1965年に日韓国交正常化を待って韓国に進出した。1967年、まずは菓子メーカーを設立した。
この頃、絶大な権力を握っていた朴正熙氏にも悩みがあった。
朝鮮戦争の復興から国を再建し、さらに北に敗けない強い国家を作ることを目指していたが、何をやろうとしても「資金不足」に直面した。
日本との国交正常化、西独への看護師や炭鉱夫の派遣、さらに米国の要請を受け入れてのベトナム派兵などの大きな目的の1つが「外資獲得」だった。
そんな時に、海外で稼いだ金を使って韓国での事業を始めた重光武雄氏が目についた。重光武雄氏も、祖国の将来に賭ける意気込みがあった。
日本で稼いだ資金を韓国に投資
1970年代になり、朴正熙氏は重光武雄氏に韓国で大規模投資を求める。
重光武雄氏は、鉄鋼や石油化学など基幹産業への進出を夢見ていたと言われるが、朴正熙氏は国際級ホテルの建設を求めた。
ソウルの中心部にあり韓国公社が経営していた「半島ホテル」と隣接する図書館の敷地を払い下げ、ここに高層ホテルの建設を求めた。
ロッテは、建設のために1億5000万ドルという資金をかき集めた。
開店した1979年の韓国の1人当たり国民所得が1693ドルだったことを考えれば、大変な規模の「外資誘致」だった。













