NHKの新会長に銀行出身の前田晃伸氏が就任した。新会長はテレビ番組の同時ネット配信に取り組むが、事業肥大化や政権との関係など課題は多い。改革への強いリーダーシップが求められる。
前田氏は旧富士銀行に入り、再編後、みずほフィナンシャルグループ会長などを務めた。五代連続となる経済界出身のトップがまず向き合うのが四月一日開始のネット配信事業だ。
総合テレビとEテレの番組を同じタイミングでネットにも配信する。スマホによる番組視聴が可能であるため利便性が高まり、テレビ離れが進む若い世代にも歓迎されるだろう。
だが、こうした大事業は年間七千億円前後の莫大(ばくだい)な受信料収入に支えられている。NHKのネット事業に対し、受信料が取れない民放から「民業圧迫」との批判が出るのは当然といえる。
放送はNHKと各民放が健全に競い合う多元的な環境が視聴者のサービス向上に欠かせない。このままだと将来性の高いネット配信分野でNHKの寡占体制が構築されかねない。受信料自体への異論もある中、NHKには民放との共存を図るべく抑制の効いたネット事業の運営を求めたい。
さらに指摘したいのは政権との距離感だ。一昨年、かんぽ生命保険の不正販売を追及した「クローズアップ現代+」の番組内容について、日本郵政グループはNHK経営委員会に抗議した。最高意思決定機関である同委員会から注意を受けた当時の上田良一会長(元三菱商事副社長)は、郵政側に事実上謝罪してしまった。
しかし、かんぽ不正はその後拡大し経営陣の総入れ替えに発展した。現職の総務省事務次官が、元同次官だった日本郵政副社長に処分内容を漏えいし、更迭されるという事態も起きた。
郵政グループには国の資本が入り、持ち株会社の日本郵政などグループ四社のうち三社のトップは元官僚。不正を行った政権に近い組織に対するNHKの姿勢に疑問を持った視聴者は多いはずだ。
前田氏は就任前、「政権とはきちっとした距離を保つ」と述べた。しかし、前田氏自身安倍首相の勉強会に参加していたこともある。
誤解を招かないよう中立で公正な立場での運営を肝に銘じてほしい。同時に受信料値下げは今年十月予定されているがまだ余地はあるはずだ。値下げに向けた不断の経営努力を強く求めたい。
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