NEWS / HEADLINE - 2020.1.27

多摩美術大学で労働組合が結成。「主張できる体制を整えなければならない」

日本を代表する美術大学のひとつである多摩美術大学で、初となる労働組合が結成された。その理由と狙いとは何か。

 

多摩美術大学八王子キャンパス 出典=ウィキメディア・コモンズ(Photo by Lauffenamneckar)

 日本を代表する美術大学のひとつである多摩美術大学(理事長:青柳正規)で、初となる労働組合が結成された。

 同大では2018年2月に、大学院彫刻専攻の学生有志が、アカデミックハラスメントなどで大学と彫刻科に要望書を提出。要望書はオンラインで公開され大きな注目を集めた。

 また、14年より同大で彫刻学科教授を務める笠原恵実子教授の大学院開設科目「エクスペリメンタル・ワークショップ(仮)」への人事異動をめぐり、その不適切性を問う団体交渉をプレカリアートユニオン(ひとりから加入できる合同労働組合)を通じ、2019年5月から12月まで5回にわたり実施。結果としてこの人事異動は中止となった。

 これに対し多摩美術大学は、「申入れにつきましては、真摯に対応していく所存です」とコメントしている。

 今回の労働組合結成には、こうした事態が背景にあるという。現在、労組に加入しているのは、笠原のほかに、荒木慎也(多摩美術大学非常勤講師)、小田原のどか(多摩美術大学非常勤講師、同大彫刻学科卒業生)、宮川知宙(多摩美術大学彫刻学科卒業生)、寺田衣里(多摩美術大学彫刻学科卒業生)、匿名卒業生1名。それぞれに労組への加入理由と、労組へ期待することを聞いた。

笠原恵実子

学科の独立性が強いという特徴の裏で、問題が起きても隠遁する体質が育まれたと考えています。そういった状況で起こるハラスメントの数々を目の当たりにし、しっかり主張できる体制を整えなければならないと考え、労組の発想に至りました。現在加入者は6人(教員3人、卒業生3人)と少ないが、考えを共有できる方々は増えていくと思っています。

ハラスメント委員会の健全な在り方を求め、学科を越えた横断的な関係を築きたいです。そして、自主的に口を閉じるような閉鎖的発想を持つ、そういったこととは正反対のアートの在り方を明確にしたいです。

荒木慎也

私は語学の非常勤として雇われている身なので、彫刻学科のハラスメントを直接体験していません。ただ今回は学生たちが声を挙げたこと、その学生たちの主張が正当であるにもかかわらず孤立しかねない状況を見て、サポートが必要だと感じ、組合に参加しました。 

大学には、労働組合を上手く利用してほしいと考えています。強いリーダーシップによるトップダウンの意思決定だけではない、下からの意見を吸い上げる機構としてうまく活用すれば、大学をよりフレキシブルで魅力ある空間にすることも可能ではないでしょうか。

小田原のどか

2018年に表面化した母校のハラスメント問題では、在学生たちが実名を明らかにするかたちでの抗議をしたにもかかわらず、学科・大学側は一度も誠意ある対応を取りませんでした。大きな組織と「対話」のテーブルに着くためには、憲法上保障されている「団体交渉権」(労働者側の団体交渉申入れに対して、使用者は正当な理由がないかぎり交渉に応じなければならず、これに違反すれば不当労働行為となる(労組法7条2号))を利用することが最良の方法だと考え、労働組合の結成に参画しました。

大学の第三者委員会が認めた教員間ハラスメントの被害者である笠原教授の彫刻学科からの「追い出し」は、団体交渉の結果阻止することができましたが、自浄作用のない学科という問題の根幹はなんら変わっていません。そのような「校風」については、ボトムアップ型の「改善提案」を絶えず行っていくことが有用であると考えます。そのために労働組合の仕組みを利用していく計画です。

具体的には、ハラスメントが繰り返えされないよう、多摩美術大学でファカルティ・ディベロップメント(教育の質をさらに向上させるための組織的取り組み)実施のための提案を行いたいです。

今後期待することは、常勤の教員はもちろん非常勤講師や大学院生でも加入できるこの組合を、学科を横断した研究のプラットフォームとしても活用することです。

宮川知宙

彫刻学科の一連の問題は、2018年に私を含む学生有志で公にされ、大学当局の対応や交渉はあったものの、彫刻学科研究室が徹底的に無視することで収束が図られました。多摩美を修了するにあたり、結果として有耶無耶にされたこの問題に今後どのように関わることができるのか考えていたところ、所属する職場や雇用形態に関係なく加入できる合同労組というかたちを知り参加しました。

彫刻学科に関しては、学生がより自由に素材・技法を横断し様々な表現の可能性を探ることができる環境づくりを期待しています。具体的には教室制の導入や各工房の技術者の確保などが考えられますが、いずれにせよ現在在学している学生の表現に合わせた変化が常に求められています。

彫刻学科だけに留まらず大学全体としての教育環境改善を望むのはもちろんのことですが、その実現には教員と学生双方の積極的な姿勢が不可欠と考えます。学生がこのような組合の活動について知ることは、大学が、学生それぞれが抱える問題について自分自身が考え、意見できるような場所になるきっかけになり得ると思います。  

寺田衣里

学生有志としての活動では、大学側の対応も明らかに要領が悪く、こうした意見や要望はほとんど大学側まで上がってこないこと、またそうした議論がなされない土壌であることを痛感しました。やがて卒業する「学生」という立場からの交渉は厳しく、2018年3月に要望書をウェブ上で公開した後も、要望書に対する学科からの回答がないことで、学科内の改善については有耶無耶にされたままでした。

大学と労使関係にない私は協力というかたちでの参加にはなりますが、誠実な回答が義務付けられる組合の団体交渉でなら、すでに膠着状態となった学生有志の問題提起からもつながる交渉が、やっと可能になるのだと感じます。いっぽうで、すでに卒業し、学生という立場でもなく、また大学と労使関係にもない私の立場からは、大学内部の問題について発言できることはほとんどないと考えていました。それでも、在学中だった2017年に笠原さんの勤続を求める嘆願書を作成し署名した立場として、微力ながらも協力し見届けるべきだと考え参加しました。

大学には、自浄作用が働くように、学内の仕組みの見直しを期待します。彫刻学科の問題については、特定の誰が悪いというよりは、大学や学科の構造において、閉鎖された環境の中で生じてきたものだと私は考えています。こうした問題は彫刻学科や多摩美の中だけでなく、社会の中のあらゆる場所で起こりうるものです。一人ひとりが、自分の属する社会とその仕組みについて考え行動することが重要だと感じています。

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NEWS / HEADLINE - 2020.1.28

第30回タカシマヤ文化基金に風間サチコ、小泉明郎、contact Gonzo。「芸術にしかできないことがあるはず」

1911年に美術部を設立し、日本の美術界で存在感を示してきた髙島屋。この髙島屋が1990年度から行っているタカシマヤ文化基金が、30回の節目を迎えた。今回の受賞者は、風間サチコ、小泉明郎、contact Gonzoの3組。

 

中央が小泉明郎、風間サチコ

 今年で30回を数える公益信託タカシマヤ文化基金。その贈呈式が、日本工業倶楽部で行われた。

 同基金は、髙島屋が新進作家とシンポジウム開催団体を助成するものとして、1990年度から活動を開始。これまで舟越桂(1990)、やなぎみわ(2005)、束芋(2008)、ヤノベケンジ(2010)、目(2017)、田中功起(2018)など、80組21グループを助成してきた。

 選考にあたっては、33名の推薦委員が推薦したアーティストのなかから7名の運営委員が助成対象を選出。今年の受賞作家は、風間サチコ、小泉明郎、contact Gonzoの3組。団体助成には大原美術館千葉市美術館東京都現代美術館の3館が選ばれ、アーティストには各200万円が、大原美術館と千葉市美術館には70万円が、東京都現代美術館には60万円が贈られた。

 風間サチコは1972年東京都生まれ、96年武蔵野美術学園版画研究科修了。ダイナミックな黒一色の木版画で知られ、近現代の社会的な事象への関心を起点として、ときにコミカルに現代社会や歴史の直視しがたい現実をとらえている。近年は個展「東京計画2019 vol.2 風間サチコ:バベル」(gallery αM、2019)、「ディスリンピア 2680」(原爆の図丸木美術館、2018)を開催。また、19年には、「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021」を受賞した。

 小泉明郎は1976年群馬県生まれ。国際基督教大学卒業後、ロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで映像を学んだ。国と個人や、精神と身体の関係を探究し、演劇的な手法によって映像作品を生み出しており、16年には天皇の肖像を扱った連作「空気」を制作。「MOTアニュアル2016 キセイノセイキ」展(東京都現代美術館)で出品不可となったことが話題を集めた。また「あいちトリエンナーレ2019」ではパフォーミングアーツで参加したほか、「表現の不自由展・その後」展示中止に対して再開を呼びかける「ReFreedom_Aichi」でも主要な役割を果たしたことは記憶に新しい。

 contact Gonzoは2006年に結成されたアーティスト集団で、現メンバーは塚原悠也、三ヶ尻敬悟、松見拓也、NAZEの4名。肉体を即興的に激しくぶつけ合うパフォーマンスを中心に、映像・写真作品の制作や展覧会への参加など、幅広い活動を行ってきた。

 贈呈式では、それぞれがあらためて文化の重要性を強調したことが印象的だ。

 風間は「『文化』という言葉が重要」としながら、「情報が過多になって、文化を築く意識が薄れている。21世紀の文化の屋台骨となる覚悟で続けていきたい」と強い覚悟を滲ませた。

 いっぽう小泉は「芸術にしかできないことがあるはずだと信じている。そういう気持ちで、賞に恥じないように作品をつくっていきたい」とコメント。激動の2019年を経たからこその言葉だと言えるだろう。

 またcontact Gonzoの塚原は、「去年は現代美術にとっても変化の大きな年だった。よりこれまで以上に力強く、はっきりとクリアなメッセージを体現できたら」としつつ、「賞はアーティストの背中を押すだけでなく経済的にもサポートしてもらえる」と助成の重要性についても触れた。

 贈呈式では文化庁の芸術文化調査官・林洋子が登壇。「(あいトリをめぐる)補助金問題を考えると心苦しい」としながら、「補助金について関心が集まりやすいが、現場の者として注力しているのは若手作家の育成と、その後の顕彰。分断を乗り越えて新たな創造活動を」と語りかけた。

 なお、団体助成の内容と使途については以下の通りとなっている。

 大原美術館は、同館の礎となるコレクションを収集した児島虎次郎の作品収集に関わる日記や手紙、領収書等のデータベース化を実施。その成果を90周年特別記念展として公開する。

 千葉市美術館は、千葉ゆかりの日本画家・田中一村にまつわる近年収蔵された作品・資料約100件の画像化、展示に向けての修復、展覧会パンフレットの刊行を行い、その成果は21年の開館25周年記念「田中一村展〜千葉市美術館所蔵全作品〜」(仮称)で発表する予定だという。

 また東京都現代美術館は、今年春に予定されている「カディスト・アート・ファンデーション」との共同展覧会「もつれるものたち」に関連する国際シンポジウムを開催予定。