「夏、だよなぁ」
「? どうしたんですか司令」
司令が急に語りだしました。
まぁ司令が唐突なのはいつものことですけど。
「ククク、雪風。今日は暑かっただろ?」
「今日も、でした! 最近やばいです!」
司令の用意してくれた食塩と水を摂りながら嘆息します。
雪風達は海上に出ること多いから、夏の日差しはキツいんです。
艦娘は『そういうの』に強いといっても、限度があります。
前任さんの頃は倒れる駆逐艦の子もいたほどです!
司令はそういうのに配慮して艤装に日傘を付けてくれますし。
こうして塩分と水分補給も注意喚起してくれます。
本人曰く『道具の管理だ!』そうです。
流石司令、いつも通りです!
「こんなに暑いと、いっちょ泳ぎたくなるだろ!?」
「うーん? ……涼しそうです!」
いつも海に出てますけど、泳ぐってことはありません。
潜水艦の子以外は。
「そうだろぉ。ククク、鎮守府海開き、虐待、遊ぶ、クーククク」
「あ、あの司令? 大丈夫ですか?」
なんか司令、いつも以上に変じゃないですか?
この連日の猛暑で、頭が更におかしくなっちゃったんですか!?
「よっしゃぁ! 決めたぜ雪風! 水着の準備をしろぉ!!」
「えぇ!? 水着ってなんですか! ちょっと、司令!」
い、行っちゃった。
何を思いついたんでしょう。
まあ、いいです。
司令のことだから、きっと『虐待』のことですよね。
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「海だーっ!!」
「おーっ!!」
艦娘共の声が、砂浜に駆け抜けていく。
燦々と降りかかる真夏の陽光は、海に反射して目に突っ込んでくる。
絶好の、海日和だぜぇ!
この間は視察官が来て色々大変だったからなぁ。
最近海域攻略も安定してきたし、今日は非番だ!
ここは軍が管理するビーチ。
一般人は立入禁止。
邪魔するものは何も無し!
「行くぞ艦娘共ぉ! 俺に続けぇ!」
「きゃーっ♪」
もう辛抱たまらねえ!
俺はダッシュで砂浜を駆け、海にダイブした。
準備運動もバッチリだからなぁ!
俺が海水浴を『虐待』の場に選んだ理由、それは非常に単純だ。
俺が遊びたいから!
そして、クソ暑いからだ!
俺は季節の風物詩を大切にするタイプなんでなぁ。
それに加えた虐待で、二重に夏を満喫してやろうって寸法よ!
避暑できて、遊べて、虐待出来る。
最高のプランだぜ!
「気持ちええわぁ。 司令はん、海って凄いんやねぇ……」
「いつも出撃してんだろうが! ほれほれ!」
「わぷっ!? もうっ、止めてーや!」
ククク、今は楽しいだろうなぁ。
だが、ここはもう俺の虐待フィールド。
お前らはもうそこに足を踏み入れちまったんだぜ?
「なんか新鮮ね。いつもの水着じゃないからかしら」
「ねえねえねえ! ニムの水着、似合ってる?」
「おー、似合ってる似合ってる」
潜水艦娘どもが着ているのは、いつものスク水じゃあねえ。
今日の為に各自購入した、それぞれ異なるモンだ。
ちなみにニムのは花柄の入ったオレンジのビキニだ。
程よい肉付き、ハリのある肌、うーむこれは……。
健康な様子で大変結構だなぁ!
俺の道具たるもの、いつでも身体は丈夫にしとかねえとな!
ちなみに、艦娘共には海水浴開催を知らせた時に、同時に水着を買わせた。
クク、自然な流れで金を消費させることが出来たぜ!
「しれー! 競争しようよーっ!!」
「時津風か。いいぜぇ!」
カモが来たなぁ!
自ら俺に食われに来るとは、愚かなことだ!
「向こうのブイまで行って帰ってくる、それでいいな?」
「いいけど、しれー、もしかして勝てる気でいるの~?」
クックック。
当たり前だろ?
俺を誰だと思ってやがる。
お前らの、提督だぜ?
「天津風、スタートの合図頼んだ」
「え、わ、分かったわよ」
「ふふーん、私結構速いよー!」
時津風よ。
確かにお前は艦娘。
そのパワーは見た目以上だ。
一般的な成人男性であれば、勝利はねえかもな。
だがな……!
「よーい……ドン!!」
俺は虐待の化身!
一般的なんて言葉、おばあちゃん家に置いてきちまったぜ!!
…………。
「うえー!? しれー速すぎるよー!!」
「ふん、お前が遅すぎるんじゃないか? クックック」
俺はかなりの差をつけて、時津風に勝利した。
クックック……!
「アナタ、水泳選手かなにかだったの?」
「クク、泳ぎは得意、とだけ言っておくぜ」
昔は川や池で泳ぎまくったからなぁ。
ついたあだ名は『人間酸素魚雷』!
人間に海で負けてさぞ悔しそうだなぁ時津風ぇ?
俺を負かして見下そうなんて考え、読めてんだよなぁ!!
悔しがる時津風を尻目に、俺は悠々と砂浜を歩いて行く。
そして俺が次に目をつけたのは、砂で遊んでいた浜風と磯風だった。
なにか城みたいなモンを作っている傍に近寄ってみる。
「おい、いいもん作ってんじゃねえか」
「あ、提督」
「司令、見てくれ。ノイシュバンシュタイン城だ」
大層な名前の割には、しょぼい城だな。
本物の威厳とか迫力なんてまるで出せてねぇ。
「俺も何か作るかな」
「提督がですか?」
クク、浜風、俺を見くびるなよ?
お前達より俺のが優れている事を思い知らせてやる。
さぁて、それじゃあ俺の実力を見せつけるパート2と行きますかぁ!
刮目せよ!
…………。
「し、信じられん」
「鎮守府をミニチュアスケールで……!?」
ふぅ。
いい仕事したぜ。
俺の芸術センスが爆発した、ミニ鎮守府。
細部まで拘った至高のデザイン。
製作時間三十分だぁ!!
「せめてこれくらいは作れるようになりなぁ! クックック!」
「待ってくれ司令、コツを教えてくれ!!」
「甘味処とか居酒屋まで再現してる!?」
残念だったな。
俺のパワーを見せつける『虐待』。
お前らはどうあがいても勝てない実力差に絶望するんだなぁ!!
お次はスイカ割りに勤しんでいる嵐と萩風、そして谷風だ。
中々うまくいかないみてーだな。
「右だよ右ぃ!!」
「あー! ぜんぜん分かんねえよ!」
「嵐ったら……あ、司令」
「よぉ。俺も混ぜてくれや」
嵐から目隠しと棒を受け取る。
そしてその場でグルグルと回転させられ……。
「スタートだぜ!」
「司令、右ですよー!」
「提督ぅ! 真っ直ぐ真っ直ぐ!」
クックック、お前らの声には惑わされねえぞ。
俺には分かる……。
スイカがどこにあるのかが!
スイカをシートの上に置いた音と!
何回回されたかを計算!
瞬時に導き出したぜ!
「うっしゃああああああああ!」
「一直線に行った!?」
「見えてる!? ズルしてる!?」
「いや、司令はズルなんかしていない……完全に!」
……そこだぁっ!
…………。
「美味いなスイカ」
「塩はかける派だねぇ」
「海を見ながら食べるのも、いいですね!」
クックック。
俺の妙技に言葉もねえようだ。
棒で割ったから歪になっちまったスイカを食って。
腹ん中を無駄に水っぱらにしなぁ!
…………。
あー楽しいなぁ!
好きなだけ遊び、好きなだけ虐待出来る!
提督になって本当によかったぜ!
艦娘共も俺の虐待を食らって、もう疲労困憊みてえだな。
海で泳ぐ奴も減ってきて、砂浜で過ごしてるのが多い。
夏、満喫だな!
「提督さん、お疲れじゃね」
「浦風か」
砂浜に敷いたビニールシートに座って休んでいると、浦風が横に来た。
こいつの髪と同じ色の、パレオ付きのビキニ姿。
こいつも健康的な、いい肌だ。
「どうだ? 楽しんだか? ククク」
「うん。一杯泳いで、へとへとじゃ」
そうだろうな。
しかし艦娘共、意外に楽しそうだったな。
いつも海なんて見てるだろうから、そこまでだと思ってたんだが。
ま、テンション上がって俺に挑んできたんなら、結果オーライとするか。
「綺麗じゃねぇ……海」
「……ああ、そうだな」
海は変わらず、光り輝いたままだ。
今も、昔もな。
深海棲艦に支配されている、目の前の海。
この海を人間が取り返すには、こいつらの力が必要だ。
取り返す、なんて考えも、おこがましいのかもしれねえけどな。
「うち、これからも頑張るけん……期待しとってもええんよ?」
「はっ、頑張るのは当たり前だ。なんせ俺の兵器なんだからなぁ」
戦争に勝つ為に、俺は艦娘共を最大限活用する。
それに尽力は惜しまねえ。
「ふふっ、そーじゃったね。じゃ、改めて任しとき!」
浦風はそう言って笑う。
クックック、俺の道具らしさが、出てきたな。
最近艦娘共も、俺という存在に慣れてきたんだろう。
『虐待』に抗いつつも、『道具』扱いに慣れてきたということか。
俺の、理想的な鎮守府の形だなぁ。
「さて提督さん、そんな真面目な艦娘からお願いがあるんじゃけど」
「なんだよ」
こいつ、いきなり反撃か?
夏を楽しむモードの俺は強いぜ?
「うち日焼けしちゃって……痛いんよ……」
何!?
こいつ、予め肌が弱いやつは日焼け止め塗っておけって言ったのによぉ!
よく見たら所々赤くなっちまってるじゃねえか!
「だからぁ、整備点検、してくれると嬉しいんじゃけど」
「世話のかかるやつだな。だがしょうがねえ。そこに寝な!」
俺の兵器が必要なこと以外で傷つくのは許されねえ。
今ならまだ間に合う。
応急処置用にアロエジェルを用意しておいてよかったぜ!
「ほら、水着の紐外すぞ」
「ありがと……んっ……」
まあ、俺に全身触られるっていう罰で、おあいこにしといてやるか。
道具の管理、整備は、俺の仕事だからな!
「こんなとこまで赤くしやがって……塗りまくってやるぜぇ!」
「あ……ふっ……♡」
何変な声出してんだ?
そして、周囲の他の艦娘共から凄い視線を感じるぜ。
仲間が俺にやられて、悔しがってんのか?
兵器の考えることは、たまにわからねえ事があるな。
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秘書艦日誌。
雪風です。
今日は鎮守府の皆で海水浴というのに出かけました。
いつも戦うために行く海に、遊ぶために行きました。
砂浜も綺麗で、新鮮な気分になりました。
司令も茹で上がった頭が冷やされて気持ちよさそうでした。
時津風が、提督と競争をしてました。
まさかあんなに速かったなんて。
次に行く時は、潜水艦の娘達と戦ってほしいです。
あとはものすごい速度でバタフライしてたり。
砂と水だけでミニ鎮守府を作ったり。
スイカをスタート宣言と同時に一瞬で叩き割ったりしていました。
全部『虐待』のつもりでしょう。
やっぱりどこに行っても、司令はいつも通りです。
浦風が司令にアロエの何か? を塗って貰っていました。
皆の目つきがエグかったです。
でも司令は馬鹿なので、どうせ気づいていないでしょう。
馬鹿なので。
でも、皆で遊んで、提督も楽しそうで、雪風はとても嬉しかったです。
またいつか、海水浴に行きたいと思いました。
そんな、一日でした。