大統領による外交の私物化が裁かれる法廷である。トランプ米大統領のウクライナ疑惑をめぐる弾劾裁判の審理が上院で始まった。上院は審理を尽くして慎重に判決を下してほしい。
大統領選を十一月に控えて党派色の濃い弾劾裁判だ。訴追に持ち込んだ民主党は疑惑の経緯を知るボルトン前大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を証人に呼ぶよう主張している。
対する政権と与党の共和党は早期幕引きを図る。ボルトン氏の証人招致を渋り、民主党がホワイトハウスなどに求めた関連資料の提出も数の力でつぶした。
共和党にもトランプ氏の行動を不審に思う議員はいるが、党支持層の中の高いトランプ人気の前に口を閉ざす。共和党が多数を占める上院がトランプ氏に有罪を下し罷免に追い込むことはまずない。
それでも訴追前に下院公聴会で現・元政府高官たちが行った証言からは、トランプ外交の乱脈ぶりがあらわになった。
これを放置すれば国益を損ねるというのが訴追の趣旨だ。法廷で疑惑の真相が解明されることを期待する。
共和党良識派の故マケイン上院議員が「われわれはトランプ氏の部下ではない。仕える相手は大統領ではなく国民。大統領を監視する役割を果たすべきだ」と同僚議員に訴えたことがある。
共和党議員はトランプ氏の罷免に反対するにしても、大統領のブレーキ役を果たす責任を持っているはずだ。
米社会は南北戦争以来とさえ言われる深い分断状態にある。近年よく耳にするのが「トライバリズム(部族主義)」という言葉だ。人種、民族、政治信条などの違いに応じてつくられた集団に閉じこもり、異なる集団を許容しない。
それに自分の集団の利益を第一に置く。トランプ氏がうそを重ねたり、立場の弱い人への偏見をあおっても、「トランプ族」はさほど問題視しない。ウクライナ疑惑もトランプ氏の支持率にほとんど影響していない。
トランプ氏が全米国民の大統領としてではなく、専ら支持層に顔を向けて国政に当たる背景には、こんな風潮が広がる。だが、政治とは本来、人々の異なる利害を調整する技術である。
部族主義は米国の持ち味である多様性ばかりか民主主義制度をもむしばむ。弾劾裁判は米社会が直面している危機を浮き彫りにしているようだ。
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