ロボット研究が生んだ、今までにない義足とは?──義足エンジニア・遠藤謙インタビュー(前編)
代替技術が浸透すれば、「身体障がい」とは言われない
──現在取り組まれているプロジェクトの3つ目、競技用義足とは、パラリンピックの選手が装着するようなものでしょうか。
遠藤 そうですね。まだシミュレーションレベルですが、どんなものを装着してどんな走り方をしたら速く走れるか、という競技性に特化した義足を考えています。筋肉の使い方をどう変えたらよいか、筋肉の鍛え方やトレーニング方法なども踏まえたうえで最適化設計を試みているところです。
──「身体障がいという言葉を技術でなくしたい」というのが、遠藤さんの研究の最終的な目標だそうですね。
遠藤 ヒュー・ハー教授(MIT)の「身体に障がいを持つ人なんていない。テクノロジーに障がいがあるだけだ」という言葉に感銘を受けました。身体障がいと言われてしまうのは、代替する技術がまだないからです。メガネのことを考えてみてください。視力の低い人がつけると普通の視力になり、しかもほとんど人体の一部と化して、デザイン性も高い。目が悪いくらいで身体障がいとは言われませんよね。なぜなら代替する技術がすでにあるからです。
──なるほど、そうですね。
遠藤 その一方で、競技用義足の研究を始めたのは、足がないことを余白として考えると、そこには何でも装着していいわけです。足がないことによって、逆に健常者がふだんできないこともできるようになる。そういう可能性もありえるんです。人間は走るとき、膝下がバネのような働きをします。だから、バネを足より軽いもので再現できたら、そのぶん健常者より速く走れるはず。そういった現象が、たとえばパラリンピックで起きるのではないかと思います。
2つの意味で、身体障がいという言葉を技術でなくしたい。1つは、障がいを技術で代替できれば、それは障がいではなくなる。もう1つは、技術で代替することによって健常者の能力を上回れば、かえって障がいには身体性を拡張する可能性があることになる。そこまでいけば障がいと健常の境目はなくなります。
──遠藤さんは、社会的に価値の高い技術にコミットしているわけですが、企業で働くエンジニアの中にも、社会的な課題に取り組むような手応えのある仕事をしたい人たちが、少なからずいるのではないかと思います。
遠藤 僕は、企業のエンジニアやデザイナーが途上国で問題意識を学び、その国が抱えている課題を解決するものづくりと、それを普及するビジネスモデルを考えて発表する「See-D Contest 」の代表を務めています。参加している大手メーカーのエンジニアやデザイナーは、会社の中で大量生産・大量消費のものづくりに勤しむ一方で、そのサイクルには乗らないけれど必要とされているものがあること、クライアントやカスタマーの喜んでいる顔が見えにくいことなどに“もやもや感”を抱いている人が多いのだな、と強く感じますね。
──社内でそれに取り組んでいくための突破口はどこにあるのでしょう。
遠藤 “社内起業家”としての企画力と実行力が求められると思います。社内リソースの活用法、そのプロジェクトが社会に与えるインパクト、金額には換算できないブランド力の向上といった企業価値をプレゼンテーションし、会社にメリットがあることをきちんと提示できなければなりません。
一方、経営的な視点でみると、100億円単位の売上が立って、1~2億円レベルの利益が出なければ事業化できない、というのが従来のセオリーでした。ただ、今後は、もうそんな大規模なビジネスをなかなか構築しにくくなってきて、大企業といえども、1つひとつは小さいけれど多種多様なビジネスモデルを生んで、細かな利益を積み上げていく形になるのではないかと思います。このような認識のうえでプロジェクトの可否を判断でき、CSR活動で得られるリターンも数値化できるような人が必要ではないでしょうか。
日本のエンジニアやデザイナーには大きな可能性がある
See-D Contestのワークショップの様子 (提供:See-D Contest)
──See-D Contestは、どんな経緯で発足したのでしょうか。
遠藤 MITにD-Labという授業があります。途上国の課題を適正技術によって解決することがテーマで、2002年から始まり、今では19のクラスに何百人もの学生が集う大人気の授業です。僕はそこで義足をつくるクラスを教えていました。インドでの義足づくりもD-Labがきっかけです。
このD-Labのようなものが日本にもあったらいいね、と話しているうちにできあがったのがSee-D Contestです。大学生と社会人のチームを集めて、途上国にフィールドトリップをしたあと、いろいろなアイデアを考えてもらう。エンジニアやデザイナーには社外での活動の場を提供できます。今年で3回目を迎えましたが、1回に30名くらいが参加します。
──どういったアウトプット が出ていますか。
遠藤 たとえば、フィリピンのセブ島でつくったココヤシのお酒の作成キット。現地では至るところにココナッツの実が転がっているのですが、これを利用してお酒をつくるわけです。つくり方は単純で、イースト菌と砂糖を入れて放置するだけ。これを産業にして現地の人たちが売れるようにできないか、という参加者のアイデアから、現地で簡単につくれるようなキットを作成しました(Wanic)。
また、別の例では、物流会社に勤めている人が、農村と都市の物流を最適化するシステムを考案しました。農家から都市部に牛を売りに来た人のトラックの帰りの荷台は空であることが多い。一方で、都市のキオスクから農村に物資を売りに来たトラックの帰りの荷台も空であることがほとんどです。そこに目をつけて、携帯電話やスマートフォンで一斉にテキストメッセージを配信できるソフトウェアをつくりました(tranSMS)。現在は、農家とキオスクが情報交換して物流を最適化させることができるような実証実験をしています。
──今後、See-D Contestはどのように展開したいと考えていますか。
遠藤 JICA (独立行政法人国際協力機構)が、先ごろ横浜で開催されたFAB9(第9回世界ファブラボ会議)に協賛し、僕らのパートナーの東ティモールの人たちを呼んでくれました。東ティモールにファブラボのような拠点ができて、See-D Contestの参加者がそこでプロトタイプを作成できるような環境があったら、もっとスピードアップできるのと同時に、東ティモールの人たちのエンジニアリング能力も上がるのではないか、と期待しているところです。義足も同じことで、そうした環境で途上国と先進国が協力してものづくりができれば、さまざまな社会課題を解決することができると、僕は本気で信じています。
See-D Contestに携わって、あらためて日本のエンジニアやデザイナーの力はすばらしいと思うようになりました。企業の中で行っている仕事の方向性をちょっと変えるだけで、まだまだ途上国で役に立つことはたくさんあります。MITのD-Labでやっていたのと同じようなことをしているのですが、日本人がかかわると、格段にものすごい形になってくる(笑)。その可能性をとても感じていて、See-D Contestはこれからも続けていかなければ、と考えています。
ロボット研究が生んだ、今までにない義足とは?──義足エンジニア・遠藤謙インタビュー(前編)
See-D Contest http://see-d.jp
Wanic http://www.wanic.asia
tranSMS http://transms.wix.com/transms