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iPad 10周年に振り返る。ジョブズの野望は「紙」を超えることだった

Proモデルは「読む」も「描く」も飛躍的に進化

Kiyoshi Tane
Kiyoshi Tane
3時間前 in DEFAULT
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iPad
iPadが2010年に発売されてから、今年で10周年。スティーブ・ジョブズが「スマートフォンとラップトップの間に、第3のカテゴリ空間がないだろうか?」(Is there room for a third category device in the middle? Something that's between a laptop and a smartphone?)と語って取り出してから10年目を迎えました。発売後60日で200万台、80日で450万台。その時点でDVDプレイヤーを超えて「電子デバイスの中で史上最高シェアを持つ非電話製品」とまで言われた勢いは止まらず、翌年3月には1500万台にも到達。ちょうど医療休暇中だったジョブズが、第2世代のiPad2を発表するために戻ってきた席上での誇らしげな宣言でした。
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ジョブズは初代iPadお披露目の場で「アップルがiPhoneの後にリリースする革新的な製品」と語り、この製品を「ポストPC時代」の製品としてアピールしました。では、ポストPCとはいったい何だったのか。
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先のジョブズの言葉からヒントを探せば、それは「スマートフォンでもラップトップでもない」コンピュータの新たな形でしょう。つまり「これまでに地上にはなかった、全く未知なるもの」。この何も言ってないような言葉は、iPhoneという前例のなかった製品を世に送り出してスマートフォンの市場そのものを創出したジョブズだからこそ中味を伴っていたはず。
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初期のiPadは要約すれば「iPhoneから電話機能を省いて、スクリーンを大きくしたもの」でした。しかし、画面が大きくなれば紙の雑誌と同じ感覚で読むことも可能となり、メディア体験も豊かとなり、量の変化は質の変化へと繋がります。初期のiPadアプリがiBook StoreやNewsStandといった「紙を置き換える」志向を帯び、アップル自らが出版社の役割を担おうとしたものも、そうした意識の表れだったと思われます。
ipad
とはいえ、「紙」と比べてiPadは圧倒的に高かったし、アップル単独で本や雑誌のライブラリをそろえるのに限界があるのは、たとえば後者がAppleNews+の開始(それも多くの出版社の参加を得てようやく)を待つ必要があったなど、歴史が証明しているところです。

スマホでもラップトップでもなく、まだ何ものでもなかったiPadが好調なスタートを切ることができたのは、おそらくジョブズの存在なくしてあり得なかった。Webブラウジングや電子メール、写真やビデオ、音楽の再生などは、他のデバイスでも可能だったことで、iPadのアイデンティティにはなりにくい。「手のひらサイズに莫大な音楽ライブラリ」や「広い画面(当時比)でアプリが楽しめる電話」と最初から何ものかだったiPodやiPhoneと比べればiPadは将来が見えにくい存在でしたが、俗にいう彼の「現実歪曲空間」が何ものかになるまでの時間を与えてくれたのでしょう。

そうしたコンセプト先行に多くの賛同者が得られたことは、「グラミー賞でスティーブン・コルベアがiPadを取り出す」や「オバマ大統領が自分の指でiPadにサイン」といった当時の印象的なできごとが示しています。

その一方で、iPadは新製品というには、背後にとても強固なインフラを備えていました。まず基本的にiPhone向けアプリは全て動作するため、iPhone人気がある限りそれに伴って可動アプリも増えていく。初期iPadの販売台数の成長はiPhoneよりも速かったという分析も、ジョブズが述べていたように「すでに世界には7500万人ものiPhoneとiPod touchユーザーがいるので、iPadの操作を自然に受け入れてくれる」といった背景--「画面の広いiPhone(iPod touch)を望む」潜在的なニーズがあったからと推測できます。

そうしたiPadの快進撃を前にして、iPhone発売後と同様に多くの競合他社がスマホでもラップトップPCでもない「タブレット」(それ以前にもあったが、iPadは商業的に画期的な成功を収めた)市場に相次いで参入しました。が、2019年時点ではタブレット市場全体の出荷台数が減少しているなか、アップル、アマゾン、レノボのみが出荷台数を増やしているかっこうです

iPadも累計販売台数3億6000万台以上(2019年9月時点)と推計されているものの、最初の5年と比べれば売上げは減少傾向にあると見られています。iPadに触発されて誕生した数々のタブレット機器はありましたが、いまだ健在といえるのがマイクロソフトのSurface(デザインチーム・トップのラルフ・グローネ氏が「iPadに対抗」と公言)など、膨大なソフト資産に支えられたデバイスに限られています。コンセプトの新奇性は「普及する」という勝利の形で薄れていき、しだいに競争の焦点が実用性に絞られていったのでしょう。

ちょうど初代から5年目となる2015年に登場したのが、初代12.9インチiPad Proでした。本製品は10周年的に折り返し地点となるだけではなく、ついにiPadが「実用性」に舵を切ったという意味でも転換点に当たるモデルといえます。
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指で「書く」あるいは「描く」では限界にさしかかっていたiPadが、ようやくApple Pencilというスタイラスに対応。そしてアップル純正キーボードSmartkeyboardも周辺機器として用意され、長文のテキスト作成や表計算にも死角なし。原点の「ラップトップでもない」から「ラップトップにもなれる」にシフトした瞬間でもあります。

そうした入力デバイスの一方で、iPad Proシリーズはディスプレイの革新でもありました。12.9インチの翌年に登場した初代9.7インチではホワイトバランスを動的に調整するTrue Toneテクノロジーを搭載し、さらに2017年6月の第2世代12.9インチおよび10.5インチではリフレッシュレートが120Hz、つまり「1秒間に画面が120回書き換えられる」ProMotion技術が採用されています。

これらはペン先を画面上に走らせれば、それに追随して線が描かれる--すなわち「触る」ことが「見ること」に直結したタッチパネルの特性を考え抜いた進化の方向といえます。初代モデルからデザイナーなどに親しまれてきたiPadですが、Apple Pencilの登場は手触りが創作物にじかに反映するイラストレーターや絵描きに急接近した動きでした。

ここ数百年、それら「描く」道具と「見る」メディアを兼ねそなえていた媒体といえば「紙」に他なりません。Apple Pencilの使い心地を表現する言葉としては「紙に描くように」がよく用いられていますが、誰しも無意識に紙を理想像としているということ。

初期のiPadがiBook Storeとともに「読む紙」を志向する一面があったとは上述しましたが、iPad Proの方向性の1つは「書く紙」を志向するもの。そんなわけでiPadは「紙」に取って代わろうとしている、それが筆者なりの結論です。顔認証するTrueDepthカメラをそなえ、次期モデルは背面に3Dカメラの搭載や5Gの高速通信も噂されるという、超進化した形ではありますが。

ポストPCの行く末が、ポスト「紙」。中世から現代まで文明の発展を支え、出版や画材など巨大な文化圏や産業を築き上げている存在を超えていくのは、ジョブズの野望に相応しい気もします。
 

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