テック大手のクラウドは、どこが最も環境に優しい? アマゾン、グーグル、マイクロソフトを独自比較した結果

クラウドサーヴィスの利用が急拡大するなか、世界的に見ても大きなシェアを確保しているのがアマゾン、グーグル、マイクロソフトのテック大手3社である。これらの企業のクラウドサーヴィスを環境負荷という観点から比べたときに、評価はどうなるのだろうか──。『WIRED』US版による独自比較の結果。

Green-Data-Center

ILLUSTRATION: ELENA LACEY; GETTY IMAGES

「データは新しい石油である」という言葉はもう古いかもしれないが、ある一点では核心を突いている。データ産業も石油産業も、地球環境に非常に深刻な影響を及ぼすからだ。米エネルギー省(DOE)によると、データセンターは全米の電力消費の約2パーセントを占めている。

電子メールや動画配信、オンラインゲームなどに必要不可欠なクラウドサーヴィスは、実は大量の二酸化炭素(CO2)をまき散らしている。個人利用程度なら大したことはないが、ビジネスという単位で考えると環境負荷は極めて高い。

つまり、クラウドサーヴィスを提供する企業が環境に配慮するようになれば、二酸化炭素の排出量を削減できるのだ。しかし、利益の追求がいちばんの目的である企業が、どのようにして環境への影響を低減していくのかは、必ずしもはっきりしない。

この分野では、アマゾン、グーグル、マイクロソフト(MS)の3社が提供するサーヴィスが市場シェアの約3分の2を占める。そこで『WIRED』 US版は、これらビッグスリーの脱炭素化に向けた努力を理解するためのガイドをまとめてみた。

大手3社のクラウドの消費電力は横ばい

世の中にはまだ、LEDライトが点滅する黒いプラスティックの箱を廊下の片隅にある収納スペースに置いて、データを保存している会社も存在するだろう。膨大な量のデータを扱う企業であれば、独自のデータセンターをもっているかもしれない。

ただ、どちらでもない場合は、基本的にはアマゾン ウェブ サービス(AWS)、Google Cloud Platform(GCP)、Microsoft Azureのいずれかのサーヴィスを利用するしか選択肢はない。大手3社は、いずれも圧倒的な規模のサーヴァーファームを展開している。

気候変動対策専門家のジョナサン・クーミーは、各クラウドサーヴィスの「エコロジー度」を調べるために3つの指標を設定した。データセンターのインフラ(照明や冷却設備など)、サーヴァーの性能、使われている電力の発電方法である。

ビッグスリーはいずれも、データセンターのハードとソフト両面で効率改善に向けた努力を続けてきた。仮想マシンを利用してダウンタイムを減らす、独自の冷却装置を導入する、可能な限りオートメーションを進めるといった措置のおかげで、データセンターのエネルギー需要は過去10年程度はほぼ一定の水準に保たれている。

これから消費電力は激増する?

これは同時に、企業がデータの置き場所を社内サーヴァーからクラウドに移行すると、たいていの場合は電力消費の削減につながることを意味する。

だが、ローレンス・バークレー国立研究所でエネルギー効率を研究するデイル・サーターは、この状況は永続するわけではないと警告する。企業の大半がクラウドサーヴィスを利用するようになり、どこかの時点で電力消費の減少傾向が頭打ちになるときがやってくるというのだ。一方で、クラウドビジネスの消費電力は増え始めるだろう。

サーターは「コンピューターの能力の追求というわたしたちの欲望が、どこかで収まると考えている人はいないでしょう」と言う。「そう考えると、向こう数十年でエネルギー消費が爆発的に伸びる可能性は極めて高いと言えます」

データセンターの環境負荷を考える上で最も重要なのが、そこで使われている電力の発電方法であるのはこのためだ。ビッグスリーはいずれもデータセンターの完全な脱炭素化を目標に掲げるが、まだ化石燃料からの脱却を実現したわけではない。

3社はCO2排出量を減らすために「グリーン電力証書(REC)」の取引に大きく頼っている。RECは電力が再生可能エネルギーによって発電されたことを証明するもので、売買が認められている。つまり、グーグルやMSはデータセンターで化石燃料由来の電力を使っていても、RECを購入すればそのぶんは再生可能エネルギーを利用したとみなすことができるのだ。

現状では、3社ともデータセンターは100パーセント再生可能エネルギーで稼働していると主張していても、実際に太陽光発電や風力発電でまかなわれている電力はごく一部に過ぎず、残りはRECによる場合が多い。このように、クラウドサーヴィスの環境への影響を計測する上では、微妙な問題がたくさん出てくる。以下の評価では、こうした注意が必要となる点についても解説している。

評価対象:Google Cloud Platform

企業側の主張:グーグルの市場シェアはビッグスリーでは最も小さいが、脱炭素化という意味ではほかの2社より大きな努力をしてきた。17年にはクラウドサーヴィスを含む全事業で完全な再生可能エネルギー化を達成したと明らかにしている。グーグルによれば、Google Cloudで処理しているデータはすべて「CO2排出量ゼロ」である。

具体的な取り組み:グーグルの「再生可能エネルギーの購入量は法人としては世界最大」で、19年9月には世界各地での新規契約を通じて購入量を40パーセント増やしたと発表した。新規契約は再生可能エネルギー発電設備の建設に資金を提供し、完成後にそこでつくられた電力を受け取る内容だ。この種の取り組みはグーグルが先駆者で、再生可能エネルギー発電の拡大を目的としている。

グーグルはほかにも、機械学習を用いたデータセンターの効率化を進める。例えば、人工知能(AI)に気象データを学ばせて冷却システムを最適化するといったことだ。データセンター事業担当ヴァイスプレジデントのジョー・カヴァによると、システムは5分ごとにさまざまな気象条件を計測し、気温が急激に低下した場合は冷却装置を弱めるなどの微調整を行なっている。

Sundar Pichai

MICHAEL SHORT/BLOOMBERG VIA GETTY IMAGES

問題点:グーグルは18年、クラウド事業内に石油・ガス企業への営業強化を目的とした専門部門を設立した。機械学習ツールとクラウドを組み合わせればデータの有効活用が可能になるというのが宣伝文句だが、ここで言う「データの有効活用」とは、石油やガスの効率的かつ迅速な掘削を意味する。

また、再生可能エネルギーがほとんど導入されていない地域にあるデータセンターでは、依然として化石燃料由来の電力に依存していることも付け加えておくべきだろう。グーグルはこれを相殺するために、RECを購入している。

結論:グーグルは毎年、全事業でカーボンアカウンティング(炭素会計)を実施し、会計年度末には電力消費量と再生可能エネルギーの購入量が等しくなるよう調整している。カヴァはデータセンターについて、時間当たりで見たときに電力消費のすべてを再生可能エネルギーでまかなえるようにしたいと話す。

ただ、太陽光発電や風力発電は時間ごとの出力が一定しないのに、インターネットは24時間営業であることを考えれば、かなり野心的な目標だ。実現に向けては、発電設備を増やすだけではなく、長期間のエネルギー貯蔵といった技術革新が必要となる。

一方、既存の発電設備の効率性を上げることは有効だ。グーグルのAI部門であるDeepMind(ディープマインド)は19年はじめ、風力発電の向こう36時間の出力を予測する機械学習モデルを開発した。これにより、風力発電によって得られた電力をより効率的に使うことが可能になるかもしれない。

『WIRED』US版の評価
総合:B+
エネルギー効率性:A+
透明性:A
技術革新:A
再生可能エネルギー由来の電力の総量:5.5ギガワット

評価対象:Microsoft Azure

企業側の主張:MSの掲げる最終目標は、サーヴァーファームが環境に及ぼす影響を完全になくして「データセンターを消す」ことである。MSは2012年以降はカーボンニュートラルで、14年にはREC購入分を含めて100パーセント再生エネルギー化を達成した。RECを含めないで計算すると、データセンターで使われている電力の6割が再生可能エネルギー由来で、同社は23年までにこの数字を7割に引き上げることを目指している。

具体的な取り組み:MSは独自の気候変動対策を実施しており、例えばCO2の排出に対して社内で“炭素税”を課すといったことが行われている。また、環境関連のプロジェクトへの投資にも熱心だ。

19年4月には、ワシントン州で向こう5年間にわたり水力発電による電力を購入する契約を結んだ。このほか、同州の風力発電設備からも供給を受ける方向で交渉を進めている。さらに、ノースカロライナ州では出力74メガワットの太陽光発電設備から電力を買い取る予定だ。

エネルギーおよび持続可能性の戦略チームに所属するブライアン・ジェイナスによると、一連の契約によってMSが購入する再生可能エネルギー由来の電力の総量は、1年前から約60パーセント増え、1.9ギガワットに達している。

クラウド施設のエネルギー効率向上に向けた研究や実験も進めており、18年には海底データセンターを設置した。冷却装置やエネルギーコストの削減が見込めるという。また、データセンターの電源として燃料電池を使う実験を進めるほか、グーグルと同じように機械学習モデルを用いたインフラの効率化に取り組む。気候変動分野の研究者に自社のAIを無償で提供するプログラムもある。

問題点:MSは一方で、化石燃料産業と関係を築いている。19年9月には、シェブロンおよび油田エンジニアリング企業シュルンベルジェと、Azureを利用して「革新的な石油化学技術およびデジタルテクノロジーの創造を加速する」ための提携を結んだと明らかにしている。ただ、この契約は環境破壊の「共犯者」になるとして一部の従業員から大きな反発を招き、発表から数日後には世界各地の拠点でストライキが起きている。

なお、データセンターの消費電力は、14年からは数字の上では100パーセント再生可能エネルギーということになっているが、これはRECの購入分を加味したもので、実際には化石燃料由来の電力が使われている。

最後にもうひとつ付け加えるとすれば、燃料電池のプロジェクトでは天然ガスを使用するが、天然ガスはエネルギー効率の改善にはつながる一方で、化石燃料であることに変わりはない。つまり、環境負荷はゼロではないということだ。

結論:ジェイナスは、燃料電池を使えばデータセンターが発電設備になると説明する。また、現在は天然ガスを燃料にしているが、将来的に水素の価格が低下すれば、環境への影響をさらに低減できる見通しだ。

MSは同時に、データセンター向けのバッテリー技術の開発にも多額の投資をしている。燃料電池でも二次電池でも、実用化すればデータセンターが巨大なエネルギー貯蔵施設として機能するようになる。太陽光や風力発電による電力が余っているときは電池に貯蔵し、足りないときはそこからもってくればいいため、再生可能エネルギーだけで安定した電力供給が可能なわけだ。このプロジェクトを巡っては、18年にヴァージニア州のデータセンターで実証実験が始まっている。

『WIRED』US版の評価
総合:B
エネルギー効率性:A
透明性:A
技術革新:A+
再生可能エネルギー由来の電力の総量:1.9ギガワット

評価対象:アマゾン ウェブ サービス

企業側の主張:アマゾン ウェブ サービス(AWS)は業界最大手で、市場シェアは3分の1を超える。アマゾンの最高経営責任者(CEO)ジェフ・ベゾスは2014年、自社のデータセンターを100パーセント再生可能エネルギーでまかなう長期計画を明らかにしている。その後、風力発電設備と太陽光発電設備が何カ所か建設された。

ベゾスは昨年9月には、40年までにCO2排出量をゼロにする方針を打ち出したが、背景には従業員の抗議活動や株主からの厳しい要求があった。なお、18年には自社の消費電力に占める再生可能エネルギーの割合が、RECを含めて50パーセントに達したと発表している。

AWS

インディアナ州ベントン群にあるアマゾンの風力発電設備。総発電容量は150メガワットを誇り、AWSのデータセンターの電力需要を賄う。LUKE SHARRETT/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

具体的な取り組み:米国ではアマゾンの支援により、これまでに風力発電設備が3カ所、太陽光発電設備が6カ所完成した。太陽光発電設備は建設中のものもある。また、アマゾンもグーグルやMSと同様に、CO2の排出を相殺するためにRECを利用する。

問題点:環境保護団体のグリーンピースは、アマゾンが再生可能エネルギーの促進に向けて十分な努力をしていないと非難している。グリーンピースが昨年2月に発表したリポートによると、主要なデータセンターでは電力消費に占める再生可能エネルギーの割合が12パーセントにとどまる施設もあるという。

グリーンピースはまた、同社のクラウドインフラが集まるヴァージニア州では事業規模が過去2年間で59パーセント拡大したが、再生可能エネルギー由来の電力の使用量はまったく増えていないと指摘する。アマゾンはこれに対し、今後も完全な再生可能エネルギー化に注力していくとだけ答えている。

アマゾンは排出量関連の情報を公表していない。19年には初めて全事業でのCO2排出量を公にしたが、一方でオーストラリア政府に対して同国の環境リポートにこの数字を使わないよう求めた。また、電力消費のすべてを再生可能エネルギーでまかなう目標を掲げてはいても、具体的な方策は示していないとの批判もある。

最後に、アマゾンは石油・ガス産業にもクラウドサーヴィスの売り込みをかけている。同社のウェブサイトによれば、AWSによって「探査、掘削、生産の加速および最適化」ができるという。

結論:アマゾンにAWSの現状と今後について何回かコメントを求めたが、いずれも回答は得られていない。

『WIRED』US版の評価
総合:C−
エネルギー効率性:B
透明性:F
技術革新:不明
再生可能エネルギー由来の電力の総量:1.6ギガワット

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好奇心は「動詞」だ! 訓練して磨いて、追究した先に見えてくるもの:「マリオットTEDフェローサロン」レポート

ビジネストラヴェラーに新しいアイデアとインスピレーションをもたらす狙いで企画された「マリオットTEDフェローサロン」が、このほどシンガポールで開催された。アジア太平洋地域で3回目の開催となる本イヴェントのテーマは、「Creativity and Thinking Outside the Box(型にとらわれない創造性と思考)」。200人以上が集まったカンファレンスでは、テクノロジーとアートの接点にたつ科学者のアンドリュー・ペリンとマルチメディアアーティストの尾崎ヒロミ(スプツニ子!)が、好奇心を原動力に切り開いてきたそれぞれのストーリーを語った。

TEXT BY ERINA ANSCOMB
TRANSCRIPT AND TRANSLATION BY NORIAKI TAKAHASHI

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PHOTOGRAPH BY MARRIOTT INTERNATIONAL

「常識的な考え方をしていたのでは、新しいものなどつくり出せはしない」。そんなトーマス・エジソンの言葉があるように、好奇心に導かれた型にとらわれないアイデアが、世の中にさまざまな革新をもたらしてきた。こうしたアイデアを生み出す人々を支援すべく、世界65カ国に550以上のホテルを展開するマリオットホテルは、多様化する宿泊客のニーズに合わせるかたちで好奇心や想像力を刺激する新しい宿泊体験を追求するため、TEDと提携している。

こうして企画された「マリオットTEDフェローサロン」は、ビジネストラヴェラーに新しいアイデアやインスピレーションを提供することを目標に開催されてきた。今年のテーマには「Creativity and Thinking Outside the Box(型にとらわれない創造性と思考)」が掲げられ、会場のシンガポール・マリオット・タンプラザ・ホテルでは、科学者のアンドリュー・ペリンとマルチメディアアーティストの尾崎ヒロミ(スプツニ子!)がトークを繰り広げた。

あらゆる文化が入り混じる、創造性のるつぼ

昨年は南インドのバンガロールで実施され、今年の開催地にはシンガポールが選ばれている。日本との時差はたった1時間だが、東京23区ほどの広さの土地には、中国系、マレー系、アラブ系、インド系などのさまざまな文化が入り混じり、各エリアごとに特有の世界観を放っている。

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「多様な考えに接し、いろんな分野の情報をとりいれ、自分の居場所をひとつに限定しないようにしています」と語るのは、尾崎ヒロミ(スプツニ子!、写真左)。「Aの環境で批判されることも、BやCの環境では評価される可能性があるのです」と続けた。アンドリュー・ペリン(写真中央)は、型にとらわれないためのキーワードに「好奇心や失敗を奨励すること、批判に対して強くなること、クレイジーなアイデアのすべてに誠実であること、夢を見るだけでなく実行に移すこと、さまざまなスキルをもつチームで取り組むこと」を挙げた。写真右は司会者兼プレゼンターのアニータ・カプール。PHOTOGRAPH BY MARRIOTT INTERNATIONAL

冒頭で、マリオット・インターナショナルのアジア太平洋ブランド&マーケティングでシニアディレクターを務めるウィンキー・ウォンは「さまざまな文化が入り混じるシンガポールは、創造性のるつぼです。2015年には、国連教育科学文化機関(UNESCO)によって創造都市のひとつに認定され、今年のテーマを語るためにふさわしい場所だと感じました」と述べた。

司会者兼プレゼンターのアニータ・カプールがふたりのスピーカーを紹介し、リンゴから耳をつくったバイオハッカーとして知られる、科学者のアンドリュー・ペリンのトークが始まった。

好奇心は鍛えられる

オタワ大学の教授でもあるペリンは、アーティストや科学者、社会科学者、エンジニアを結びつける「curiosity-driven research lab(好奇心を原動力とするリサーチラボ)」を率いるだけでなく、人体の修復や再生用のバイオマテリアルのオープンソースプラットフォームを開発するSpiderwort Incの最高技術責任者(CTO)でもある。

以前TEDで、臓器不足やコスト問題を解決する手段として、人間の細胞をリンゴに移植し、耳をつくり出した事例を紹介したペリン。常識にとらわれず、新しいアイデアの実装に取り組む彼は、「誰もがキッチンにあるもので、体を修復、再生、拡張できたら素晴らしいと思います」と話す。

「好奇心と想像力は、人間がもつ最も重要な“天然資源”です。新しい知見を得た人類が、未来のテクノロジーを開発し、目の前の問題を解決するための最高のツールだと思います」と言うペリンは、「クリエイティヴであるためは、現実的に取り組むことと、大胆で不確実な好奇心とのバランスを保つことが重要です」と語る。

SF映画から多くのインスピレーションを得るという彼のチームは、映画『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』に登場するオードリーという怪物に魅了され、研究室でオードリーを生み出すプロジェクトを始動した。時間と労力とお金をかけた結果、「生み出すのは無理」という結論に至ったものの、リンゴで人間の耳をつくるための手がかりを得たのだった。

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家のキッチンで自分のパーツをつくるより、プロのアーティストにつくってもらうことを望む人もいるかもしれないという発想のもと、ペリンはデザイン会社にも“耳のプロトタイプ”の作成を依頼した。そのなかには(スター・トレックの)ミスター・スポックやエルフの耳、聴力を拡張するギアとしての耳があった。聴力の拡張については、音響物理学者の協力を得て適切なデザインに挑戦した。「人体の外見をデザインし直すというだけでなく、機能も変えられる点が魅力的でした」と言うペリン。育てたパーツを人体の一部として移植できないかという試みだが、マウスを用いた実験で成功している。PHOTOGRAPH BY MARRIOTT INTERNATIONAL

またペリンが、オルカン・テルハンやグレース・ナイトらとコラボしたプロジェクト「Ourochef」の背景には、『自分の肉を育てて、食べることはできるのか』という問いがあったという。「自宅のキッチンで自分の血を使って細胞を培養し、その肉を食べることができれば……環境負荷は少ないですよね」と語り、笑いを誘った。

また、必要なツールもすべて事前に届けるため、自分で口にするまでの全工程がわかるという点では安心だと説明したうえで、「企業が人間の体を対象とするデヴァイスや食べ物について語るとき、それがどこから来て、どのように生み出されるのかを理解することが重要で、科学的手法に基づく厳密な検証が行われるべきです」と、締めくくった。

神話を現実に

ふたり目のスピーカーは、音楽や映像、アートを通して、新しいテクノロジーがもつ社会的、倫理的な意義を提起し、多方面で活躍するアーティストの尾崎ヒロミ(スプツニ子!)だ。

芸術と生物学、テクノロジーが交差する点に興味をもち、日本の農業・食品産業技術総合研究機構の瀬筒秀樹教授と共同でプロジェクトに取り組むことが多いという尾崎は、「進歩するバイオテクノロジーの文化的意味や、バイオテクノロジーが芸術にどのよう可能性をもたらすか、またバイオテクノロジーが伝統的な神話や信念など、スピリチュアルなマインドにどのような影響を与えるのかという3つの問いに注目しています」と語る。

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「小学生のころ、校長先生の朝礼の挨拶をもとに感想文を書くという課題がありました」と言う尾崎。「ゲームをしないように」というメッセージに対して、具体例を混ぜつつ「ゲームは、実は学びによいものだと思います」と論理的に説明した感想文を提出したところ、初めて最低評価の「C」が付いたという。「日本では文章や思考力ではなく、上の立場の人が言ったことを正しいと受けとめるスキルが評価されるのだと感じ、子どもながらに疑問を覚えました」と言及した。日本と英国の両方で教育を受けたことで、「文化が変われば常識も変わり、正解はないのだと気づきました。それからは、決まりごとを盲信的に信じることがなくなったように感じます」と続けた。PHOTOGRAPH BY MARRIOTT INTERNATIONAL

尾崎は『運命の赤い糸をつむぐ蚕−タマキの恋』という自身の作品について説明した。「工学的手法を用いて、神話に少し寄せた作品ができるのではないかと思い、瀬筒教授に相談しました。この写真は遺伝子改変によって生み出された絹糸です」。カイコには、赤く光るサンゴの遺伝子と、“愛情ホルモン”とも呼ばれるオキシトシンを生む遺伝子が加えられているという。

未来のバイオテクノロジーの世界における神話の『運命の赤い糸をつむぐ蚕−タマキの恋』。尾崎は脚本と作曲を手がけている。主人公の遺伝子工学者のタマキ(玉姫)は研究室の同僚である幸彦(さちひこ)に恋をしている(幸彦は尾崎が演じる)。タマキは遺伝子工学を用いて運命の赤い糸をつくり、その赤い糸をお気に入りのスカーフに縫い込む……。

赤や緑の蛍光タンパク質をもったクラゲやサンゴの遺伝子を加えることで、カイコの目と体が赤や緑に光る。「カイコに色がつくだけではなく、絹糸にまで色がつくのです」と言う尾崎は、アーティストとして、この興奮を映像作品に落とし込んでいる。

「科学者と協力し、遺伝子工学によって自分たちのアイデアと神話を結びつけることができました。バイオテクノロジーが進歩すれば、いつか神話を“現実”にできる日がくるかもしれません」と期待を込めて語った。

「伝統的な日本の工芸技術と新しいテクノロジーを、どのように組み合わせるかにも興味を抱いています」と語る尾崎。光る絹糸を用いて、330年続く京都の西陣織の名家と共同で開発した光るドレスの様子。

テクノロジーと倫理の問題

トーク後の質疑応答で、司会のカプールは「遺伝子工学や生物学には倫理的な課題がつきものですが、そのボーダーラインをどう捉えていますか」と訊ねた。

尾崎は、「バイオテクノロジーとスピリチュアルなものとの関係について、神道を信ずるアジア人と、キリスト教や他の宗教の信者とでは捉え方がまったく異なります。文化や時代によって倫理が変わるように、明確な答えが存在するとは思っていません」とコメントした。そのうえで、日本では避妊用ピルの承認に長い時間がかかった一方で、100人以上の死者が報告されたバイアグラはわずか半年で承認されるなど、当時の政治家の判断で何が“倫理的”であるかも変わったという事例を紹介した。

「男性の視点だけでテクノロジーや科学の倫理について考えるには限界があります」と、業界への女性進出に期待を寄せる尾崎(写真中央)。「研究の突飛な面にばかり注目されることに、ときどき不満を感じます。長い年月をかけて研究し、それが確かなのか繰り返し確認するなど、論文を発表する前には誰も興味をもたない退屈な仕事がたくさんあるのです。でも、その成果が予想外の祝福を受けることもあります」とペリン(写真左)は語った。PHOTOGRAPH BY MARRIOTT INTERNATIONAL

これを受けてペリンは、「ときとして倫理は極めて恣意的なものになります。ぼくはむしろ、挑発的な作品をつくってトラブルを生み、人々の反応を楽しんでいるところがあります。一方で、倫理が絡む場合に重視しているのは、証拠、つまり研究結果を示すことです。賛否が分かれてトラブルの種になりかねないものでも、その話がフェイクではなく技術的に実現可能であることを示すようにしています」と続けた。

この言葉を受けて、尾崎は「日本でフェミニズムにまつわる作品をつくっているのですが、生理マシーンという作品で『VOGUE JAPAN』に『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』に選ばれたことがあります。これは男性が生理を疑似体験できる機械です。共感が増えることで世の中がよくなったり、倫理や価値観を変えられたりする可能性もあるかもしれません」と語った。

会場から「発明やアイデアが日常生活で利用されることを期待していますか」という質問が出ると、尾崎は「重要なのはモノの使われ方をデザインすることではなく、テクノロジーの使われ方を問うようなデザインをすることだと捉えています。未来におけるさまざまな可能性を想像しながら、そこで利用されるテクノロジーを考えるのではなく、どんな未来に向かっているのかを問いかける作品をつくっています」と説明した。

会場から「好奇心を刺激するために気をつけていること」を問われると、ペリンは「好奇心は“動詞”だと思っています。自ら積極的に動いて訓練する必要があるのです」と述べた。

出席すべき会議や提出すべきレポートよりも、自分が興味をもった「理由」の追及を優先することもあるというペリンは、好奇心が自分自身によい影響を与えるのだと語る。「新しい土地を訪れたり、新しいタイプの人に会ったりすることで、自分の家に戻ったときに新しい視点で自分の仕事を見つめることができるのです」と続けた。

司会のカプールは「すでに知っていることだと認識して、好奇心を抑えてしまうことがありますね。ですが、自分の心をオープンにすることで、以前は見えなかったものが見える場合もあります。今日のトークを聴いて、いつもの思考の領域を飛び出し、人生のあらゆる側面で型にとらわれないマインドをもとうという気持ちになってほしいです」と締めくくった。

想像力を耕し、実行すること

アフターパーティーの会場には、以前シンガポールで実施されたTEDにスピーカーとして登壇したユージーン・ソが登場し、インタラクティヴな拡張現実(AR)のアートワークが展示された。

会場ではFacebookやInstagramのアプリを使い、ユージーン・ソのアートワークを体験できた。詰め込み型の教育から少しづつクリエイティヴな教育にシフトしているシンガポールのこれからについて訊ねると、「先生の教え方次第で、プログラミングが“面白くない教科”だと認識されないか心配になることはあります。好きでプログラミングに接している人材を採用したり、子どもたちに自分たちのやりたいことを見つけさせて、それを実行する方法を主体的に探させたりすることが大切だと思います」と答えた。PHOTOGRAPH BY MARRIOTT INTERNATIONAL

ユージーン・ソは、クリエイティヴスタジオ「DUDE STUDIOS」を率い、認知症患者に対して仮想現実(VR)で治療を試みる『Mind Palace』などのさまざまなプロジェクトを進めている。

ユージーン・ソは、VRを認知症の治療に役立てられる方法を探っている。『Mind Palace』では、馴染みのある地や、いまはもう存在しない場所も訪れることができる。VR酔いなどの数々の壁にぶつかるたび、改善を重ねてきた。

「普段は言葉を発しない認知症患者がVR上で、馴染みのある地にある看板の文字を読み上げるということがありました」と語るソは、現実空間に戻ると治療前に戻ってしまうケースや、各々がVRヘッドセットをもっていない状況では衛生上のリスクが残るという課題に言及する。そのうえで、「VRをとり入れたいという病院や老人ホームは多く、拡大していける可能性を感じています」と語った。

どのように好奇心を訓練しているのか訊ねると、ソは「博物館や美術館に行くときに、何が見られるか予想してから会場に足を運ぶようにしています。自分が想像したものが見られなかった場合は、自分でつくれるか試してみるのです。好奇心を維持するには、口先だけではなく、失敗を恐れずにできることから実行していくことが大事だと思います」と語った。

他人の視覚を体験するプロジェクト。「新しい視点を実際に取り入れることで、型にはまった思考から抜けだせる可能性もあるのではないでしょうか」とユージーン・ソは言う。

子どものころは誰もがもちあわせていた好奇心を、知らず知らず「年齢を重ねるにつれて衰えるもの」だと思い込んでしまっている場合もあるだろう。しかし、決してそうではなく、意図して磨き続けることのできる“スキル”もある──。そんな事実に気づかされるカンファレンスだった。

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