文革時代に始まった政府による集中監視
だが見方を変えれば、これは立派な「尾行」である。中国共産党は、敵対勢力と想定される外国からの政府関係者や研究者、記者などに対して、よく尾行や盗聴を行う。筆者もかつて取材で中国の要人と接触していた頃、電話の通話の音が急に低くなることがあった。大使館の友人は「後ろからの視線を感じたりするなど不気味な感覚に襲われることがある」と怖がっていた。
それが今では“察知されないテクノロジー”が全国民を尾行するようになった。
中国での監視は今に始まったことではない。戦前の日本には「向こう三軒両隣」という隣組制度があったが、中国もこれと同じような形で互いの行動や思想を監視し、社会の治安を維持する時代があった。1949年の建国前から存在したこの監視体制は、国家予算の支出を伴わない、最も原始的な監視スタイルだった。
前出の加々美氏によれば、“中央政府による集中監視”が始まったのは、1966年から76年まで続いた文化大革命(文革)の期間だったという。
「文革末期に紅衛兵が“大経験交流”と称し、赤旗を掲げて全国を練り歩きました。このときから、顔見知りによる相互監視が有効ではなくなり、代わりに始まったのが中央による集中監視でした」
その後、胡錦涛政権が誕生した2003年、中国は国家予算に国民を監視するための治安維持費を計上するようになる。特に2008年は3月にチベットやウイグルで暴動が発生、5月に四川大地震が発生、8月に北京五輪開催、さらに9月にはリーマンショックと、さまざまな要因が重なり、治安維持費を一気に増やす年となった。これ以降、監視体制は年々強化されていく。
そして2013年、中国の治安維持体制は“転換点”を迎える。「ついに治安維持費が7690億人民元(日本円で約11兆5000億円)と、軍事費の7406億元を上回るようになった」(同)のだ。













