新型コロナウイルスの危険性を、人工知能が世界に先駆けて「警告」していた

新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、こうした事態が感染初期の2019年12月の段階で“警告”されていたことが明らかになった。警告を発していたのは、人工知能AI)を利用したシステムだ。

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NICOLAS ASFOURI/AFP/AFLO

中国でインフルエンザに似た症状が相次いで発生していることを世界保健機関(WHO)が公表したのは、1月9日のことだった。湖北省武漢市で肺炎の集団発生が報告されており、感染源は武漢の「華南海鮮卸売市場」で販売されていた生きた動物の可能性があると報告されたのである。

このWHOの公表より早い1月6日に情報を流していたのが、米国の疾病管理予防センター(CDC)だった。ところが、それよりさらに早い12月31日に今回のアウトブレイク(集団感染)を知らせていたのが、カナダの健康モニタリングプラットフォーム「BlueDot」である。

BlueDotは、人工知能AI)によるアルゴリズムを利用したシステムだ。外国語での報道や動植物の病気に関するネットワーク、そして公式発表を精査した結果を基に、今回のアウトブレイクが発生した武漢市のような“危険地帯”を回避するようクライアントに事前に警告する。

ウイルスなどのアウトブレイクは時間との戦いだ。中国の当局は病気や大気汚染、自然災害に関しては口を閉ざし、情報を公表してこなかった実績がある。しかし、WHOやCDCの担当者らは疾病をモニタリングするために、口が堅い中国当局の情報を当てにする必要がある。

こうした状況では、AIのほうが情報を素早く収集できるかもしれない。BlueDotの創業者兼最高経営責任者(CEO)であるカムラン・カーンは、「政府はタイミングよく情報を提供しないことがあります」と語る。「BlueDotはアウトブレイクの可能性を伝えるニュースや、何らかの異常な出来事が発生していることを示す小さなつぶやきやフォーラム、ブログを抽出できるのです」

海外への感染を正確に予測

カーンによると、BlueDotのアルゴリズムではソーシャルメディアの投稿は使用していない。というのも、データが乱雑すぎるのだという。

しかし、カーンには奥の手がある。全世界の航空会社の発券データを利用するのだ。発券データは感染した住民がいつどこへ向かうのかを予測するうえで役立つ。そして同社のアルゴリズムは、新型コロナウイルスが最初に出現してから数日後に、武漢からバンコク、ソウル、台北、東京に広がることになると正確に予測した。

カーンは2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した際に、カナダのトロントの病院で感染症の専門家として働いていた。そして、病気を追跡できるより優れた手段を見つけたいと強く願ったのだ。

SARSウイルスの流行は中国の地方都市で始まり、香港を経由してトロントへと拡大し、トロントでは44人の死者が出た。新型コロナウイルスのアウトブレイクについてカーンは、「まさに既視感を感じています」と語る。「わたしは2003年にトロントがSARSウイルスの勢いに打ちのめされ、病院機能がまひする様子を目撃しました。そしてわたしも、精神的にも肉体的にも疲弊してしまいました。そして、『二度と同じことを繰り返さないようにしよう』と思ったのです」

AIに加えて人間の疫学者が分析

予測プログラムをいくつかテストしたあと、カーンは2014年にBlueDotを立ち上げ、ヴェンチャー投資家から940万ドルの資金を調達した。同社には現時点で医師やプログラマーからなる40人の従業員がおり、自然言語処理と機械学習の手法によって65カ国語の報道や航空会社のデータ、動物疾病の発生報告を選別する疾病監視分析プログラムを開発している。

「自然言語処理と機械学習を使用して予測エンジンをトレーニングしています。その結果、モンゴルでいま起きているのは炭疽菌(アンスラックス)のアウトブレイクなのか、それともヘヴィメタルバンド『アンスラックス』の再結成なのかを識別できるまでになりました」とカーンは説明する。

カーンの説明によると、自動データ選別が完了すると、次に人間が分析する。科学的な観点から納得のいく結論であると疫学者が確認したあと、レポートは政府、企業、公衆衛生のクライアントに送られる。

BlueDotのレポートはその後、感染患者の移動先となりうる数十カ国(米国およびカナダを含む)の公衆衛生当局、航空会社、および最前線の病院に送られる。BlueDotはデータを一般販売していないが、現在その実現に向けて取り組んでいるという。

中国の当局が考えるより大規模な流行

公衆衛生当局を迂回する方法に目を付けたのは、実はBlueDotが最初ではない。インフルエンザの流行を予測するAIプログラム「Google Flu Trends」は、2013年のインフルエンザシーズンの深刻さを140パーセント過小評価したあと、サーヴィスの提供を打ち切っている。

BlueDotは「Google Flu Trends」よりも優れた成果を出したいと考えている。BlueDotは医学誌『ランセット』に発表した論文で、南フロリダにおけるジカウイルスのアウトブレイク発生地域の予測に成功している。

BlueDotが今回のアウトブレイクで予測に成功したかどうかは、まだわからない。一方で、2002年にSARSのアウトブレイクを数カ月にわたって隠し続けた過去を持つ中国当局だが、今回の対応はSARSのときよりも迅速だと評価する公衆衛生専門家もいる。

「今回のアウトブレイクは、恐らく中国の公衆衛生当局がこれまで認めた規模よりもはるかに大きいものです」と、2017年と18年に隔離されたエボラ出血熱患者の治療に当たったネブラスカ大学医療センターの感染症専門医ジェームズ・ローラーは指摘する。「ある1週間に中国から出国した旅行者の数とそのなかにいる感染者の推定割合をざっと計算しただけでも、すごい人数です」

いったい何人に感染するのか?

『ニューヨーク・タイムズ』は1月24日、中国ではこれまでに3,500万人が暮らす8都市が封鎖されていると伝えている。『ウォール・ストリート・ジャーナル』の報道によると、感染の中心地である武漢市ではマスクや消毒剤などの医療用品が足りなくなり、病院が患者を拒否しているという。

ネブラスカ大学のローラーをはじめとして、中国からの旅行者が他国で感染症の症状を示すにつれて、新型コロナウイルスのアウトブレイクは拡大し続けると考える専門家もいる。流行の収束までに、感染による発病者が何人出て、死者が何人出るのかはまだわからないとローラーは言う。

病気のまん延を止めるには、公衆衛生当局が真実を伝える必要があるだけでなく、素早く伝える必要がある。だが当面は、AIを活用する疫学者たちに公衆衛生当局の代わりを務めてもらう価値はあるかもしれない。

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新型コロナウイルスの世界的な急拡大を、科学者たちは“予見”している

感染が急拡大している新型コロナウイルスについて、武漢市で確認されている感染者数は実際の5パーセントにすぎない──。そんな衝撃的な論文が発表された。英大学が構築したモデルによると、「14日後には武漢市の感染者数が19万人を超える」ことになり、海外での感染も拡大していくのだという。この恐ろしいシナリオには“根拠”がある。

TEXT BY MEGAN MOLTENI

WIRED(US)

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KEVIN FRAYER/GETTY IMAGES

新型コロナウイルスの感染が拡大している中国では、これまで数十人が死亡し、感染者数は数百人を超え、数都市の2,000万人以上が隔離政策の対象となっている。このアウトブレイク(集団感染)に関するデータが増えるにつれ、現段階で中国で報告されている感染は、氷山の一角にすぎないことが明らかになってきた。

英国と米国に拠点を置く研究者チームが予備研究の結果をまとめた論文で、新型コロナウイルスの感染の中心地である武漢市で確認されている感染者数は、実際の感染者の5パーセントにすぎないと1月24日(米国時間)に発表した。すなわち、研究対象期間の最終日である1月21日の時点で、感染者数は公式報告の440人ではなく、12,000人ほどいる可能性があるということだ。

この論文は、医学分野のプレプリントサーヴィス「medRxiv」で公開されたもので、査読前となっている。そして実際のところ1月21日以来、武漢市で確認された新型コロナウイルスの感染者は729人に激増している

武漢市の感染者数が19万人を超える?

英国のランカスター大学のジョナサン・リードが率いる研究チームは、公式報告書から収集した症例データを使って1月1日以降の新型コロナウイルスの感染拡大を示す暫定モデルを作成した。中国の当局は、生きた動物も販売されていた生鮮市場が人間への新型コロナウイルスの感染源となった可能性が高いとして、1月1日に生鮮市場を閉鎖している。したがって、1月1日以降の新型コロナウイルスの拡大は人から人への感染であるという仮定で研究は進められた。

リードの研究チームが作成したモデルは、次のような予測をした。2月初旬には中国のほかの都市でさらなるアウトブレイクが発生し、外国への感染が拡大、そして武漢市での感染症例数は爆発的に増加するという悲惨な展開である。論文によると「14日後には武漢市の感染者数が19万人を超えるとモデルは予測しています」

「ありえると思います」と、カリフォルニア大学リヴァーサイド校の疫学者であるブランドン・ブラウンは言う。ブラウンは今回の研究には関与していない。

医学誌『ランセット』で1月24日に発表された中国人研究者チームの論文によると、新型コロナウイルスの感染者には無症状の感染者がいるという。こうした指摘を踏まえると、研究チームのモデルによる予測は説得力がある。

この論文では、新型コロナウイルスの感染症と診断されて武漢市の病院に入院した最初の41人の臨床データから、新型コロナウイルス(2019-nCoV)が肺炎、発熱、せきなどの多様な症状を引き起こし、持病を抱える高齢者だけでなく、健康な人も罹患する可能性があると報告している。研究チームは新型コロナウイルスの潜伏期間は3〜6日だと考えている。

つまり、無症状の多数の感染者が何日も歩き回り、あらゆる濃厚接触者にウイルスを広める可能性があることが示されている。急速に疲弊していく医療従事者に加えて、世界保健機関(WHO)の緊急事態宣言の見送り、旧正月の旅行を考えると、ランカスター大学の研究グループの予測数値はありえるとブラウンは考える。

「今後の展開を考える上で不確定要素が多くありますが、モデルは近い将来に感染の流行がどのように展開するかを予測するための最良の手段かもしれません」

実際、どの程度の感染力があるのか?

大きな不確定要素に、2019-nCoVの感染力がある。実際、どの程度の感染力があるのだろうか?

リードのモデルでは、1人の感染者が感染させる可能性のある人数(ウイルスの基本再生産数)は3.6〜4.0と推定されている。比較として、SARS(重症急性呼吸器症候群)は2〜5であり、ヒトへの感染力が最も高い麻疹(はしか)は、なんと12〜18だ。

この数値が高いほど、公衆衛生当局には新しい感染の連鎖を断ち切る余裕がなくなり、アウトブレイクがコントロール不可能になる。封じ込めの観点からは、1を超えるものはすべて対応困難と言える。

ただし、その他の2019-nCoVに関する最近の推定値は、リードの研究結果よりも控えめだ。ハーヴァード大学の研究者であるマイムナ・マジュンダルとケネス・マンドルは1月23日、新型コロナウイルスの基本再生産数は2.0〜3.3だという予備的評価を発表した。WHO当局者は23日、これまでで最も正確な推定値は1.4〜2.5の間にあると語っている

「4次感染」の発生という事態の深刻度

これらの状況から判断するに、数週間前と比べて新型コロナウイルスの感染を封じ込めるのはかなり難しい状況になってきている。WHOは1月23日に、新型コロナウイルスの4次感染が発生していることを初めて報告している。つまり、人間以外からウイルス感染した人が別の人に感染し、その人からまた別の人に感染し、その人からさらにまた別の人に感染したということだ。

WHOのこの発表は、感染は家族や医療従事者などの濃厚接触者に限定されているという以前の報告と矛盾し、確認されている症例が示すよりもはるかに広く感染が拡大しているという意見を支持するものである。

リードの研究チームは、利用できる情報が限られていることを考えると、現時点ではすべての予測について根拠が弱いことを認める。しかし、新型コロナウイルスのように急速に拡大するアウトブレイクでは、リードの研究チームが作成したようなモデルは、公衆衛生当局が今後の展開に対応する方法を決定するために利用できる最高のツールであることが多い。

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