2020年1月23日木曜日

中国武漢から流行している新型コロナウイルス(2019-nCoV)による新型肺炎について

新型コロナウイルスに関しての簡単な解説とまとめの記事



 昨年(2019年)12月31日に武漢市が発表した原因不明の肺炎の起因ウイルスは、新しいコロナウイルスであることが中国当局によって確認され(2020年1月9日)、世界保健機構(WHO) は新型コロナウイルスに 2019-nCoV という名前を付けました(1月10日)。

 これまでに中国本土で540人を超える患者が確認され、中国国外(日本、タイ、韓国、台湾、アメリカ、シンガポール、ベトナム、ネパール)でも患者が確認されています。中国では春節を迎えることから、流行の拡大も懸念されています。

 一方、対策や検討も進んでおり、武漢などは移動を禁止するなどの措置をとっているほか、各国でも検査体制は整いつつあるようです。また、研究の面では、The Lancet 誌などはじめ、複数の雑誌に既に症例の報告やウイルス学的な検討が行われています。

 これまでの経過と、一般的なコロナウイルスに関する話をまじえての、このウイルスに関する情報をこの記事に簡単にまとめていきたいと思います。

 ▶ 国立感染症研究所の特設ページには情報が豊富です。


コロナウイルスとは






 コロナウイルスはゲノムとして1本鎖RNAをもつウイルスで、ヒトに感染するものが今までに6種類知られており、今回発見された 新型コロナウイルス 2019-nCoV は7種類目ということになります。

 既知の6種類のコロナウイルスの内、4種類は主にヒトに感染するコロナウイルスでHuman Coronavirus:HCoV と名付けられており、名前は、HCoV-229E、HCoV-OC43、HCoV-NL63、HCoV-HKU1 というものです。

 これらの4種類は、いわゆる「風邪」のウイルスで、風邪の10~15%程度、流行期で35%はこれらによるものとも言われています。
 ▶ 国立感染症研究所のページ

 これらのコロナウイルスによる感染症は、多くは軽症ですみますが、時にはインフルエンザ様の高熱などの症状がでることもありえます。ただ、基本は、風邪のウイルス、というものです。
 ▶ 総説としてはこれが非常に良い
  Origin and evolution of pathogenic coronaviruses. 
  Nat Rev Microbiol, 17 (3), 181-192



SARS




 
 さて、残りの二種類が大きなものです。一つは、コウモリ由来と考えられる、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV、サーズと発音)です。これは2002年に広東省で発生して、かなりの流行になったので覚えておられる方もいると思います。
 ▶ CDCのページ

 SARS は飛沫によりヒトーヒト感染が起こること、致死率も9.6%と高かったこと(775/8,069人)などから感染すると大変であったわけです。これはその後2003年には収束しています。
 ▶ WHOのページ



MERS






 もう一つは中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV、マーズと発音)です。

 これはヒトコブラクダ(フタコブではない!)に風邪を起こすウイルスですが、ヒトにも感染します。2012年にサウジアラビアで発見され、致死率は 34.4% と報告されています。
 ▶ CDCのページ

 MERS は韓国の病院で起こった感染がありましたが、この際に話題になったのは、非常に大量のウイルスを排出して感染を拡大させるスーパースプレッダーというヒトがいることで、1人から186人に感染が広がっています(スーパースプレッダーについては Wiki にも詳しい)。
 ちなみに、この MERS-CoV は細胞に入り込むときにDPP-4 という分子を使います。そう、糖尿病治療薬のターゲットのDPP-4ですね。なので、実験上、DPP-4阻害薬をかませるとウイルスの感染が抑えられたりします。



ウイルス学的にコロナウイルスとは





 このように、これらヒトコロナウイルス、ヒトに感染する6種類と、今回の新型コロナウイルス の他にも、コロナウイルスはあって、それらは動物に感染しているため動物コロナウイルスと言います。様々な疾患を起こすのです(▶ 英語版 Wikipedia が詳しい)。

 コロナウイルスはいずれもウイルス学的にはプラス鎖の一本鎖RNAをゲノムとするウイルスで、大きさは 100nm ぐらいの球形、表面の突起が王冠や太陽のフレアのように見えることから corona と名付けられたようです。遺伝学的には α、β、γ、δ の 4グループに分かれ、SARS、MERS は βコロナウイルスということになります。今回の 新型コロナウイルス もおそらくβコロナウイルスです。



新型コロナウイルス関連の事項を時系列で




情報はWHOのサイトに詳しい


 昨年(2019年)の12月31日に武漢市で原因不明の肺炎27人を発表したのが今回の流行の端緒情報でした(武漢市の衛生健康委員会の発表情報)。
 その後、本年1月5日には患者が59人に増加したと当局が発表し、7日には香港ではこの肺炎を疾病予防制御法の指定にしています。
 
 9日になり、中国武漢当局によって、新型の肺炎から、新型コロナウイルスが検出されてSARS や MERS は否定されたことが明らかになりました。同日、WHOは新型コロナウイルスについて声明を発表(WHO Statement)、翌日には新型コロナウイルスの名称を 2019-nCoV と命名しています(Surveillance case definitions)。

 このウイルスの発生源は中国武漢の水産市場との報道がなされています。

 その後、感染は拡大を広げており、13日にはタイで、16日には武漢から帰国した日本での症例が確認され(国立感染症研究所による検索)、20日には韓国、21日には台湾と米国でもそれぞれ1名の症例が確認されています。

 WHOは22日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)にあたるかどうかを専門家委員会で検討した結果、22日、23日ともに、依然あたらないとしています。
 ▶ WHO Director-General's statement on IHR 
  Emergency Committee on Novel Coronavirus | 22 January 2020.
 ▶ Statement on the meeting of the International 
  Health Regulations (2005) Emergency Committee 
  regarding the outbreak of novel coronavirus (2019-nCoV)


 24日現在で584人の患者がWHOに報告されており、死亡例は17例で、いずれも中国国内とのことです。また、24日には日本で2例目の症例も確認されています。

 現状は早速論文にもなっています。
 ▶  Coronaviruses: Genome Structure, Replication, and Pathogenesis
  J Med Virol 2020 Jan 22.

 ▶ The Continuing 2019-nCoV Epidemic Threat of 
  Novel Coronaviruses to Global Health 
  - The Latest 2019 Novel Coronavirus Outbreak in Wuhan, China.
  Int J Infect Dis, 91, 264-266 2020 Jan 14.

 ▶ Outbreak of Pneumonia of Unknown Etiology in Wuhan China: 
  The Mystery and the Miracle
   J Med Virol  2020 Jan 16.

 ▶ Functional assessment of cell entry and receptor usage
  for lineage B β-coronaviruses, including 2019-nCoV



新型コロナウイルス(2019-nCoV)の特徴



 新型コロナウイルスについてわかっていることを簡単にまとめておきます。

 まず、このウイルスは SARS-CoV 近縁で、コウモリに感染する βコロナウイルス近縁のβコロナウイルスであることが分かっています(The Lancet January 24, 2020 https://doi.org/10.1016/ S0140-6736(20)30154-9


Genbank リファレンスシークエンスを図示



 ゲノム情報はすでに、中国当局からWHOに提供され、GenBankGISAIDに公開されています。


Genebank




GISAID


 宿主である動物は現時点では不明で、武漢の水産市場からひろがった可能性が考えられています。

 感染の形態は、ヒトーヒト感染が起こるとWHOの専門家委員会は1月23日のステートメントで発表。現時点では家族内感染と医療従事者に限定されているようです。飛沫感染・空気感染かは未だ不明です。基本再生産数 R0の推定値は もプレリミナリーな報告として同ステートメントでは 1.4-2.5 とのこと。

 致死率や病毒性については1月23日時点では、報告症例の25%が重症であるということ、死亡例はほとんどが基礎疾患を持っていたということ、致死率は約4%であること(ただし分母が重症者を主体とする報告であることには注意)はWHOより発表されています。潜伏期間は2週間程度までと見積もられています(The Lancet 論文より)。

 感染は症状なく起こることもあり、発症者には基礎疾患がないこともあるようです。また、発症者は全員が肺炎を発症し、多くは熱があり、咳が75%、倦怠感・疲労が44%、一部では頭痛と下痢が確認されています。症状は軽症から重症まであるようです。


 上記 The Lancet の論文では、41症例の解析において、1/3は ARDS という重症の肺の状態を発症、6症例が死亡、5症例は急性の心臓症状がでており、4症例は人工呼吸器が必要であったと報告されています。

 感染の広がりについては、Imperial Cllege London MRCセンターによる数理モデルでの検討では、武漢において1月12日までに 1,723人 (95%CI 427~4471)程度の発症がある可能性があるとの推計もあります。

 ウイルスの生物学的特徴はまだ不明なことが多いですが、NIAID の研究者によって、ACE2 という分子がヒト細胞への感染の際の受容体となっていることが確認されたと報告がありました。

 また、ウイルスの由来については、遺伝配列は上記のようにコウモリのコロナウイルスに近縁であることがわかっていますが、自然宿主はヘビではないかという意見もあるようです(Snakes could be the original source of the new coronavirus outbreak in China The conversation 1月22日、論文はこれ ▶ Homologous Recombination Within the Spike Glycoprotein of the Newly Identified Coronavirus May Boost Cross-Species Transmission From Snake to Human J Med Virol  2020 Jan 22)。
 ただし、nature のコメント(Why snakes probably aren’t spreading the new China virus)では、ヘビは感染源ではないだろうとしています。



新型コロナウイルスの感染対策


 対応と院内感染対策については、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターより「中国湖北省武漢市で報告されている新型コロナウイルス関連肺炎に対する対応と院内感染対策」が発表されています。

 これによると、患者や疑い例については、サージカルマスクを着用、個室管理をすること、医療従事者については標準予防策・接触感染予防策・飛沫感染予防策を基本とする予防策とされています。

 その他、WHOCDCも対策をまとめています。

 これらはあくまでも医療機関などでの対応時のものです。

 一般の方には、十分な手洗い、人込みを避けること、症状のある人に接触しないこと、症状があるなら外出を控えること、などの一般的な感染対策が重要です。

 インフルエンザのシーズンでもあり、接触情報なども大事になりますが、まずは情報に注意するとともに、パニックは起こさず健康管理を行うことが重要と考えられます。



公的情報源


 ▶ 中華人民共和国湖北省武漢市における
  新型コロナウイルス関連肺炎の発生について(厚労省)
 ▶ 新型コロナウイルスに関連した肺炎の患者の発生について(厚労省)
 ▶ コロナウイルスに関する解説及び中国湖北省武漢市等で
  報告されている新型コロナウイルス関連肺炎に関連する情報
  (国立感染症研究所)
 ▶ 新型コロナウイルス(Novel Coronavirus:nCoV)
  に対する積極的疫学調査実施要領(2020年1月17日暫定版)
  (国立感染症研究所)
 ▶ 新型コロナウイルスに関する注意喚起 外務省
  海外安全ホームページ
 ▶ Novel Coronavirus(WHO)
 ▶ Disease Outbreak News (DONs)(WHO)
 ▶ 2019 Novel Coronavirus, Wuhan, China(CDC)
 ▶ 中華人民共和国国家衛生健康委員会

 ▶ 日本医師会の特設ページ


参考になるサイト・記事


 ▶ 中国・武漢の新型コロナウイルス感染症について
  現時点で分かっていること Yahoo!ニュース個人 忽那賢志 医師
  … 時系列でわかりやすくまとまっています
 ▶ 新型コロナウイルス2019-nCoVに関する情報(守屋章成医師作成)
  … 非常によくまとまっています
 ▶ NHK NEWS WEB 特設サイト 新型ウイルス肺炎
 ▶ Wikipedia 日本版 …流動的なので情報が正確かは精査が必要ですが。
  流行に関する記事も。

 日本医事新報にプロフェッショナルのオピニオンが掲載されています。
 ▶ 中国で流行している新型コロナウイルス感染症、
  あらゆる可能性を“想定内”に
 ▶ 新型コロナウイルス(2019-nCoV)案件、
  今後の注目点〜北京におけるSARSの対応経験から
 ▶ 産業医のための新型コロナウイルス関連肺炎対策
 ▶ 新型コロナウイルス感染症とスーパー・スプレッダー
 ▶ 新型コロナウイルス:地域の医療機関での
  話し合いと中国の方に受診方法をわかりやすく
 ▶ 新型インフルエンザの教訓から学ぶ
  新型コロナウイルス関連肺炎の診療体制


 ▶ John's Hopkins university の リアルタイムで発生状況がわかるサイト


関連する論文



The Lancet には臨床的な特徴についての論文も出ています

 The Lancet 誌の特設ページから複数の論文にもとべます
 1月24日付のLancetに論文は二報。一報は41症例の報告、もう一報は家族内での感染の解析の報告。


 ▶ Coronaviruses: Genome Structure, Replication, and Pathogenesis
  J Med Virol 2020 Jan 22.
 ▶ The Continuing 2019-nCoV Epidemic Threat of 
  Novel Coronaviruses to Global Health 
  - The Latest 2019 Novel Coronavirus Outbreak in Wuhan, China.
  Int J Infect Dis, 91, 264-266 2020 Jan 14.
 ▶ Outbreak of Pneumonia of Unknown Etiology in Wuhan China: 
  The Mystery and the Miracle
  J Med Virol  2020 Jan 16.
 ▶ Recent Advances in the Detection of Respiratory 
  Virus Infection in Humans.
  J Med Virol 2020 Jan 15
 ▶ Homologous Recombination Within the Spike 
  Glycoprotein of the Newly Identified Coronavirus May 
  Boost Cross-Species Transmission From Snake to Human
  J Med Virol  2020 Jan 22
 ▶ Functional assessment of cell entry and receptor usage
  for lineage B β-coronaviruses, including 2019-nCoV
  bioRχive 2020 Jan 23
 ▶ Coronavirus Infections—More Than Just the Common Cold
  JAMA Network Viewpoint January 23, 2020
 ▶ Clinical features of patients infected with 
  2019 novel coronavirus in Wuhan, China The Lancet Jan 24
 ▶ A novel coronavirus outbreak of global health concern
  The Lancet
 


新型肺炎関連の報道など


 ▶ 中国新型肺炎の死者、8人増の17人に ウイルス変異か 
  ロイター 1月20日
 ▶ 新型コロナウイルスへの対応 日本国内では
   NHK NEWS WEB
 ▶ 新型肺炎、感染確認の台湾 WHOから排除狙う中国
  ウォールストリートジャーナル 1月21日
 ▶ 中国の新型肺炎 国内への感染拡大を防ぎたい
  読売新聞 社説 1月22日
 ▶ 新型肺炎、死者17人に 中国当局「変異・拡散リスク」
  日本経済新聞 1月22日
 ▶ “新型肺炎”「さらに拡散するリスクある」
  TBSニュース 1月22日
 ▶ 新型肺炎の遺伝情報から分かることは何か 専門家に聞く
  朝日新聞 1月22日
 ▶ 新型肺炎で識者「SARSより感染力・毒性弱そうだが」
  朝日新聞 1月22日
 ▶ SARS研究の第一人者、新型肺炎に感染 現地調査で
  朝日新聞 1月22日
 ▶ 新型肺炎 中国当局の会見要旨 
  「春節の時期、危険度増大」「感染源は野生動物」
  産経デジタル 1月22日
 ▶中国からの観光全面停止 北朝鮮、新型肺炎予防で
  産経デジタル 1月22日
 ▶ 新型肺炎、中国の3分の2に拡大
  時事ドットコム 1月23日
 ▶ 死者17人、患者500人突破 新型肺炎、政府対応後手
  時事ドットコム 1月23日
 ▶ 新型肺炎、政府の対応後手 習氏指示まで動かず
  時事ドットコム 1月23日
 ▶ 新型ウイルス肺炎 WHO「緊急事態」判断延期 23日再検討へ
  NHK NEWS WEB 1月23日
 ▶ 封鎖された武漢「びっくり」「買い占めはないが…」
  現地の日本人緊張 新型肺炎
  毎日新聞 1月23日
 ▶ すでに数千人が発症か、中国の新型肺炎、疫学者らが発表
  ナショナルジオグラフィック 1月23日
 ▶ 新型肺炎、WHO「緊急事態」判断保留-武漢市は出発便運航停止
  ブルームバーグ 1月23日
 ▶ 新型肺炎、中国でパニック買い・デマ拡散
  ウォールストリート・ジャーナル 1月23日
 ▶ 新型コロナウイルス、ヘビが感染源の可能性 武漢の市場で販売
  CNN 1月23日
 ▶ 新型コロナウイルス、これまでに分かっていること
  BBC NEWS Japan 1月23日
 ▶ 新型肺炎のワクチン開発へ、米など3研究チームが作業開始
  ロイター 1月23日
 ▶ 新型ウイルス肺炎 中国で死者18人に 春節控え厳重警戒
  NHK NEWS WEB 1月24日
 ▶ 新型コロナウイルス 国内で2人目感染確認 
  日テレ NEWS24 1月24日
 ▶ 中国・武漢に1000床の新病院、10日間で建設 新型肺炎治療に特化
   AFP 1月24日
 ▶ 新型肺炎 中国 感染拡大防止へ厳戒態勢の「春節」に
   NHK NEWS WEB 1月25日
 ▶ South China Morning Post の インフォグラフィックス
 ▶ 【図解・国際】新型肺炎の感染確認地域(2020年1月)時事通信


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