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2011年11月9日16時、完全武装で脱走した解放軍兵士4人が、中央の特殊武装警察に追跡され、短時間の内に3人が射殺され1人が負傷し逮捕された。この事件はインターネットで一気に報道されたが、直後に全てが削除されて消えてしまった。
射殺された3人の兵士は、全員未成年だったという。負傷し逮捕された兵士は23歳で、17歳の時から入隊しているとのこと。
この事件に関して、中央は正確な情報を出さず、取材に対しても応答しない。
中共直轄の「鳳凰ネット」などのメディアは、海外での当該事件の報道を規制するのに必死である。中央も、事件報道がネットに流れて2時間後には一斉消去の作業に入っている。
4人の兵士は沈陽軍区に所属しており、中央軍事委員会副主席の徐才厚が率いていた部隊の若者たちである。この4人は自動歩兵銃と実弾795発を持って脱走した。11月9日午前中に吉林省の公安が緊急通知を発し、黒龍江省や遼寧省の公安、そして沈陽軍区や北京中央とも連携して4人の脱走兵士を追跡し、吉林省には戒厳令が発令された。
16時頃になり、遼寧省撫順市清原満族自治県の国道202号付近で警察隊が4人を発見し、壮絶な銃撃戦を展開した。結果、3人の兵士が射殺され、1人の兵士が負傷し逮捕された。
沈陽軍区司令の張又侠は、胡錦濤と習近平から7月に昇格させてもらって上将になったばかりである。脱走兵士4人が所属していたのは、この沈陽軍区の第16集団第46師団装甲団であり、この部隊はここ10年の内で3回も全軍師団旅団級訓練考査の最優秀に輝いた精鋭である。
第16軍の高光輝軍長(48才)は、7年前まで46師団副長をしていたが、ロシアに派遣されて育成され、「全軍優秀指揮官」として表彰されていた。
沈陽軍区司令の張又侠は規律厳格で知られており、ベトナム戦争の時には単独で敵の陣地を攻撃した勇猛さも有名である。だが今回の事件で、来年の18大会での昇格は難しくなったと見られている。
脱走兵士4人の所属部隊の通称は「65331部隊」であり、戦車中隊や装甲歩兵中隊や砲兵中隊から構成される機甲化部隊である。
持ち出された銃は、95式自動歩兵銃である。中国北方工業が1995年から生産を始めたもので、アメリカのM-16やNATOの突撃銃より優秀だという触れ込みである。レーザー暗視照準装置がセットされ、プラスチックを多用した3kgの重量しかないものである。この銃は解放軍香港駐屯部隊の標準装備品で、1997年に初めて公開された。
中国のネットで公開された吉林省公安の緊急通知には「某部隊」と書かれているだけで、脱走兵士4人の所属は明らかにされていない。
「中国新聞社」が11月10日、吉林省某部隊に所属する兵士4人が銃を持ち脱走したが既に制圧され、容疑者は死亡または負傷したが、詳細については権威ある部門が今後発表する、という記事を配信していたが取り消した。
他の中共系メディアは、この事件を一切報道していない。
11月11日に香港「星島日報」はネット情報を引用し、この事件の原因として、「この部隊の中士班長である楊帆の実家が、政府に強制取り壊しされたことである」と報道している。中国では土地は全て国有財産であるが、ここ10年ほどは強制立ち退きや家屋の取り壊しなどで、政府と人民の対立が激化しており、人民の不満は各地で爆発している。昨年度の抗議デモは18万回を数えている。
楊帆班長の実家は吉林省紅昇郷砺圧村にあったが、政府による家屋取り壊しにより大きな遺恨となっていた。楊帆班長は、部隊の銃を持ち帰って仇討しようと思っていたと供述している。
中国の東北地方の人心は昔から義理に厚く、友人のためなら命がけで活動する習慣がある。そのために、楊帆班長の部下3人は義侠心から武装脱走に協力したのである。
この楊帆(23才)は脱走兵士4人の中で最年長であり、軍歴6年、他の3人は18才と19才の未成年ばかりである。
楊帆の故郷は遼寧省撫順市新兵県紅昇郷、特殊武装警察との銃撃戦があった場所とは100㎞と離れていない。
「自由アジアテレビ」の11月11日の報道では、軍隊生活や退役軍人の実態を良く知る人の話として「軍隊の仲間は義理人情に厚い。特に農村出身の兵士たちは、友人のためなら命を投げ出すことを惜しまない。この4人は部隊から銃と実弾を盗み出し、そのままタクシーに乗って撫順の方向に走り去った。つまり、彼らが銃を使用する対象は、軍内にはいなかったということだ」としている。
吉林省公安部門は脱走兵4人の詳細を公表した。それによれば、楊帆以外の3人は、遼寧省沈陽市康平県出身の報話兵・林鵬、湖南省出身の照準手・張新巌(19才)、黒龍江省慶安県出身の照準手・李金(18才)である。これによってメディア記者は実家へ取材に殺到したので、現地警察は実家周辺を封鎖した。
ネット上には、4人の脱走兵が逃げた原因・事件の原因と経緯・当局は逮捕より銃殺を選んだ理由などを疑問だとする書き込みが殺到した。また別のネットでは、銃が部隊から持ち出された事の重大性や、軍隊内には冤罪が多いのではないかという書き込みも出された。
また、別のネットでは、こんな軍隊が国を守っているのかと呆れた声が書き込まれた。
中国人民解放軍では毎年、年末になれば軍人の退役シーズンになる。
部隊の武器に関しては、管理保管は一層厳しくなるので、これほどの銃と実弾を持ち出せたというのは不思議である。数十年来続いている軍人の人権侵犯によって、最近になって爆発した退役軍人のデモの中には、1964年から41回も続けられている核実験によって被爆した数万人の軍人の姿もある。核実験による被爆軍人に対する賠償問題は、全く解決していない。
脱走兵4人の銃殺は中央軍事委員会からの命令によるものだと見られている。
兵士が銃殺されるのは、戦場での「敵前逃亡罪」での銃殺があるが、これには法的な手続きが必要になる。また、「犯人を犯した兵士が、警告を無視して凶器を放棄しない場合」にも銃殺される。しかし、今回の4人の銃殺は、これらの場合に当てはまらない。
そう考えれば、今回の銃殺は中央軍事委員会からの命令ではないかという推測に信憑性がある。
1989年の天安門広場で、学生たちを虐殺せよとの中央軍事委員会の命令に対して、北京軍区38軍の政治委員が「虐殺命令」を拒否した時、中央軍事委員会は彼を解職した。今に至るまで、彼は名誉回復されていない。
1994年9月20日に発生した事件も記憶に新しい。「カナダテレビ」も翌日に報道し、「リンゴ日報」も大きく報道した。記事の表題は「中隊長は仇討のために北京城へ銃を持って乗り込んだ」というものだった。
北京軍区の中隊長だった田明健の妻は、農村で2番目の子供を妊娠していた。現地の「一人っ子政策」の責任者達は、その妻を強制的に病院に連行して堕胎させた。妻は堕胎手術によって生命の危機に陥った。彼は連絡を受け、激怒して銃と大量実弾を持って北京城に向かった。
彼を追跡した軍や警察と銃撃戦になり、24人が死亡し、多数が負傷した。死亡者の中には、イラン外交官と9歳の息子も含まれていた。流れ弾にやられたのである。
この田明健は河南省の生まれで、軍に入隊して河北省石家荘の陸軍学校に入れられ、射撃の研究を続けて「百発百中の神様」と呼ばれるようになった。
事件の発生当日、彼は軍の機械倉庫からAK-47半自動歩兵銃と実弾を盗み出し、部隊の朝礼に乗り込んで政治委員や幹部らを射殺した後、ジープを盗んで天安門広場へ向かった。だが北京建国門の立交橋付近で追跡した軍と警察に取り囲まれた。
彼は自動車を遮蔽物として利用しながら銃撃戦を展開し、長安街は血の海になった。彼は後退して雅宝路の空き地に潜んだが、この時点で200発の実弾を使っていた。背後の大使館街のビルに待機していた彼の部隊の狙撃手に、一発で射殺された。
田明健の仇討ちの銃撃戦は、民間人17人を死亡させ、軍と警察は7人が死亡した。翌日の「カナダTV」は、この映画のような白昼の首都で起こった銃撃戦の模様を流したのである。
ネットに書き込まれた今回の脱走兵士の事件に対する疑問は、前述したように誰もが感じる軍内の闇に関するものが多い。ただ今回だけに特徴的な事として、今までの軍隊と警察の武力対立においては、圧倒的に軍が強かったにもかかわらず、4人の野戦軍兵士が事も無く片づけられたことだ。
公安警察などは野戦兵士の強さを知っているので、現役兵士に対しては決して対決しようとはしない。今回、兵士の弱さだけが強調され、ネットで笑い者になっている。
彼ら4人が所属していた65331部隊は、陸軍第16軍第46師団装甲団であり、団部は吉林省の東北電力大学の隣にある。中央軍事委員会副主席・徐才厚は江沢民の腹心だったが、16軍から抜擢され昇格した。彼はその後、北京に16軍沈陽軍区の部下たちを引き上げて「東北軍」という勢力を構築した。
それは軍事委員会副主席・郭伯雄の「西北幇」という勢力と対峙するものとなった。
今回、この「東北軍」という幇に関係した事件なので、来年の18大会の人事配置に影響するのは必至である。
日本の領海侵犯した中国人を逮捕した中国政府は、殺さずに解放した。中国解放軍は、同じ人民、同じ軍人を即刻射殺している。これが解放軍の伝統的作法なのである。その中国が、日本に対して大虐殺だ侵略だと言っている。これは中国自身の姿を鏡に映して、自分自身に向けて言う非難であろう。いとも簡単に射殺粛清される解放軍に、これから「一人っ子」たちが入隊するはずがないだろう。軍の腐敗、兵士の人権侵犯は事件化しているが、それらは氷山の一角にすぎない。今回の事件の真相は、永遠に明らかにされないだろう。
「星島日報」によれば、65331部隊の歩兵部隊は800人しかいない。
中国の「一人っ子政策」によって強制堕胎させられた人数は、40年間で4億人を超えると言われている。それによって現在、解放軍に入隊する青年が不足しているのである。そこで、解放軍では「入れ墨」「肥満体」でも入隊OKになっている。こんなことは、日本の自衛隊では考えられないことだ。
中共中央軍事委員会は11月2日、今冬の新兵募集から「身体検査合格基準」の極端な緩和を発表した。毛沢東時代には考えられないことだが、実は昨年度にも「耳にピアスの穴は1つならOK」とされていたのだ。
中共軍の腐敗堕落は世界に知れ渡っており、国防部長・梁光烈の息子による収賄事件は致命的なイメージダウンになっている。すでに、こんな軍隊では祖国は守れないと言う声が大きくなっている。
中共の内情に詳しい事情通によれば、中国の金持ちの内の数十万人と資本家の15%はアメリカ、カナダ、オーストラリアなどへの移住手続きを済ませているという。また、約半数の資本家は、今後の移住を考えているそうである。
これは中国銀行の調査した「2011年中国私人財富白書」の分析でも明らかなことである。
現在の中国は、中共の人脈、人治社会である。国民の財産も、いつ掠奪されるのか予測できない。毛沢東時代にも、地主、資本家、知識人、海外と関係ある者、右派たちは財産を中共に掠奪された過去がる。
温家宝は11月10日、母校の天津南開中学で講演した時に「毛沢東の起こした政治運動期間中、私の家族は迫害され、私の子供時代には、戦争と困難の中で、貧困と混乱と飢餓に耐えながら過ごした。ただ科学で真理を追求し、民主と勤勉によってのみ中国は救われる」と話している。
温家宝の父親は学校教師だったが、1960年代の文化大革命の時に解職され、農村に下放され、養豚をさせられ「思想改造せよ」と言われた。だから今の中国人の金持ちや政治家は、
「中共の政策」が理解できる。だからこそ、自分の家族を海外に移住させているのである。
今年5~9月に全国主要18都市で、平均資産6000万元(7億5千万円)で平均年齢42歳という高所得層にアンケートを実施し、980件の有効回答を分析した結果、約15%は海外移住手続きを済ませたか、申請中だということが判明した。47%の者も海外移住を考慮していると回答した。
中共では「資本流出対策」が急がれており、もしかすると金持ちたちの財産調査を済ませてから中共が没収するかもしれない。
今回の4人の兵士が射殺されたのは、1989年の天安門事件で学生たちが虐殺されたのと同じ粛清なのか。4人を射殺した特殊武装警察の勝利なのか、腐敗堕落した軍隊の敗北なのか。
いずれにしても、中国人は解放軍に絶望し、世界は解放軍を嘲笑したのである。