田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)
映画の祭典、第92回米アカデミー賞の各賞候補が先ごろ発表された。日本でも話題になっている韓国映画『パラサイト 半地下の家族』や動画配信大手、ネットフリックスのオリジナル映画が作品賞にノミネートされた。
特に「ジョーカー」は最多11部門で候補に挙がり、改めて注目を集めている。『ジョーカー』は暴力シーンが多いため、R指定(日本ではR15+)を受けたが、そのハンディを乗り越えて、世界興行収入で1100億円超、同時に封切られた日本でも50億円を突破する大ヒットとなっている。
題名となったジョーカーは、アメリカンコミックや映画、アニメなどでなじみ深い正義のヒーロー、「バットマン」最大の敵役の名前である。この映画ではバットマンは出てこない。ある男がなぜ凶悪なジョーカーに変貌したかが描かれている。しかし、単純な善悪の構図を描いていないのが、この映画の最大の魅力だ。
名優ホアキン・フェニックスが演じるのは、障害のある売れないコメディアン、アーサー・フレックで、普段はピエロに扮装(ふんそう)し、小規模店舗の宣伝などをして日銭を稼ぐ男だ。年老いた母親を介護しつつも、職場で疎外され、付き合う人はほとんどいない。アーサーはまさに孤絶の生活を送っていたのである。
この映画は評価が分かれており、それも「絶賛」か「嫌悪」かという両極端に集中している。おそらくこの孤絶した境遇の彼がジョーカー、つまり殺人を犯す非道の人物に変わりながらも、やがて街で暴動を起こしている群衆のヒーローとなっていくことに、評価が割れる理由が求められるだろう。
ところで、映画の中で路上で暴動を起こしている人たちは、富める者やその代表としての政治家たちに反抗していた。米メディアでは、『ジョーカー』で描かれている世界は現実世界の「写し絵」であり、同時に現実世界にも影響を与えていると解説しているものもあった。
例えば、南米チリで暴動が起きたことは記憶に新しい。地元の代表的な新聞社が入っている高層ビルが炎上するなどの被害があった。
チリでの暴動やデモは、一向に解消されない経済格差や失業の増加などを背景にした若者中心の過激な抗議であった。このとき、多くの若者たちが『ジョーカー』に触発されたピエロのメークをしてデモに参加していたことに、米国のメディアが注目したわけである。
確かに、『ジョーカー』に描かれた暴動と現実は限りなく接近している。経済格差や貧困、社会での疎外からの自由を訴えた大衆の抗議活動は過激なものになった。チリだけではなく、同じく南米のベネズエラ、「黄色いベスト」運動のフランス、そして「一国二制度」の危機を訴える香港のデモなど、世界では「ジョーカー的」ともいえるデモの動きが加速しているようにも思える。