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ガブリエル・マツネフPhoto: Eric Fougere / VIP Images / Corbis / Getty Images

ガブリエル・マツネフ
Photo: Eric Fougere / VIP Images / Corbis / Getty Images

ロプス(フランス)ほか

ロプス(フランス)ほか

Text by COURRiER Japon

フランスではいま、1冊の小説が話題となっている。2019年1月2日に発売されたヴァネッサ・スプリンゴラの『合意』(未邦訳)だ。

作者のスプリンゴラは、現在47歳の編集者。本書は、14歳から数年間にわたって、当時50代の作家ガブリエル・マツネフと性的関係を持っていた経験を告白した内容だ。当時、マツネフはふたりの関係を小説にたびたび描いてきたが、本書はその関係をスプリンゴラの視点から語り直したものだ。

スプリンゴラは、ふたりの間には支配関係があったことを明らかにすると同時に、長年マツネフの小児性愛を見過ごしてきた出版界の姿勢についても批判している。

フランスをはじめとする複数のメディアが大きく報じている。

13歳の時から始まった


出版社のホームページやフランスの複数のメディアが報じるところによると、事実関係は以下のようなものだ。

ヴァネッサ・スプリンゴラが作家ガブリエル・マツネフに出会ったのは13歳のとき。出版社の広報担当者だった母親に連れられて参加したディナーの席でのことだった。

スプリンゴラは一目見た時から、この50歳の作家のカリスマ性に心奪われたという。その後、作家のほうから会いたいという手紙を送ったことがきっかけで、ふたりの関係が始まる。性的関係を持ったのは、スプリンゴラが14歳になったばかりのころだった。

マツネフはそうした関係を自身の作品中に描き、スプリンゴラからの手紙を作品にそのまま引用したりしていた。彼は、未成年との性的関係を赤裸々に描く、タブーを恐れない作家として一部で人気を集めた。

しかし、スプリンゴラは彼女のほかにもマツネフには10代の愛人たちがいること、またマツネフがフィリピンのマニラなどで未成年の少年たちを買うセックス・ツーリズムをおこなっていることに気づき、作家と距離を置き始める。

だが、マツネフは関係が終わった後も長年にわたり、ふたりの関係を作品に描き続け、スプリンゴラを苦しめた。彼女は『合意』の中で当時をふりかえり、マツネフが未成年者を心理的に支配したプロセスを分析し、恋愛関係だと信じていた自分自身の経験を、被害者としての経験として捉え直していく。

加害者の反論


メディアで大きく話題となったことを受け、現在83歳となったマツネフは「ロプス」誌の取材に対してメールで次のようなコメントを出している。

「ヴァネッサが私の生について書くことを決心した本は、私たちの輝かしい、燃えるような愛の物語ではなく、敵意と中傷に満ち、陰湿で、私を痛めつけることを意図した作品であり、精神分析の診察室での会話と検察の告発のような調子を混ぜ合わせた惨めなものだと聞いて、息が詰まるほどの悲しみを感じました」

また、マツネフがコラムを連載する週刊誌「ル・ポワン」の編集長エティエンヌ・ジェルネルが、「表現の自由は重要だ。マツネフ氏は有罪判決を下されたわけではないことを私は指摘する」と擁護するなど、マツネフの友人を中心に擁護の声も上がっている。

パリ検察も捜査を開始


だが、「ロプス」によれば、大手出版社ガリマールを含む4社が、すでにマツネフの作品の販売中止を決めた(1月9 日時点)。

また、「ル・パリジャン」紙によれば、パリ検察は発売翌日の1月3日から「15歳の未成年に対するレイプ」について、マツネフへの捜査を開始した(フランスの法律では性的同意年齢は15歳)。さらに、国内外を問わず、マツネフから同様の被害にあったすべての被害者の特定も試みるという。

一方、「フィガロ」紙によれば、『合意』は発売から1週間たらずの1月8日時点で初版2万部をほとんど売り切り、現在は入手困難な状況だという。

当時、批判の声はかき消された


すでに名の知れた作家と10代の少女という不均衡でいびつな関係については、実は当時から批判がなかったわけではない。

1990年に、マツネフがカナダのテレビ番組に招かれた際、同番組に共演していたカナダ人の女性コラムニスト、ドゥニーズ・ボンバルディエは痛烈な批判をおこなっていた。

この番組では、司会者がマツネフに向かって「ほんものの性教育の教授がいるとすれば、それはマツネフさんです」などと言い、出演者が笑い合うなど、全体的に未成年への性的搾取を冗談として扱うような雰囲気があった。

そのような雰囲気の中、ボンバルディエは硬い表情で、「マツネフさん、私には嘆かわしいことに思えます」「年取った男性は飴玉で子供たちの気を引くものですが、マツネフさんは自分の名声で子供たちの気を引いています」と批判を展開した。

これに対し、マツネフの返答は「攻撃的にならないでください」という、論点をずらし、批判を正面から受け止めないもので、他の出演者も批判を深刻に受け止めていない様子だった。

今回の事件を受けて、アーカイブに保存されていた当時のビデオが再び注目を集めた。ボンバルディエによる批判は1分25秒過ぎから。ひとりだけ真顔で怒りを表明しているのがわかる(フランス語)

カナダの日刊紙「ル・ドゥヴォワール」はこの番組に触れながら、社説で「2020年は1970年でも、1990年でもない。かつて社会は、彼女(スプリンゴラ)も『合意の上だ』と考えていた。だがいまは、もう小児性愛を冗談のタネにしたりはしない」「“芸術”の名において、司法の裁きの対象となるべき行為を許すことはできない」と論じた。
さらに、「ル・ドゥヴォワール」紙の別の記事は、『合意』出版後の後日談を伝えている。

『合意』を読んだ「ボンバルディエは、どれほど感動したかを伝えるためにスプリンゴラに宛てて手紙を書いた。スプリンゴラはボンバルディエの言葉が長い間、どれほど自分の心の中で響いていたかを伝えるために返事を書いた」。その場では嘲笑の対象となったボンバルディエの発言は、被害者のスプリンゴラには届いていたのだ。

厳しく問われる文学界の姿勢


今回の問題では、小児性愛についてあからさまに語っていた作家が問題視されてこなかった点で、文学界の姿勢が厳しく問われている。

フランスの職業作家連盟の副会長である女性作家サマンサ・バイイーはフランスのラジオ局「フランス・アンフォ」のインタビューに答え、文学界では今まで #MeToo の動きがなかったが、だからといって性暴力と無縁ではないことを指摘している。

「(『合意』を読んでも)驚きませんでした。出版界も女性に対する性暴力と無縁ではないのです。女性作家が作家団体にセクハラやモラハラ、あるいはもっと深刻な行為について知らせてくることはよくあります。私自身、今でも覚えている出来事があります。24歳のころ、ある文学関係のイベントで男性編集者が女性作家に対して、出版契約について“ホテルの彼の部屋で”交渉し、サインをかわそうと言っているのを聞きました」

バイイーはさらに、マツネフがフランス国立図書センターから20年間に16万ユーロ(およそ1950万円)もの助成金を得ていたことを指摘。助成金支給の基準が不明瞭であるなどの問題点を指摘している。

とはいえ、未成年の性的虐待や小児性愛の事件は文学界に限らず、さまざまな場所でいまでも起こっていることだ。自身も実父からの性的虐待を受け、『インセスト』(未邦訳)という著書のある女性作家クリスティーヌ・アンゴは、ラジオ局「フランス・アンテール」の番組に出演し、今回のことが文学界だけの問題と捉えられることのないように訴えた。

アメリカに比べ、#MeToo があまり盛り上がらないと言われるフランスだが、確実に時代は変わってきているようだ。