スポーツ義足で障がいを”可能性”に変えたい──義足エンジニア・遠藤謙インタビュー(後編)
友人に、より早く役立つものを
──遠藤さんが、「義足」という技術に出会ったきっかけは何だったのですか。
遠藤 学部生のころからヒューマノイド(人間型)ロボットの研究をしていました。2000年に発表されたホンダの「ASIMO」などを見ていたので、ロボットってカッコいいし、何か役に立つだろうと、淡い期待を寄せていたわけです。
ところが2004年に、友人が骨肉腫になり足を失いました。足に対する代替技術とは何だろうと考えたとき、ロボットではないな、と。ヒューマノイドロボットは長期的な視点に立たないと開発できません。ロボット技術を応用して、もっと早く友人の役に立つようなものができないか、と思いました。
そんなときにちょうど出会ったのが、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボのヒュー・ハー教授。彼は10代のときに、アイスクライミングで凍傷にかかって膝下を失い、自ら義足の研究を始めた人です。そのアグレッシブな研究に魅了されてMITに留学し、義足の研究に携わることになりました。
──ヒューマノイドロボットと義足の技術はどこが違うのでしょうか。
遠藤 モーターを使って電子回路を動かす要素技術は似ていますが、考え方がまったく違います。ヒューマノイドロボットは安定して動くことが前提にありますが、義足になった途端、重くしてはいけないという条件が付きます。軽さとパワーを実現しつつ機能を付加するという設計の制約が出てくる。
そもそもヒューマノイドロボットと人間の歩行はまったく違うんですよ。人間の歩行には、かかとがついた瞬間にちょっと膝が曲がり、伸びて、またさらに曲がった瞬間に蹴り出す、という一連の動作があります。しかし、これをすべてヒューマノイドロボットのような人工物で模倣しても効率が悪くなるだけなんです。一方で、義足は人間の歩行に限りなく近づけなければなりません。
──研究を開始された時点で、既存の義足の技術はどの程度進んでいたのでしょうか。
遠藤 市場に出回っているのはカーボンファイバー(炭素繊維)の複合材料を組み合わせたものが主流で、モーターの付いたロボット義足は商用化されていませんでした。今もそのような状況です。重たいモーターを付けた義足を付けて歩き、なおかつ疲れにくいということを初めて数値で証明したのが2009年、僕の博士課程のテーマでした。
用途・環境に合わせた義足を開発
──今、取り組まれているプロジェクトについてお聞かせください。
遠藤 大きく分けて、ロボット義足、途上国向け義足、競技用義足の3テーマがあります。
ロボット義足はMITでの研究の延長ですが、モーターだけで足首の動きを再現しようとすると、とてつもなく大きなモーターが必要になります。そこで、バネの力を組み合わせることによってモーターを小型化し、楽に歩けるようにしたいと考えています。
──商用化のめどは立っていますか。
遠藤 4~5年で実現させたいですね。規格上、5年程度の耐用年数が必要なのですが、その間、メンテナンスも含めてきちんとサービスを届けられるようなビジネスモデルを構築できるか、というところがポイントになります。
──2つ目は、途上国向けの義足ということですが。
遠藤 地雷による被害や交通事故などで足を失くしたままの人は、途上国に圧倒的に多い。高価なので義足が行き渡らないのです。もっと現地の経済レベルや環境に合った義足ができないだろうかと考え、インドへ行って開発しました。現地で簡単に手に入る樹脂材料を使い、中を空洞にして軽量化して、従来に比べてより足に近い形をしています。この形状自体が体重を支えられる構造になっているんです。
──義足の価格はどのくらいですか。
遠藤 日本では大腿義足(太ももから下)が100万円くらい、下腿義足(膝から下)が20~50万円程度です。そんな価格だと到底、途上国では売れません。僕がインドでつくった義足は2,000~3,000円程度。これならインドの人たち自身でもつくれて、ビジネスとして回せる。そこをゴールに置いています。
──たしかに、それならずいぶん可能性が広がりそうです。
遠藤 日本でつくっても1万円前後だと思うので、もしかしたら国内でも売れるかもしれません。数十万円の義足をつけている人たちは、ふつう温泉やプールでは義足を外します。だから使い捨て感覚を同意していただいたうえでのビジネスは、あり得ると思う。機能がシンプルで低価格の商品を途上国で開発し、その技術を逆輸入して国内でも展開する“リバースイノベーション”と呼ばれる方法ですね。