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ベビーカーの列に「横入り」 踊るおっちゃんの行動に言葉を失った

「列に並べない人なんだ……」最初は単純にそう思ってしまいました

新宿線新宿駅のエレベーターで、「踊るおっちゃん」に出会いました
新宿線新宿駅のエレベーターで、「踊るおっちゃん」に出会いました

目次

列に並んでいたら、割りこまれた――。ちょっとイライラしてしまうような場面です。それが「外国人」だったら、「だから外国人は……」と無意識にレッテルを貼ってしまうかもしれない。私がそうでした。その先入観を壊したのが、新宿駅のエレベーターで出会った「踊るおっちゃん」です。突然列を無視してエレベーター前に陣取った彼。でもその次にとった行動で、「ルール」以上に大切なものについて考えさせられました。

エレベーター前の行列

土曜日の夕方。新宿駅はベビーカーを押していると緊張するほど慌ただしい雰囲気でした。

新宿線のホームに降りるエレベーターの前には列ができていました。エレベーターは1機しかないため、休日は特に混んでいます。このときは私を含めて3台のベビーカーを押した人と、数人の男女が列に並んでいました。

「今日は何回目で乗れるかな……」。覚悟を決めて、列に加わります。このエレベーターはあまり広くなく、ベビーカーが2台ぐらい入るといつも「いっぱい」になります。ベビーカー利用者以外にも人はいるので、何回か見送ることになります。

右がエレベーター。左はエスカレーターの乗り口
右がエレベーター。左はエスカレーターの乗り口

近くにはエスカレーターが数台あるのですが、エレベーターがあるときは時間がかかってもエレベーターを待つようにしていました。エスカレーターではベビーカーに乗せた子どもの転落事故も報告されており、ベビーカーでの利用を禁止する施設もあります。

軽快なリズムとともに

そのときです。そのおっちゃんは現れました。

褐色の肌。イヤホンを付けて、軽快に体でリズムにのりながら、列に並んでいる私たちに笑顔で目配せをしつつ、列を素通りして、エレベーターの扉の前に立ったのです。

気持ちよさすら感じる堂々の「横入り」。

「おお……これは並ぶ、という文化がない国から来た方だな。列に並べないのか、仕方ないよなぁ……」ととっさに思いました。

おっちゃんは、列のピリピリした空気にかまうことなく、エレベーターが来るまでの間、ベビーカーの子どもたちに手を振ったり、笑いかけたりしていました。

エレベーターが到着して、おっちゃんが動きました。

一番に乗り込むのだろうと思ったら、おっちゃんは開いた扉を外から手で押さえました。

エレベーター
エレベーター

「Come Come」と列にいたベビーカー1台に乗るように手招きしました。

先頭に並んでいた中年の男性がすでにエレベーターに入っていましたが、おっちゃんは残るベビーカー2台に目をやると、中年の男性に手招きして「あなた出る」と伝えました。中年の男性は少し驚いた顔をしましたが、ベビーカーを見て、「ああ、どうぞ」と譲ってくれ、自分はエスカレーターの方に行ってしまいました。

そしておっちゃんは、私たちにも乗るように言って、いつもは2台乗るのがやっとというエレベーターに、「大丈夫大丈夫、もっと詰めて」とばかりに3台乗せきりました。おっちゃんはどうするのだろうと思って顔を見ると、「気にしないで行って」とジェスチャー。閉まり始めたエレベーターの扉の向こうに、「Go Go」と言うおっちゃんの笑顔が消えていきました。

何が起きたのかとっさに理解出来ず、一瞬、静まりかえるエレベーター内。

これまでベビーカーでエレベーターを譲ってもらう経験はほとんどなく、こんな風に行動する人はもちろん、見たことがありませんでした。

そして「え、こんなことってあるんですかね」「すごい」「今の人、なんだろう」。堰(せき)を切ったように、感想を言い合いました。

私は感激したのと同時に、一瞬でも「列に並べない人」だと、おっちゃんを自分の文化の物さしで測って見下した浅はかさを思い知りました。

順番を守るよりも

おっちゃんは、「順番を守る」ことよりも、「優先する」ことを大切にしてくれたのかもしれません。日本では多少強引に見えるやり方でしたが、その価値観を行動で示してもらった気がしました。

「きちんと列に並ぶ」ことはもちろん、大切なことです。災害時でも避難所などで整然と並ぶ日本人の姿は世界で称賛されました。私も外国人に「日本人の規律正しさから学びたい」と言われることが何度もありました。

でも、例えばそこに自分より優先度が高い人がいたとき、とっさにこんな行動がとれていただろうか。「順番を守る」ことに安心して、思考を停止していなかっただろうか。

おっちゃんはどんな気持ちでエレベーターの行列を見ていたのか、聞いてみたくなりました。

長い新宿線新宿駅のエスカレーター。後日、エレベーターを待つ人に聞くと、「長いエスカレーターに乗ると気持ち悪くなるからエレベーターに乗りたい」という人もいました
長い新宿線新宿駅のエスカレーター。後日、エレベーターを待つ人に聞くと、「長いエスカレーターに乗ると気持ち悪くなるからエレベーターに乗りたい」という人もいました

それぞれの「事情」

この出来事をツイートしたところ、多くの反響がありました。

反響の中には疑問の声もありました。並んでいたのに降ろされた中年男性を思いやるものです。

「男性は目に見えない障害があったかもしれない」
「それぞれの事情があるのだから、やっぱり順番を守る方がいい」

何かの事情があって並んでいたかもしれない男性には、それでも譲ってくれたことに有り難さを感じました。

「ひざが痛い」「内部疾患がある」「手術後なので階段はつらい」という見た目に分かりづらい事情があるため、エレベーターに乗りたいが、肩身が狭いという声もありました。

このエレベーターの横には「車椅子、ベビーカーを利用している人、高齢者、けがをしている人、妊娠中、子ども連れの人」を優先するという表示があります。でも表示だけでは書ききれない、見た目では分かりにくい事情を抱えた人もいます。

この駅のようにエスカレーターがない場所では、なおさら、深刻になるでしょう。

エレベーターの横には優先利用者について説明する表示があった
エレベーターの横には優先利用者について説明する表示があった

何のためのルールか

おっちゃんは、ルールが何のためにあるのか考えるきっかけをくれました。

様々な国から、日本語が母語ではない外国人が日本で暮らしている時代。日本の道路標識や行政の文書、そして新聞などメディアが発信する情報が、難しくて伝わりにくいという問題が生まれています。そんな課題に応えようと、私たちは「やさしい日本語」というプロジェクトを始めました。

例えば、災害時に使う「緊急交通路」の道路標識の中には「なまず」の絵が描かれているものがあります。普段は気にしていませんでしたが、外国人の「分からない」に向き合ったとき、日本人にとっても意味が伝わりづらいものかもしれないと感じました。

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「やさしい日本語」に取り組む一橋大学の庵功雄教授からは、地震を伝える報道で使われる「マグニチュード」のような情報は、緊急時に今何が起きたのか必要なことが知りたい外国人にとっては不要だと教えてもらいました。

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それぞれ、事情があって使われているルールや言葉ですが、そもそも何のためにという目的とずれが生まれているかもしれません。

何が正解なのかは、時代や環境、その日、たまたま居合わせた人との組み合わせによっても変わります。

おっちゃんのような行動はなかなかできないかもしれません。でも、たくさんの考え、背景を持つ人たちと暮らす時代だからこそ、身近なところで違う価値観に気づく機会が増えました。今「ルール」だと思っているものが生まれた理由について、常に考え続けることが大切なのかもしれません。

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