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【社会】

<東京2020 祝祭の風景> 第2部 届かぬ声(4) 虐待… 誰も助けてくれず

児童養護施設で育った山田剛さん(仮名)。大好きなバスケットボールに熱中する=東京都渋谷区で

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 毎日妹の食事を作り、おしめを替えた。小学生の頃の記憶だ。

 両親の帰宅はいつも遅かった。疲れて眠ると「洗い物をしていない」と、父親に殴られた。母親に浴槽に沈められたこともある。

 「地獄でした」。東京都内に住む山田剛さん(21)=仮名=が振り返る。

 右目のあざで虐待が発覚し、児童養護施設に引き取られた。今はイタリア料理店の宅配アルバイトで生計を立てる。時給千百円ほど。貯金はない。

 寒風の中、バイクで走る配達エリアの一角に、国立競技場(新宿区)がある。スポーツの祭典は半年後だが、山田さんは観戦チケットもボランティアも、いつ募集があったのか知らない。七年前、東京開催が決まったのも随分たって知った。

 五輪とパラリンピックは遠いイベントだ。「アルバイトで走り回って、大会どころじゃないですよ」

 児童養護施設は、決して楽園ではなかった。職員は話を聞いてくれず、反論は許されない。でも家よりマシだと思い「戻りたくない」と伝えていた。

 ところが中学三年の夏休み、一時帰宅したのを機に、説明もないまま施設を出されてしまう。中学のバスケットボール部の友人に別れも言えず、私物は宅配便で届いた。

 「それはないだろ、と思いました」と山田さん。「職員に反抗的だと追い出されたのでは」と推測する。

 家にいたのは母親と妹、弟と、知らない男性。母親の新しいパートナーだった。居心地の悪い日々が続いた半年後、友人宅に泊まった日に、母親からスマートフォンにLINE(ライン)が届いた。

 「帰ってこなくていい」

 息子の存在が邪魔になったのか。合格していた高校の入学手続きをしてもらえず、ラーメン店に住み込みで働き始めた。それから職を転々とした。

 振り返ると、自分の意見を丁寧に聞いてくれる大人はそばにいなかった。「大人は信用できないし、あてにならない」

 五輪・パラリンピックは若いアスリートが活躍する場になるはずだ。「子どもや若者の声を聞き、議論を深める良い機会です」

 先月、カナダから来日したアーウィン・エルマンさん(62)が語る。子どもの声を大人に届ける「アドボケイト」として、虐待を通報したり、政策を提案したりしてきた。

 「大切なのは行政から独立した立場で活動すること」。同様の組織は欧州など六十カ国以上にあるが、日本では厚生労働省が先月、専門家らの検討チームをつくったばかり。

 今年は子どもの権利条約発効から三十年。虐待が社会問題となり、支援の不備が目立つ日本で、子どもたちが笑顔を取り戻す転機になるのだろうか。

 「俺みたいな子を、もうつくってほしくないです」。大人に翻弄(ほんろう)され続け、二十一歳にして生活に追われる山田さん。時折、公園で友人とバスケをするのが楽しみだ。ドリブルからシュートへ。ボールを持つ表情は生き生きとしている。

 「八村塁(はちむらるい)選手、かっこいいですよね」。米国に単身乗り込んだハーフの青年に力をもらうという。

 山田さんとは同い年。「五輪のバスケだけは、テレビで見たいな」 (森川清志)=おわり

 

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