1999年~2017年までの過去18年間で、世界のオーガニック(有機)食品の売上が約6倍伸びている(統計サイトStatista調べ)。その背景には、健康・環境への影響が考慮されていることがあげられる。ところが、世界的な文脈で見ると、日本は「オーガニック後進国」のようだ。日本で、今後オーガニック市場が拡大する可能性があるのか。日本と、筆者が暮らすフランスの2国の市場の様子を取材した。
FiBL(有機農業研究機関)とIFOAM(国際有機農業運動連盟)の調査によると、2017年度の世界全体のオーガニック食品市場は約10.7兆円(約880億ユーロ、前年比4.7%増)に達したという。内訳は、1位がアメリカで約4.88兆円(約400億ユーロ)、2位がドイツの約1.22兆円(約100億ユーロ)、3位がフランスの約9664億円(約79億ユーロ)、4位が中国の約9326億円(約76億ユーロ)だ。一方で、日本は13位、約1719億円(約14億ユーロ)と振るわない。
「日本のオーガニック市場の状況は、他の先進国に比べ、約10年タイムラグがあると言えます。オーガニック商品に興味を持つ消費者は増えている一方で、残念ながら、情報と商品を入手する機会が少ないのが現状です」
フランス発オーガニック専門スーパーマーケット大手、「Bio c’ Bon(ビオセボン)」のアジア地域ディレクターであるパスカル・ジェルベール=ガイヤール氏はこう分析する。
「ビオセボン」社は、フランスを中心に欧州で140店舗以上展開している。日本には、2016年、イオンと共同出資で「ビオセボン・ジャポン」を設立。同年12月、東京・麻布十番に第1号店を展開して以来、約3年で関東圏に14店舗展開し、2022年までに50店舗まで拡大させることを目標にしている。
さらに、ジェルベール=ガイヤール氏は、日本には”国産神話”があると指摘する。
「消費者は、国内の大企業が販売する国産商品は”安全“と、疑わない傾向があります。全般的に日本の食品の質が高いのは、事実です。しかし、保存料、農薬、添加物などの観点から考えると、必ずしも国産の商品すべてが安全だとは言い切れません」
そもそも、なぜ世界中でオーガニック食品の需要が高まっているのか。その理由は、大きく分けて二つあげられる。
一つ目が「健康」だ。2018年に医学誌「JAMAインターナショナル・メディスン」に発表された論文では、フランスの研究で、「オーガニック食品をよく食べる人は、そうでない人に比べ、がん罹患率が25%低下する」と示された。
また、近年世界的スキャンダルとなった農薬も影響している。日本でも販売されている除草剤「ラウンドアップ」だ。2018年には、米国カリフィルニアで末期がん患者の男性が、この除草剤の使用が原因で悪性リンパ腫が発生したとする訴えを起こしたところ、勝訴になり、農薬大手モンサントに損害賠償金約320億円の支払いが命じられた。その後も2019年7月~11月までの間に、米国で4万件以上もラウンドアップをめぐる訴訟が起こされたという。
また、2015年に世界保健機関の専門機関(IARC 国際がん研究機関)は、農薬ラウンドアップに含まれる有効成分「グリホサート」を、「おそらく発がん性がある」と指摘。以降、世界の国々はグリホサートの使用の削減・禁止へと動いている。
一方で、日本では世界の潮流に反する動きをしているようだ。厚生労働省は2017年12月、一部の農産物のグリホサート残留基準値を引き上げた。これにより、小麦は6倍、トウモロコシが5倍、そばは150倍に、この発がん性が疑われる成分の残留基準値が緩和された。また、実際に、2018年~2019年に国内で販売された小麦製品(輸入小麦使用)の約7割に、グリホサートが検出されたという衝撃的な結果が、農民連食品分析センターの検査で判明した。
二つ目が、「環境」だ。「ル・モンド・ディプロマティーク」誌によると、フランスで観察された87%の川が農薬で汚染されているという。また、農薬による大気汚染なども懸念されている。さらに、「生態系への影響」も懸念されているという。日本を含む世界各地で、ミツバチの大量死と、殺虫剤として使われるネオニコチノイド系農薬(米、お茶、野菜、果物などの栽培に使用)の関係性が指摘されている。また、2016年に日本の国立環境研究所が、殺虫剤「フィプロニル」による、一部のトンボの発生への悪影響が出たとの研究結果を発表した。
ジェルベール=ガイヤール氏は、こう語る。
「欧州では、蜂が減少し、がん患者が増え、環境破壊が進むことに、人々は反対しています。誰かに任せる問題ではなく、“私たち自身の問題“という認識を持っている人が多いです」
農林水産省によると、日本の有機農家数は約1万2000戸、全農家数の0.5%を占めているという(フランスの有機農家数は2018年度、4万1623戸)。日本で有機農家が少ない理由として、国際連合食糧農業機関の資料では、「日本では、耕作可能な土地の不足と高温多湿な気候により(筆者注:病害虫が発生しやすい)オーガニック作物を作るのが難しい」と指摘されている。
しかし、それ以外にも、ジェルベール=ガイヤール氏は、日本のオーガニック市場には「壁」がいくつかあるという。
まず、消費者の意識だ。日本では、環境を考慮してオーガニック商品を購入する消費者は多くはないという。ジェルベール=ガイヤール氏は、こう語る。
「傷のない完璧な見た目の野菜・果物が好まれる傾向があります。さらに、ビオセボンの日本のストアでも、一部の野菜や果物は、プラスチック包装をして販売をしないといけない。これを欧州のストアで実践すると、脱プラスチックの意識が高い消費者たちからクレームを受けるでしょう」
また、日本の農業生産者の平均年齢は67歳(農林水産省調べ)。農家の高齢化は、店舗拡大を図る「ビオセボン」のような販売店にとっても懸念する点だという。
「日本における私たちの店舗の商品は、国産品が半分を占めています。店舗を拡大し、規模がさらに大きくなったとき、もっとサプライヤー・生産者が必要となる。この状況は厳しく、例えば、日本で有機リンゴ農家は非常に希少であり、ビオセボンに提供をしてくれている農家さんは、たったの2軒です。今後、もし今の農家さんが引退などし、益々農家の高齢化が進んだ場合、野菜・果物によっては仕入れ先が見つからなくなる恐れがあります」
では、一体どうすれば日本のオーガニック市場が広がっていくのだろうか。
まず、消費者の認識を変えることが大切だという。ジェルベール=ガイヤール氏は、こう述べる。
「日本市場に入るカギは、“味”だと気がつきました。オーガニックの野菜は、栄養価が高く、味も美味しい。お客様は、実際に試して美味しかったら購買につながる確率が高い。だから、店内では試食販売をよく実践しています」
また、オーガニック製品は価格が高いという認識が一般的に広がっているが、「必ずしもそうではない」と、ジェルベール=ガイヤール氏は言う。
「季節によりますが、例えば当店で取り扱うブロッコリーは一房、90~100円。プチトマト1パックは298円~398円です。一般のスーパーマーケットの野菜・果物の相場と、大きく変わりません。一方で、例えば北海道から取り寄せた牛乳などは、輸送費の関係で値段が高くなりがちです」
さらに、同氏は、民間企業が動くことが重要だと指摘する。
「例えば、イオンは自社の全国600店舗以上で、“オーガニック野菜専用売り場”の導入を実践するなど、日本のオーガニック市場の発展に貢献する活動をしています。また、自社農場で有機農業にも取り組んでいます。政府が積極的でない場合、このように、民間企業が動くことも、日本のオーガニック市場拡大にとって、大切な要素だと思います」
これらに加え、ジェルベール=ガイヤール氏は、東京オリンピック・パラリンピックがオーガニック市場の成長促進につながる可能性があると言う。
「国際オリンピック委員会が設定する食の安全に関する基準に直面し、そして世界各国からのアスリートや旅行客のオーガニック食品の需要を受け、海外からのプレッシャーが日本政府にかかる可能性がある。そのとき、日本政府は『何か対策を講じないと』と気づき、少しずつ変化が起こる可能性があります」
「消費者の需要や社会全体の意識が一定のレベルに達すると、大手コンビニなどが動き、全体的に市場が成長する方向に動くでしょう。でも、それまでには時間を要する。フランスでもオーガニック商品が市場で主流になるまで、10年はかかりました」(筆者注:ジェトロの資料によると、フランスでは2007年~2017年までの10年間で、有機食品売上額が4倍増加している)
一方で、フランスではオーガニック農業支援に官民で取り組んでいる。2018年には、学校給食など公共食堂で使用する食材のうち最低でも2割を、オーガニックにする法律が成立した。さらに、パリ市では、2020年までにオーガニック食材を5割にする目標を掲げた。
なかでも、学校給食でのオーガニック食材使用率が96%に達したのが、パリ2区だ。この地区では、毎日11校で、1歳から18歳までの生徒に1650食を提供している。旧パリ証券取引所から近い区役所で、ジャック・ブトール区長に話を伺った。
――パリ2区では、どのように学校給食に取り組まれていますか。
2区では、子どもが幼い頃から、自分自身の健康と、環境を気遣うことができるようにプログラムを組んでいます。
一つ目が、汚染されていない食材を提供すること。具体的には、96%、オーガニック認定を受けた食材を使用しています。また、遺伝子組み換え食品、パーム油などを使わないことを保証しています。
二つ目が、ベジタリアンの選択肢を与えること。2009年から、毎週ベジタリアンメニューを提供し、現在は週2回給食のメニューに取り入れています。さらに、2017年からは、希望する生徒は、毎日ベジタリアンメニューを選ぶことができるようになりました。子どもたちに、ベジタリアンの食事を実際に食べてもらうことで、その味や、ベジタリアンメニューを選ぶ理由を理解してもらうためです。
三つ目が、廃棄の方法。2015年から、学校給食の食料廃棄は、バイオガス化処理をしています。これは、生ゴミからエネルギーを作る仕組みです。
――同じパリでも、他の区はオーガニック食材使用率50%未満のところもあります。なぜ、2区はオーガニック食材使用率96%を達成できたのですか。
それは2001年に、私たちがパリで一番初めにオーガニック食材を学校給食に取り入れたからです。当時、給食でオーガニック製品の使用は0%でした。
一番初めにオーガニックに転換した材料は、牛肉。その頃、狂牛病への不安が高まっていたからです。その後、パン、野菜、卵、そしてほぼすべての食材をオーガニックへと変えていきました。
でも、トライ&エラーの繰り返しでした。コストにおいても、オーガニック食材に切り替えると上がりますが、他の費用を節約することで給食代を上げないように工夫しました。例えば、給食のメニューを今まで生徒全員に印刷していたのを辞め、オンラインに載せることで、印刷代を大きく節約し、新たなオーガニック食品を取り入れることができました。
――どのように「食育」を進めていますか。
保護者の方々とは定期的に会合をし、一緒に食育に取り組んでいます。オーガニック製品を取り入れ始めたときは、保護者に私たちの取り組みと、その理由を理解してもらうため、オーガニック食品を取り入れることの重要性を説明するなど、啓発活動を盛んに行いました。そうすることが、家でも、保護者が子どもと買い物をするときにオーガニック製品を選び、家族全員が安全な食事をすることにつながるからです。
また、例えば、パン屋さんなど製造者に教室に来てもらい、実際に子どもたちに製品を説明する取り組みも行っています。子どもたちが味見をして、自分で感じた疑問を直接製造者に質問をし、幼いうちから「なぜオーガニックを食べることが必要なのか」、身をもって理解することが大切なのです。そして、自分で選択させるのです。
――次は、どのような取り組みをされる予定ですか。
現在は、学校給食におけるプラスチック使用「ゼロ」を目指しています。ほぼ達成していますが、最後まで達成するのに残りわずかです。
フランスでオーガニック食品が拡大した背景は、国策だという理由もあるが、一般的に「自分で安全な食品の情報を調べ、自らの判断で選ぶ」という消費者の意識の高さが関係していると感じた。日本でも、「いのち」に関わる食べ物を、消費者自身が一度見直すことが、まず大切なのかもしれない。