「VICEっぽさ」を考える

ドラッグから音楽、性的マイノリティの話題から環境問題やグルメ、健康に至るまで様々なジャンルのコンテンツを扱うマルチカルチュラルメディア・VICE。扱うジャンルが多岐にわたるにも関わらず、VICEのコンテンツにはどこか共通する”VICEっぽさ”がある。感じることはできても、言語化することは難しい”VICEらしさ”の輪郭を探ってみる。

目次

illustration by エノシマナオミ

VICEとは

VICE とはドラッグからテクノロジー、性的マイノリティから健康まで幅広いジャンルを彼ら独自の視点で切り取り発信するデジタルメディアだ。1994年にカナダはモントリオールで作られた16ページのパンク雑誌“VOICE”に端を発し、現在では世界37ヶ国に拠点を置く巨大メディアとなっている。

“VICE” logo

前述のように様々なジャンルを扱うVICEだが、彼らのコンテンツには一貫してはいるもののどこかぼんやりとして、形容しがたい「VICEっぽさ」が横たわっており、その「VICEっぽさ」がVICEファンを虜にする。今回の記事ではそのVICEっぽさと、VICEの面白さの正体を探っていく。

VICEのキャッチコピーとネーミング

“VICEっぽさ”の正体に迫るためには、VICEの思想、価値観、哲学を知る必要がある。そして、そんなVICEの世界観を表現したフレーズがVICE のCompany紹介ページに掲載されている。

The Definitive Guide To An Uncertain World
〈ハッキリしない世界への決定版ガイド〉

VICE Media Group Aboutページ より

様々なジャンルを扱うVICEだが、扱う題材にはカウンターカルチャーやマイノリティ、タブーに関するものが多い。つまり、VICEはメインストリームにはなり得ない、目をそらされがちな世界の一部に対してスポットライトを当て続けているということになる。

VICEのコンテンツの多くはドキュメンタリーだ。メインストリームの外の世界を、そこの住人の姿を通して映し出すことは、VICEの流儀のひとつなのだろう。

“VICE”というネーミング

“VICE”というネーミングからも「メインストリームの外側に焦点を当てる」世界観を伺うことができる。まず、viceという英単語には名詞で「悪」という意味があり、接頭辞として用いることで「副〜」という意味にもなる。vice presidentとは副大統領のことだ。つまり、世間では良しとされることのない「悪」と、メインストリームになり得ない「副」な世界という意味をそのまま名前として冠していることになる。

どれだけアングラで、非合法で、タブーなコミュニティであろうと、そのコミュニティで生活している人がいる以上、そのコミュニティなりの美学や哲学がある。モラルやルールの外側の美学のありのままが垣間見えるのがVICEのおもしろいところだ。

VICEのトガったコンテンツ

“VICEっぽさ”の一つに、彼らのトガったコンテンツがあげられる。そして彼らのトガったメッセージは、直接的ではなくむしろ表現の形そのものを通して間接的に語られるのだが、その例をいくつか紹介しよう。

情報社会を皮肉った”パチモン・シリーズ”

VICE Japanの記事に”パチモン・シリーズというものがある。このシリーズはVICEのライターの一人、OOBAH BUTLERが企画しており、世の中の「パチモン」を一流のものに見せかけようというコンセプトで行われる。

パチモン・シリーズの一つ、『パチモン・ブランドをパリ・ファッション・ウィークで売り込む』はライターであるOOBAHが、街中で目にしたパチモンブランド・「Georgio Peviani」(GIORGIO ARMANIのパクリ)をファッションウィーク実施中のパリでゲリラ的に宣伝する企画だ。彼は最終的にその行動力と話術によってGeorgio Pevianiの創設者として数々のインビテーションをゲットするのだが、その一部始終は我々に「ブランドとはなんなのか?」という疑問を投げかける。

パチモン・シリーズには『パチモン・レストランをロンドンNO.1レストランに仕立て上げる』という記事もある。この企画は、トリップアドバイザー上で存在しないレストランを、それっぽい写真と、それっぽいレビューと、それっぽい電話対応によってランキング1位に押し上げるという企画だ。

デマ情報ばかりが流れるこの世界で、世間は自ら望んで、完全なるデタラメを信じ込もうとしている。ならば、〈偽レストラン〉も不可能ではないのでは?検証しよう。

VICE Japan 『パチモン・レストランをロンドンNO.1レストランに仕立て上げる』より

レストランは最終的にトリップアドバイザー上で1位を獲得し、問い合わせの電話が鳴り止まなくなるのだが、これは私たちが真偽がわからないネット上の情報を鵜呑みにしているという事実を眼前に突きつける。私たちはレストランの料理を、舌というよりも目と情報で味わっているのかもしれない。

VICE MAGAZINEのコンセプト

いまや巨大WEBメディアとなったVICEだが、時々VICE MAGAZINEと題して雑誌形態の出版物が刊行される。このVICE MAGAZINEだが、最初は写真をメインコンテンツとしたフォト・イシューとして創刊された。

しかし、回を重ねるにつれ「精神的、身体的障害を抱えた人たちに焦点を当てたマガジン」、「奇抜すぎるファッション・イシュー」「ダサすぎる最悪のイシュー」「全編フィクションで構成されたイシュー」、「写真を一枚も使わないノー・フォトイシュー」、「静物写真だけを扱ったイシュー」など、コンセプトそのものがトガったものになっていく。表現の形によって世界観を表す点に痺れる。

ちなみに、VICE MAGAZINEの歴史を振り返っている記事もかなりトガっている。

ファッション誌なんて嘘ばっかでしょ? 批判の記事が一個もないマガジンなんて異常だよね。

VICE Japan『COVER STORYで振り返る VICE MAGAZINEの歴史』より

LoFi Beats Suicide

もうお分かりだと思うが、いちいち粋なことをするのがVICEだ。その1つに、『LoFi Beats Suicide』がある。これは、Lo-Fi Hiphopというジャンルの音楽を日本風のアニメーションのループとともに24h垂れ流し続けるYouTubeチャンネルで起こった出来事だ。

ずっと流れているはずの音楽が急に止み、同じ動きを繰り返すはずのアニメの女の子が急に泣き始める。そして彼女は急に自殺をしようとするも、思い留まる。そして画面上にVICEからのメッセージが映し出されるのだ。

Life can be tough at times.
〈人生は時にはつらいもの。〉

Emotions can become overwhelming and even lead to suicidal thoughts.
〈感情に支配されて、それが自殺願望に繋がってしまうこともある。〉

Although it can feel very intense, it’s important to remember these feelings will pass.
〈その衝動は激しく感じられるかもしれないけれど、それは一時的なものだということを覚えておいてほしい〉

VICE 『LoFi Beats Suicide』より

この動画によって自殺を思い留まった人がどれだけいたかは分からないが、少なくとも見ていた人に強烈なインパクトを残したことは間違いないだろう。どれだけ声高々に自殺防止スローガンを掲げても、心に残らなければ意味はない。多くの人々の心に刺さったという点で、LoFi Beats Suicideは高く評価されるべきだろう。

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