子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチンは、安全で効果があることを、これまでの3回の記事で検証してきました。
それではなぜ、日本ではこの重要なワクチンがうたれなくなっているのでしょうか?
これまでの経過をたどって検証し、その解決策も考えてみたいと思います。
症状を訴える声、マスコミの加熱報道で実質中止状態に
HPVワクチンは世界で、のべ数億回接種されており、有効性、安全性ともしっかりと示されたワクチンです。日本でも2013年4月から、小学校6年生から高校1年生の女子が公費でうてる「定期接種」となりました。
しかし、日本では、定期接種となった前後から、「このワクチンをうった後に、麻痺などが起こった」など、様々な「有害事象」の訴えがありました。
念の為にもう一度おさらいすると、「有害事象」とは、ワクチンとの因果関係は問わずに、接種後に報告された全ての好ましくない医療上の出来事のことを言います。
その「被害」を取材し、薬害事件のように伝えたマスコミによる報道も過熱して、社会問題化しました。その結果、厚生労働省の局長通知(「ヒトパピローマウイルス感染症の定期接種の対応について(勧告)」)により「積極的な勧奨」が「国民に適切な情報提供ができるまでの間」、中止されました。
「積極的な勧奨」とは、これまでの連載でも述べたように、自治体が対象者にはがきや封書で個別にお知らせを送って、接種を促すことです。
「有害事象」とワクチンの因果関係が判明するまでの中止とされ、その後も、ワクチンと症状は無関係とする数多くの研究成果が出ていますが、未だにこの「積極的勧奨の中止」は続いたままになっています。
この「積極的勧奨の中止」の影響は大きく、開始時には70%程度あった接種率は、1%未満となり、そのままほとんど上昇しない状況が続いています。国際比較でも、特に先進国のなかで日本は極めて接種率が低い異様な状況が続いているのです。
自分が対象者であることも知らず、公費でうてるチャンスを逃している女性が大勢いるということです。
一部の医師が「薬害」を主張するも、科学的な議論さえできない
一部の医師たちが、HPVワクチンをうつと起こる有害な事象をまとめて「HANS(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群)」と名付けたり、「自己免疫性脳炎が生じているに違いない」と主張したりしています。
しかし、彼らの「仮説」はなぜかしっかりと報告・検証されていません。複数の専門家の科学的な視点からのチェックである「査読」付きのまっとうな学術雑誌に投稿し、それを土台としての議論はほとんど行われていません。
むしろ、商業誌や、医学的な吟味が十分にはなされない、問題のある学術雑誌などで自説を開陳するばかりとも捉えられます。
こういった仮説は、科学的な討論の俎上にすらのせない状況が続いたままなのです。
安全性に関する知見は十分、積み上がっている
そのような状況は続いていますが、積極的な勧奨が中止されているこの6年半の間にも、HPVワクチンの安全性に関する科学的な知見は、国内・国外ともに積み上げられてきました。
日本においても名古屋市で7万人の女子を対象に、接種者と非接種者の症状を比較し、3万人の回答を解析した大掛かりな研究(名古屋スタディ)が実施されました。
この調査については、名古屋市は、最終報告を圧力によって公開しませんでした。
また、刊行された論文に反対する内容の論文が出されたものの、その論文は科学的に不適切な部分がみられ撤回要求が出されているなど、波紋もひろがっったままです。
HPVワクチンの「副反応と思われる症状」は、必ずしもワクチンの副反応だけではなく、この年代に起こりやすい転換性障害(いわゆるヒステリー症状)など、他の原因の紛れ込みがかなりあるのではないかと考えられるようにもなっています。
日本においては法的には、HPVワクチンは依然として定期接種ワクチンで、その中でも最高推奨レベルに位置付けられており、対象年齢の女性は無料で接種することができるようになっています。
また、国会(第200回国会)に提出された井出庸生衆議院議員の質問主意書に対する内閣の回答として、積極的勧奨を差し控えるよう自治体に告げた局長通知は、法的拘束力を持つものではないと確認されました。
ここでは、自治体には接種義務があることもはっきりと回答されています。
▶ HPVワクチン、自治体は国の勧告に従って積極的に勧奨してはいけない? 政府見解は...
政治や行政も動き出している
子宮頸がんは、重大な病気であることはもちろん、HPVワクチンの有効性と安全性が時間を経て証明されてきたこともあり、厚生労働省の検討会でも複数の委員から「積極的な勧奨を再開しよう」という発言が出てきています。
産婦人科医のHPVワクチンに対する姿勢も積極的に変わってきているという調査がありますし(HumVaccin Immunother, 1-6 2020 Jan 16)、各学術団体からの様々な要望(日本産科婦人科学会の最新の要望書など)もなされています。
また、積極的勧奨の再開を目指す、自民党の議員連盟の発足がなされたりもしています。
自治体もただ座しているわけではありません。個別の勧奨の開始などにも見られるようになっているところです(「国の動きを待っていられない」 HPVワクチンの情報を自治体が独自に周知 日本産科婦人科学会が支持する声明 )。
一方、政治家や一部の医療従事者、公党がHPVワクチンに反対し続ける
その一方で、SNS上を中心に、複数の公人を含む情報発信者によって、HPVワクチンについて、効果を疑問視したり、危ないワクチンであると主張しワクチン自体を否定したりする言説があります。
ここのところの積極的勧奨の再開を求める声が大きくなってきた動きにあわせるかのように、反対の声が目立ってきてもいます。
記憶に新しいところでは、れいわ新選組の山本太郎氏の、HPVワクチンは「全く必要ない」とし、「人体実験してんじゃねーよ」などとコメントした街頭演説がありました。
その演説のもととなった、薬剤師でもある元参議院議員で立憲パートナーズのはたともこ氏のTwitterやブログでの発信(独自の解釈による資料も公開しています)も続いています。
小児科医でもある衆議院議員、阿部知子氏によるHPVワクチンはがん抑制効果は証明されていないということを印象付ける発信もありました。
群馬県伊勢崎市の市議会議員・伊藤純子氏はHPVワクチンには効果がなくワクチンのリスクは許容できないものであるとし、簡単な定期検診で子宮頸がんは対処できる等の発信を続けています。
HPVワクチンの薬害訴訟を支える「薬害オンブズパースン会議」はブログを開設したり要望書を各所に提出したりして、子宮頸がんが若年者に多いというのは数字のトリックや印象操作であって、大げさに騒がれすぎているのだというような発信をしています。
全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会事務局長も務める東京都日野市の市議池田利恵氏は「子供に打っても死亡率に変化はありません」などとツイートしています。
さらに、子宮頸がんにかかる方がHPVワクチンをうつよりましであると取れる発信をしたり、ワクチンに反対する意見をリツイートなどで拡散したりしています。
つくば・市民ネットワークの小森谷さやか・つくば市議の「ワクチンは百害あって一利なし。子宮頸がんは検診で防げる」との一般質問がありました。
末吉美帆子所沢議会議員、は「ワクチンでガンを防げるというのが間違っている」とツイートしています。
これらのように公人という立場でHPVワクチンに否定的な言説を出す人が目立っています。
また、公党である日本共産党は選挙公約で繰り返し「積極勧奨は再開せず」と掲げ、HPVワクチンに反対する姿勢を貫き続けています。
メディアも無責任な発信を繰り返している
こうした公人の発信などを受け、また「薬害」を訴える裁判が行われていることもあり、NHKを含む複数のメディア・新聞でも、HPVワクチンについては副反応が大きいという意見を大きくとりいれる形での「両論併記」を続けています。
判断を回避し、最新の科学的な知見の紹介を行わないなどの姿勢が目立ってもいます。
さらには、医療従事者の中にもワクチンを否定する言説をとる人もおり、メディアなどでの情報発信を繰り返し続けています。
メディアの問題としては、十分な知識のないままHPVワクチンを否定する「医療ジャーナリスト」などを起用していることが挙げられます。そうした人による発信も目立っています。
公人などの間違った発信を検討した言説が少ない
多くの発信は根拠がなかったり、誤った情報・デマに基づいていたり、理解不足や情報の解釈が大きくゆがんでいたり、感情的であったり、政治的な立場からのポジショントークなどだったりするものと思われます。
しかし、これらをひとつひとつ医学的観点を踏まえて検討して反論した記事はなかなか見当たりません。
日本産科婦人科学会、日本小児科学会や日本プライマリ・ケア連合学会などがホームページ上で情報を発信したり、医療者や研究者が個別に反論したりはしていますが、包括的に検証した記事は、日本語ではあまりみられないように思います。
海外でもHPVワクチンをターゲットにした反対運動は数多くみられますが、公的な情報源や医療情報サイトなどで、これらをしっかりと検証し反駁する論文や記事が多くみられます。
▶Hum Vaccin Immunother, 15 (7-8), 1628-1638
▶ KNOW HPV
▶ HPV and cancer: 9 myths busted
▶ Six myths about the HPV vaccine debunked
また、こういった検証記事だけでなく、基本的なHPVやワクチンの知識の普及を図るサイトや記事の充実度も、英文圏の方が非常に豊かであるというのも事実です。
今回、一般向けメディアであるBuzzFeed Japan MedicalにHPVワクチンを最新情報によって検証する連載記事を書いたのも、医師・研究者としてこうした状況が放置されていることを問題に思ったからです。
再度普及させるために 行政、メディア、医療者がなすべくことをする
これまで4回にわたって、HPVワクチンは安全であり、子宮頸がんを防ぐ可能性が高い効果的なワクチンであることを確認してきました。
それでは、がんに苦しむ人を減らすために、HPVワクチンを再び普及させるには、何が必要なのでしょうか?
まず、HPVワクチンに関する最新情報を、国・公共機関がしっかりと示すことが重要であると考えます。
よって、まずは「積極的勧奨の再開」は必須といえます。また、地方自治体による広報も、国の勧奨が再開される前から、なされなくてはなりません。
それと同時に、報道機関・マスメディアはHPVワクチンに関する新しく正しい情報を積極的にしっかりと流し、副反応疑いの報道によってつけられた印象を拭わなくてはなりません。
医療者はしっかりと現場で広報するとともに、接種やその後のフォローについて準備し、医学的に妥当で、患者の気持ちに寄り添った医療を提供することが大切でしょう。
また、HPVワクチンについては反対者からの圧力や、ときに嫌がらせがありますが、これらについても屈することなく怖気付かず、淡々と問題解決に努めていくことが大切であると考えています。
ワクチンには必ず副反応がある フォローアップも十分に
さらに、多くの人に接種すると、ワクチンでは必ずある程度は副反応や有害事象が生じてしまいます。
そのような場合でも、医学的に妥当で適切な診療を行い、必要な補償を行うことはもちろん、そのような可能性、補償の内容についても広く整備・準備し、周知しておくことが重要だと考えます。
国もHPVワクチン接種後に生じうる様々な症状に対応するため、相談窓口を設置(厚生労働省)したり、協力医療機関を選定したりしています(厚生労働省)。
また、日本医師会・日本医学会が主導して「HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き」 も発刊されています。こういった体制の整備もなされていますが、十分に周知されているとは言えないところがあるのが問題です。
さらなる整備の充実を図ると同時に、より一層の周知が望まれます。
▶ 大阪大学 HPVワクチンの積極的勧奨再開後の課題と対応策を提言
結局HPVワクチン問題はどのような問題なのか?
HPVワクチンに限らず、ワクチンに反対する運動は、ワクチンが開発された当初からあり、世界的にどこでもみられます。
特に新しいワクチンが開発されるとそれに対する反対運動は強く起こることも毎回みられることです
▶ これは書籍『反ワクチン運動の真実: 死に至る選択』(地人書館) などに詳しい)。
HPVワクチンは比較的新しいワクチンであり、そもそも反対運動がおこりやすい状況であったと考えられます。
そこに、副反応疑いの症例が複数訴えられ、医学的な検証が十分に行われる前にそれが報道で拡大されたこともあり、より強く印象が世間に広がったことが問題の発端であったといえるでしょう。
さらに一部の医療者が十分な検討なく、そういった事象に飛びつき、状況をかき乱したこともよくなかったと考えられます。
医学・科学的な検討と冷静な評価を経てのまっとうな医療による救済ではなく、印象や感情を優先したり思い込みによる介入をしたりなどは、一見、「被害者」に寄り添っているようで誠実なものではないのです。
また、その後の言論空間や報道、「被害者」を支える人たちの活動などでは、社会を分断するような、強い感情を伴う応酬が繰り広げられてしまいました。
社会問題であり実際に苦しんでいる人がいるのは事実であり、それを無視しないこと、ないがしろにしないことは当然です。
さらに、科学的にしっかりと検討をし、冷静に問題に取り組めなかったすべての関係者に足りないものがあったようにも思うところではあります。
日本を世界から置いてけぼりにしたのは何か?
HPVワクチンについては、世界的に有効性と安全性が十分に確認されているという段階をすでに過ぎました。
進んでいる国では子宮頸がんを「撲滅」といえるような状況まで持っていけるツールとして、発展途上国でも子宮頸がんの抑圧に使えるツールとして認識されています。そして、日本を除く多くの国で積極的に推奨する状態になっています。
繰り返しになりますが、日本だけが6年半前から立ち止まったままで、どんどんと世界に遅れを取っている状況になってしまいました。
これは社会問題として以下の要素が重なったからだと考えられます。
- 政治と行政が国民を守るという当然の仕事ができていないこと
- 報道は一定の方向に印象づけて社会を乱し、その後それを訂正することさえできていないこと
- 医療者の情報発信力・態度も非常に弱く、時に不安を抱く国民に十分に寄り添ってこられていなかったこと
- 国民のリテラシー(情報を吟味する能力)も、海外の情報を十分にとれないなど弱いこと
そして、日本の社会構造は、大切なことであっても一度「臭いもの」が生じると、蓋をしたままにして塩漬けにし、動きがとれなくなってしまうような脆弱さがあることを示しているように思います。
今、ここに起こっている危機を見過ごすのか?
HPVワクチン問題は、今、ここに起こり続けている危機なのです。
毎年約1万人が新たに発症し、2800人余りが死亡する重大な病気をかなりの程度防ぐ手段を我々人類は持っていますが、日本では十分に使えていません。
少しでも医学的に正確な情報を広げましょう。HPVワクチンの積極的な勧奨を早急に再開し、9価ワクチンを承認しましょう。
男女ともに接種でき、そしてこの問題が生じており接種できなかった世代へのキャッチアップ補助がしっかりとできるように、働きかけていくことも必要です。そして同時に子宮頸がん検診の受診も勧奨をもっとつよくするのがよいと思われます。
このままこのHPVワクチンの問題を放置していれば、多くの命が失われる危機が続くことになります。
いつまでも黙って見過ごし、見なかったふりをし、多くの方が苦しみ続けるのを放置するのか。舵をきってこの危機を回避するために動き出すのか。私たち一人一人の命に対する誠実さが問われていると思います。
【峰 宗太郎(みね・そうたろう)】米国国立研究機関博士研究員
医師(病理専門医)、薬剤師、博士(医学)。京都大学薬学部、名古屋大学医学部、東京大学医学系研究科卒。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、米国国立研究機関博士研究員。専門は病理学・ウイルス学・免疫学。ワクチンの情報、医療リテラシー、トンデモ医学等の問題をまとめている。ツイッター@minesoh で情報発信中。
HPV 副反応研究報告をリンクすべきではないでしょうか? 1. 日本における、HPVワクチン副反応の研究の成果 ●池田修一先生らの研究について Kinoshita T et al: Peripheral sympathetic nerve dysfunction in adolescent Japanese girls following immunization with the human papillomavirus vaccine. Intern Med. 53: 2185–2000, 2014 https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/53/19/53_53.3133/_article/-char/ja/ 池田修一先生らのこの論文は、世界で初めてHPVワクチン副反応の症例研究を報告した。アメリカ自律神経学会は、HPVワクチン接種後に見られる自律神経障害はワクチン接種との因果関係を示す証拠は貧弱であるとの見解を発表した。この声明で池田らの論文が引用されておらず、極めて不適切な声明内容だ。 Drug Safet 2017, Volume 40, Issue 12, pp 1219–1229 Suspected Adverse Effects after Human Papillomavirus Vaccination: A Temporal Relationship between Vaccine Administration and the Appearance of Symptoms in Japan https://link.springer.com/article/10.1007/s40264-017-0574-6 池田先生らの研究成果のまとめが下記の総説に書かれている。 池田 修一:子宮頸がんワクチン接種後の副反応:わが国の現状 昭和学士会雑誌78 巻 (2018) 4 号 303-314 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshowaunivsoc/78/4/78_303/_article/-char/ja/ 3回目のワクチン接種で発症する患者が半数を占める。ワクチン接種の積極的勧奨が中止されてから、新規の副反応疑い患者は出ていない。このことはワクチン接種と特異な症状との因果関係を示唆する。 ●HANS研究グループ 黒岩義之ほか:ヒトパピローマウイルスワクチン接種後の神経障害:その病態仮説 神経内科 85:567-581,2016 HANSという新規の疾患概念が形成された経緯と病態仮説が詳細に記載されている。最近では、その仮説を支持する研究成果も発表されている。視床下部障害は複数の施設からの発表で示唆されている。 Hirai T, et al. Adverse effects of human papilloma virus vaccination on central nervous system: Neuro-endocrinological disorders of hypothalamo-pituitary axis. Autonomic Nervous System 53:49–64, 2016. 下記は最新の総説:今までの研究成果がまとめられている。 教育講演 5 ヒトパピローマウイルスワクチン接種後に生じる副反応の科学的解明 ―自然史,他覚的検査所見,ワクチンの諸問題― 平井 利明, 黒岩 義之 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ans/56/3/56_93/_article/-char/ja/ ●鹿児島大学、髙嶋博先生らの研究 Letter to the Editor:大阪大学 上田豊、木村正 神経治療34: 471, 2017 大阪大学産婦人科の上田豊先生が鹿児島大学の髙嶋博先生あてにLetter to the Editorを投稿した。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnt/34/4/34_471/_pdf/-char/ja Letter to the Editor: Reply 鹿児島大学 髙嶋博 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnt/34/4/34_472/_pdf/-char/ja Letter to the Editor: Reply 「日本人のためにどうしてもHPVワクチンが必要なのであれば、再開に際して、真の意味の診療体制を整えること、少女たちの病態を解明して、どのような人に起こりやすいのか、またそれぞれにあった治療法を開発することが重要で、その上で今後のワクチンの再開を考えるべきと思います。」 「この案件での大きな問題は、免疫性機序の関与の可能性が否定できない状況下で、心因性機序を大きく取り上げて、それを中心に議論や対策がなされてきたことであり、そのことで多くの患者の治療が遅れたことを大変不幸なことであったと思います。」 荒田仁,髙嶋博:ヒトパピローマウイルスワクチン接種後の神経障害:自己免疫脳症の範疇から.神経内科85:547-554, 2016 脳SPECT異常や皮膚生検表皮内神経線維密度の有意な低下,抗ガングリオシド抗体,抗ganglionic nicotinic acetylcholine receptor抗体,髄液抗GluR抗体の検出あり。 「本邦ではHPVワクチンの積極的推奨を止めてから,ほとんど接種が行われておらず,おそらく未接種群からは患者の新規の発症はないと推定される.かって本邦の薬害難病と解決し得たSMONの原因追究の際に,キノホルムを中止して新規の発症がなくなったのと同じ現象が起こっているのではないかと考えている.」 「また,ワクチン接種後に苦しんでいる患者の現実から目をそらし,上述した統計を駆使し,HPVワクチン接種推進を目標とする医師による,患者や家族,診療・研究チームへの誹謗中傷は限度を超えるものがある.」 「伝統的な神経徴候の捉え方からのパラダイムシフトが必要であるし,実際に苦しんでいる患者の本質を追及しようとせずに目を背けてしまっている診療姿勢を改める必要もある.現実に重い症状で困っている患者は数百人にのぼっている.」 「本疾患の主病態は脳炎・脳症と考えられ,神経内科医は意味のない誹謗中傷に負けることなくしっかりと患者に向き合って,神経学会全体で病態を解析し完治させるべく努力すべきである.」 今年(2019年)の日本神経治療学会の優秀演題;発生から8年が経過したHPVワクチン接種後の神経障害に関する病態と疫学に関する研究 荒田仁、髙嶋博 59名、90%以上で頭痛、四肢体幹の疼痛、70%以上で全身倦怠感、30%以上で高次機能障害や精神症状、70%以上に自律神経症状、脱力、50%以上で睡眠障害。測定した患者の38%で何れかの抗ガングリオシド抗体陽性、27%で抗体gAChR抗体が陽性。髄液抗Glu-R抗体は測定した80%以上に陽性。SPECTでは70%以上で大脳皮質や帯状回の血流低下。脳MR、髄液一般検査は正常。治療はIAPP(血漿吸着療法)が最も有効であり、33例中15例で著効した。患者では有意に高頻度で自己抗体が検出されており、免疫療法が奏功する例が多くみられ、自己免疫的な機序が想定された。疫学的には新規発生はH27年からは極端に減少傾向があり、ワクチン接種数との関連を認めた。 結論:患者の症状は慢性的な視床下部障害が主体であり、慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎と類似の臨床型を示していた。病態はワクチン接種による自己免疫的な脳内慢性炎症が原因の可能性がある。 ほかの論文には、下記のようなものがある。 下記が最新の総説 シンポジウム10:脳炎・脳症・脊髄症の新たな展開 ヒトパピローマウイルスワクチン接種後の神経症状は,なぜ心因性疾患と間違われるのか 髙嶋 博 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnt/35/4/35_536/_article/-char/ja/ ●国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター高橋幸利先生のグループ 世界に先駆けて、HPVワクチン接種後にみられる中枢神経系関連症状の解析と実験モデルでの検討。 ヒトパピローマウィルス(子宮頸がん)ワクチン接種後にみられる中枢神経系関連症状、 日本内科学会雑誌106:1591-1597, 2017 https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/106/8/106_1591/_article/-char/ja/ 下記の論文の解説が日本語で書かれている。 Takahashi Y, et al: Immunological studies of cerebrospinal fluid from patients with CNS symptoms after human papillomavirus vaccination. J Neuroimmunol 298: 71-8, 2016. Matsudaira T et al: Cognitive dysfunction and regional cerebral blood flow changes in Japanese females after human papillomavirus vaccination. Neurology and Clinical Neuroscience 4: 220–227, 2016 池田らが報告したと同様の変化が脳血流シンチで明らかになった。 脳血流検査:認知機能低下17例;辺縁系関連領域で有意な血流低下。FSIQは右半球内側前頭回・直回、VIQは右半球梁下回・直回・左半球視床、PIQは右半球内側前頭回血流低下。内側前頭野は感情コントロールや行動の抑制的統御に関与、血流低下→認知機能障害、情動と関連した症状。 脳神経障害は16例(50%)、聴覚障害やめまいが多かった。知覚障害は11例(34%)、感覚障害、痺れ、掻痒、味覚障害が多かった。その他には、過換気症候群、心因性非てんかん発作、不安障害、睡眠障害、失神が多かった。 中枢神経系関連症状:因果関係は確定できないが、32症例の発病年齢は15.0±1.5歳で、初回接種後9.4±8.1カ月であった。認知機能障害は26/32(81%)、運動機能障害24例(75%)に認められ、歩行障害、突然の脱力による転倒、ミオクローヌスや振戦等の不随意運動が多かった。 患者背景:39例中7例(17.9%)喘息→Th2シフトしやすい素因の存在、成育歴:精神的ストレス体験(長期に亘るいじめなど)18例(46%)→ストレスによる免疫細胞の脳への移動が気分や行動に影響→強度のストレス体験の有無の聴取は神経免疫病態の関与を疑うきっかけとなる。 高橋幸利先生の総説の図の一番右下の項目に注目。HPVワクチン接種後神経障害として、心因性非てんかん発作の記載あり。黒岩義之先生の総説でも、偽発作が起こりうることが記載されている。このような症状が出現しても心因性とは断定できない。 「症状のある多くの症例が髄液の免疫学的変化を主体とした生物学的変化を有していた。また、それらの生物学的変化は、症状を説明し得るものであった。丁寧な問診、適切な検査と専門医への紹介、患者の病態理解を援助し、将来への希望を失うことがないように、医療者は患者を支援していきたい。」 2.観察症例研究について WHOは、RCTのエビデンスレベルの高い治験のみ検討し、症例観察研究はレベルが低いとして、検討から却下している。HPVワクチンによる副反応の発生頻度は低く、約0.1-0.05%であり、RCTでの数百人~数千規模の小数例の検討ではシグナルの発見は困難であり、症例観察研究が重要である。 RCTの治験計画では、placeboとして、inactive placeboである生理食塩水を使用している研究は非常に少ない。ほとんどのplaceboでは、アルミニウムアジュバントを含んでいて、治験群と有意差の検出が困難となっている。 現在の基準では多様な症状を判定することはできない。単一症状で検討しているだけ。多数の症例観察研究が重要である。 最新のコクランレビューを公開した、Arbynらは下記のように述べている。 Careful population-wide surveillance of HPV vaccine effectiveness (targeting also incidence of HPV-related cancers) and safety (including also rare conditions such as neurologic and auto-immune syndromes) should be set up by linking vaccination, cervical cancer screening, and morbidity registries. Review Efficacy and safety of prophylactic HPV vaccines. A Cochrane review of randomized trials https://www.sciensano.be/sites/www.wiv-isp.be/files/arbyn2018exprevvaccines.pdf 3.Chandler(pharmacovigilanceの専門家)の池田修一先生らの副反応論文に対するコメント Safety Concerns with HPV Vaccines Continue to Linger: Are Current Vaccine Pharmacovigilance Practices Sufficient? Drug Safety 40: 1167–1170, 2017 https://link.springer.com/article/10.1007/s40264-017-0593-3 彼女は、adversomics(ワクチン副反応学)を紹介している。個別化医学の確立が望まれる。 上記の考察で言及されている、抗β2-adrenergic and muscarinic-2 receptor抗体は最近、池田先生らのグループが、HPVワクチン接種後神経障害患者で有意に増加していることを報告した。 Autoantibodies against Autonomic Nerve Receptors in Adolescent Japanese Girls after Immunization with Human Papillomavirus Vaccine http://www.remedypublications.com/annals-of-arthritis-and-clinical-rheumatology/articles/pdfs_folder/aacr-v2-id1014.pdf