http://lttlleo.seesaa.net/article/473296786.html
nasukun その後の展開でダメさ確定のいつものパターン
http://lttlleo.seesaa.net/article/473296688.html
「誇りをもってヒジャブ」~共感ツイート
http://lttlleo.seesaa.net/article/473296323.html
nasukun その主張はぺらいっすよ ★追記
http://lttlleo.seesaa.net/article/473281540.html
nasukun ←「春なすび」なんでやめたのw
https://twitter.com/nasukun737373
前プロフ後半
クリスチャン 当方フェミニストではありませんし、
シス女性とレッテルを貼らないでください。迷惑です。
「私はクリスチャンだ、フェミニストではない」ってつまり、
「クリスチャン=ミソジニスト」の表明ですけどわかってる?
実際、フェミニズムに目覚めたらクリスチャンでいられるのか甚だ疑問。
しかしまぁ現時点で自分が焦点にするのは、
「私はクリスチャンだ、フェミニストではない」と
【宣言することの意味】。
自分はフェミニストを名乗ったことはない。
しかし
自分はフェミニストではない、と断言したことも多分ない。
「フェミニストと名乗らない」のはそれも有意味として自分は肯定する。
「女性が女性の人権を主張するのは事実としてフェミニストだ」と思う一方で、
「女性が女性というくくり以外での人権を主張してもラベルを貼られない事実」を考えると、
「なぜ当たり前のことを主張して、フェミニストだけラベルを貼られるのか」で立ち止まる感じ。
もっと言えば
「フェミニストと名乗る/名乗らない」が
「方針表明の踏み絵」みたいな意味を持たされて女性に課されている、そのことへの疑問というか。
「内心の自由への介入」を感じると言えば伝わるだろうか。
「自分はフェミニストなのかもしれないが、フェミニストとは名乗るものなのかがわからないし、
名乗りが踏み絵になっている現状では名乗ることに純粋な意味がない」
ということを言語化する前の感覚として持っている女性は多いのではないか。
自分の感覚で言えば、
「ミソジニー」の踏み絵があれば、躊躇なく思い切り踏む。
「ミサンドリー」の踏み絵があれば、踏み絵にすんな、と抗議する。
「フェミニスト」の踏み絵があれば、もちろん踏まない。
「フェミニストでない」と宣言するのは、
「フェミニスト」の踏み絵を踏むことです。
「掲げていない」ことと、
「踏む」ことは、違うんだ、ってこと。
nasukunの具体例に話を戻すと、
nasukunは「私はクリスチャンだ、フェミニストではない」と表明することで、
「キリスト教とフェミニズムが対立する部分は、キリスト教を優先する」
を表明しているので、主義表明としてはまぁ率直と言っていいんじゃない。
ダメなのは
「ミソジニーと反ミソジニーが対立する部分は、ミソジニーを優先する」
と開き直ってることね。
いやお前、ミソジニーを優先するって、ミソジニスト宣言じゃんよ。
知ってたけどね。
春鳥の暴言と攻撃を「春ちゃん無罪」で免罪しまくってるところがもう、
さすがの「無敵のM信仰、立派なミソジニスト様」ですよ。
nasukun ぺらさの中にあるものは
http://lttlleo.seesaa.net/article/473296786.html
「内への正しさ(信仰の篤い、正しい信者)」
「外への正しさ(信者の瑕疵で非難されることのない、社会の一員)」
をこれまで両立させているつもりだったのだろうけど、
「外への正しさ」が「宗教無罪」で瓦解したじゃない?
それで、
「内への正しさ」一本でいいと開き直ってるじゃない?
あのさぁ、その
「内輪の正しさ」に引き籠っての「正しい自分維持強化」が、
カルトそのものなんだけど、わからない?
そして「神と私」の二者だけで考えるのならそれでもいいけど、
クリスチャンコミュニティ(全世界的な広い意味で)に対して、
nasukunは既に砂をかけたわけじゃん?
欧米人のクリスチャンの傲慢と私は違う、とマウントしてみせてさ。
自分が侮辱傲慢マウントかましたコミュニティを伴う信仰に邁進する、って、
えーと、すいませんその感覚が理解できませんです。
自分はnasukunをミソジニストだなと思うものの、
差別者と断定するのはやりすぎだと思う。
nasukunのツイートは春巻問題を別にすれば優れたものが多かったと思うし、
今後もそれは続くと思う。
ただ、春巻問題の動かせない事実と、ミソジニスト宣言してしまった今回を合わせると、
nasukunという人物及び発言への信頼感は完全に消失したし、
「そこらじゅうにいるリべチン」と同じ感慨を抱くだけです。