東方裏@ふたば
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画像ファイル名:1579943213460.png-(450995 B)
450995 B無題Nameとしあき20/01/25(土)18:06:53No.12611662+ 14:31頃消えます
文芸スレ
怪文書SS雑談総合スレ
1無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:17:21No.12612113+
8000字ほど投下させていだたこうと思います
2無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:18:34No.12612120+
 畜生界という弱肉強食の世界において、人間たちは最弱の存在だった。爪も牙も持たぬ彼らは、現世とは違い畜生たちの支配下に置かれた。獰猛で凶暴な畜生たちの為に作られた娯楽施設――霊長園。ここで人間霊たちはエサとして家畜として奴隷として、ちょうど自分たちが現世で動物にしてきたのと、全く同じ扱いを受けることとなった。
 
3無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:19:10No.12612126+
 しかしながら人間たちにはまだ武器が残されていた。それは人間の持ちうる最も根源的で普遍的で、そして人工的な武器である。すなわち、信仰。その威力は凄まじかった。人間たちの信仰により召喚されたのは、よりにもよって天津神である埴安神袿姫。彼女と、彼女の忠実な配下である無尽兵団たちは、瞬く間に霊長園から畜生たちを駆逐してしまった。
4無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:19:34No.12612129+
 袿姫による絶対的な支配の下、遂に霊長園には平穏が訪れた。肉体を持たぬ動物霊では、無尽兵団や袿姫の造形術には太刀打ちできない。畜生界一の頭脳にして鬼傑組組長、吉弔八千慧はこの状況に業を煮やし、他の組織と連携して地上の人間たちを送り込んだが、これもまた失敗に終わった。一度は袿姫に打撃を与えたものの、それは致命打となりえず、しかも地上の人間たちからの、これ以上の協力は望めそうにもない。畜生界のかつての覇者たちも、こうなってしまえば完全に手詰まりである。人間たちは袿姫への信仰と引き換えに与えられる、便利で快適な生活にすっかり馴染んでおり、畜生たちの脅威のことなどすっかり忘れてしまっていた。曲がりなりにも人間霊たちは、平和な日々を手に入れることが出来たのだ。
 そんな、ある日のこと……
5無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:20:34No.12612134+
霊長園の深奥部には、袿姫と、彼女と特別近しいものしか立ち入ることを許されていない「神域」という空間がある。そして今一人の、兵士の姿をした埴輪が、自動で移動する通路に乗って「神域」へと向かっていた。
 まもなくして彼女は、「神域」と外界とを隔てる門に辿り着いた。門には赤、黄、黒の三色を使って描かれた、ジオメトリカルな紋様が刻まれている。埴輪は門を見上げながら、よく通る、凛々しい声で叫んだ。
 「袿姫様!杖刀偶磨弓、ただ今到着しました!門を開けてください」
 途端に門が一人でに開いた。「神域」の内部が明らかとなる。そこは機械の宮殿とでもいうべき空間だった。天井も床も壁も、どれも輝かんばかりの銀地に、袿姫が直々にデザインした、無数の流線からなる紋様が描かれている。磨弓が内部に入ると、ある一筋の流線が光り輝いた。すると音もなく彼女の背後の門が閉じていく。これらの流線は、単なる模様ではないのである。神域内部の機構を動かすための、電線としての役割を持っているのだ。
6無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:21:03No.12612139+
「ご苦労様、磨弓」
 突然磨弓の目の前に、音もなく彼女は現れた。磨弓の主人であり霊長園の新たなる支配者、埴安神袿姫。しかし今彼女は、神としての威厳をまるで感じさせぬ恰好していた。普段の作業着を着ているのはともかく、髪はすっかり乱れ、塵や埃がまとわりつきごわついてしまっている。肌も煤塗れで浅黒く、服の至る所に汗じみが出来ている。あの獰猛な動物霊を駆逐した邪神とは、とても思えぬ姿である。
 「袿姫様、また霊長園の改造をしていたのですか?」
 「ええ、そうよ。システムをあちこちいじったわ。これで霊長園は今以上に快適になっていき、人間霊たちの信仰もうなぎ登りになるはずや。ああ、労働って心地いいわねえ」
 袿姫はケタケタと笑いながらそう言ってみせた。それを見て磨弓は、微かに眉間に皺を寄せた。
7無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:21:21No.12612141+
「袿姫様、以前から何度も申し上げていますが、あなたはこの霊長園のトップなのですよ。あまり軽率な振る舞いをされては、威厳が崩れてしまいます」
 「まあ磨弓ったら、厳しいこというのねえ。でも、やめるわけにはいかないわ。私は一度現世での信仰をほとんど失ってしまった身、同じ過ちを再び繰り返したくはないの。あの頃の私は、自分の威厳を高めるため、人間たちの前に直接姿を見せず、間接的な形でしか恩恵を与えてこなかった。まあ私だけでなく、他の神々も似たような調子だったけど……とにかく私は、前回の反省を生かしたいのよ」
 「そこまで言うなら、もう止めはしません。ただ、お体の方だけはご自愛くださいね」
 「まあ、磨弓ったら嬉しいこと言ってくれるわねえ!流石は私の最高傑作だわ!」
8無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:21:45No.12612143+
袿姫は顔を綻ばせると、磨弓の頭を撫で始めた。それを磨弓は表情を変えることもなくじっと受け入れている。別に、嬉しくない訳ではない。本当は彼女は、主君からの寵愛を受ける喜びに心震えているのだ。ただ、彼女は結局埴輪であり、しかも戦闘に特化している。ゆえに感情を表情によって表すことがとても苦手なのだ。
 「それで……袿姫様、今回私を呼んだ理由とは?」
 「ああ、そうそう、忘れてたわ。実は、無尽兵団の団員数を、削減して欲しくて……」
 磨弓は思わず、口をぽっかり開けた。そこからはがらんどうの、暗闇のままの口腔がのぞいている。
 「先日人間たちの攻撃を受け、袿姫様のもとまで侵入されたばかりなんですよ!防御の脆弱性が明らかになったあとで、兵士を削減するなんて……」
 「でも、結局人間たちは私たちに、それほどダメージを与えられなかったじゃない。ファインセラミックスの絶対的な防御力を持ってすれば、敵の攻撃はいくらでも防げるわ」
9無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:22:02No.12612144+
「それはそうかもしれませんが……」
 「ねえ磨弓、あなたは私の最高傑作であると同時に、私に最も忠実な部下でしょう」
 問いかけられ、磨弓は無言のままうなづいた。
 「ねっ、お願いよ。実を言うと、無尽兵団は戦闘に特化した軍隊であり、畜生たちを駆逐した今、もうあまり必要ないのよ。それよりかは、防御機構を充実させた方がよほど効率的だわ。勿論磨弓が、無尽兵団の仲間たちのことを、大事にしているのは知ってるわ。でもこれは、霊長園全体の為の決定なの。だから、お願い。無尽兵団を削減して」
 「……分かりました」
 抑揚のない口調で磨弓は答えた。彼女の瞳からは、どこか憮然とした感情が感じられる。袿姫はそれを理解していたが、あえて無視することにした。ポン、ポンと肩を叩きながら、耳元で「じゃあお願いね」と愛嬌のある声で告げ、そうして磨弓を「神域」から返した。袿姫は磨弓が「神域」から出て行ったのを見届けると、急に溜息をついた。
10無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:22:33No.12612150+
「ふう、私の忠実な部下といっても、仲間を減らせという命令は流石に受け入れがたいのね。まああの子は、少し優しすぎるところがあるからねえ。そんな風に性格を設定したわけでもないのに……」
 袿姫は愚痴っぽく呟くと、「神域」の中心部まで歩いていった。そこの床には、三重の円が描かれている。その中心の袿姫が立つと、途端に「神域」は胎動し始めた。ギィィと、金属同士が擦れあう鈍い音を立てながら、「神域」はその姿を変えていく。壁が、床が、天井が崩れ無数の銀片と化したかと思うと、再び集合を始める。離合集散の果てに新しく成型された「神域」の内部は、依然とは似ても似つかぬものだった。もうどこの壁にも模様は刻まれていない。天井、床、壁、どれも黒一色で塗りつぶされており、天井には無数の光り輝く水晶が突き出てていて、白い光の洪水が「神域」に満ち満ちている。
11無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:22:53No.12612153+
その光の真下に、黒光りする巨大な、漆黒の肉塊があった。肉塊はギラギラと金属質の光沢を帯びており、その表面には無数の赤黒い筋が浮かんでいる。肉塊ははち切れんほどに膨張していた。まるで、肥満を患った男の腹のように。
 「まだ、まだ、完成には至らないわねえ。仕方ないんだけどねえ。いくら私が神といっても、こればっかりは本当に途轍もない代物なのだから……」
 そう言うと袿姫は、作業服のポケットから彫刻刀を取りだした。すると彼女は目にも止まらぬ素早さで、彫刻刀を宙へと放り投げる。途端に彫刻刀は分裂し、夥しい数の刃の森と化した。
 「さあ、おゆき」
 袿姫の命令の下、無数の刃は意志を持った生物のように蠢き、自身の体を肉塊の至るところに突き立てた。刃たちは肉塊を抉り、切り裂き、細断し、かと思えば、肉と肉との切れ端を癒着させてみたり……こうして肉塊はゆっくりとその形を変えていく。
12無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:23:11No.12612158+
 袿姫の顔からは、既に磨弓へと見せた朗らかな微笑は消え失せていた。口元は生一文字に結ばれ、双眸は限界まで見開かれ、眼球の白目には赤黒い筋が浮かんでいる。その表情は真剣そのものであり、激しい気魄が宿っている。それは見る者に対し、畏怖すべき神性を感じさせるのに十分足るものだった。
 (焦る必要はない。ゆっくり、ゆっくりと完成に近づけていけばいい……)
 袿姫の瞳から、鋭い眼光が迸った。
 (この、真なる私の最高傑作を……)
13無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:23:37No.12612161+
霊長園の周縁部には、いくつもの防衛施設が配置されている。普段無尽兵団の団員たちはここに詰め、いつ来るか分からない敵襲に備えているのだ。それから、霊長園のパトロールなども彼ら無尽兵団が行っていた。彼らの多くは袿姫に対し、絶対的な忠誠心を抱いており、その忠誠心を糧に、強固に団結していた。
 しかしながら今、その団結には亀裂が入りかけていた。防衛施設の中でも、一際大きい建物、無尽兵団の本部のある一室に、多くの幹部たちが集合していた。無尽兵団の隊長である磨弓が、直々に集めたのである。目的は当然、兵団の人員削減のことについて、話し合う為だった。
 「なんと……本当に袿姫様がそう仰ったのですか?」
 分隊長の一人が、苦々しげにそう呟く。彼はじっと磨弓の方を見つめていた。その視線には、磨弓への抗議の意志が込められている。
14無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:24:24No.12612168+
「そうです。これからは私たちの兵数を減らし、防御機構の方を充実させていくと……」
 磨弓は彼の視線がチクチク肌に刺さるような、後ろめたい罪悪感を覚えてはいたが、表面上は毅然とした態度でそう答えた。
 「防御機構とは、近頃袿姫様が生み出し始めた、機構兵器たちですか?無人操作の可能な、機関銃や重砲などの……」
 「ええ、そうだと思います」
 磨弓の答えを聞き、今度はまた別の幹部が声を上げた。彼は無尽兵団の中でも一際勇猛で、かつ誇り高い埴輪だった。
 「むう……確かに我々よりも、防御機構の方が優秀なのかもしれん。しかし、率先して前線に出て、勇猛果敢に戦ってきたのは我々ではないか。袿姫様はその功績をお忘れになってしまったのか」
 「勿論、袿姫様だって、私たちの活躍のことは覚えてくださっているでしょう。しかしこれは、霊長園の全体の問題なのです。ここがもし陥落するようなことがあれば、袿姫様は信仰を失い、私たちの存在も危うくなってしまう。大義の為には、時に小義を犠牲とする必要だってあります」
 
15無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:25:01No.12612171+
磨弓にそう諭された埴輪は、一瞬口をつぐみ、苦し気な表情を浮かべた。しかしすぐに、磨弓を真っ直ぐ見つめ、低く鈍い声色で述べ始めた。
 「分かってはいる、分かってはいるのですよ。ただ、これからの戦争からは、魔術的な美は失われていくでしょうな。兵士たちの一糸乱れぬ行進も、鬨の声を上げての突撃も見られなくなるでしょう。これからの戦争では、金属製の防御機構が無骨でぎこちない呻き声を上げ、眉一つ動かさず敵を撃滅するだけだ。我々のような兵種の存在意義は、すっかり失われてしまう……」
 彼の言葉の調子には、灰色の哀愁が漂っている。磨弓もそのわびしげな雰囲気に、感化されなかったわけではない。しかしながら強靭な理性の力で感情を押し殺しながら、磨弓はただ誠実に理解を求め続けた。
16無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:25:16No.12612174+
「私だって、思うところがないわけじゃありません。でも、袿姫様のからの命令なんです。別に解雇された兵士だって、死んでしまうわけじゃない。また別の役割を与えられるだけです。だから、どうか受け入れてください!」
 彼女の声には、どこか心に切なく訴えかけてくる響きがあった。本当は磨弓も、共に戦ってきた仲間たちを解雇するのはつらいのだろう。しかし袿姫への忠誠心のために、必死で自分を抑えているのだ。隊長たちには彼女の気持ちが痛いほどよく分かった。隊長たちは、磨弓の懇願を受け入れることとした。こうして速やかな人員削減が行われ、全体の約半数の兵士たちが解雇されることとなった。彼らには直ちに次の役割が与えられ、再び人間たちにまめまめしく奉仕し始めた。
17無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:25:36No.12612176+
半数に減った無尽兵団は、それでもなお霊長園の為に甲斐甲斐しく働き続けた。毎日のように熱心なパトロールを続け、一分の隙もなく防備を固め……けれども少しずつ、兵士たちの中には、そういった毎日の任務に疑問を持つ者が出始めた。理由は単純なものだった。主である袿姫が、もう自分たちを頼りとしていないことが目に見えて分かってきたからだ。毎日のように増設される、機械化された防御機構。それは無尽兵団より更に一段階洗練された、強力無比なシステムである。これが各所に配備されれば、もう誰も霊長園に踏み入ることは出来ないだろう。しかしそれは同時に、無尽兵団が存在意義を失うことをも意味する。故に無尽兵団の中には、いずれ自分たちがきれいさっぱり解体されてしまうだろうと予測し、先んじて仕事を辞するものもいた。
18無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:25:56No.12612182+
そしてそのことに磨弓は心を痛めていた。もう団員は随分と減ってしまい、かつての三分の一ほどしかいないのだ。無尽兵団はすっかり、かつての威容を失ってしまった。けれども、そんな状況になっても磨弓は袿姫への忠誠を尽くすべく、日々の責務を真面目にこなし続けていた。
 そんなある日、一人の埴輪兵士が突然磨弓のもとにやってきた。彼の様子は少し異常だった。息を切らし、汗をダラダラと長し、顔面は蒼白。敵襲でもあったのかと尋ねると、彼は違うという。それよりも、人払いをしてくれるよう彼は磨弓に頼み込んできた。
 「お願いです。誰かに聞かれるとマズい話なのです」
 磨弓はいぶかしみながらもその頼みを受け入れ、彼を自身の私室に案内した。
 「それで、話とは?」
19無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:26:57No.12612189+
早速磨弓が尋ねると、兵士は相変わらず蒼白のままの表情で語り始めた。
 「袿姫様のことなのです。あの人は今『神域』で恐ろしいものを制作している。それを私は偶然目撃してしまったのです」
 「えっ……?」
 磨弓は一瞬頭の上に疑問符を浮かべたが、すぐに「そんなはずはない」と答えた。
 「袿姫様が作っているのは、防衛機構のはずよ。頼もしいならともかく、恐ろしいだなんて……」
 「違うんですよ。袿姫様は、本当に恐ろしい方だ。人間霊にも私たちにも内緒で、あんなものを作っていたなんて……」
 彼の口調からは焦りと恐怖が感じられる。それが段々磨弓にも伝染してきた。磨弓の心も少しずつかき乱されていき、不安がじわじわと水のように心に染みこんできて居ても立っても居られなくなった。
 「じゃあ、一体何なんですか?その恐ろしいものとは……」
 「大量破壊兵器です」
 「えっ?」
 磨弓の顔に、仄暗い困惑の表情がありありと浮かんだ。
 
 
20無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:40:56No.12612260+
 「信じがたいこととは思いますが、本当なんです。超巨大な、絶大な破壊力を持つ破滅爆弾。本格的に調べることは出来なかったのですが、おそらく本物です。しかもそれは、9割がた完成してしまっている……」
 「そ、そんなはずは……だって袿姫様は、霊長園の平和の為に日々心を砕いていたはず。それが、破壊兵器だなんて……」
 「いや、兵長、平和を維持する為には、武力だって必要です。我々がそうだったじゃないですか。私たちだって立派な武力であり、本質的にはあの兵器と何も変わらない」
 「それはその通りですが……でも、もう敵である動物霊たちは駆逐したのですよ。これ以上、強力な破壊力を持つ兵器なんて必要ないはずです。やはり、あなたの見間違いか、何かの間違えだと思います!」
21無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:41:19No.12612261+
「そうおっしゃるなら、『神域』へと向かってみてください。私が『神域』で、たまたまそれを見かけたのは三十分ほど前のことです。まだ兵器は『神域』に放置されているでしょう」
 「分かりました。なら、この眼で確かめて来ます!あなたの言っていることが本当かどうか!」
 磨弓はそう言い放つとすぐさま席を立ち、一目散に「神域」へと向かっていった。そうして一人残された彼は、表情が乏しいはずのその顔に、なんともいやらしい狡猾そうな笑みを浮かべた。
 「へ、へへ……上手くいったぜ」
 一筋の煙が立ち上ったかと思うと、もうそこに埴輪兵士はいなかった。そこには代わりに、狐の姿をした一匹の動物霊がいた。
 「アホみてえなリスクを犯して、忍び込んだ甲斐があったってもんよ。出来れば、内乱でも起きてくれれば助かるんだがなあ。まあ、それは流石に出来すぎか。さて、とっととずらかるとするか。欲しかった情報は、もう手に入ったからなあ……」
 彼は再び埴輪兵士に化けると、すぐさま部屋を出て行った。
22無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:41:43No.12612263+
その頃磨弓は「神域」へと到達していた。門は閉ざされたままだったが、彼女の権限を使えば開くことが出来る。磨弓は一瞬気後れを覚えながらも、システムに命令を下し門を開かさせた。
 そうして彼女が見たのは、ゾッとするような光景だった。
 おぞましい妖気を放つ、巨大な黒い肉塊が、「神域」の中心に置かれている。ドス黒い肉塊の表皮には無数の赤黒い血管が浮かんでおり、またところどころイボのようのものが見られた。しかし間近に近寄ってみると、それがイボではないことが分かる。それは幼子の首だった。貼りついたような不気味な微笑を浮かべた胎児の首が、巨大な肉の塊の表面にくっついているのである。あまりに禍々しいその光景に、真弓は悪寒を覚えた。
 茫然自失になっていたからだろう。磨弓は背後に音もなく、「彼女」が降り立ったことに気づかなかった。
 「何をしているの、磨弓?」
23無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:41:58No.12612264+
心臓が凍るような戦慄を覚え振り向くと、そこには美しい顔に微笑をたたえた袿姫がいた。しかし口元は笑っていても、その双眸はちっとも笑っていない。氷のように冷たい光が爛々と迸っている。
 「け、袿姫様……」
 「私の許可なくここに入ることは、非常事態に限る。そう口を酸っぱくして教えてあげたのに……あなたはいったいここで何をしているのかしら」
 「……」
 磨弓は一瞬答えに詰まったが、袿姫相手に隠しごとなど不可能であることを、磨弓はよく知っている。すぐに観念して、正直に全てを話すことを決めた。
 「じ、実は……袿姫様がここで、破壊兵器を作っているとある兵士から聞いたのです。その真偽を確かめるため、私はここにやってきました……」
 「あら、見られちゃったの。……本当だ。何者かが秘密裏にロックを解除してるわ。まあ誰の仕業か、だいたい見当はつくけど」
24無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:42:21No.12612268+
「そ、それより袿姫様……」
 「どうしたの磨弓?そんな、おっかない目をして」
 「今、私の目の前にある肉塊が、破壊兵器というのは本当ですか?」
 そう尋ねられ、袿姫は一瞬沈黙した。かと思うと突然口角を吊り上げ、妖しい笑みを浮かべた。その表情を目にした磨弓は、細かい震えが全身を伝っていくのを感じた。
 「ええ、そうよ。これは私が極秘で作っていた大量破壊兵器。たった一発で何千、何万もの動物霊を殺せる品物よ。あらゆる呪詛の力を集積し、霊的な存在に致命打を与えることの出来る、素晴らしい兵器だわ」
 「なっ!?」
 磨弓の顔がみるみるうちに青ざめていく。
 「い、いったいどうしてそんなものを作るのです!?私たち無尽兵団と袿姫様の防御機構で、十分防衛には足りていたはず」
25無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:42:50No.12612272+
 「磨弓、残念ながらね、全然十分じゃないのよ。ねえ、磨弓。今地上が平和を得るために、どういった方策を使っているか知ってる?世界を滅ぼしかねない兵器を皆で保有することで、戦争が出来ないような状況を作り出してるの。私も、それに倣ったのよ。どれだけ世界が発展しようと、結局のところ暴力の有益性は変わることがないの。だから私も、最強の暴力を手にしたいと思った。その結果がこの破壊兵器なのよ」
 「しかし……それはあまりにもリスクが……」
 「分かってるわよ。でもそのリスクが高ければ高いほど、平和の質も高まっていく。ねえ、磨弓。分かってちょうだい。これは必要悪であり、『平和と繁栄』の為の兵器なの」
 「……」
26無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:43:23No.12612274+
 磨弓の心に、凄まじい葛藤が生じる。うすうす、危ないとは気づいている。この兵器が利益ばかりをもたらすのではないと、分かってはいるのだ。しかし彼女は袿姫の創造物である。袿姫に逆らうことなど、決して出来ないのだ。
 「分かりました、袿姫様」
 磨弓は美しい微笑を浮かべ、袿姫の言葉に答えた。
 「ああ、ありがとう磨弓ちゃん」
 袿姫は双眸に、透き通るような銀色の雫を溢れんばかりにためながら、磨弓のもとへと駆け寄りその小さな体を抱きしめた。磨弓もそれを、暖かな微笑を浮かべて受け入れようとした。
 すると、磨弓の体が音もなく崩れていった。
 (えっ……?)
 何が起きたのか分からなかった。しかし理解する間もなく、磨弓の体はどんどん崩れていき、最後には一山の砂と化してしまった。
27無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:43:46No.12612277+
 「ごめんねえ、磨弓ちゃん。まだ言ってなかったわねえ。実は破壊兵器を完成させる為の最後のパーツは、『あなた自身』の肉体なのよ。だから、安心してちょうだい。あなたは私の、第二の最高傑作の為の礎となれるのよ」
 袿姫はしゃがみながら、目の前に積もった砂山を手で掬いながらそう語りかけた。その声色は、麗しい慈愛に満ち満ちていた。
 
 霊長園の平和は今も保たれている。埴安神袿姫という新時代の神に、人間たちは従属、依存することで、便利で快適な生活を送り、平和と繁栄を享受している。一昨日も昨日も今日も、霊長園は平和だった。明日、明後日、明々後日も、おそらく、この平和は続いていくのだろう……。
28無題Nameとしあき 20/01/25(土)20:44:03No.12612279そうだねx3
これで終わりです
29無題Nameとしあき 20/01/25(土)21:34:45No.12612504そうだねx2
面白かった
30無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:28:33No.12613441+
 第5回幻想郷コミックマーケットが今年の夏に開催されることになった。
 サークル参加をする人間たちは仕事の合間や就寝前のわずかな時間を使って頒布する作品を作っていた。
 そして、鈴奈庵でも二人の少女が互いの創作への情熱をぶつけていた。
「だーかーらー、夏は『里の甘味処番付』にするって言ってるでしょ!」
「いや、夏は『幻想郷避暑地探訪」だってこの前決めたじゃん! 私は商売人だからわかるの。こっちの方がたくさんの人が見てくれるわ!」
 小鈴と阿求は2人で一緒にサークル参加の申し込みをしていた。最初は、『読んでほしい本ランキング」にしようとしていたが、里どころか幻想郷に一冊しかない本ばかりになってしまったので、題材をコロコロ変えていた。
「商売人って小鈴は店番が主でしょ!」
「でも、こっちの方が絶対売れる! 夏だもの。それに阿求が番付出すのは良くないわ。稗田家のお嬢様お墨付きの店になっちゃうじゃん」
「うっ……」
「決まりね」
「で、でも避暑地なんてそんなにないわ。それに山仕事や畑仕事に行く人なら、どういう場所が涼しいか知ってる。そして、商人や職人は室内でも涼を取れる方法を知ってる。需要はないわ!」
31無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:29:33No.12613443+
「うぅっ……。じゃあ、どうするの?」
「どうもこうもないわ。あんたとこんなに意見が合わないとは思わなかった。」
 阿求は細い眉を曲げて小鈴を睨んだ。
「私だってそうよ! 阿求がこんなに頭がかたい奴だとは思わなかった!」
 小鈴は拳で自分の頭をコンコンと叩く。
「はぁー? 頭がかたいですって? 小鈴は脳みそがちっちゃくて軽いから、その分柔らかいのよ。私は、大きくて密度があるからかたいのよ」
「いつもいつも人の脳みそが小さいって言いやがって……阿求なんか嫌いよ。絶交よ!」
「私だって絶交だわ!」
 阿求は小鈴をギロッと睨み、踵を返して鈴奈庵を出た。
「こうなったら、阿求のえっちな漫画を描いて頒布してやるわ! すぐ隣で、自分のエロ漫画がたくさんの人の手に渡っていく光景に恐怖するがいい!」
 思い立ったが吉日、と小鈴は外から入ってきた絵の教本を棚から探し出し、阿求のエロ漫画を描きはじめた。
32無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:30:16No.12613448+
 一方、稗田屋敷では、阿求は自室で不敵な笑みを浮かべていた。
「こうなったら、小鈴のえっちな漫画を描いて頒布してやるわ! すぐ隣で、自分のエロ漫画がたくさんの人の手に渡っていく光景に恐怖するがいい!」
 書記の仕事を脇にどけ、墨をインクに、筆を万年筆に変えて女中達を集めた。
「外から入ってきた絵の描き方の本があったわよね? 蔵から探し出して持ってきて!」
 突然招集された女中達は小声で疑問の声をあげ、一人の若い女中が手を挙げて質問した。
「何を描かれるんです? 簡単な挿絵でしたら、私が描きますよ。その方が、阿求様も編纂に専念することが出来ますし」
「それは、その……。あ、あれよ。幻想郷コミックマーケットに出す本よ」
「ああ、小鈴さんといっしょに参加する予定でしたね。阿求様が執筆担当なんですか?」
 古参の女中の言葉に、阿求はビクッと身体を震わせる。
「そう。そうなのよ」
「そうでしたか。編纂のお仕事もございますから、あまりご無理はなさらないように」
「うん。気をつけるわ」
33無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:31:36No.12613452+
 かくして、阿求と小鈴のエロ漫画大戦がはじまった。
 阿求は女中達に頼んで、色々なポーズをしてもらい作画を進めた。慣れた手つきでスラスラと原稿用紙にインクを乗せていく。
「阿求様、これは何を描かれているんです? この体勢、恥ずかしいんですけど……」
「あなた達も参加するんでしょ? 『稗田家の献立』で。当日に新刊交換するまで内緒よ」
「献立……? あっはい、そうでした。では、当日まで楽しみにしておきます」
 小鈴はマミゾウに頼み、阿求や竿役に変身してもらって作画を進めた。木の棒を削って作ったお手製のペンに、膠と油をほんの少し混ぜた墨をつけて、慣れない手つきで線を引く。
「小鈴、これは一体何を描いているんじゃ?」
「内緒です。完成したらマミゾウさんにもあげますので、その時までは内緒で」
「いかがわしい絵に見えるが、小鈴も年頃じゃからのう、詳しく聞く野暮なことはせん。もらえるというなら、その時まで楽しみにしとくよ」
34無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:32:02No.12613453+
 紙に怨念めいた怒りをぶつける日が続いた。二人は互いの事だけを考えつづけ、暑くなる気温も相まって頭が沸騰しはじめた。
「違う! 小鈴はこんな男の誘い方はしないわ。もっと小鈴だけが持つあの色香で誘うのよ!」
「違う! 阿求はこんな喘ぎ声はあげないわ。もっと可愛げのあって、くすぐったくなるような甘い声をあげるのよ!」
 作画が行き詰まるたびに二人は呻き、女中達やマミゾウは描いている物の正体に気づきはじめたが、気づかないふりをした。
「あーもう! 小鈴がこんな可愛い顔をするなんて気付かなかった。いつも一緒にいたというのにぃぃい!」
「なによ、この表情! この男が阿求を襲うのも当然だわ! 私にこんな顔したことないじゃないのよぉおお!」
「違う違う! 小鈴の目はもっとクリッとしてまつ毛も長いのよぉ!」
「ちがーう! 阿求の髪はサラサラでいい匂いもするんだからぁ!」
 怒りの棘は抜け落ちて、互いへ強い感情だけが残った。
 胸から腕へ、腕から手へ、手からペン先へ。その感情は墨やインクにとけて線になって紙に溶けていく。幻想郷コミックマーケット開催1週間前、二人の前には、感情の塊というべき紙の束が出来ていた。
35無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:32:30No.12613454+
 そして、幻想郷コミックマーケット当日。
 サークルスペースで阿求と小鈴は久しぶりに会った。
「久しぶりね、小鈴」
「うん」
(うぐぐぐぐ、小鈴の顔が可愛すぎてまともに見れないわ……)
(あ、あ、あ、あれ? 阿求ってこんなに可愛かったっけ?)
 互いに言葉を発することもなく、席につき頒布の準備をはじめる。だが、その動きはぎこちなく、声をかけられるまでスペースに挨拶にきた慧音に気づけなかった。
「おはよう。お前たちも参加するんだったな」
「あ、慧音」
「慧音先生、おはようございます」
「新刊の『あいうえお表』だ。絵が付いているから覚えやすいぞ。無料で頒布するんだ」
「ありがとうございます。私たちの新刊は……今回忙しくて何も作れなかったんです」
「……そう、そうなのよ。慧音は流石ね。作品まで模範的だわ」
「何も作れなかったのか。まぁ、そういうこともあるさ」
 慧音はそう言って次の挨拶に向かった。
36無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:33:03No.12613455+
「小鈴、あの後何も作らなかったの?」
「阿求こそ」
「私は描いてきたわ。小鈴の家の印刷は使わずにツテを使って印刷したの。ほら、この鞄に入ってるのがそうよ」
 阿求は大きく膨らんだ鞄を叩く。
「私だって描いてきたわ。この鞄に入っているのがそうよ」
 小鈴は足元の鞄をつま先で小突く。
「それよりも小鈴」
「何?」
「この前はごめんなさい。ひどい事を言って」
「……私だってひどい事を言ってしまったから、おあいこよ」
「実はね……私、小鈴のエロ漫画を描いてきたのよ。馬鹿にされた仕返しをしようって。でも、漫画を描いているうちに、そんな気も失せたわ」
「私だって、阿求のエロ漫画を描いて持ってきたわ。でも、あんたの顔をみたら、怒りもどっか行った」
「じゃあ、これで仲直り?」
「そう、仲直り。でも、このエロ漫画はどうしよう?」
37無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:34:10No.12613460+
「せっかくだから交換しましょう。自分のエロ漫画とはいえ、小鈴の描いた漫画を見てみたいし」
「そうね。せっかく作ったんだしね。でも、読むのは家に帰ってからよ」
「わかってるわ」
 交換して鞄にしまい込む。さて、どうするかと二人が思案していると、稗田家の女中達が挨拶に現れた。
「阿求様と小鈴さんはここだったんですね。これ、私たちの新刊です」
 先頭にいた女中が阿求と小鈴に一冊ずつ渡した。
「自分ちの献立なんて……は?」
「ありがとうございますー……ん?」
 二人は自分の目を疑った。表紙に描かれているのは、上手い具合にデフォルメされた自分達。表紙には大きく『あきゅすず合同』とあった。
「何よ、これ」
「見てのとおりですよ。『あきゅすず合同』です」
「その『あきゅすず』は何なんだと言ってるのよ」
「阿求様と小鈴さんがイチャイチャすることです。阿求様が攻めの時には『あきゅすず』で小鈴さんが攻めの時には『すずあきゅ』となり、女中の中での協議の結果、今回は『あきゅすず』となりました」
「そ、そう……。でもね、私たちから返せるものはないのよ。ごめんね」
「あれ? 阿求様は小鈴さんのエロ漫画を描いてましたよね」
38無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:36:17No.12613461+
「なんで知ってるのよ!」
「なんでって……阿求様が小鈴さんの事をつぶやきながら絵を描いていましたし、違うんですか?」
「違くないけど……。まぁ、いいわ。何人で来てるの?」
「ああ、一冊いただければ十分です。回し読みしますので」
「あ、私も阿求のエロ漫画描いたんですけど、一冊どうぞ」
「え! 小鈴さんもなんですか。ありがとうございます」
 そうして女中達は笑顔で口々にお礼を言って去っていった。
「はぁ……まさかこんなことになるとは」
「まぁ、いいじゃん」
39無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:37:00No.12613463+
「まさか、二人してエロ漫画描いてるなんて」
「そうね、馬鹿みたい」
「私、漫画描いてて気づいたのよ。小鈴みたい可愛い子がいつも近くにいたんだって」
「気づくのが遅すぎだよ。私はいつだって可愛いわ」
「自分のブロマイド作るくらいだしね」
「……それは忘れてって、いつも言ってるじゃん」
 やがて、幻想郷コミックマーケットが開場した。阿求と小鈴は、世に出せる作品がないのでスペースに来た知り合いと談笑して時間を過ごした。


 後日、マミゾウの家に郵便物が届いた。中身は、阿求が描いたエロ漫画と小鈴が描いたエロ漫画。
「おお、これは小鈴が描いてた漫画じゃな。稗田のお嬢ちゃんも描いてたんじゃな……ん?」
 パラパラと頁をめくっていると、足元に一枚の紙が落ちた。
手に取ってみると、それは第6回幻想郷コミックマーケットの参加申込書だった。
「小鈴も楽しそうじゃったし、参加してみるのも悪くないかもしれんの」
40無題Nameとしあき 20/01/26(日)01:37:21No.12613464そうだねx2
終わり
41無題Nameとしあき 20/01/26(日)02:10:35No.12613515+
微笑ましさと狂気が同居してやがる
[リロード]14:31頃消えます
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