「官僚知って」SNSで発信 霞が関の匿名キャリア

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コラム(社会・くらし)
2020/1/25 2:00

官僚が匿名で仕事内容を紹介するおおくぼやまと氏のブログ

官僚が匿名で仕事内容を紹介するおおくぼやまと氏のブログ

東京・霞が関の中央省庁で働くキャリア官僚の「おおくぼやまと」さん(ハンドルネーム、31)は本業の傍ら、匿名でブログやSNS(交流サイト)で官僚の仕事ぶりを発信している。国のために働いてもなかなか理解されず、志望者も減る官僚。「SNSを通じて国の仕組みを知ってほしい」との思いからだ。

「割り振りでもめることを霞が関では通称『ワリモメ』と呼ぶ」。国会議員から来た質問への対応を各省庁に割り振るときのトラブルの解説だ。国会答弁の作り方、審議会の内情、文書改ざん。おおくぼさんのブログには官僚の働き方や仕事の中身に関する投稿が並び、中央省庁の「専門用語」を説明する。

ブログを始めたのは2017年。人事担当として就活生と話すと、国家公務員志望の学生ですら中央省庁のことをよく知らないことに気付いた。

よく考えれば霞が関勤務で一般の人と接する機会は少ない。「自分たちの仕事ってなじみがないんだ」。政治や行政についての報道を多くの人により深く理解してもらうためにも「国の仕組みを知ってもらうのがいいのでは」と思い至った。

今や数千人のフォロワーを抱える。当初は200~300人ほど。急増のきっかけは「森友学園」を巡る投稿だ。

国会で与党議員が「政権をおとしめる答弁をしている」と財務省幹部を追及した。同じ官僚の立場からブログで「それを言われると身を粉にして仕える意欲がそがれる」と書いた。すると「官僚が仕えるのは政治家ではなく国民だろ」と批判が集中し炎上。一方で率直な物言いが注目された。

ブロガーであることは同僚のほか、友人や家族も知らない。身元が特定されて困る内容を投稿しているわけではないが、職場で話題にあがっても正体は明かさない。

「本業」は忙しい。政治家への根回しのため議員の性格を知ろうと、本人のSNSまでこまめにチェックする。国会会期中や予算編成の時期は「朝から翌朝までの9時5時勤務」も。電車の中や帰宅後の合間を見てブログを更新する。

もっとも、ブログなどを通じた若手官僚とみられるフォロワーとのやり取りからは、霞が関への危機感も生まれた。

「想像より面白くない」「激務に堪えきれず辞める」。こうしたダイレクトメッセージが寄せられる。悩みを身近な同僚や上司に相談できない。学生時代からブログを見続けて官僚になったフォロワーもいるが、顔も知らないおおくぼさん相手に不満を打ち明ける。「ブログが駆け込み寺になるなんて危機的状況ではないか」と危惧する。

「おおくぼやまと」は、反幕府勢力を取り締まった新選組局長、近藤勇が処刑前に名乗ったとされる名だ。だが「政府を守ろうと書いているわけではない」。国の未来についての議論を深めてほしいとの思いだけだ。

「途方もない(数の)人々が絡まりあって政策はできていく。この一体感たるや、なかなか心地よいものがあるのだ」。霞が関で働き続ける理由を問われ、こうつづったおおくぼさん。地方の大学生から届いた「ブログに励まされて国家公務員総合職の内定を頂きました」との言葉にも勇気をもらい、これからも発信を続ける。

文 北本匠

写真 玉井良幸

■キャリア志望者、20年で半減
 中央省庁の幹部候補「キャリア官僚」は近年、人気に陰りが出ている。人事院によると、2019年度のキャリア官僚の試験の申込者数は1万7295人で、3年連続で減少した。この20年間で半分程度に落ち込んだ格好だ。
 官僚離れの一因とみられるのが働き方だ。中央省庁の労働組合でつくる「霞が関国家公務員労働組合共闘会議」の調査では、18年の残業時間は月平均で約37時間。過労死の危険ラインとされる80時間以上が9.8%、100時間以上も3.4%あった。残業要因では業務量の多さや国会対応が多数を占めた。
 人気低下を食い止めようと、内閣人事局は女子学生向けのインターンシップを実施、19年度は約440人を受け入れた。財務省も19年度、7年ぶりにキャリアの社会人採用を再開した。

連載「Answers」から

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