ボストン・ダイナミクスの“ロボット犬”、その現場での働きぶりから見えてきたこと

ロボット犬”の異名をもつボストン・ダイナミクスの四脚ロボット「Spot(スポット)」が、すでに75台以上も現場で活躍している。ユーザーへのヒアリングから、このロボットに向く仕事が徐々に見えてきたという。こうしたなかSpotのソフトウェア開発キット(SDK)が公開され、このロボット犬のカスタマイズも可能に。インターネットで最も有名なロボット犬は、ついに仕事を始める最初の一歩を踏み出した。

Boston Dynamics

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一部のアーリーアダプターを対象に2019年9月に市場投入された、“ロボット犬”の異名をもつ四脚ロボット「Spot(スポット)」。Spotを開発したボストン・ダイナミクスはこの数年かけて、棒を振り回す人間をかわしたり、仲間のロボットのためにドアを開けたりするSpotの動画を投稿し続け、大きな注目を浴びてきた。

そのボストン・ダイナミクスでさえ、驚くほど機敏なこのロボットの最適な用途が何なのか、まだよくわかっていない。例えば、作業現場でのパトロールなどが考えられるだろう。しかし、Spotはこれまでのロボットとは大きく異なるので、同社の幹部は顧客による実証を参考にしながら、Spotが何に役立つのかを判断しようと考えている。

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顧客によるSpotの利用が始まって数カ月が過ぎたいま、Spotがどのような仕事に適しているのかわかり始めている。ボストン・ダイナミクスの研究者は、建設会社や採鉱現場などで作業に従事している75台以上のSpotを、注意深く監視してきた(ユーザーのなかには、ディスカバリーチャンネルのテレビシリーズ「怪しい伝説」の司会者アダム・サヴェッジもいる)。そこからは人間とマシン、さらにはマシンとマシンの新たな協力形態のアイデアが浮かび上がってきている。

さらに、Spotのソフトウェア開発キット(SDK)が1月23日にGitHubで公開され、Spotを好みにカスタマイズすることも可能になった。ただし、このSDKにはロボット自体は含まれていない。

地下の採掘現場で活躍

ボストン・ダイナミクスの事業開発担当ヴァイスプレジデントのマイケル・ペリーは、Spotの用途の一例として鉱業の現場を挙げる。

地下の採掘現場では自動運転の車両が導入されるようになっているが、センサーの故障や岩石によるトラックの立ち往生など何か問題が起きた際には、担当者が問題を解決するまで安全のため採掘作業を一時中断する必要がある。この際にSpotを利用すると、担当者は安全な距離からSpotのカメラを通して状況を観察できることに、早期導入したユーザーは気付いた。

「ロボットがほかのロボットに注意を払いながら問題を修復するというアイデアは興味深く、新しい発想とも言えます」と、ペリーは語る。「少し現実離れしていますが、そのような使い方を顧客がどれほどうまく実現するのか楽しみです。想定外の使い方で本当に驚きました」

ロボットが担当するのは汚い・危険・退屈な作業である、という発想は過去の考えにとらわれている。Spotのような最先端のロボットは、人間にはできない仕事(または人間が行うべきではない仕事だ。鉱山の地下に行って自動運転する車両が直面した問題を解決したい人なんているだろうか)に取り組むことができる。

顧客のニーズをいかに掴むのか

だが、Spotができないことは、まだたくさんある。例えばボストン・ダイナミクスは、Spotにドアを開けるために必要なアームをまだ装備していない(今年後半に搭載予定という)。このためSpotは、鉱山の自動採掘トラックに発生した問題を発見できても、修正できない。

さらにボストン・ダイナミクスは、Spotを有名にした“驚くべき動き”にも対応しなければならない。ロボットが驚くべき偉業(二足歩行ロボットのバク宙など)をやってのける動画をヴァイラル化したことで、一般の人々の期待を高めすぎているという批判もある。実際、動画で紹介されているような巧妙な動きを正確に再現するには多くの作業が必要で、これらの動画の裏側でロボットは何度も失敗しているのが現実だ。

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このためボストン・ダイナミクスの研究者と経営幹部らは、顧客のニーズは何か、ロボットが顧客に実現できることとできないことは何か、またそもそもSpotのような高度なプラットフォームが顧客に必要かどうかについて、潜在顧客たちと徹底的に話し合う必要があった。

「顧客とできるだけ話し合い、わたしたちのロボットに対する過剰な期待があれば明らかにしています。多くのカメラを搭載するだけで動画と同じ結果を得られるわけではないこと、そのようなセンシング技術が必要な作業にわたしたちが取り組んでいないことを明確にしているのです」とペリーは言う。

新に提供されたSDKの役割

これらの動きと同時に、ユーザーがロボットを独自のニーズに合わせて調整できるように、ボストン・ダイナミクスはSpotを柔軟なプラットフォームにしようとしている。例えて言うなら、iOSよりもAndroidに近いプラットフォームだ。

そこで出番となるのが、新たにダウンロード可能になったSDKである。このSDKを利用することで、Spotのオペレーターは新しい動作をプログラムできる。

例えば建設現場でSpotを使う場合、建設プロジェクトの担当者はSpotを使って特定の物体を認識し、写真撮影したいと考えるかもしれない。SDKを利用すれば、Spotに内蔵しているかクラウドにあるコンピューターヴィジョンのモデルに、Spotのカメラを接続できる。ジョイスティックを使って設定したい経路に沿ってSpotを動かしてルートを記憶させたら、現場で人間の代わりにSpotを自律的に移動させられるので、人間は歩き回る必要がなくなる。

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難しいのは、このような最先端のマシンをどこまでカスタマイズ可能にするのかの判断だろう。Spotに特定の物体を認識させたり、特定のルートに沿って移動させたりする高レヴェルのカスタマイズならいい。だがボストン・ダイナミクスは、Spotならではの敏捷さを発揮させるために、ロボットの関節の動きまで顧客に調節させることまでは望んではいない。

「この問題をわたしたちが解決したと顧客が考えているとしましょう」と、ペリーは言う。「問題は、ロボットがどうやってA地点からB地点に到達するのかではありません。求められることを実行しながら、A地点からB地点に到達することが重要なのです」

CEOは交代へ

ボストン・ダイナミクスはSDKを公開することで、多様な専門分野のプログラマーやロボット研究者がプラットフォームを利用できるようにしている。ペリーは「開発者がコードを実行するには、アーリーアダプター向けのプログラムに参加してロボットをリースする必要があります」と説明する。

それだけではない。ペリーは、「興味があれば誰でもSDKの内容を見ることができるようになりました。さらに先行導入したユーザーは、独自のコードをオープンソース化することもできます」と語る。ボストン・ダイナミクスは1月26日、5月にボストンで開発者会議を開催することも発表する予定だ。

マシンの能力が向上するにつれ、ボストン・ダイナミクス自身も変化している。長年同社を率いてきたマーク・レイバートが最高経営責任者(CEO)を退いて会長に就任し、最高執行責任者(COO)を務めてきたロバート・プレイターがCEOに就任する。

「今回の人事は、わたしたちが研究専門機関から商業製品を販売する企業へと移行する動きの一環です」と、ペリーは説明する。「(レイバートは)引き続きボストン・ダイナミクスでのロボット開発を推進するために意欲的なヴィジョンを設定しています」

外の環境の厳しさが課題

だが、高度化が進むSpotのようなロボットには、厄介なPRの問題が生じている。政治家や経済学者からは、労働市場で機械が人間にとって代わる状況について厳しい声が上がっている。

センシング技術の発達によってロボットの環境認識能力が向上したことで、これまでロボットが配置されていた工場の隔離された空間から“解放”されているのは事実だ。そして自律走行トラックや配送ロボットのように外界をうまくナヴィゲートできるようになると、ロボットが人間の仕事を奪うことも懸念される。

だが実際のところ、ロボットにとって外の環境は厳しい。人間でさえ雪の上では転ぶのだ。人型ロボットの安定性は、人間の安定性からはほど遠い。車輪を装備すれば牽引力はあるかもしれないが、階段には対応できない。Spotほど機敏なマシンであっても、整然とした工場の外の世界は予測不可能で危険だ。

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人間はまだSpotに手を差し伸べる必要がある。Spotが自律的に周囲の環境をナヴィゲートするには、まず人間がSpotに周囲の環境を見せる必要がある。Spotはまだ物体を操作することはできない。そして、Spotに継続的に作業を行わせたい場合は、バッテリーを交換する必要がある。

ロボット犬にとって最初の一歩

工場から解放されて現実の世界に参入したロボットは、通常は仕事の特定の部分だけを担当していることは注目に値する。例えば、Knightscope製のセキュリティロボットは建物の周囲をパトロールできるが、人間の警備員による監督が必要だ。特に誰かが怒ってセキュリティロボットを攻撃した場合には、人間の助けが必要で、しかも噴水に落ちてしまったロボットを救い出すよう場面で、オペレーターがかかりきりではときに限ってくる。

つまりSpotは、繊細なマシンが完全に人間にとって代わるのではなく、人間と密接に連携する新たなタイプの自動化を慎重に模索しているということだ。ここからSpotがどの方向へと進むのかは、ボストン・ダイナミクスを含め誰にも正確に言い当てることはできない。だが、インターネットで最も有名なロボット犬は、ついに仕事を始める最初の一歩を踏み出したのだ。

※『WIRED』によるボストン・ダイナミクスの関連記事はこちら

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新型コロナウイルスの「武漢での封じ込め」では、もう感染の拡大は止められない

新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるべく、中国の当局が発生源とされる武漢市の実質的な「封鎖」に踏み切った。しかし、すでに武漢市外のみならず日本や米国を含む海外へも感染が広がりつつあるなか、専門家らは今回の施策の実効性に疑問を呈している。それどころか、隔離された武漢市内での感染拡大によって事態が悪化する可能性すらあるかもしれない。

TEXT BY ADAM ROGERS

WIRED(US)

virus

MAY JAMES/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

中国政府は1月22日、17人が死亡し500人以上が感染(当局発表)した新型ウイルスの感染拡大の中心地となった武漢市を隔離すると発表した。現地時間の23日午前10時の段階で、同市からの航空機の出発便運行は停止されている。高速鉄道も同市から東に約800kmの上海行きをはじめ、市外へ向かう列車のすべての運行を停止した。バスターミナルおよび道路も封鎖されている。つまり形式上は、人の出入りは一切不可能ということになる。

はっきりさせておきたいが、これはばかげた判断と言える。武漢市は人口1,100万人を抱える巨大都市で、米国で最も人口の多い都市密集地域であるロサンジェルス郡よりも人口が多い。

そして複数の高速道路が通っており、国際空港があり、地球上で最大規模の鉄道輸送システムを抱える交通のハブとなっている。また、長江と漢江も同市には流れている。グーグルマップ程度の観点からしても、武漢市を「包囲」するのは不可能に見える。

つまり、疾病対策の専門家らは、中国の公衆衛生当局がどのような計画を立て、それをどのように、あるいはどういった理由で実行しようとしているのかを見極めきれずにいるのだ。アウトブレイクが発生してしまった場合、巨大都市を隔離するといった野心的な対応を実行しようとしても、そのときにはすでに手遅れなのである。

封鎖で感染拡大は止められない?

公衆衛生の対策手段としての隔離には、深い歴史がある。医薬品による対策が効かない疾病(基本的に人類史の大半におけるあらゆる疾病に当てはまる)に対して、ほかにどんな手立てがあるのだろうか?

12世紀のヨーロッパにおけるペストやコレラ、天然痘からスペイン風邪にいたるまで、あらゆる大規模な伝染病に対して隔離は実施されてきた。しかし、ひとたび病気の発生源となる細菌やウイルスが特定されると、完全にとはいかないまでも別の対応策が隔離に代わって実行されてきた。

なお現在の公衆衛生の専門家の間では、隔離は「社会距離戦略」と呼ばれている。「社会距離戦略の問題は、それが効果的であるというエヴィデンスがほとんどないことです」と、ジョージタウン大学の国際衛生法学教授であるラリー・ゴスティンは語る。「よくてもアウトブレイクの発生をわずかに遅らせられる可能性があるだけで、感染の拡大を止められる可能性は非常に低いのです」

武漢市の問題のひとつは、この新型コロナウイルス(正式名称は「2019-nCoV」)の実態や、それがどのような影響をもたらすのかということを、国際衛生コミュニティの間でもいまだに完全には把握しきれていない点にある。いまのところいちばん可能性の高いエヴィデンスに基づけば、ウイルスの発生源がコウモリにあり、生きた動物が食用として販売されている海鮮市場で動物から人間に感染したことが始まりではないかと見られている。

さらにコロナウイルスは、そのマーケットで別の人間に感染した可能性があるが、そこから別の人間に感染した可能性はないかもしれない──といった具合に、まだ不明な点は多い。このウイルスのヒトからヒトへの感染力が弱いとすれば、それはいいニュースだろう。

コロナウイルスが人体の外で長時間は生存できない、または大量のウイルスでなければヒトには感染しない、非常に致命的な伝染病の特徴をほかには備えていないといった事実が見つかったり、感染源が武漢の海鮮市場にピンポイントで特定されたりということがあれば、ひとまず安心である。しかしそうなれば、隔離は過剰な対応策ということになる。さらに中国では春節の時期ということもあり、家族旅行の計画を立てている人も多いことを考えれば、不満の声も大きくなるだろう。

意に沿わない隔離は逆効果になる

だが警察は、すでに道路の封鎖を始めている。武漢市の包囲は、あらゆる良識や流通に反して始まっているのだ。

「中国軍をすべて投入したとしても、効果的な隔離を実現することはほぼ不可能でしょう」と、米軍のAcademy Modern War Instituteで市街戦研究の教授であるジョン・スペンサーは指摘する。「沿岸警備隊や軍を配備する必要があります。現代において大都市の封鎖は現実的ではありません。そもそも、過去においても現実的なことではありませんでした」

街に援助物資を運び入れ、コンテナを外に運び出す必要がある。食料品や水といった資源を断たれた人々は、資源探しを始めるだろう。コンクリートのバリケードや効果的に配置されたゴミ収集車、衛兵所などは、自動車やトラックの出入りを規制することはできるかもしれない。だが、徒歩の人間に対してはそれほど効果を発揮しない。それにウイルスは、すでに世界的に拡大してしまっている。

「意に沿わない強制的な隔離は実行が難しく、逆効果です」と、非営利のシンクタンクであるCenter for Global Developmentの上級政策フェローで、米国国際開発庁の元国際災害対応部長のジェレミー・コニンディクは語る。「本当に必要なことは、人々に納得してもらい、しっかりサポートされていると感じてもらうことです」

そうでなければ人々は従わず、少なくとも混乱が起きる。最悪の場合は最も必要としている人々に健康上の脅威が可視化されないという事態になる。それに輪をかけて最悪の事態になれば、症状が出た人が自己申告せず、未感染の人々とともに隔離されることで感染が拡大してしまう。

「ときすでに遅しの状況」

こうしたことを考えると、中国側の理由づけは、より奇妙なものに思えてくる。現在までにこの疾病について判明している事実、感染者の3パーセントが死亡し、すでに武漢市の外にも感染が拡大しているという状況をなどを考えても、研究者らはこの事態がどれほどの速さで起きたのかについて多くのことを調査する必要がある(1918年のスペイン風邪の致死率は2.5パーセントだったが、恐ろしく伝染性が高かった)。

「こうなると、現段階で隔離がどれほど有効かということについて疑問が生じます」と、コニンディクは語る。「ときすでに遅しの状況なのです」

最悪の場合、さらに死者が増えていく可能性はある。隔離はこの状況にふさわしくない的外れな対応なのか、そうではないのか。隔離は最終手段なのだ。

「武漢市は巨大な都市であり、中国の中部における主要な輸送のハブです。そのような都市を閉鎖するということは、感染の拡大に対してコントロールを失っていることを意味します」と、ゴスティンは指摘する。「そして広範囲のコミュニティにおいて、ヒトからヒトへの感染が起きていることがわかります。つまり、基本的にこのウイルスが動物を媒介とし、ヒトへの感染は限定的ないしは一切ないという情報は誤りであるか、しっかり精査されたものではないということになります」

公衆衛生の大惨事が巻き起こる?

中国政府の公式発表を信用するのは難しい。ある現地の推定によると、すでに6,000人以上が感染している可能性があるという。

ゴスティンは、この感染拡大が、すでにコントロール不能な状況にあるのではないかとの懸念を抱いている。保安部隊による強制的な隔離は事態を悪化させるだけかもしれない。「病原菌を隔離するために都市を封鎖することは文字通り不可能です。実際に実行するのは不可能に思えます。警察国家でなければ無理でしょうね」

そして感染者と非感染者を一緒に隔離すれば、公衆衛生の大惨事が引き起こされるだろう。

最も最悪の事態が起きれば、大惨事は武漢市だけにとどまらない。隔離の維持はほぼ不可能であり、ウイルスはすでに拡散してしまっているからだ。誰が正しいのかを知るためには、データが集まるのを待つしかないのである。

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