2020-01-22

俺の実家研究

 昭和60年 俺の父親の知り合いのAがB(息子)、C(祖父)、D(祖母)らを居住させる目的で、P市Q町の土地を購入し、その上に平屋一戸建て建築

 昭和63年 土地のすぐそばにP市が計画した鉄道が敷設され、自宅のすぐそば電車が走るようになり、騒音被害に苦しまされる。

 平成10年 平成の新しい経済成長の中で意気揚々とし、東京都住宅供給公社から1000万円を借りて平屋一戸建てを壊し、木造洋風住宅建築

       東京都住宅供給公社抵当権を設定。

 平成10年~18年 息子のBがP市内に2店舗ファッション店を経営するがいずれも次第に営業不振となり閉店。

 平成19年夏 P市が計画していた鉄道会社が破綻し、自宅すぐそばに敷設されていた鉄道廃止され、騒音被害がなくなる。

 平成20年  借り入れていた1000万円を弁済し、抵当権が抹消される(P市所在地方法務局登記官の決定による)。

 平成22年  かねてより物件所有権は持分10分の6をAが、10分の4をBが所有していたところ、Bが病気で死去し、1階2階に大量の遺品が残される。

        Aは高齢のため病院入院中に死去、C,Dも相次いで亡くなり、住宅は遺品とゴミにまみれた廃屋となる。

 平成26年4月22日 住宅水道供給を停止。

 平成26年7月23日 A,B,C,Dの死去により所有権相続していた親戚であり、P市R町で理髪業を営むEが物件放置しており、廃屋と化していた

            ところ、俺の父親とEの間で購入話が出るが、相場価格800万円であったところ、知り合いのよしみで、500万円で俺の父親の手にわたる

            方向で話が進んでいたが正式売買契約は締結せず、俺と俺の母親移住

            同日、ガス警報器が設置される。

            実態としては、庭は雑草に覆われ、家屋内にはゴミが散乱し、廃屋状態

 平成26年冬     父親所有権を取得し、登記を経由(地方法務登記官の決定による)。

 平成27年(あるいは平成28年夏) 壁の塗り替え工事等を行う。

 平成29年~令和元年 俺の母親ゴミ屋敷に使用

 令和元年12月    家屋内のゴミを全て国際社会支援推進会、P市内福祉センターリサイクル工場に出し、建築された平成10年から21年のときを経て

            グランドオープン

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