は受けない…というのが現実ではないでしょうか。

 

 

私自身はトランス男性で、シス男性とまったく同じように生活しています。先の定義に照らし合わせれば“身体的女性”(私自身は自分のことをそう思っていませんが)といえますが、男性のジェンダーで生活するようになってから女性差別に遭ったことは一度もありません。

そして、「女性差別を受けないのは身体的女性であることを隠しているからだ、いくら男性のように生きていても“身体的女性とバレた”ら女性差別を受ける」と主張される方もいましたが、トランスジェンダーであることをオープンにして生きているトランス男性たちがみな女性差別に苦しんでいる…という話も聞いたことがありません。

トランス男性がアウティングされた際にまず受けるのは「トランス差別」です。

 

映画『ボーイズ・ドント・クライ』の基になった事件を引き合いに出して「トランス男性が『身体が女性だった』という理由で暴行を受けたのだから、女性差別ジェンダーによるものではない」という主張がありましたが、

 

被害者のWikipedia ブランドン・ティーナ - Wikipedia   から事件の概要を読むだけでもわかるように、この事件は女性差別でなくトランスヘイトクライムです。

加害の焦点は「トランスジェンダーであったこと」であり、「身体的女性だったこと」ではないのです。仮に被害者が女性として加害者たちと出会っていたらこのような事件にはならなかったでしょう。

また、この議論内で使われている「ジェンダー」は性自認でなく「社会的に割り当てられた性別」を表す単語として機能しており、トランス当事者の性自認を周囲の人間が認めるかどうかはトランス差別の問題になります。

 

さらにこの発言をした方はさらにこう続けていますが、

 

例に出しているトランスジェンダーへの加害行為はトランスヘイトによるものです。

トランスジェンダーにとってジェンダーとセックス(“身体的性別”)が密接に関わっているのは当たり前で、ジェンダーもセックスも全く関わらないトランスヘイトクライムなど存在し得ません。

もしトランス男性の受けた被害が“身体的性別”由来であるなら、“身体的性別”が男性であるはずのトランス女性が性的暴行を受けたり殺害されるのはおかしな話ではないでしょうか?

トランス女性への被害は「トランスヘイトクライム」で トランス男性への被害は「女性差別」としてしまうのはトランス男性へのヘイトクライムを透明化し、マイノリティの被害をマジョリティが簒奪するという図式にもなってしまっています。

 

 

男女二元論にトランスジェンダーを当て嵌めて語ろうとすると、少し考えただけでも多くの矛盾点が出てきてしまいます。

女性差別は“身体的女性”が受けるもの」という定義は、女性差別に遭うトランス女性やトランス男性が受けるトランスフォビアを透明化してしまうばかりでなく 女性差別の本質がどこにあるのか見誤ることにもなりかねないのではないでしょうか。