明治時代には犬を「カメ」と呼ぶことがあった,というのは本当ですか。
本当です。例えば,明治3年~9年に刊行された仮名垣魯文『西洋道中膝栗毛
当時海岸通りじやア,おれが面を見りやア,異人館の洋犬
( までが尻尾( をさげる
「カメ」の起源には諸説ありますが,有力なのは石井研堂
邦人,洋犬を呼びてカメとなすは,洋人の,犬を呼ぶに来れ〳〵
( といへるを聞きて,犬のことゝなし転訛して終に其の名となしゝなりといふ。
(日本人が西洋の犬を「カメ」と呼ぶのは,西洋人が犬を呼ぶ ときに「come,come(来い,来い)」と言っているのを聞いて犬のことと思い,音がなまって,ついには西洋犬を指す名前になったという。)
西洋人が犬に向かって「カム,カム」と話しかけるのを聞いて,西洋の犬は「カメ」というのだと当時の日本人たちが勘違いしたという説です。つまり,聞き間違いから発生したことばとなります。また,洋犬(西洋の犬)を「カメヤ」と呼んだ例もあります。
なんだカメヤ。《西洋人犬を呼ぶに来々といふ詞なり。邦人謬伝へて犬の名と思ふなり。今其謬語を用ふ》何が欲
( い。カメヤ。何処へ行くのだ。(渡部温
( 訳『通俗伊蘇普物語( 』巻4 明治6年刊)
この「カメヤ」も「カメ」と同様にcome hereの誤解から生じたことばです。
洋犬を「カメ」と呼んでいた明治初期の言語生活の様子を見ると,大きく2種類に分けられます。一つは漢文に長
時は文明開化の真っ只中
ちなみに現代では犬の名前の代表格である「ポチ」という呼び名が誕生したのもこの頃です。もともと犬は「トラ」「クマ」「クロ」といった毛の色や大きさなど見た目からついた名前で呼ばれていました。つまり,毛の色が黒ければどの犬も「クロ」と呼ばれていたのです。当時は個人で犬を飼う習慣がなかったため,誰もがわかる共通の名前である方が都合がよかったのでしょう。しかし,明治6年に 「畜犬規則」が制定され,飼い主の名札がついていない犬は野犬として撲殺されてしまいました。この頃から人々は各家庭で犬を飼うようになったのですが,その犬に多かったのが和犬ではなく「カメ(洋犬)」でした。そして,西洋式に「カメ」らしい名前をということで,「ポチ」や「ジョン」などといった名前が個別につけられるようになったのです。