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2019年11月4日(月)

【特集】「乳児虐待捜査」の“恐ろしさ“…気が付けば「無実の人」が有罪に 孫への“揺さぶり”疑われた祖母に『逆転無罪』

60代の小柄な女性、3年前に生後2カ月だった孫の女の子を死なせたとして実刑判決受け、10月にようやくその判決が「誤り」だったと証明されました。

孫を心から愛していたおばあちゃんが、なぜこのような目にあったのか、逆転無罪の真相です。

祖母が1時間半、面倒見ていた直後…孫に異変

【山内泰子さん】
「本当に生きがいなんです、孫がね。ここ(長女の家)にも毎日来ていたけど、孫見にね。かわいくって仕方ない。私の生きがいなんですよ」

山内泰子さん(69歳)。
あの日も孫の顔を見ようと娘の家に向かい、娘が用事に出かけたほんのわずかな時間に孫の面倒をみる。そうしたいつもと同じ一日になるはずでした。

2016年4月。
当時2歳の孫とその妹である生後2か月の彩希(あやの)ちゃんに会いに行くため、次女の自宅へ向かった山内さん。

彩希ちゃんをベビーベッドに寝かしつけた後、次女は用事を済ませようと外出。
そこから1時間半ほど、山内さんが2人の孫の面倒をみることになりました。

【山内泰子さん】
「(次女から)何回か電話あって『あれ(買おうか)迷っているねん、これ(買おうか)迷っているねん』と。『えらい遅いね、早く帰っておいでよ』と言ってたんです。(次女が)帰って来た時に、隣の部屋で15分か20分くらい喋ってから、一緒に2人で立って、(孫たちが寝ていた)この部屋に入った。(2歳の)孫よく寝てるなと思っていたら、私の次女が『お母さんちょっとおかしい』と言いだして…」

彩希ちゃんの呼吸が激しく様子がおかしいことから、駆けつけた山内さんの長女の車で近くの病院へ向かいました。

その後、彩希ちゃんは、より大きな病院に運ばれ、血液検査で出血しやすい症状(DIC)と診断されたほか、脳内出血(くも膜下出血)、脳浮腫、網膜出血があることも確認されました。

その後も容体は回復せず、3か月後の7月23日に彩希ちゃんは亡くなりました。

【山内泰子さん】
「本当にかわいい子だったんです、あの子はね。なのに、かわいそうに。(生後)2カ月でね、あんなことになってしまって…」

約4か月後に起きたこと、それは山内さんや家族にとって全く予想もつかないことでした。

理由も無い…家族も困惑した「祖母の逮捕」

(当時のニュースの音声)
「大阪市で生後2ヵ月の孫に暴行を加えて死亡させた疑いで祖母が逮捕されました」

2016年12月6日、山内さんは、大阪府警に逮捕されました。

逮捕の決め手となったのは、乳児を激しく揺さぶることで脳に損傷を与える「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome)」、通称SBSの可能性が高いという複数の医師の診断でした。

【山内さんの長女・恵子さん】
「なぜ何もやってないのに、こんな仕打ちをされないといけないのか。(母が)逮捕されるのが意味分からない。その理由も聞いていないし、根拠も聞いてないし、証拠もない」

彩希ちゃんを亡くした山内さんの次女は…

【山内さんの次女(彩希ちゃんの母親)】
「(母が)いつも来た時は、ミルクあげてくれたりとか、おむつ変えてくれたりとか、寝る時だっこしてくれたりとか。上の子のときもそうなんですけど、すごく(育児を)手伝ってくれてたんです。母はいつもかわいがってくれていたので、絶対そんなことする母ではないので」

山内さんは否認し続けましたが、大阪地方検察庁は傷害致死罪で起訴しました。

SBS理論に基づき…「虐待があった」医師が証言

2017年9月から始まった裁判(一審)。
そもそも、身長146cm、体重40kgほどの小柄な山内さんが、体重6キロ近くあった彩希ちゃんを激しく揺さぶることができるのでしょうか。

そう問われた検察側証人の児童虐待に詳しい小児科医は、法廷で次のように証言しました。

【証言した小児科医】
「火事場のばか力でリミッターが外れた状態ですから、十分に起こり得ると思っています。かなり強い反復性の揺さぶり行為を加えたことは医学的にはおそらく間違いないであろうというふうに思います」

この証言の根拠になったとみられるのが、「SBS理論」。

硬膜とくも膜の間に出血する硬膜下血腫、網膜出血、そして脳が腫れる脳浮腫。この3徴候があった場合、SBS(揺さぶられっ子症候群)である可能性が極めて高いと診断する考え方です。

検察官が書いた児童虐待捜査のマニュアル(2014年)にも、「診断の際は、SBSの3徴候を確認する」との記載があります。

揺さぶり虐待したのは…その場にいた「祖母」と結論

2017年10月2日。大阪地裁は、山内さんに懲役5年6カ月の実刑判決を言い渡しました。

判決では、小児科医の証言に基づき「1秒間に3往復の大人が全力で揺さぶる程度の暴行があった」と認定。「それができたのは、彩希ちゃんが急変する直前に一緒にいた山内さんだけ」で、「偶発的・突発的に及んだ事案である」と結論付けました。 

逮捕から1年3か月後、ようやく山内さんの保釈が認められました。

【山内泰子さん】
「(判決を聞いた瞬間はどう思いました?)『えっ?』てしか思いませんでしたね。なぜ私していないのに、こんな判決受けなきゃいけないのって思いました」

【山内さんの長女・恵子さん】
「もうごめんって。(一審で無罪になって)帰ってくるって思ってたので。あの後、どうやって帰ったのか覚えてないくらいショックでした。八方ふさがりでした。裁判で信じてもらえなかったら、どうやって分かってもらえばいいのか」

SBS理論による冤罪が生まれているのではないか

山内さんの判決があったその日の夜、大阪市内で立ち上がったばかりのプロジェクトが研究会を開催しました。

【甲南大学法学部・笹倉香奈教授(刑事訴訟法)】
「2010年代になりまして、SBS理論に基づく捜査や起訴が増加したのではないか。日本ではこのような状況に今あるのではないかと思う」

【秋田真志弁護士】
「(裁判で)医学鑑定がああいう形で出てきて(医師が)『SBSだ』と言ってしまうと、それを覆す判断能力、今の日本の裁判所にありません。検察官にもありません。警察にもありません」

『SBS検証プロジェクト』
海外ではSBS理論の見直しが進んでいるにもかかわらず、日本では今になってSBS理論による逮捕・起訴が相次ぎ、冤罪が生まれているのではないか。弁護士や研究者がSBSの診断根拠について検証するプロジェクトを開始しました。

山内さんの控訴審の弁護は、検証プロジェクトの弁護士が中心となって新たに担当することになったのです。

新しい弁護団が、山内さんの事件についてまず疑問に思ったこと。

それは…『常識的にあり得ない』ということ。

【山内さんの弁護人・秋田真志弁護士】
「(山内さんは)まさにきゃしゃなおばあちゃん。(彩希ちゃんは)生後2カ月半といっても6キロ近くある。その赤ちゃんを揺さぶれるはずがない。揺さぶりも暴力的な揺さぶりで、まさに虐待だという(揺さぶり)。常識的に考えてありえない」

強烈な揺さぶり…きゃしゃな祖母に可能なのか

一審判決が認定した「1秒間に3往復」の揺さぶり。
これは、揺さぶりで頭蓋骨と脳を繋ぐ架橋静脈が切れて「急性硬膜下血腫」が発生しうるという工学実験に基づいています。

その工学実験とは…

【同志社大学理工学部・辻内伸好教授】
「大人の男でも3ヘルツ(往復)くらいで、±5cmくらいでしか(揺さ)振れない。人間が揺さぶれる最大の周波数で振ってみて(ダミー人形の)モデル(約8kg)がどれくらいの応答するのか、加振機の上に乗せて、モデルの頭がどう応答するのか評価する手段をとりました」

【同志社大学理工学部・辻内伸好教授】
「(実験結果は)急性硬膜下血腫が揺さぶり(のみ)によって発生する可能性があるということです。(1秒間3往復は)激しい揺さぶりです。大人が力いっぱい振らなければそんなこと(架橋静脈の切断)は起こらないと今のところなっています」

彩希ちゃんの症状は、こうした激しい「揺さぶり」によってしか説明できないのでしょうか。

一審の診断根拠について、弁護団が一から証拠資料を見直した結果、新しい事実が判明します。

その事実とは…「病死の可能性」。

CT画像には「別の可能性」が

彩希ちゃんの死因は、脳の太い血管(静脈洞)が何らかの原因で詰まることで、くも膜下出血などを引き起こすまれな病気(静脈洞血栓症)による可能性が高いことが分かったのです。

弁護団が鑑定を依頼した小児脳神経外科医は…

【奈良県立医科大学・朴永銖病院教授】
「山内さんの事件の(頭の)CT写真見せられた時に、『えっ?これがSBSによる急性硬膜下血腫なんですか?』が最初の印象ですね。『どこに急性硬膜下血腫あるんですか?これは、くも膜下出血が主体じゃないですか?』と。それと『あれ?静脈洞血栓症の可能性があるんじゃないですか?』と(最初の)印象で思ったわけです」

CT写真を見た最初の印象でも、3徴候の一つ「硬膜下血種」は確認できず、静脈洞血栓症が疑われる画像だというのです。

【奈良県立医科大学・朴永銖病院教授】
「『(1)間違った急性硬膜下血腫+(2)脳浮腫+(3)眼底出血』の単純化した図式でSBS、AHT(=虐待による頭部外傷)となっている。これが裁判の場では常識なのかなと。この人(虐待に詳しい医師)たちが言っていることが頭部外傷の権威付けされていくのかと思うと、末恐ろしいと感じました」

虐待と決めつけ…無実の人が「有罪」に?

日本でSBSが普及し始めた当初からこの分野に取り組む小児脳神経外科医は…

【関西医科大学・埜中正博診療教授】
「CT写真見た時にこれだけ静脈洞が白いということは、静脈洞血栓症の可能性は考えた方がいい。僕自身もそうですけど、決めつけて虐待あっただろうと、他(の原因)はありえないので虐待あったに違いないと。(虐待と)決めつけることで、そうでない可能性を顧みなくなってしまっている。この方(山内さん)だけじゃないかもしれません。他にもこういう事件があると思う。気がついたら無実の人が有罪、虐待したことにされてしまうことがあるんじゃないかと恐怖心を覚えましたね」

山内さんの控訴審で、朴医師と埜中医師は、「静脈洞血栓症の可能性が具体的にある」と証言。一方、一審と同じ小児科医は、「揺さぶりによる虐待と考えた場合、全てが説明できる」と証言しました。

【秋田真志弁護士】
「なんであそこまで(揺さぶりに)こだわるんでしょうね。静脈洞血栓症の(具体的な)可能性を見逃していたと知った時点で、本来ごめんなさいと言うべき人(だと思う)。無罪にならなきゃいけない事件ですよね。日本の司法のためにも。この事件が今なお有罪になっているようなら、日本の司法が暗黒になってしまいます」

「無罪」…SBS理論についての警鐘を鳴らす判決に

2019年10月、山内さんの判決の日。
山内さんに言い渡されたのは、「無罪」。

判決は、静脈洞血栓症の可能性を具体的に認め、山内さんが揺さぶり行為に及ぶと考えるのは相当不自然だと判断。

3徴候の一つである硬膜下血腫の存在は確定できないとしたうえで、SBS理論について次のように警鐘を鳴らしました。

【大阪高裁(村山浩昭裁判長)】
「SBS理論を単純に適用すると、機械的、画一的な事実認定を招き、結論として事実を誤認するおそれを生じさせかねない」

【秋田真志弁護士(判決後の会見)】
「どういう家族でどういう状況だったのかを全部捨象(無視)して、医学的な所見のみで揺さぶりだ、虐待だと決めつける判断のあり方が裁かれたのだと思います」

判決文の朗読で、彩希ちゃんが亡くなったことに触れられるたびに、山内さんの嗚咽が法廷に響きました。

【山内泰子さん(判決直後)】
「(裁判長が7月)23日に彩希ちゃんが亡くなったと言いましたよね。あのときは本当に悲しかったです。(病院で)私の孫だけは何も言わずに寝たきりで、(入院中の他の)子供たちもかわいそうだけど、『私の孫がなぜ、私の孫がなぜ?』としか思いませんでしたね。だから(病院へ)行った時も、『目を開けて、目を開けて』と何回も言いました」

「あそこ(次女)の家へ行くと、今でもちゃんと供養し、『(あの日)見てあげられなくてごめんねって。私がちょこちょこ(様子を)見に行かなかったというのが一番後悔してますね」

どこかで引き返すことはできなかったのでしょうか。

判決を受け、大阪高等検察庁は「判決内容を精査し、適切に対応したい」とコメントしました。

「無実」を言い渡すかのように…異例の言

判決文を読み上げた直後、村山浩昭裁判長は、山内さんに「あなたが彩希ちゃんに暴行を加えたというのは間違い」と大きな声で話しかけ、山内さんも「そうです」ときっぱり返答しました。
そして、裁判長は「お辛い思いをしたと思います」とつぶやきました。

「無罪」というより「無実」を言い渡したように感じられる裁判長の異例の言及でした。

1年3か月に及んだ勾留の直後に大きな病で入院し、体調を崩すことが多くなっている山内さん。あの日寝ていた彩希ちゃんの様子を見に行かなかったことを今も悔やみ続けています。

これ以上、山内さんを刑事裁判の被告の立場に置き続けることがはたして「正義」にかなうといえるのでしょうか。

11月8日に迫る上告期限。検察の判断が注目されます。

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