橘玲の日々刻々 2020年1月24日

団塊ジュニア世代の男性の貧困問題は
女性の貧困よりももっと悲惨になる橘玲『幸福の「資本」論』×中村淳彦『日本の貧困女子』 ---後編----

書籍『幸福の「資本」論』で幸福を具体的に定義づけた橘玲氏が幸福から一番遠く、避けなければならないと指摘している「貧困」。ジャーナリストとして貧困の現場を身をもって取材し、書籍『東京貧困女子。』『日本の貧困女子』などを著している中村淳彦氏。風俗嬢さえもデフレ化により、ワーキングプアとなった現代。それよりも悲惨なのが団塊ジュニア世代の男性の貧困だという。


【参考記事】
風俗嬢さえもワーキングプアとなった現代日本の「貧困」事情とは?

左:橘玲氏、右:中村淳彦氏

 

団塊ジュニア世代の貧困は救いようがない

中村淳彦(以下、中村) 団塊ジュニア世代の男性の貧困問題は、恐らく人の生き死にに関わる問題になってくるでしょう。

橘玲(以下、橘) それは「中年のひきこもり」問題に通じるところがありますね。就職氷河期で就職に失敗してフリーターになった人がかなりいました。フリーターでも20代ならやっていけるけれど、30代を超えると居場所がなくなってくる。周囲も「なんでこの年でアルバイトなんてやっているの?」みたいな目で見るようになってきて。そうするとだんだん仕事に行きづらくなって、最終的には生活が立ち行かなくなって実家に戻る。そういうケースが増えています。

中村 国の統計(内閣府統計、2018年2月実施)では40~64歳のひきこもりは約61万人、実際には500万人くらいいるんじゃないかという話になっています。

 いまは親の貯蓄や年金に頼って生きているけど、その親が死んだらどうなるのか、というのが「8050問題」です(編集部注:80代の親に頼って生きる50代の問題だから)。ひきこもりは3:1程度で圧倒的に男が多いそうなので、まさに団塊ジュニア世代の男性の貧困問題がこれから顕在化してきますね。

中村 ひきこもりだった50代が、親が死んで生活できなくなったからといって仕事をするようにはならないだろうし、できる仕事もありません。どうなるのでしょう?

 川崎通り魔事件や京アニ放火事件など、中年のひきこもり男性が起こす事件が頻発するようになりました。女性の怒りは鬱病や自傷行為など内側に向く傾向にあるのですが、男性の怒りは時に暴力として外側に向くことがあるので、社会に対するインパクトは(男性の怒りの方が)大きくなりますね。

中村 男は救いようがないなぁ…。

 地方から東京に出ていって、離婚や失業で生計が成り立たなくなって40-50代で田舎の実家に帰るというケースは、男女共に増えているらしいです。ところが田舎に帰ってひきこもりになるのは、圧倒的に男性の方が多い。どうしてかというと、女性の場合は「年老いた両親の面倒を見るために帰ってきた親孝行な娘」と前向きな見られ方をするけれど、男性の場合はどんな噂を立てられるかわからない。だから両親が周囲にわからないように、家の中に閉じ込めるからなのだそうです。まさに座敷牢で、ますます社会復帰ができなくなってしまう。秋田県藤里町の取り組みが有名ですが――

【参考記事】
●アンケートで分かったひきこもりは全国100万人。実態は500万人!? 


中村 そのレポートなら僕も読みました。丹念に調査してみたら、ひきこもりの人数が予想よりも一桁多かったというやつですよね?

 社会福祉協議会のリーダーの女性が指揮して一軒ずつ訪問して調べてみたら、人口3214人の村にひきもりが113人もいて、うち半数以上が40歳以上だった。最初はどの家庭も「ウチにはそんなの(ひきこもりの息子)はいねぇ」って隠そうとしたそうです。人口3000人余りの村ですら実数を把握するのにこれだけ大変だったわけですから、全国ではどれだけ深刻なのか想像もつきません。

中村 以前に東洋経済オンラインで、貧困のために売春せざるをえなくなった若い女性のルポルタージュが掲載されたときのことです。その記事はヤフーニュースにも転載されたのですが、コメント欄が大荒れに荒れて大変だったんです。事情を理解しようともせず「自己責任だ」とか「売春をして恥ずかしくないのか」とか、敵視・妨害・嫌がらせが半端なかった。どうしてそんなに酷い罵声を浴びせられるのか理解できなかったのですが、ヤフーニュースにコメントを書き込んでいるのは圧倒的に40代男性が多いそうなんです。

 ヤフーがそんなことを調べてるんですか?

中村 その記事にコメントを書いた人というわけではなく、ヤフーニュースにコメントを書き込む人の属性をヤフーが調べてわかったのです。継続調査でもなく一度きりでしたが、そういうことがわかりました。

 ヤフーニュースのコメントの付き方を見ていると、午前中に配信されたニュースにもすぐにかなりの数のコメントが書き込まれています。普通の仕事をしていたらそんなことはことはできないから、仕事がない人とか不定期雇用の人たちが多いのでしょう。そういう人たちが気に入らないニュースを見つけると手厳しいコメントを書いて、それに対して「いいね」の評価がつくことが自尊心を保つ方法になっているということはあるかもしれません。

【参考記事】
●ヤフコメの調査から見えてきた「嫌韓嫌中」など過度な投稿者たちの正体

中村 なるほど、そういうことか。しかし、僕が取材して書いてきた記事は、対象が気の毒な女性ばかりだったから、批判や中傷もあったけど同じくらい同情する声もあったんです。つまり世間が“聞く耳を持ってくれた”と思うんですけれど、団塊ジュニア世代の男が貧困に転落しても、それこそ自己責任ということで誰も同情してくれないんじゃないかな。

 いま世界のあちこちで起きている「マジョリティの分断」というのは、まさにそれなんです。たとえば米国では、黒人が貧しいと「それは奴隷制の歴史があるからだ」と同情され、ヒスパニックが貧しいと「裸一貫で国境を越えてきたのだから最初から豊かに暮らせるわけはないよ」と皆が思う。だから彼らを助けよう、支援しなきゃいけないという動きも出てくる。ところが白人男性が貧しいと「白人は米国のマジョリティでずっと社会的に優位な立場で生きてきたのに、それで貧困に陥っているのは完全に自己責任だ」と思われるから、世間の見る目が冷たい。

中村 白人のブルーワーカー(現場作業員や肉体労働者)には住宅ローンが払えなくなって破産したり、ホームレスになっている人たちもかなりの数に上っていると聞きました。

 米国の経済学者(アン・ケースとアンガス・ディートン)が2015年に発表した興味深い論文があります。現代は医療の進歩などもあって、先進国の平均余命はどんどん延びています。米国も例外ではなく、どの世代どの属性でも平均2-3%くらいずつ長生きになっているのに、そんな中で逆に平均余命が短くなっているグループが1つだけあったんです。それが白人のブルーワーカーで、とくに50代のそれは年5%のマイナスと突出していた。要因は自殺とアルコールとドラッグで、彼らはこれを「絶望死」と名づけました。

【参考記事】
●アイデンティティ主義がもたらす さまざまな不愉快な出来事の原因と解決策

 
中村 やっぱり死んじゃうんですね……。

 絶望で人がどんどん死んでいるのが、米国のプアホワイト(貧しい白人)の現実です。ドナルド・トランプはこの層に向けて「私はあなたたちのことを忘れていない。私はあなたたちの苦境を知っている。私に投票すればこの状況を変えてみせよう」と訴えて大統領になった。社会から理解されず、酒を飲みドラッグに溺れていた人たちの絶望と不安と鬱積した怒りが、トランプという稀代のポピュリストを大統領の座に押し上げた。これがヨーロッパだと白人vsムスリム移民の構図になって、各国で極右政党が台頭しています。英国のEU離脱問題も根っこは同じです。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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