魚が劇的に旨くなる「津本式 究極の血抜き」の凄さを知っているか。

魚が劇的に旨くなる「津本式 究極の血抜き」の凄さを知っているか。

写真:坂口祐登(EGG STUDIO) 文:葉山 巧

YouTubeで公開された魚の処理法が国内外で反響を呼んでいる。「養殖魚でも美味い魚に変えられる」と断言する、「魚仕立て屋」の津本光弘さんを直撃した。

津本光弘●大阪府出身。20歳の時サーフィンに訪れた宮崎に定住し魚の卸業に携わる。熱心な支持者をもつ血抜き作業に励みつつ、各地のイベントに招かれることも。「魚仕立て屋」とは「料理人に魚を渡す前段階の仕事」を意味する津本さんの造語。

「津本式 究極の血抜き」という魚の処理法がYouTubeで公開され、漁業関係者や料理人に衝撃を与えて2年が経つ。宮崎県の仲卸「長谷川水産」の津本光弘さんが試行錯誤の末、4年かけて実用化した手法だ。

魚の血管にホースを当て、その水圧で血液を除去するという手順自体は、非常にシンプルで簡単(津本式の“究極”とは究極に簡単という意)。しかも、それを施した魚には臭みやえぐみがほとんどない。津本さんいわく「魚の臭みの原因は血液が腐るから。ならば徹底的に血を抜けばいいんです」。独特の臭みから敬遠されてきたアイゴやメジナ、イシダイなども再評価され、買い手が付くという。

津本さんプロデュースによる血抜き用ギア。職人の手仕事でつくられた商品もあり、いずれもが実用的な道具特有の機能美に満ちている。https://tsumotoshiki.com

熟成の魅力を広めながら、“常識”に挑戦する。

しかもこの方法は、身の保存性を飛躍的に伸ばす。「僕の魚は寝かすほど美味い。プロの料理人が熟成をかけたら軽く1カ月以上もちますよ」。熟成が適切に進めば養殖魚も天然魚以上になるという。大トロかと見紛うねっとりした食感も驚嘆のひと言。2019年には、「津本式」こそ優れた熟成法とした研究結果を、東京海洋大学が学会で発表している。

高品質の魚が安価で手に入り、日もちもするとなれば、これまで廃棄されていた魚の活用法も広がる。すなわち食材ロス問題解決への一手になり得るわけで、この点は注目すべきだろう。

そんな期待をはらむ技法を、津本さんが一向に隠そうとしないのも面白い。以前から血抜きの様子を動画で配信してきたし、見学希望者は誰でも受け入れる。教えを請うた「生徒」と取引先の輪は、いまや国外にも広がった。「蒔いてきた種が、ようやく咲き始めた感じかな」。技術をオープンにした理由を尋ねると、「単に、おいしい魚の存在を知ってほしいから」と、欲のない返事。ノズルなどの専用ギアを開発・販売する会社を立ち上げたのも、一般層に広く普及させたいとの思いからだ。

もっとも市場界隈では、身を傷めやすいことから魚体に直接、真水を当てることは長年タブーとされてきた。そのため「津本式」を疑問視する向きもあるが、津本さんは我関せずの構え。

「このやり方なら従来は無理とされてきた死んだ魚からも血が抜けるし、血管内の雑菌を除去できることも実験でわかってきました。熟成魚としても最高に美味くなるし、いいことづくめ。一度食べたら納得してもらえるんじゃないかな?」

そして最後に笑顔で締めくくる。「僕が養殖魚を多く扱うのも『美味い魚は値段やブランドじゃないんだ』ということを伝えたいから。世の中いろんな常識や先入観があるけれど、それをぶっ壊してみたいんですよ」

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津本式のポイント、全部見せます。

1. 下準備をする

まず、なににも増して大事なのは、「伸びしろ」のある良質な魚を選ぶこと。当然ながら素材のよし悪しがその後の品質を左右するためで、ここは職人の目利き力が問われるところでもある。

血を抜く魚を決めたら、神経が通るこめかみに、先の細い包丁などを打つように刺し絞める。

続いて、エラの最も身側にある薄い膜に刃物を通し、上部の血管を切る。そして尾の部分に包丁を入れる。

「尾を完全に切り落とさないのは商品価値を保つためです」と津本さん。この後、尾の切り口とエラの上部の切った血管にホースを当て、注水を行う。


2. 神経と血を抜く

切断した尻尾側から背骨を見ると、断面の上下に穴があるのがわかる。

上部の穴は側線に沿って神経が通っており、背骨の下側には血管が通っている。尻尾側からの注水は、魚の神経や血管サイズに合うノズルを付けて行う。まず上部の神経にノズルを当て注水。次に、エラの内側上部を切った箇所からホース(ノズルなし)で注水。

尻尾から血が噴き出す。血が噴出している箇所(下)が動脈。

津本さんが作業すると1尾当たり約90秒。「ここまでは誰でもできるけど、この先、魚がどう変化するかを見極められるのは僕だけ」と言う。


3. 内蔵を取り、寝かせる

注水を終えたら内臓を取り除く。

津本さんがデザインした「血合いウロコ取り」を使えば楽々だそう。ネット通販もしている専用ギアは、このようにすべて津本さんが「あったらいいな」と思って考案した商品ばかり。

注水した魚体は、その後、入れた箱ごと壁に立てかけることによって余分な水や血液を排出。

通常の魚であれば15~30分の間に抜けるが、上写真のウナギは1日以上かけて身の血液や水を抜く。最後にビニール袋に入れて空気を抜き、凍らない程度の低い温度の水槽で泳がせるように保存すると、1週間以上の熟成が可能な魚の出来上がり。

こちらの記事は、2020年 Pen 1/15号「やっぱり、魚かな。」特集からの抜粋です。

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魚が劇的に旨くなる「津本式 究極の血抜き」の凄さを知っているか。
Feature Design TRUNK(HOTEL)が目指すのは、「これまでにないホテル」をつくること。

TRUNK(HOTEL)が目指すのは、「これまでにないホテル」をつくること。

写真:齋藤誠一 文:吉田 桂

オリジナリティあるコンセプトで東京の面白さを発信するホテル、TRUNK(HOTEL)。代表・野尻佳孝さんが、ホテルに対する想いを前後編で語る。後編は運営企画推進部のメンバーを加えて、海外の事例も挙げながらブティックホテルの未来について語り合った。

TRUNK(HOTEL)が目指すのは、「これまでにないホテル」をつくること。

企画を統括する立場から一緒に海外視察へ赴くことも多いという3人、左から小南綾さん、野尻佳孝さん、木下昌之さん。日頃から会話を重ね、細部に至るまで考えを共有している、まさに一枚岩のチームだ。

2017年、等身大の社会貢献を目指す「ソーシャライジング」をコンセプトとして渋谷に誕生したTRUNK(HOTEL)。次いで19年、神楽坂の元料亭を1日1組限定の一軒家ホテルとして甦らせたTRUNK(HOUSE)。

コンセプトもデザインもまったく異なるブティックホテルを生み出すことで東京の面白さを掘り起こし、広く世界に向けて発信し続けるというプロジェクトを率いているのが、こちらの3人だ。

TRUNK以前には日本に存在しなかった“ブティックホテル”。では、いったいブティックホテルとはどんなホテルを指すのだろうか。

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ブティックホテルとライフスタイルホテルの違いとは。

ブティックホテルとライフスタイルホテルの違いとは。

ソーシャライジングをコンセプトとするTRUNK(HOTEL)のラウンジには、ホテルで廃棄されたダンボールを再利用したアートワークが。コンセプトが明確であることは、ブティックホテルの特徴のひとつ。©TRUNK

「ブティックホテルは、オーナー色が強くコンセプトが明確で、クリエイティブに力を入れていて、一般的にはアッパーミドル以上の価格帯のホテルのこと」と木下さんが説明すると、野尻さんは「インターナショナルゲストが多いのも特徴だよね」と付け加える。

さらに小南さんは「スタッフのユニークさ」も重要と言う。マニュアルに従って動くのではなく、スタッフの裁量でゲストに接するからこそ、ホテル自体の個性が際立ち、リピートするようなファンを獲得できるのだ。

ブティックホテルとライフスタイルホテルの違いとは。

野尻佳孝●1972年、東京都生まれ。大学卒業後、損害保険会社に就職したのち、98年に26歳でテイクアンドギヴ・ニーズを設立。2001年に現在の新ジャスダック、06年には東証一部に、いずれも史上最年少で上場。そして2016年、株式会社TRUNKを設立し、同社代表取締役社長に就任。

対してライフスタイルホテルとは、グローバル展開しているホテルチェーンが、多様化するユーザーのニーズに対応できるようにブティックホテルに倣って生み出したカテゴリーのこと。「スニーカーを履いたクリエイターが、スーツに革靴のビジネスマンが集うラグジュアリーホテルにはない居心地の良さを得られるホテルですね。ホテル側がゲストのスタイルに合わせていった結果です」と木下さん。

「ライフスタイルホテルはホテルチェーンの1カテゴリーだから、やはりマニュアルで運営せざるを得ない。そこがインディペンデント系のブティックホテルとの大きな違いです。でも、日本はブティックホテルとライフスタイルホテルを混同しがちで、世界の認識とずれてしまっているんですよ」

ブティックホテルとライフスタイルホテルの違いとは。

小南綾●アメリカ・ニューヨーク大学でビジネスマネジメントを学んだ後、東京で外資系ラグジュアリーやリゾートホテルの立ち上げに参加するなどの経験を経て、2017年株式会社TRUNKに入社。ラウンジマネージャーとしてイベントの企画を手がけたのち、現在は運営企画推進部にて新規プロジェクトに携わる。

ブティックホテルとライフスタイルホテルの違いとは。

木下昌之●アメリカ・ペパーダイン大学を卒業後、外資系ラグジュアリーホテルに勤務し、東京、上海、ハワイを拠点に営業やマーケティングを担当。2016年に株式会社TRUNK入社。運営企画推進部にて新規プロジェクトのコンセプトやコンテンツ開発、事業企画に従事している。

世界のホテル事情を知り尽くしているからこそ見えてくる、世界と日本の違い。野尻さんをはじめとするTRUNKのチームは、情報をアップデートし、ホテルづくりのアイデアをインプットするため、定期的に海外視察に出かける。

視察するホテルは、自分たちでリサーチしたり、地元のヒップスターたちから情報を募ったりしてリストを作成。それをスタッフで手分けして毎日違うホテルに泊まり、空いた時間で泊まっていないホテルを巡って、1回の視察ツアーで最低でも合計50軒以上回るのだという。

「プロダクトチームはバスローブとかシーツを、内装チームは壁とかの手触りをこっそり確認してる(笑)。ホテル1軒につき視察は10分程度だから大急ぎだよね」と野尻さんが言うように、スケジュールはかなりハードだ。

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海外の最先端ホテルを視察して見えること。

海外の最先端ホテルを視察して見えること。

「ロンドンのザ・ネッドではテンション上がったよね」「上がりましたね」「場のエネルギーがハンパない」「あのホテルは丸一日過ごせる」「いや、3日」と、視察に訪れたホテルを振り返り、会話が弾んだ。

では、いままで視察に訪れたなかで印象に残っているホテルはどこだろう。

真っ先に名前が挙がったのはロンドンのザ・ネッド。ロビー中央のステージで毎夜ライブが行われており、金曜の夜に小南さんがホテルの部屋に帰ろうとしたら人がいっぱいでなかなかホテルに入れなかったほど盛況だったそう。「レストランが11店舗もある巨大なホテルだから、リスクも大きいはずなのに、あれだけの人を熱狂させて、集客できているのはすごい」と野尻さんも感銘を受けたという。

海外の最先端ホテルを視察して見えること。

ロンドンの金融街にあるザ・ネッド。1939年築の元銀行の建物をリノベートし、11店舗ものレストランと250の客室、スパなどを備えた大規模なホテルだ。ロビー中央ではライブが行われ、毎夜大盛り上がり。photo: Yoshitaka Nojiri

海外の最先端ホテルを視察して見えること。

ザ・ネッドのバーバーでカットしてもらう野尻さん。女性用と男性用それぞれの美容室のほか、銀行時代の金庫室を利用したバーやかつて金塊の保管庫だった地下の会員専用プールなど、ゲストを楽しませる仕掛けが満載。photo: Yoshitaka Nojiri

続いて挙がったのが同じくロンドンのチルターン・ファイヤハウス。サービスもインテリアも料理もすべてがハイクオリティな上、秘密のラウンジや隠れ場的スペースといったユーモアのある演出も多彩。「富裕層が多く暮らすエリアにある、ということもあるかもしれませんが、そこにいる人自体がデザインになっているほど、ホテルにいる人々が素敵でした」と木下さん。

「アーティストが家賃として作品を寄贈するアーティスト・レジデンスをやっていて、働いているスタッフの個性の強さも際立ってましたね」と小南さんが言うのはロサンゼルスのプティ・エルミタージュ。「スペースづくりも上手いし、接遇もちょうど良くて、チルアウトするのに最適」と野尻さんも絶賛。

海外の最先端ホテルを視察して見えること。

ロンドンのチルターン・ファイヤハウスは、その名が示すように元消防署の建物を改装して2013年にオープン。トイレの先にある隠れ場的スペースや、限られた人のみが利用できる秘密のラウンジなど遊び心たっぷり。photo: Yoshitaka Nojiri

海外の最先端ホテルを視察して見えること。

プティ・エルミタージュはロサンゼルス滞在時の野尻さんの定宿。ヴェネツィアの雰囲気を漂わせる19世紀ロシアをイメージしたエキゾチックな空間が特徴だ。スタッフには役者の卵が多く、おもてなしも個性的。photo: Yoshitaka Nojiri

「刺激的」「摩訶不思議」と3人が評するのはイビサ島のラ・グランジャ・イビサ。「禁酒法時代にアルコールを密売していたスピークイージーのように、外観は誰かの別荘みたいで、ホテルには見えない」と小南さん。

こうした海外視察からインスピレーションを得て、スタッフ同士でアイデアを交換しながら、まったく新しいものを生み出すのがTRUNKの手法。

「視察で訪れるのはホテルだから、目にするものはすべてホテルの概念の範疇内。見てきたホテルを模倣するのではなく、既存のホテルの概念を覆すようなことができればと思っています。むしろ、どんなに面白くても他のホテルが既に実現しているアイデアはすべてやめようという考えです」と野尻さん。

海外の最先端ホテルを視察して見えること。

ラ・グランジャ・イビサは、イビサ島にあるエクスクルーシブなホテル。エントランスに看板はなく、宿泊募集もしていないので、紹介者がいなければ辿り着けないが、それゆえプライベートな時間が満喫できる。photo: Yoshitaka Nojiri

海外の最先端ホテルを視察して見えること。

世界中からパリピが集まって爆音の音楽に合わせて踊り狂う……というイビサのイメージを覆すラ・グランジャ・イビサ。施設内には緑の樹々に囲まれたプールがあり、家族や恋人とのんびりと気ままに過ごすのに最適。photo: Yoshitaka Nojiri

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TRUNKから広がっていくイノベーション

TRUNKから広がっていくイノベーション

マニュアルがないからこそ、スタッフそれぞれがオーナーシップをもって働くことができる。スタッフからの発案で実現した試みも新鮮なものばかりだ。©TRUNK

いままでのホテルの概念にはなかった新しい価値を追求するTRUNK。そのためにもっとも大切なのは人。つまりスタッフの力だと3人は口を揃える。

「スタッフはTRUNKが大好きで、やりたいことを実践したいという熱量が高くて、だからこそ『TRUNKは自分のもの』っていうオーナーシップをもって誰でも議論ができる。みんなが特技を発揮できる環境なんです」と小南さん。

たとえば、館内のフラワーデザインチームのスタッフの提案から、イベントなどで装花に使用した後のまだ利用できる花を販売したり、陶磁器の金継ぎが得意なレストランスタッフがホテルで使えなくなった陶磁器を再利用してワークショップを開いたり。その他にもルーフトップチャペルでのメディテーション(瞑想)イベントなど社員のアイデアからユニークな取り組みが実現している。もちろん、レベルの高いサービスが当たり前のようにできているスタッフだからこそ、余白でチャレンジができるのだ。

TRUNKから広がっていくイノベーション

月曜限定で開催される「ソーシャライジングフラワーマーケット」。土日に行われる挙式やパーティで使用した花を“セカンドバリューフラワー”として販売。ブーケがワンコインで購入できるとあって、毎回完売するほどの人気イベントだ。©TRUNK

TRUNKから広がっていくイノベーション

放置自転車の部品を組み合わせて「ソーシャライジング自転車」をつくり、宿泊客に貸し出すというサービスも行なっている。とことんまでアップサイクルにこだわるTRUNK(HOTEL)ならではの試みのひとつ。©TRUNK

ゲストとスタッフとの距離が近いのもTRUNKらしさ。満室で泊まることができなくとも、仲のいいスタッフにわざわざ会いに来るゲストもいるとか。「ゲストと仲良くするなんて、今までのホテルではあり得ない」と、都内のホテルに勤めた経験のある木下さんにとっては衝撃的ですらあったという。

野尻さんが常に目指しているのは、ホスピタリティ業界でイノベーションを起こすこと。

「そのためにはスタッフみんながワクワクしないと。ワクワクする能力が高い集団なら、イノベーションを生み出すことができるはず。そうすれば東京の街も変わっていくんじゃないかな。TRUNKブランドでは2027年までに都内で10軒の展開を予定しているので、楽しみにしていてくださいね」

TRUNKから広がっていくイノベーション

スタッフ一人ひとりがワクワクしてホテルづくりに向き合えば、イノベーションがきっと生まれるはず。そんな“ワクワクするプロ”がホスピタリティ業界にさらなる新風を巻き起こしていく。

TRUNK(HOTEL)

東京都渋谷区神宮前5-31
TEL:03-5766-3210
部屋数:15室
料金:テラススイート¥570,000~、ダイニングスイート¥150,000~、スタンダード¥30,000~(税サ別)
https://trunk-hotel.com


TRUNK(HOUSE)

東京都新宿区神楽坂3-1-34
TEL:03-3268-0123
料金:¥500,000(税サ別・最大4名まで、3名以上は¥50,000/1名の追加料金)
https://trunk-house.com

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Feature Design TRUNK(HOTEL)が目指すのは、「これまでにないホテル」をつくること。