2020/01/27

このアニメ絵の児童書がすごい 〈番外編〉中学受験生が読む人文書の世界

このアニメ絵の児童書がすごい 〈番外編〉中学受験生が読む人文書の世界

文:堀越英美/絵:やべさわこ

国語の長文読解問題を解いていた小学6年生の長女が、「この問題文納得いかないわ…」とぼやいてきました。
「わからないの? 教えてあげようか」
「いや、そういうことじゃなくてね……」

小学生が不服なのは、「昔は住居は隣人たちの共有空間であったのに、現代の住居は個人の所有物になって暮らしぶりがわからず嘆かわしい」という論説文の主旨そのものだったようです。
「近所でうわさすらできないって書いてあるけどさ、”そんなにうわさしたいのかよ!”って思うんだよね」。……まあ確かに。

思い返してみれば、国語で読まされる論説文には、文明・現代人=悪、自然・伝統=善と決めつけるものが昔から多かったように思います。「今どきの子供は昔に比べて犯罪率が低くて偉い」だとか、「パワハラ中年は若者を見習って人権意識をアップデートすべき」だとか、「日本の政治家はおじいさんばっかりだから女性と若者をもっと入れよう」なんて提言する文章には、めったにお目にかかれません。

前回は中学入試国語物語文に採用されがちな小説を紹介しましたが、中学入試の国語の論説文でも、現代文明は悪者扱いされているのでしょうか。調べてみたところ、名門中学を中心に多彩な文章を採用する学校が増えているようです。目についた作品をざっとリストアップしてみました(特に明記のない限り2019年度の入試問題です)。

前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(芝中学)
岸本佐知子『なんらかの事情』(2017年度慶應義塾普通部)
國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』(渋谷教育学園渋谷中学)
小田嶋隆『13歳のハードワーク』(2017年度海城中学)
内沼晋太郎『これからの本屋読本』(学習院中等科)
鴻巣友季子『翻訳ってなんだろう? あの名作を訳してみる』(鷗友学園女子中学 ・静岡聖光学院中学)
稲垣えみ子『アフロ記者が記者として書いてきたこと 退職したから書けたこと』(灘中学)
田中俊之『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(埼玉栄中学)
佐藤雅彦『考えの整頓』(清泉女学院)
池谷裕二『できない脳ほど自信過剰』(専修大学松戸中学・春日部共栄中学)

「バッタに食べられるのが夢」という破天荒な昆虫学者の冒険記や、猿がボタンづけした服を買ってしまう翻訳者の奇想エッセイを小学生に読ませるなんて、さすが名門校。「うちら若者にダメ出しして従順な兵隊を育てるつもりないんで! 教養とユーモアを兼ね備えたエリートを育ててますんで!」という意気込みが伝わってきます。何だったら、私も育てなおしてほしい……。いやいや、中年が中学に入りなおす必要はないのでした。本を読めばいいのですから。というわけで、今回は中学入試頻出エッセイの中から、大人が読んでも勉強になる名作を選んでみました。

稲垣栄洋『弱者の戦略』

関西学院中学部 (2019年)、 吉祥女子中学(2019年)、 専修大学松戸中学 (2015年)で出題。本書以外にも、『植物はなぜ動かないのか』『雑草はなぜそこに生えているのか』『身近な虫たちの華麗な生きかた』『たたかう植物―仁義なき生存戦略』等、著者の書籍が中学入試に採用された回数は数知れず。雑草生態学というニッチな専門にもかかわらず、中学入試界では定番中の定番筆者なのです。著者の文章が重宝されている理由は、読んでみればわかります。専門的な分野を扱っているのに、子どもにもわかりやすい面白さがあるからです。
いずれの書籍においても、著者が扱うテーマは、一見弱く見える生き物たちの生存戦略。たとえばカゲロウは成虫になってから1~2日しか生きられない、いってみれば”ざんねんないきもの”ですが、生殖だけして死ぬ、低リスクな生きざまのおかげで3億年生き抜いたといった、生き物たちの”ざんねん”の陰にある戦略が本書には数多く掲載されています。『ざんねんないきもの事典』が好きな子どもたちなら、きっと本書も興味深く読めるでしょう。「この世に存在している生物は、それがどんなにつまらなく見える生き物であったとしてもそれぞれの居場所で、ナンバー1なのである」。そう、本当は「ざんねんないきもの」などいないのです(本当にざんねんだったらとっくに淘汰されているから)。
「オンリー1というのは個性のことではない。その個性を最大限に活かしてナンバー1になることのできる『ポジション』のことなのである」「ナンバー1しか生き残れない。しかしナンバー1になるチャンスは無数にある」。大人にとっても、強者がおいそれとまねできないようなニッチな領域でナンバー1になるヒントが満載です。

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』

2019年度の中学入試の国語論説文で最頻出の人文書(開成中学、豊島岡女子学園中学、海城中学、香蘭女学校中等科、早稲田大学系属早稲田実業学校中等部で出題)。社会に違和や窮屈さを感じている人に向けて、息苦しい世の中を変えるために個人ができることを人類学の観点から示しているのが本書です。
対比されるのは、「贈与」によって人々が密接につながりあう最貧国エチオピアの農村と、市場における商品の「交換」によって人づきあいの面倒を排除する日本社会。といっても、貧しい国の人々のほうが人情が温かくて素晴らしいとか、あるいはインフラが整っている日本に生まれてきてありがたく思うべき、だとかいった単純な文化比較論ではありません。ある国の「あたりまえ」が、別の国では「あたりまえ」ではない。それはつまり、既存の秩序や体制、その中に住む人々の価値観は構築されたものだということ。ならば今の社会で感じる生きづらさだって、変えることができるはず(男らしさ・女らしさなどは、今まさに変わりつつある概念です)。
では、誰もが生きやすい公正な社会に変えていくために、個人は何をすればいいのか。著者はその手がかりを、恵まれた者が恵まれない者に接したときに感じる「うしろめたさ」に見出します。「うしろめたさ」の感度を高めれば、「彼女は頭が悪いから」と弱者に狼藉をはたらく邪悪なエリートにならなくて済むはず。そう考えると、名門校がこぞって本書を採用するのも納得なのです。

椹木野衣『感性は感動しない――美術の見方、批評の作法』

2012年の発表以降、25校以上の大学入試で採用された「感性は感動しない」を収録した書き下ろしエッセイ集。本書が2018年に刊行されたことで、2019年度からは中学入試にも著者のエッセイが登場するようになりました(中央大学附属中学、サレジオ学院中学、筑波大学附属駒場中学)。入試頻出の表題エッセイは、「芸術にとって『感動』は諸悪の根源」と言い切り、芸術に感動して苦労物語に回収するのではなく、自分が何者であるかを見届けて先に進めと迫る内容。みんなで同じ苦労をして何かを習得して感動しようという「学校の世界」から、自らの中に問いを見つけ、ひとりで探求する「学問の世界」への橋渡しにちょうどいい文章だからこそ、芸術に関係なさそうな大学や中学の入試にも使われるのでしょう。こういう問題文を出題する中学なら、部活動や行事で疲弊せずに済みそうです。
本書は本業の美術批評以外にも、読書術、文章術、ツイッターの書き方、スマホとの付き合い、飛行機の座席の選び方、保育園情報の探し方など、一般の社会人にも参考になりそうな軽い読い物も収録されています。ツイッターに投稿するたび下書きを紙に出力して校正していたら時間がかかりすぎてしまい、今はほとんどツイートしなくなったという著者の体験談は、SNSに割く時間を減らしたい人、もしくは炎上しがちな人には耳寄りなライフハックですね。

橋本治『ちゃんと話すための敬語の本(ちくまプリマ―新書)』

女子聖学院中学(2014年)、成蹊中学(2019年)、清泉女学院中学(2013年)、玉川学園中学部 (2009年)、名古屋中学(2012年)、四日市メリノール学院中学(2018年)で出題。中学入試で重用されるくらいだから、最近の若者は敬語の使い方がなっとらんというお説教なのかも……とおそるおそる中身を見ましたが、その疑いは杞憂でした。本書は「正しい敬語の使いかたを教える本」ではなく、「正しい敬語の使いかたをするなんて、こんなにもへんだ」ということを教える本なのです。
なぜ敬語が「へん」なのかといえば、人間には上下があることを前提にした近代以前の社会(冠位十二階!)で生まれた言葉を、人類皆平等を建前としている現代日本で使いまわしているから。単に上の身分の人がすることを持ち上げるために使っていた言葉を、明治時代に「尊敬の敬語」と名付けたことで、相手を尊敬しているなら敬語を使わなくてはいけないことになってしまいました。だからビジネスの場では、たとえ対等な相手であっても「よろしくお願い申し上げます」と敬語を使われたら、こちらも「承知いたしました」と敬語で返さないといけません。タメ語を使ってしまうと、対等ではなく「こっちのほうが偉いんだぞ」といばってるように見えてしまいます(一部の政治家のように、記者の質問に敬語で返さないことによって自分が偉い人間だということをアピールする人もいますが)。そんなややこしい敬語の本質とは何か、ツールとしてどう使いこなせばいいのかを教える本書は、マニュアル通りになんとなく敬語を使っている社会人にも、多くの示唆を与えてくれることでしょう。

  • Writer

    堀越英美

    ライター。著書に『不道徳お母さん講座』(河出書房新社)『女の子は本当にピンクが好きなのか』 (ele-king books)等。訳書に『世界と科学を変えた52人の女性たち』(青土社)、『ギークマム』(オライリー・ジャパン、共訳)。

  • やべさわこさん
  • Illustrator

    やべさわこ

    1994年生まれ。オリジナルのイラストをSNSで発表し始め、2018年5月からイラストレーター(マンガ家)として活動し始める。昭和の歌や懐かしい風景を偏愛している。

コンテンツについてのアンケートに
よろしければご回答ください。

アンケートに回答する

※上記掲載の情報は、取材当時のものです。以降に内容が変更される場合がございますのであらかじめご了承ください。

  • SHARE
  • ツイートする
  • facebook
  • LINEで送る
  • はてなブックマークに追加
  • POCKET